Happy Biethday♡Keith Max「お~い! おまえら~ 今日は俺の誕生日だぞ~。好きなだけ飲んでいい日だよな~?」
「まぁ、いいけどね。この後ビリヤードしに行くんでしょ? そんなんで大丈夫なの?」
「だ~いじょうぶだってー……ヒック…」
「貴様のみっともない姿を、市民に晒すわけにはいかん……」
「はぁ~~? てめっ、今日の主役に向かって、なんて酷い言い草だっ! 全くどいつもこいつも……」
拗ねたように唇を尖らせ、缶ビールに手を伸ばそうとするキースの手首をブラッドが抑え、その隙にディノがテーブルの上を片付ける。
「おい、ディ~ノ~ なんでお前までブラッドの味方すんだよ~」
「も~まったく。実はそんなに呑んでないでしょ。なんで酔ってる振りするのさ~」
さすが『ミラクルトリオ』見事な連携だ。名付け親であるジェイが感心しながら、手にした水割りのグラスを口元に運ぶと、キースがテーブルに身を乗り出し、ジェイのグラスに向かって手を伸ばした。
「ジェイ、ずりぃぞ~。俺のビールは~?」
キョロキョロと辺りを見渡しても、手の届く範囲から既に酒類は撤去されている。羨ましそうにジェイを見るキースに、ブラッドが呆れた溜息を吐き出した。
「最近では酒量も減っていただろう。今夜に限ってなぜそんなに呑みたがる」
「一人酒しなくなっただけだ~。人がうまそうに飲んでんの見ると、飲みたくなんだよ~! それに俺の誕生日だぞ! 俺が好きにしていい日だし、俺が王様なんだ~~~」
なにを言っても、二言目には誕生日だと騒ぎ立てるキースを、ディノは不思議そうに見て首を傾げ、ジェイは皆に軽くあしらわれるキースに哀れみの視線を向ける。
「そんなこと言って昔は『誕生日ってそんな嬉しい日なのか? 俺にはわかんねー』って馬鹿にしてたくせに~」
「あ、あれは……っ、その……。生まれてきたことを喜ばれたことのある奴らにはわかんねー話だよ。今ならわかるぞ! お前らが俺の誕生を毎年祝ってくれたからさ……うへへっ……ヒック……だから今年は俺の好きにできる会にした~」
「まさかキースがそんなことを考えるようになるとはな。自分の誕生日パーティーを主催するなんて、うちのアッシュくらいかと思っていたぞ。ハハハハ……」
「ジェ~イ……。あいつと一緒にしねーでくれよ……」
「だが俺は嬉しかったぞ。お前が心もちゃんと成長したのだと安心した……。昔のお前は、ディノに祝われるのを予想して逃げ回っていたからな」
「恥ずかしかったんだよ……若くて尖ってた時期だったのさ。優等生や、爺婆っ子にはわかんねーだろうけど、ジェイならあっただろ?」
「俺か? 俺はう~~~~~ん………」
突然矛先を向けられ、ジェイは若かりし日のことを思い出すべく顎ひげを撫でた。
「も~~っ。ジェイに絡まないの! 今更隠そうとしても無駄だよ。俺たち三人ずっと一緒に過ごしてきたんだからね。キースの黒歴史の一つや二つ……いやもっとかも? たっくさん知ってんだからね! ね~ブラッド」
「ふむ……確かに。アカデミー時代のお前は、斜に構えた態度で近寄りがたい奴だった。それが皆には、一歩先を進む大人に見えたのかもしれないな。クラスメイトの視線は、怯えと羨望の半々くらいだっただろう」
「そうそう。みんな遠巻きにしてたよね~。でも俺たちはそんなの気にしなかったし~♪」
「ほぉ~。10期生としてエリオスに入所した頃は、もうお前たち三人は仲が良かったからな。俺は最初から息が合っていたのかと思っていたぞ。ディノはアカデミーの時から、既にラブアンドピース星人だったのだろう?」
「あぁジェイ、そのとおりだ。キースもディノもまったく変わっていない。いやキースはだいぶ丸くなったか?」
「そういうおまえこそ、融通の聞かない堅物優等生くんだったくせに~。それが今じゃエリオスの暴君だとよ。昔はもうちょっと可愛げがあったよな~。フェイスが来るとありえねーくらい、頬が緩んでたし~ひひひっ」
