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    hasami_J

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    00課事件物二次創作。後ほどpixivにまとめます。全三話中の最終話。
    お借りした方は末尾およびリプツリーで(漏れてる方が居たら教えてください…)

    【00課陸】呪物蒐集家殺人事件【三】【3】

    付与番号:ROA-2105G『覗き込むと死ぬ銅鏡』
    危険度:1
    説明:直径32cm×35cmの青銅製の円鏡。軽度の呪術的痕跡あり。平成■年に宮崎県■■遺跡にて発掘されたものと形状が類似。先述の品物は鏡面へ顔を写すことによって対象へ軽度の呪詛を付与することが確認されている。歴史的価値も高い為、浄化が完了次第然るべき機関への寄贈を検討。

    付与番号:FPH-30581F『滴る人形』
    危険度:2
    説明:経年劣化を帯びた80cm×75cm×60cmサイズの女雛人形。顔部が削ぎ落とされており、これは後天的に人為的に施された施術と思われる。昭和■年に人形供養を行なっている■■寺より紛失したものと特徴が類似、盗品の可能性を視野に入れて調査を進める。削ぎ落とされた顔部より一定間隔で血液に類似した赤い液体を発生させ、適切な処置を施さない限り危険度2相応の呪詛を内包することを確認済み。

    付与番号:POQ-1136D『魔女の頭蓋骨』
    危険度:2
    説明:女性のものと思われる頭蓋骨。鑑定の結果、約400年前の30代コーカソイド女性のものと断定。同品はオカルトコレクターの間でも有名な呪物であり、■年にアメリカ合衆国■■村にて発生した魔女裁判の被害者女性の頭部であるとされている。浄化措置後、然るべき埋葬地への移動を要すると思われる。

    付与番号:AFW-9035T『絶唱する拷問椅子』
    危険度:1
    説明:中世イギリスに於いて使用された懲罰椅子と呼ばれる拷問器具に類似。一定量の霊力に反応し、性別不明の音声により■■■年に作曲された「がみがみ女への懲罰」を歌うことが確認される。この際の音量は平均150デシベルであり、周辺の人間に強い苦痛を与えることを確認済み。霊力を断つことでただの器物となることを確認。この効果により捜査員2名の鼓膜に軽微の被害あり、寄贈ではなく破壊を希望する声多数。

    付与番号:FPH-30581F『首刈りブラック・ダイヤ』
    危険度:4
    説明:3カラットのブラックダイヤモンドがあしらわれた女性物の指輪。呪詛耐性の低い者が宝石を一定時間観察することで、指輪を装着したいという強い欲求に駆られる。この欲求に従って指輪を装着した場合、ダイヤモンド内部より解析不能のエネルギー状の刃が装備者の首部を狙って放たれる。被害者も同様の精神汚染を受けていたはずだが、指のサイズが合わなかったことでこの刃の発生に至らなかったと思われる。ダイヤモンド内部に強い呪詛が確認され、早急な浄化を要するとともに、被害者の手元に渡る以前に関与した事件が無いかの調査を要すると思われる。

    ………………

    …………

    ……



    「土瓶!!! ありましたァー!!!!」
     多々良しのりのヤケクソじみた絶叫が響いた。周囲の職員たちは虚な目で惰性じみた拍手を送る。記念すべき本日13品目のトウビョウ土瓶の発見であった。
     時刻はすっかり夜の最中。19時を回り、本来ならば夜勤組との交代を終えている時刻であるが、あいにくと今日は誰も彼もがシフト無視のフル勤務。霊力体力が尽きた者から仮眠室へ足を運び、あるいはその場で倒れ、治療班がそれを治し、回復したものから再び業務に当たる。これが現代の地獄である。
     これだけの人数がこれだけの時間戦い続けているのだからそろそろ半分を終えたのではないか、そもそも半分とはどの時点で判断をするべきなのか。そんなことを考えると心が折れるので兎角まずは手を足を動かし無心の分類目録作成所によって一時浄化。
     00課にとって危険物の山である以上、それらを現場に放置するわけにはいかず、さりとて設立間も無い北海道支部の職員たちだけでこれら全てを捌き切れるはずもない。緊急性が低いと判断された品は協力先である寺社仏閣をはじめとした宗教組織ならびに民間団体と連携することになるが、これだって信頼性の担保を必要とするし、そもそも引き渡しにだって人員と時間は必要だ。嘘か真か支部長が別支部に応援を要請したという噂も流れている。事実であって欲しいと願う捜査官は多かった。
    「浄化班で手が空いてる人いる!? なるはやで!」
    「サイコメすんなっつったじゃん! サイコメすんなっつったじゃん!」
    「ぎゃああまたクソ椅子が歌い始めたもうやだあああああああああああ」
    「藁人形軍団が逃げ出したぞ捕まえろォ!!!」
    「収容違反! 収容違反!」
     これ、通常勤務回ってんのかな、と多々良は疲労で麻痺した頭で辛うじて懸念した。
     他の職員を信じるしかなかった。

