金木犀エピ別ver.(リネフレ)「はい、フレミネ」
「えっと、これは…?」
リネに唐突に白い包装に包まれた何かを渡された。
促されるまま開いてみると、オレンジ色の小さくて可愛らしい花がブーケのようにいくつも咲いた枝が顔を覗かせた。外気に触れると同時に蜂蜜ともクッキーとも違う、ふくよかな甘い香りを周囲に広がって、ぱちぱちと目を瞬かせる。 戸惑ってリネのことを見つめると、待ってましたとばかりに口を開いた。
「この花は金木犀と言ってね。旅人に教えてもらった花なんだけど…君にぴったりだからプレゼントしたくなって。それでさっき洞天に行って…分けてもらってきたんだ」
「ぼくに…?」
「うん。ほら、可愛くて控えめで、なんだか君に似ていると思わないかい?」
「それは…褒められているのかな…?」
「勿論さ」
なんともいえない気分になったぼくと反対に満足そうに笑っているリネ。
…まあとにかく、花は綺麗だし、ぼくにあげたいと思ったその気持ちが嬉しいと思ったので、素直に受け取る。
後でどこかに…そうだ、秘密基地にでも飾っておこうかな。
リネは本当にそれだけが用事だったようで、じゃあまたね、なんて言って去っていった。
わざわざそれだけを言って早々に去っていくリネのことが気になったけど、残されたこの可愛らしい贈り物に目を向ける。手の中の甘い香りに顔を近づけて、すう、と吸い込むと、なんとなく…なんとなくだけど、香りが胸の中に満ちるとともにじわじわと暖かくなってくる気がする。なんの気なしにくれた物であっても、いつもそんな気持ちをくれるから…リネに何かを貰うのは、好き、だと思う。
そんなことを考えながら金木犀を見つめていたら、ふと青い葉の間に白いカードが挟まっているのが見えた。取り出してみるとそれはリネがよく使う猫のマークの入ったカードで…ほんのりと良い香りが移っている。
首を傾げつつ2つ折りになったそのカードを開いてみる。
『present for you.my Dear』
シンプルにそれだけが書かれたカード。スマートなその字体はリネの筆跡で間違いない。
わざわざカードまで添えて、しかもmy Dear、なんて家族相手なのにリネってば格好つけだなあ。そう思うことで内心を誤魔化そうとしたけども、自分の頬は隠しようのない嬉しさでじわじわと熱くなってくる。しばし噛み締めるようにそのカードを見つめてから、大切に鞄の中にしまう。
ふう、と息を吐いてみても、まだじわりとした頬の熱さは感じられて、これは治まるのを待つよりも移動した方が早いかもと思って数歩踏み出すと、遠くから見知った人物が歩いてきた。
「あら?フレミネ?」
「リネット」
「どうしたのこんなところで…?それにその花、前に旅人の洞天で見せてもらったものかしら。…なんでフレミネが?」
リネットは、ぼくの手にある金木犀を不思議そうに眺めている。…
さっきリネに金木犀を貰ったことを伝えると、リネットは、すっと目を細める仕草をした。
「お兄ちゃんたら、本当に…」
「リネット?どうしたの?」
「そうね…。フレミネ、単刀直入に言うけれど」
「?うん」
リネットに伝えられた言葉を聞いて、顔が隠しようもなく熱くなったのが分かって、咄嗟に金木犀に顔を埋める。甘すぎるその香りに頭がくらくらとして、心臓が早鐘をうつ。
目の前のリネットが何かを言っていた気がするけど、しばらくの間、顔を上げることなんて出来なかった。
ーー
「お邪魔します」
「…どうぞ」
フレミネは各所に秘密基地を持っている。
秘密基地なのに僕がその存在を知っているのも変な話なのだが、彼がダイビングの際によく行くところにあって、長い付き合いである僕は、おのずとその存在を知るところになっていた。
先日の彼の誕生日パーティはその秘密基地でリネットに旅人、パイモンとともに行われ、それはそれは楽しく過ごしたものだ。