「そうそう♪ フェイスくんもブラッドになついててさ~可愛かったのに、いまじゃ二人共そっけないの。また二人の仲良くする姿みたいな~♪ ラブアンドピースだぞ☆」
「う、うるさい………ッ! 可愛い弟に微笑んで何が悪い! それに暴君とは、いったいどういう意味だ」
「若ぞーどもが、お前のことそう呼んでんだよ『ガミガミ小うるさい暴虐なメンターリーダー様』ってさ~」
「…………」
その瞬間、眉間に深い海溝を刻んだブラッドの手が、テーブルの上を横切ったかと思うと、置いてあったジェイのグラスを掴み一気に煽る。
「お、おいブラッド。それは、俺の……」
「あ……ブラッド…それはジェイの…………」
ジェイとディノが慌てて声をかけるが、時すでに遅く、ブラッドは一息に飲み干すと、グラスを叩きつけるようにテーブルに置いた。唖然としてブラッドを見るキースの襟元を掴み、ぐいと引き寄せる。
「昔から堅物くんとか優等生とか、なにかと馬鹿にした名前で俺を呼んで……。今度は暴君とか……俺、は…ブラッドという立派な、なまえ…ある…んだ……」
「お、おいおい……急にどうした?」
物悲しげな表情という珍しいブラッドの姿に、キースを先頭にジェイもディノも慌てだす。
「俺は、ブラッド……ちゃんと呼べ………」
「な、なに言って……くそっ、調子狂うな……」
「………お前が昔の話などするからだ!」
「はぁ? お前が始めた話だろ 俺が悪いのか? かぁ~~腹立つわ~!」
今度は怒り出したブラッドにキースが応戦し、そこから恒例の二人の口論が始まる。しかし呂律が怪しいブラッドの勢いが若干弱く不利なように見えた。
「ねぇ、ジェイ。ブラッドひょっとして、酔っ払ってるのかな?」
「う~ん……顔色は変わってないから、どうだろうな」
二人の様子をみていると、今度はひどく落ち込む様子のブラッドに、キースがわたわたと声をかけ、必死に慰めようとしている姿が見えた。
「夫婦喧嘩は犬も食わない…ってやつかね?」
「いやいや、そこは『ラブアンドピース☆』だよ♪」
キースとブラッドの夫婦漫才のような会話を肴に、ジェイとディノは、新しいグラスを手に乾杯する。しばらく眺めていると、肩を落としたブラッドの頭をわしわしと撫でたキースが、カウンターでグラスを傾けるジェイとディノを指差した。
「おっ? 落ち着いたようだな」
「ふふっ……♪ キースもブラッドには弱いんだから」
キースに肩を抱かれ、二人揃って向かってくる。そばまで寄ったブラッドは、騒がしくして申し訳ないと言い、頭を下げると、キースの後頭部も押さえつけ一緒に謝った。
「なんで、おれまで……」
不本意そうにしながらも、ブラッドにされるがままのキースに「ラブアンドピースだね」とディノが満面の笑顔を浮かべたのだった。
「先ほどの話に戻り申し訳ないが……」
結局ビリヤードは中止し、片付けたリビングで酒宴の続きをすることになった。最近話題のバーや、リリーお勧めの店の話で盛り上がる三人に、ブラッドが突然口を挟む。
「昔のキースは『誕生日を祝うなんて信じられない。誰でも生まれた日がめでてぇなんて、思ってるわけじゃねーぞ』といって、ディノが企画した誕生日祝いの席を台無しにしたことがあったであろう?」
「はぁ~? んなことしてねーぞ!」
「いいや、よく覚えている。せっかくの料理が、お前たちが取っ組み合いのケンカになったせいで台無しになったのだからな。まあ、ピザまみれになって最後は笑い合って終わったのが良い思い出だ」
「あ~~、あれか……あったな。そんなこと」
隣でディノもコクコクと頷いている。
「俺はその時、どうしたらおまえに、この世に生を受けた喜びを感じさせることができるのかと頭を悩ませた。俺はお前と出会えて嬉しかったというのに……。なのに、ジェイやリリー教官に連れ出されるようになるとあっさりと意見を覆したな」
「え? そんなことねーんじゃね? お前らの気持ちありがたく受け取ってたろ?」