     数の限られた霊能者、その中でさらに限られた公務員、組織内で手配できる人員はどうしても限られ、連携が取れる外部組織も乏しい。
     それは00課という組織の、ある種の構造的欠陥でもあった。


    ◆◆◆


     ぽつり、ぽつりと、夜空から雪が降り始めていた。

    『兄さん? 忙しいトコごめん。今大丈夫?』
    「もちろんさ! そんなこと気にするな」
    『鴉介と鵜助が帰ってきてないんだけど、なんか連絡行ってない? 既読もつかないし電話にも出なくて…』
    「……? 特に連絡は入ってないが……ああ待ってろ、少し視てみる」
     可愛い妹の物憂げな声に、鷲吏は訝しみながら再度時刻を確認した。スマートフォンの画面に点ったデジタル数字は、現在時刻が19:45であることを示している。中学生の帰宅にはいささか遅い時刻だ、まして今日は終業式として学校は午前中で終わっている。
    『ホンットごめん! ど〜せどっかで遊んでるんだとは思うんだけどぉ…』
    「まったく新記録だな、こいつは看過できねーぜ。流石にそろそろ雷を落とさなきゃだ!」
    『そう言ってホントに雷落とせるのぉ?』
     兄の協力を得られることに安心したのか、電話の向こうの声に笑いが混ざる。それに何より安堵して、鷲吏は素早く周辺を見渡した。封鎖された交差点の片隅に鎮座するカーブミラーを見留め、足早に近づき囁く。鏡よ鏡、可愛い弟の今の居場所を教えておくれ。
     かくして器物は古い魔女のまじないに応えた。ぎらりと不自然な光を反射した鏡面は、当然のようにここではない何処かを映しだす──鷲吏の喉が不自然に鳴った。
    『兄さん?』
     スマートフォン越しの妹が、敏感に異変を察し、不安げに呼びかける。鷲吏の硬直は時間にすれば1秒にも満たなかった。白く染まった思考を無理やりに稼働させながら、口は最早意識すらせぬままに、さんざん馴染んだ言葉を吐いた。
    「……ああ、大丈夫だ。兄ちゃんがどうにかするから──」
    「警察へ連絡を」
     鋭く、まっすぐな言葉が、鷲吏の言葉を遮った。
     同時に、手から通話中のスマートフォンが奪い取られる。はたと振り返れば、いつの間にそこにいたのか、無理やり鷲吏から通話を代わった春原祥馬の姿があった。
     緋色の瞳をカーブミラーから背けぬままに、青年は電話の向こうにいる同僚の家族へ、手短に真実を告げる。
    「すぐに警察へ通報を。弟さんたちは今、何者かに誘拐されています」
     魔女の言葉に応えたカーブミラーには、意識を失った双子の少年たちが、拘束された状態で暗い空間に押し込められている様が映し出されている。