今回、フレミネ自らの誘いで秘密基地の1つに招かれることになった。 正直、僕が把握していたのは海中のあの場所だけだったので、他にもあったのかと驚いた。でも今回教えてくれたということは…彼のより深いところに触れるチャンスを貰えたということで…嬉しくて口角があがってしまうのは仕方の無いことだろう。
静かな森の中の一角に隠されるようにあったその建物は、外からは人が過ごせそうな広さには見えなかったが、一度中に入ってしまうと存外に広い。
フレミネに続いて中に入ると、そこには1人用の小さなテーブル。周囲には彼のお気に入りのものたちなのか細々とした小物や本などが並んでいた。
僕が少し前に贈った花も、丁寧に押し花にされて小さな額に入れて飾ってあって、大切にされているという事実に胸が温かくなった。
「あ、これ…」
その中に一際芳しい香りを放つ、小さなオレンジの花がブーケのようにまとまった枝があった。
シンプルなデザインの花瓶に活けられた花…金木犀は、つい最近フレミネに僕が贈ったものだ。
先日、旅人の洞天に招待された際に見せてもらった、フォンテーヌではついぞ見かけない可愛らしい花。
小さくてひかえめで、どこかフレミネらしい。
だからこそ、今回贈るのはこの花に決めたのだ。
「ここに飾ってくれていたんだね」
「うん…良い香りなんだけど、家だと猫たちもいるし…でもすぐに加工しちゃうのも勿体ないし、綺麗に咲いているうちはここにこうして飾っておこうと思って」
そう言うフレミネは優しく金木犀に目を向ける。まめに水を替えているのか未だ瑞々しく咲き誇っていて、その慈愛を込めた眼差しに少しだけ羨ましさを感じた。
と、おもむろに僕に向き直ったフレミネは、意を決したように口を開いた。
「あのね、リネ…」
「ん?」
「ぼく…、聞いたんだ」
「…何をだい?」
話し始めたもののいま少し躊躇いがあるようで口を開閉させている。僕の顔を見て、金木犀の花を見て、また僕の顔を見る。その顔は困ったように眉根を寄せていて、もしかして、と思って口を開く。
「…金木犀の花言葉の、こと?」
「っ…!」
瞬間、さっとフレミネの顔が赤く染まる。
やっと功を奏したのが分かって、もじもじとしているフレミネの顔をよりじっと見つめる。
戸惑うフレミネに構わず目で促すと、僕の目から逃れるように顔を伏せて、ややあって声を震わせながら口を開いた。
「リネ、最近…ぼくに花をくれるでしょう?リネットにも、他の家族にもあげないで、ぼくにだけ…。どうしてかなって、不思議に思ってて…」
「うん」
そう。最近の僕はフレミネに続けざまに花をプレゼントしていた。レインボーローズ、レインボーローズとルミドゥースベル、そして今回は金木犀。
レインボーローズは『出会い』と『情熱』を意味する。反対にルミドゥースベルは『別れ』という意味だけど…その2つを組み合わせれば『美しき出会い』という意味になる。
「レインボーローズやルミドゥースベルはマジックでもよく使うし、その延長かなって思ってて…。でも金木犀は、初めてだし、こんなに珍しい花をわざわざ、何でかなって…」
「…リネットが言ってたんだ。金木犀の花言葉は『謙虚』『謙遜』だけど…その他に『陶酔』『初恋』『真実の愛』っていうのがあるって」
「リネはマジックでも花言葉を大切にして花を選んでるのを知ってる、から…。その、ぼくの勘違いだったら恥ずかしいんだけど…もしかして…今までくれた花たちって、やっぱりそういう意味、だったの…?」
瞳を潤ませるフレミネに黙って頷くと、唇をきゅうと噛み締めて、視線から逃れるように顔を伏せる。
「な、なんで…花、なの?直接言われなかったから、ぼく、すぐには分からなくて…」
「なんでかな、本気だよって言おうとすると…何故か茶化すような言い方しか出来なくて。贈り物やカードにすれば、きちんと伝えられるかなって…」
「それ、で…?だって…ぼくは、カードのことだって…考えすぎないようにって、思ってたのに」