「ん?」
会社の休憩室で、テレビで流れるニュースをぼんやりと見ていた風信は、思わずその画面を凝視した。
テレビには新しい年を待つ世界各地の様子が流れている。画面にいま映っているのは、ニューヨークはタイムズスクエア。年越しの有名なカウントダウンには、毎年大勢の人が集まる。
まだ早いはずだが、もうすでにカウントダウン待ちの人々が集まっているらしい。だが、それはどうでもよかった。風信の目を引いたのは、キャスターの後ろに映っている人物だ。
ダウンジャケットに身を包み、寒そうにしながらきょろきょろと周りを見ているその姿には、ひどく見覚えがあった。
「南風……?」
間違いない。自分でもよく気づいたものだなと思いながら風信はおもわず画面の中の姿を見つめた。
そういえば、年末はニューヨークだと言っていたな、と思い出す。初めてなんです、と言う南風は、真面目な顔で続けた。
「風信機長に、聞きたいことがあるのですが」
ニューヨーク上空の特徴とか空港のことだろうかと思ったが、南風の口からでたのは意外な質問だった。
「ニューヨークで美味しいとこ知りませんか?」
「え?」
「ほら、やっぱり行ったらなにかその土地の美味しいもの食べたいんです。機長ならよく行っておられるから知っているかと」
もうちょっと他に聞くことはないのか? と思いながらも、そう言って頼られると無碍にはできない。記憶のページをめくる。
「正直あまり知らないが……。ああ、そういえばタイムズスクエアの近くにあるラーメン店が旨かったな」
風信がそう言うと南風は小さく眉をひそめた。
「アメリカでラーメンですか?」
「ああ。他民族国家だぞ。ラーメンだって旨い」
はあ、そうですか、と腑に落ちない表情を隠さず、しかし一応礼儀といった感じで店の名前をメモしていた。その少しばかり期待外れな顔に、行くことはないのだろうと思っていたのだが、と首を捻る。
まあ、そういっても、タイムズスクエアあたりには店も観光地も色々ある。別にあのラーメン店を探しているわけではあるまい。
視線の先(といっても遥か遠くにいるのだが)の南風は、だれか通りかかった人を呼び止めて何か尋ねているようだ。身振り手振りで何か説明している。そして、片腕をすっと横に張り、手を口の下で上下させるのが見えた。
……あ、これはラーメンだな。
風信は笑いを噛み殺した。南風の手つきは、どう見ても麺をすする真似だった。
まさか遥か一万キロ先で風信が見ているなんて露も思っていないだろうと思うと、どうにも可笑しかった。