     警察へ通報を、まずは捜索願、こちらでもすぐに特異行方不明者とするよう手配しておきます、既に現場職員に相談済みであることや00課の名前を出してもらうのがスムーズでしょう、自分の名は……。
     祥馬のよく回る口がてきぱきと指示を出す。通話が終わると同時、鷲吏はむしりとるように祥馬の手からスマートフォンを奪い返した。忌々しげな金の目が祥馬を睨み据え、乱暴に踵を返し背を向け歩き出す。
     祥馬は再度腕を掴み、それを止めた。
    「どこへ行くつもりですか、鷲吏さん」
    「やっぱり首輪で正しかったじゃねえか」
     腕を振り払い、鷲吏が鋭く吐き捨てる。時間が惜しいとばかりに歩みを止めようとしない彼の前に、クー・シーが回り込み鋭く一声吠えて威圧した。鷲吏は忌々しげに舌打ちし、祥馬へ向き直って毒吐いた。怒鳴りつけるのを辛うじて堪えているのだろう、敵対者へ向ける声音だった。
    「俺が余計なことをしでかさないよう制御出来て満足か?」
    「認識に相違が」
    「黙れ」
    「黙りません」
     いまの鷲吏を捨て置けばどうなるかを、これまでの付き合いから祥馬はよくよく理解していた。ただでさえ一人で何もかもを担おうとする彼の悪癖は、こと身内のことになればなるほどに顕著だ。最終的に目的は成し遂げられるかもしれない。だがその過程の手段は省みられまい。
    「これはご家族と、貴方をお助けするための提案です。通報が入れば、貴方は現場の職務を放棄し私用に走ったのではなく、現場判断で急を要する事案に介入したことにできる。何よりこれで、」
     祥馬は譲らなかった。彼は一度も鷲吏から目を背けることをしなかったし、その声には一分の迷いもなかった。この点に関しては、譲る気はなかった。
    「私も貴方の力になれる」
     どうか、あなたの隣人の声に耳を傾けて。
     鷲吏と祥馬は睨み合った。双方の体感としてはそれはひどく長い時間に思われたが、当然ながら現実の時間としてはほんの僅かな間であっただろう。二者の間を舞い降りた雪片が地面を濡らすまでの、ほんの僅かな、けれど長い間。
     先に目を背けたのは──結局のところ、やはり、鷲吏だった。
     追及を逃れるように、間に線を引くように、男は緋色の眼差しから目を背け、背を向ける。再度歩み出した彼の足取りが先までとは意味を変えたのは、足音に紛れるように囁かれた小さな言葉。聞き逃されたならばもうそれで良いとでも言いたげな、小さな小さなSOS。
    「──なら」
     春原祥馬はそれを聞き届ける。
    「……勝手に着いて来て、勝手に止めろ」

    「──雅弥!」
    「離れるんでしょ? オッケー、こっちはうまくやっとくから! いってらっしゃーい!」
     空から降り出した雪は、徐々に舞い散る量を増していた。このまま夜半になるにつれ降雪量は増えていくと、昨晩の予報は告げている。
     相棒を追って駆け出した双子の兄弟と黒い獣を見送って、雅弥は白い吐息を吐き出した。小さくなる背を見届け、傍らの山犬へと笑いかける。
    「じゃ、僕らは僕らでうま〜くやるとしようか、おじぃ!」


