俺のゆりかごはお前なのだから墓場まで付き添ってもらわないと許せない。 馬の背は艶やかな見た目に対し案外固い。筋肉の動きは鞍をこえて伝わり、しっとりした毛皮ごしにまざまざと熱を寄こす。
すっと伸びたまっしろな首に右頬を預けて、国広は隣を走る男を眺めた。
二本の手綱を引くその手には戦装束に合わせた黒の手袋が装着されているが、ぐっしょり濡れていることを知っている。暗色に負けて見えないだけで、国広の腹から出た赤いものがこびりついているのだ。
滑って煩わしいのか、何度も握り直している様子が見て取れる。
外してしまえばいいだろうに――いや、素手は素手で手綱を握るには適さない訳だが――血濡れの真っ黒な手はそのままで、彼と国広、それぞれを乗せた二頭の馬を操り続けていた。
「ちょ、ぅぎ……」
はっきりと名も呼べない己が情けない。
優しい馬は戦闘時に比べれば気遣って四足を動かしてくれているようだったが、振動が響き、口も動かしにくい。それでも感謝の気持ちと、自慢の鬣を染めてしまっている謝罪として、国広は自由になる方の手で首をぽんと叩いた。ブルルと、馬は素直に応えてくれる。
「なぁ……」
一方で、進む先を見据えたままで国広をちっとも窺わない相手に、再三声をかけた。
「…………おい」
「聞こえてるよ。いま話すべきことなのか?」
煙たがるような声は平時より刺々しく、腹の内にまでじくじくした痛みをもたらす。通ってきた道には国広の身体から抜けた液が、クッション代わりのストールの装飾を辿って、ぽたりぽたりと垂れていた。おそらく、そろそろ本格的に出血量がまずくなってきている。
気が遠くなりそうな痛みを押しのけて前方へ首を動かすも、期待した景色には到達していなかった。
「合流地点はまだ先だ。口を動かす気力は意識を保つことにまわせ」
別のことをしていれば痛みも紛れる。だから話をしたかったのだが、なぜか長義は国広の聞きたかったことを察したみたいで、先んじて会話を終わらせた。
気が利くのか、利かないのか。
希望に沿われずじまいの国広は、力ないため息とともに顔の向きを長義へ戻した。
本科は耳の形が綺麗だなぁと、意識してどうでもいいことを思う。すっきりした薄さで、存外柔らかいんだよな――と。
馬上の揺れが段々と気にならなくなってくる。それどころでなくなってくる。
気持ち悪いとどうでも良いとが綯い交じる。
目が、世界がぐにゃりとまわり、次に視界を取り戻したとき、頬を寄せていた白毛は銀髪になっていた。
「なんだ、起きていたのか」
手入れ部屋の布団に国広を転がした長義と、目が合った。目が合うのは、戦闘開始以来だった。
「主が手伝い札を持ってくる。いま少しの辛抱だ」
黒いまだら模様のストールを手に立ち上がる彼の耳は、先ほどと違って見えない。常時清潔に耳へ引っかけられている髪が乱れて、無造作に顎の輪郭を覆っている。
「……大丈夫だ。そう心配しなくていい」
取り乱した様子の長義を安心させたくて伝えてみたものの、「気を失った奴の言葉じゃないな」と憤慨された。
「意識を保てという命令くらい従ってくれないかな」
「なら会話くらい付き合ってくれたって……」
「なんだって?」
小声の抗議にまで目くじらを立てる相手には悪いが、本当に大丈夫なのだ。攻撃を受けた箇所の痛み、度々襲うめまい、いまは安定した吐き気、意識障害、片手を自由に動かせないくらいで、ああ死ぬなとは一瞬も感じていない。万が一のお守りだって持っている。
長義も知っているはずなのに、戦線を退こうとしない国広を引きずって連れ帰ってきてしまった。
「結果論をどうこう言うつもりはないよ。不毛だ」
「ああ。そうだな」
「……馬鹿にしているのか?」
「なぜそうなる。感謝しているくらいだ」
運んでくれたこと、気にかけてくれていること、叱ってくれていること。大切にされていると、実感させてくれること。
動く腕でしゃがむよう促し、そのまま馬にしたように、長義の首をぽんと撫でた。汗が引いた直後だからか、ぺったりと冷たくて、これはこれで、命の温度だなぁと感じる。
「墓に入るときは同時か、もしくは俺が後だ。年功序列といこう。しかしまだそのときじゃない。……そうだろう?」
問えば、ぺちりと、仕返しのように国広の首が叩かれた。手袋を取ったその手が、熱を奪っていく。
ああ、そうか。本科がやけに冷たいのは、自分の体温が高いからか。
「お生憎、刀に墓は与えられないよ」
鼻を鳴らして皮肉気に長義が否定するから、国広はそうじゃないんだと目を閉じた。
「そんな日はきっと来ない、という意味だ」
長義が重傷になろうものなら、お守りが発動するより早く、国広が連れ帰るのだから。だから、そんな、誰かを殺しそうな顔をするほどのことではないのだ。