「嫌がって逃げ回ってたじゃん!」
「う~~ん。毎年俺やリリにーに店に連れてけ、奢れって強請りにくるよな」
「ぐっ………」
「どうだ? 少しは気持ちが変わったか?」
十年前の話を持ち出され、当時のことを思い返せば、羞恥に酔も覚めるというものだ。
「キースにとって、なによりも大切な人ができれば、その人が世に生を受けた日が愛おしく輝く一日と思える。そんな日が訪れることを願っていたのだが……いまはどうだ? まだそんな風に思えることはないのだろうか………」
「~~~~~っ! んな小っ恥ずかしい事、よく素面で言えんな? ってか、お前………顔真っ赤じゃね?」
「ふふふっ……っ、キースも赤い顔をして……くふふふっ。さては、図星を差されて照れているのだろう……ふふっ」
「………おい、ディ~ノ~! ブラッドが酔っ払ってんぞ~」
「さっきの一気飲みが今頃効いてきたんじゃない? あれってウィスキーの水割りだよね?」
「いや、ロックだ。しかも……………ダブル」
「「ジェ~~イ」」
「すまんすまん……っ」
「皆……なにさわ、ック……いでいる、のだ?」
小首をかしげるブラッドの口元がゆるりと持ち上がり、赤く染まった目元が下がる。先程までキースと激論を交わしていたとは思えない可愛い笑顔にキースが思わず生唾を飲み込んだ。
「少し前の俺の誕生日……すっごく、美味しい手料理で祝ってくれた。その前の年は、サングリアつくってくれて、その前も前は……あ! 今でも大切にしている。アカデミー時代に最初にもらったプレゼン……んぐっ」
「い~から、ちょっと黙っておこうか? ブラッド、おめーは酔っ払っている」
「よってなろ、いない……ヒック!」
「「「……?!」」」
カタコトに話し始めたブラッドを見て、三人の眉間にはまるでブラッドのような縦ジワが刻まれる。
「酔ってんだろ~」
「酔っているな」
「ブラッド、酔っぱらっちゃった?」
「よって、など、いないぞ・・・・・・? 馬鹿にするら~!」
「「「…………」」」
時折楽しそうにふふふと笑みを浮かべ、キースを指差し何度も「おめでとう」と舌足らずな口調で話しかける。
「あんがとさん……」
「きー~す。おめ、でとう♪」
「はいはい……」
繰り返される酔っぱらいの言葉を、うんざりとした口調で、でもまんざらではない様子で受け取るキース。二人の世界に突入しそうなブラッドを見て、ディノとジェイは顔を見合わせ、肩を竦めた。
キースの肩に頭を預け、伸ばした手で何度もキースの頭を撫でるブラッドは、キースのことを構いたくて仕方がないと、とうとう頭を自分の膝の上に引き倒し、わしゃわしゃと猫毛をかき混ぜるように撫で繰り回している。
「ブラッド、ちゃんと世話するんだぞ」
「わかって、いる……ヒック、こんな、もふもふとした生き物は、てばなさんぞ、ふふふっ……かわ、いい……ヒック」
「あ~~キース。ブラッドが構ってくれて、キースも嬉しいでしょ☆ 俺とジェイは帰るから、あとは仲良くね」
「おいおい~。こんな状態のブラッド残していくなよな~」
というより助けてくれと、キースはブラッドの膝の上でジタバタするが、酔ったブラッドに押さえつけられてしまい、なかなか抵抗することができず、ドアの向こうに消えていく二人を見送るしかなかった。
「なあディノ、放っておいて大丈夫なのか?」
「全然平気だよ~なんだかんだと深い仲なのよ二人は♪ あれ? ジェイ知らないの?」
「…………そうか。キースの想いは成就していたのだな……」
「んんん? どゆこと?」
「泥酔したあいつは、いつも俺やリリーに『ブラッドが~。ブラッドは~』って絡んでくるもんだからな。片思いなのだと」
「へぇ~。それキース覚えてんのかな?」
「「………」」
キースの家を振り返った二人は、顔を見合わせ笑い合う。
「ほんと、不器用な二人だよね~」
「まったくだ」