    ◆◆◆


     誰かに見られたような気がして、乙成は目を覚ました。
     暗く、狭く、息苦しく、ガソリン臭い空間だった。揺れがひどく、終始ガタガタと音を立てていた。意識を失っている間もそうだったのだろう、体の節々が痛みを、三半規管は気持ち悪さを訴えていた。身を起こそうとして、両手が後ろ手に何かに縛られていることと、天井がずいぶんと低いことに、遅れて気付いた。
     車のトランクの中、と連想するのは容易かった。
     ぱちぱちと目を瞬かせれば、徐々に暗闇に視界が慣れていく。目の前の天井──正確にはきっと、トランクの裏──には、びっしりと見知らぬ札が貼られていた。こうした仕事についていなければちょっとしたホラーだ。それがどういった効力をもたらしているものなのかは、00課に属しながらもこの手の分野には未だ疎い乙成には、見ただけで判別はできなかった。
     すぐ傍で人肌が蠢き、小さくくぐもったうめき声が聞こえる。視線を向ければ、やはり、あの少年たちも共に攫われているようだった。
     そう、これは紛れもない誘拐だ。
     公園での最後の記憶を思い返す。自分が味わった衝撃はスタンガンだったのだろうか、それとも違う何かだったのだろうか。確かなことは、相手は複数──自分の気を引いてきた女、背後から襲撃してきた何者か、そして少年たちの側を担当した何者かで、最低でも三人──居るということ。誘拐時の手際の良さから、当初から誘拐を目的として自分たちを尾行していたのだろうこと。接触時のやりとりから、狙いは少年たちだが、彼らの身の上には然程詳しくないだろうこと。
     目的はなんだろう?
     少なくとも、身代金目当てではあるまい。だがその場で殺さず今も生かされているのなら、生かして捕まえることに意味があるのだろうか? はたまた、死体を処理しやすい場所まで連れて行こうとしているのだろうか?
     身じろぎをした時、乙成は自分が猿轡を噛まされていないことに気付き、さらに困惑した。走行中は気取られないとしても、信号で止まった時や、どこかに停止した時に、内部で大声を出せば、周囲の人間が不審に思う可能性は十分にある。それどころか、口が動かせるのであれば、自力で拘束を噛みちぎる可能性だってある。
    ──不慣れなのだろうか。こういうことに。
     都合のいい解釈だろうか。だが、現時点での情報では、そうとしか思えなかった。
     早鐘のように脈打つ心臓を努めて抑えながら、乙成は目を伏せ、外部の音へ耳を傾ける。意識を失ってからどれぐらい経つのか? 現在位置はどこなのか? これが何らかの理由によって素人に行われた不慣れな犯行であるならば、冷静になりさえすれば、突破口は存在するかもしれない。乙成はそれに賭けることにした。それ以外、できることもなかった。
     耳を澄ませる。
     運転席の方向から、誰かたちが言い争うような声がする。


    ◆◆◆


     心霊スポットにあった蓋を開けた先にあったのは、地下へと続く狭いタラップだった。地下に何らかの設備があり、この蓋はその点検用の通り道なのだろうかと思った。印象としてはマンホールに似ている。
     忌島は躊躇なくするするとその中へと入っていく。少しだけ逡巡したが、真品も結局それに続いた。彼を一人にするのはいろいろな意味で危険に思えたし、ここまでくると自分自身の好奇心にも勝てなかった。

