第60回キスブラワンドロライ
「サンタが~きてやったん……だ、ぞ………うっぅ」
「………………」
出張版クリスマス・リーグを無事に終え帰宅してみれば、ブラッドのベッドに潜り込んで眠るキースに出迎えられた。
思わぬトラブルに見舞われたサウスチームの労いを兼ね、クリスマスプレゼント代わりの短い休日を皆に贈った。
今夜中には戻る様に言い含めたが、オスカーがいるから羽目を外しすぎることもないだろう。
タワーに戻ればまた忙しい日が続く。
アキラとウィルは喜び夜更かしをしていたようだったが、一緒に帰りたそうにしているオスカーにもしっかりと休めと言い含め、ブラッドは雪山を楽しむサウスチームから一人離れタワーに戻ってきたのだ。
「うぅぅ……もう、のめねぇ~。ピザは勘弁……うぷっ」
「……………」
サンタクロースの帽子をかぶり、人の枕に涎を垂らし眠るこの男は、一体何をしに来たのだろうか?
早朝に出発したため、朝早い時間にタワーに到着することができた。気持ちを切り替えて、ニューイヤーに向けた準備に取り掛かろうと思い部屋に入れば、クリスマス気分の抜けていない第13期の中で一番怠惰なメジャーヒーローが寝転がっている。
「おい………起きろ」
「………………zzz」
「おい、キース!」
「う、うぅ……」
酒で掠れた唸り声をあげ、ブラッドに背中を向けころりと寝返りを打つキース。布団を口元まで引き上げ、小鼻をヒクヒクと動かしブラッドの匂いを確かめ、幸せそうに口元を緩めた。
「…………」
あまりにも幸せそうな寝顔を見せるものだから、その横に潜り込み温かな布団で休みたくなる気持ちを抑えるのに一苦労だ。
空いてしまった予定は久しぶりの休暇となり、心身ともにリフレッシュすることができた。勧めてくれた皆に感謝する。
ゲレンデで風を切るように滑るのはとても気持ちが良かった。
落着いた山小屋で過ごす一時は、ブラッドの心に柔らかな火を灯した。温かい手作り料理を堪能し、賑やかに暖炉の前で談笑する。家族や恋人と過ごすクリスマスとはまた違ったとても良い時間だったと思う。
なのに、こうして恋人を前にすると、一年に一度の大切な日を共に過ごすことができなかったことが悔やまれてならないのだから不思議だ。
「俺が二人いたならば………」
どうしようもないことを考えてしまうのは、まだ頭が休暇気分だからなのだろう。
優しい時間を過ごしたせいか、いつもより甘い顔で自分のベッドで眠るキースを見つめている己に気づく。
切り替えるためにも、熱いシャワーを浴びてスッキリしようと考え、名残惜しむようにベッドに視線を移した。
寝返りで脱げてしまったサンタクロースの帽子を取り上げ、癖の付いた猫毛を優しく掻き混ぜる。
「ん、んん………」
すると、動いた空気に気づいたのか、キースの目蓋が半分ほど持ち上がる。
「ブラッド……?」
「起こしてしまったか? お前も今日は休みであろう」
「うぅぅ……」
「俺が不在なのは知っていただろう。なぜここにいる。自分のベッドの方が休めるだろう?」
眠そうに瞼を擦るキースの手が、髪を撫でるブラッドの手を掴み口元に引き寄せる。
手のひらにちゅっと唇を付け、くいと引き寄せる。それに逆らわず、ブラッドがベッドに腰を下すと、キースはブラッドの方へと向きを変え、腰に腕を回す。
「知ってたけど……ミリオンチューブ見て……キラッキラした顔で滑るお前の顔見たら……会いたくなった」
「普通に滑っていただけだが………?」
「でこ丸出しの顔……見せるなんて、きーてねぇ……」
ブラッドの腹にぐりぐりと額を擦りつけ、寝ぼけた様子のキースは拗ねた口調でぼやく。
「不可抗力だ。風に煽られるのだから、仕方がなかろう……」
「でも、いやだった」
「それは……悪い事をした」
「クリスマスなのに、ひでーぇプレゼントだ。しかも画面の向こうにいるなんて……触れもしねー……」
「わるかった………」
子供の様な駄々を捏ねるキースが可愛いと思ってしまうのは、恋人の欲目だろう。実際は酒気が残るだみ声の図体のでかい成人男性だ。
「そんな帽子をかぶって忍び込むなど、プレゼントでも持ってきてくれたのか? サンタクロースの様に」
「う~……ちげぇ。貰いにきたんだー……」
「ふふっ。良い子は寝て待つのだろう?」
「待ってた。したら、おまえ帰ってきた」
キースに捕まれたままの手とは反対の掌で口元を覆う。そうしなければ、とんでもないセリフが口から飛び出て、早く帰宅した理由の全てを台無しににしてしまいそうだったからだ。
「俺がプレゼントか………。キース一日遅れたが、メリークリスマス」
「ん……メリー、クリスマス………」
ブラッドに言いたいことを言えたのか、掴んでいた手の力が緩み、ぱたりと布団の上に落ちる。
すぐに穏やかな寝息が聞こえ、ブラッドは口を覆っていた手をそっと下ろした。
そろそろと息を吐き出し、ベッドから静かに立ち上がる。
眠るキースの腕を布団の中に仕舞い、旅行バッグの中から小さな包みを取り出し枕元に置いた。
部屋の中を静かに歩き、クローゼットから制服を取り出しバスルームへ向かう。
この服に着替えればきっとこのふわふわと甘い気持ちを切り替えることができるだろう。そうすれば、キースを叩き起こすことも容易な事だ。
けれど、いまはまだ——
「メリークリスマス………来年は一緒に過ごそう………」
END