遠ざかる家に残された、キースとブラッドが翌朝エリオスタワーに戻ってきて真っ先に訪れたのは、ジェイの部屋。
珍しくもブラッドが恐縮する姿を見たイーストの面々は驚きに目が覚め、でもしっかりと情報を記録するビリーの姿を、ジェイはそっと窘め画像はきっちりと回収したのだった。
END
真夜中のふたり
「ん……んんぅ……」
「ま~だ寝てろって。朝には早ぇ……」
「お、れは……うっ…ッ、頭が、痛い………」
カラカラの口内を潤したくて、ブラッドはこめかみを指で押さえながら身を起こす。
明かりが落とされた部屋で周囲を見回せば、テーブルは雑然としており、ここがリビングのソファの上だと気づく。しかも目覚めたのはキースの腕の中だ。
「なぜ、こんな場所で?」
テーブルに置かれたままの、温くなったミネラルウォーターのボトルに口をつけながら首をかしげ、曖昧な記憶を辿ろうと眉間を揉んでいると、眠そうに目をこすりながらキースが身を起こした。
「ふわぁ~…っ……」
普段より絡み方が酷い猫毛を掻きむしりながら、キースはブラッドが手にするボトルを奪い乾いた喉を潤す。すぐ空になったそれをテーブルの隅に置き、ブラッドを抱え直しソファに寝転がろうとして、ふとその手を止めた。
「せっかく目覚ましたんだし、ベッドへ移動すっか?」
「…………」
「ソファに男二人じゃ狭いし、疲れもとれねー。ちゃんと寝ないと二日酔いになんぞ~」
「………」
返事をしないブラッドの様子を拒絶と受け取ったキースは一人でソファにごろりと横になる。
「お前はベッドで寝てこいよ。明日も忙しいんだろ?」
「………悪かった。無様な姿を晒した」
「はぁ?」
酔っ払ってキースに絡んだことを思い出したのだろう。
「せっかくの誕生日を台無しにした……許してくれ……」
まあ、想定内だ。ブラッドが酒で記憶をなくしたことは過去に一度もないはずだから、今回のことも覚えていて、おそらく落ち込むだろうと想像していた。
項垂れるブラッドに向け大きくため息を吐いたキースは、寝癖のついたブラッドの後頭部をくしゃりと掻き混ぜる。
「楽しかったよ。俺とおまえの口論はいつものことだしな。なにより四人で誕生日パーティーできたのが嬉しかった。ディノもジェイも楽しそうだったぞ」
「よかった。だが、俺のせいで……」
「そんな心配すんなって。ちゃんと祝ってもらったし、俺もすげー楽しんだよ。大切なお前をぎゅっとして眠れたしよ」
「………」
「いまでは、生まれてきて良かったって……お前と出会えて幸せだって思えるから……。誕生日は大切な日になったよ」
「………そうか」
「あぁ、そうだ。呑んで食って騒いで……。みんなでハメ外して、歳取るお祝いすんだよ。ずっと……ずーっとな」
「ずっと……」
「俺とおまえ。あとディノとジェイ。あぁ……フェイスやジュニアの……っ、どんどん増えていくな。どーすんだよ……祝わないといけねー日がたくさんあって困るぞ~」
「良いことではないか?」
「う~~ん。俺とお前の分だけで、手一杯だ~」
「……ふふっ、そうだな。アカデミーの頃はこんな日がくるとは想像もしていなかった。キース………幸せか?」
自分が生まれた日がめでたいなんて思えない。と言っていたあの頃のキースの暗く澱んだ瞳の色がいつまでも忘れることができない。
「幸せだよ。俺にとってはお前の誕生日が一番大事な日だけどさ。二番目に大事なのは俺の誕生日になった。生まれてこなければ、おまえに出会うことができないんだからよ」
「……よかった」
「犬猫みたいにおまえに撫で繰り回されて、挙句には腹の上ですぅすぅ眠られちまったら、なんもできねーじゃん。忍耐をプレゼントしてくれてサンキューな」
「わ………るかった」
しょんぼりと項垂れるブラッドの旋毛にくちづけたキースに、ブラッドは頬にくちづけを返す。
「さ、もうひと眠りしようぜ」
「そうだな。ベッドへ行こう」
ソファを立ち上がったキースに誘われ、二人は仲良くベッドルームへと連れ立って行ったのだった。
END