     タラップを降り始めてしばらくして、とぷんと、何かの膜を抜けたような感覚があった。結界、とその感覚を脳内で言葉にした直後、脳天を貫くような凄まじい悪臭が鼻腔から抜けた。思わず肺の空気が全部漏れ出し、凄まじい咳となって漏れ出す。食道から込み上げるものがあったが、タラップの真下に忌島がいることを思い出し、どうにかそれだけは耐えた。
     悪臭は地下へ行けば行くほど濃密になっていく。徐々に麻痺していく鼻を使って、真品はその臭気の原因へあたりをつけようとする。糞尿の臭い。腐った肉の臭い。血と死体の臭い。それらを一つに集めたような臭い。
     激臭は思考を鈍らせ、肉体は機械的な動作を続けた。蓋を降り始めてからどれだけの時間が経ったのか、既に感覚が狂っていた。
     地面に足が着いた時、予想外の感触にルーティンが崩され、真品はバランスを崩しかけた。背後から伸びた忌島の手がそれを支え、真品は尻餅をつかずに済んだ。自分が降り立った場所の有様を確認し、真品は忌島の配慮に感謝し、耐えきれず今度こそ嘔吐した。
     足の踏み場もないほどの蛆虫が、そこいら中を這い回っていた。光から逃れるように黒く素早い影がいくつも走り回り、口をひらけば飛び込んできそうなほどの蝿の群れがあたりを埋め尽くしている。
     原因はすぐにわかった。地下通路の左右に設置された糞尿に塗れた小さなケージ、その中に打ち捨てられたいくつもの死骸だ。白骨化しているもの、腐食の最中にあるもの、虫が集るもの、さまざまであったが、そのいずれもに首がない。
    「あるもので全てではないでしょうね、最後のサイクルの残りといったところでしょうか? 三……いや五十……もっと作ってるかもしれませんねえ」
    「なん、なに、なんだここ、」
    「あ! 見てくださいよ真品さん! あの柱! すごーい!」
     忌島がきゃあきゃあと喜びの声をあげながら、ぐちゃぐちゃと蛆虫を踏み荒らし懐中電灯の光の先へと駆けていく。ライトを向けた真品は、光の輪の中に映し出されたものに幾度目かの悲鳴を飲み込んだ。
     コンクリート打ちっぱなしの部屋の中に、奇妙に置かれた木製の柱だった。腐食し虫にたかられたその木に、蝉の抜け殻のように、大量の何かが密集していた──それは藁人形だった。五寸釘に打ち抜かれ縫い止められた、藁で出来たいくつもの人形だった。
     はしゃぐ忌島に連れられ、真品はしばし、その地下空間を探索した。ある部屋を覗き込めば大量の虫が飼育された大瓶がいくつも置かれ、ある部屋には意図的に汚された日本人形が散乱していた。胎児のホルマリン漬けや臍の緒の干物、誰かの爪が詰まった瓶、などを見つけた頃合いには、流石の真品もこの空間が何なのかに気付いていた。
     ここは呪物の生産場だ。
    「忌島サン、あんた、分かってたんスか」
    「まさか! 流石にここまでのものが出てくるとは思っていませんでした! 嬉しい誤算です、足を運んだ甲斐があった!」
     この陰惨な生産ラインが既に打ち捨てられているらしいことは確実だった。だが未だ虫が湧く余地があり、さらにこれだけのものが残っているということは、廃棄されてから間がないことを意味している。入り口に貼られた結界のこともあった。トチ狂ったカルト団体か変態趣味の気狂いかは知らないが、いずれまともな人間が作り出したものとは思えない。
     しかし同時に、はて、と疑問も抱いた。先ほど忌島は、地上のホテルは作られた心霊スポットだと言った。誰かが意図的に流した噂によって生じたものだと。矛盾してはいないか? それでは隠したいのか見つけさせたいのかが分からない。事実、その心霊スポットの噂から、自分達はここに辿り着いている。
    「ところで真品さん、随分可愛らしいアクセサリーをつけてますね」
    「え? ……ウワーッ!?」
     忌島が真品の肩を指差しながら笑みを深めた。真品は思わず釣られて振り返り、自分の肩を見て悲鳴をあげた。緑色の、よく分からないうねうねとした、ミミズ団子のような霊的存在がくっついていた。
    「霊虫ですね。人の霊気を食らう霊障です。霊力が強ければ強いほどいっぱい集まってきますよ、一部地域ではかぐたばとも呼ばれていて……いやそれにしても活きがいい! 霊ですけど! 写真撮ってもいいですか?」
    「嫌だーッ取ってくれーッ!」
     真品は忌島に飛びついた。それだけでミミズ団子は雲散霧消した。

    「そういうわけで、まとめますと」
     真品とおててを繋ぎながら、忌島は周囲の写真を撮影しつつ自身の推理を語り始めた。
    「この空間自体は、おそらくラブホテル経営時から存在した場所でしょう。もとは何らかの設備が置かれていたんでしょうね、ただの倉庫だったかも」
    「ラブホ経営時からコレやってた可能性は?」
    「なくはないでしょうけど、可能性は低いんじゃないでしょうか? 流石にリスクが高すぎる。もっといい場所を選べば良いだけですし」
     廃墟となった後に、この空間を知っている者が、ここを加工場として再利用した。目的はもちろん、呪物を効率的に大量生産する為である。
    「じゃあ、心霊スポットの噂は? 内部リークでもあったんスか?」
    「その可能性もあるかなあと思ってたんですが……ちょっと違う気がしてきましたね」
    「?」
    「先ほど真品さんにくっついてた霊虫、私が横にいるからここまで姿を見せなかっただけで、地上部でも発生していたのではと思います。例の心霊スポットに来たという中学生たちがコレを見たとは流石に考えられませんから」
     それはそうだ。コレを見て何もなかったただの廃墟だったなどと言えるのであれば、それはだいぶ正気か記憶のどちらかを蝕まれている。思い返せばあの蓋も、ここ数日で開かれたような形跡はなかった。
    「コレが見つかっているのであれば、今頃ネット上でもお祭り騒ぎでしょうしね。しかしそんな事実はこれまでありませんでした。つまり、ここを作った人々は、ここのことをきちんと隠していたんです。入り口に結界まで貼って、厳重なことですよ。にもかかわらず、霊虫だけが地上へ滲み出ていた。明らかに作為的なものだと思いますね」
    「罠でも貼ってたんスかね?」
    「かもしれませんね。いや……というよりも、マーキングに近いかも」
     忌島はしみじみと呟きながら、ぐるりと周囲を見回した。
     現実離れした陰惨な光景に衝撃こそあれ、それが収まった後で見回せば、工場は狭かった。その中で効率的に数を作り出そうとしたいじましい努力は感じられたが、バリエーションそのものは少ない。人為的に大量生産が可能なもの、その模倣が可能なものだけを選び、生産を試みている。
    「新商品の開発でもしたかったんですかねえ……何らかの理由で追い詰められていたのでしょう。之歳少年は案外いい霊力してるのかもしれませんよ」
    「でもそいつにはこの虫見えてなかったんだろ? じゃあ通報者の同級生の方がそういう力は強いんじゃないか?」
     忌島は目をぱちくりと瞬かせた。しばし考え、「確かに」と同意の声を漏らす。そして初めて、不思議そうに首を傾げた。
    「……ンー、じゃあ何で彼らには霊虫がついてなかったのでしょう?」
    「クソ強過保護守護霊でもついてたんじゃねえスか」
     面倒臭そうな真品の適当な発想に、忌島は思わず笑ってしまった。
    「それは、他人事とは思えませんねえ」


    ◆◆◆


     ヒラヒラと舞い降りてくる雪を見上げながら、金剛雲母は考える。
     加納は被害者の金の動きについて、より詳しい調査を始めた。ダミー会社であろうことは確実にしても、まずは被害者の入金に携わった企業についての調査を。それ以外でも、税務署に被害者の金銭状況について確認したいとも言っていた。
     テオバルドは死因の特定に動いている。五万点の呪物の中に証拠品が残っている可能性について、彼はあまり現実視していないように思われた。しかし彼自身未だピースが足りていないのか、深い思索の中で、最後の欠片を探そうとしているように思われる。
     徐々に行き詰まりを感じていた。あるいはここからが警察にとっての正念場というべきか。そうした中で、金剛が何をしているかといえば──正直、何も出来ていない、と思う。
     言葉にするとあまりにも情けなさすぎて、金剛は自分の頭を掻きむしりのけぞった。
     推奨される捜査方法ではないが、現場の金属を片っ端からサイコメトリーしてみたりもした。玄関のドアノブ、キッチンのシンク、換気扇に水道管。さりとて得られる情報は当たり障りのないものでしかなく、それでいて奇妙な共通イメージが脳裏を過って仕方ない。金儲け、売買、商売、そういった金周りの情報を、言葉無き器物たちは静かに訴えかける。だから、この思考の路線で、間違ってはいないはずなのだ。
     インターネットを使った転売は五年前に手を引いていたとして、それとは異なる経路で、被害者は呪物の売買を行なっていた。それはそれで妙な話だという違和感は未だに残る。被害者の浪費癖は彼のコレクションを主な対象としていた。コレクションを集めるためにコレクションを売る、そんなループを、果たしていつまでも続けるだろうか。それを繰り返すような人間が、五万点も手元に残しておくだろうか。

    ──いや、待てよ。
     なにも馬鹿正直に、自分の大事なコレクションの中から、商品を選び続ける必要はないのではないか?
     加納とテオバルドの会話が脳裏を過ぎる。
    ──トウビョウねえ。これってそんなおっかねえの?
    ──どうだろうな。結局のところ、使い手次第だとは思うが。
     そうだ。
     はたと気付いた。
     大半の人間にとって、その呪物が本当に危険なホンモノなのか、実際は大した脅威でもないニセモノなのかなど、『分からない』のだ。
     00課という当たり前のように危険性を熟知し、見分け、識別し、浄化すら可能とする集団の中にいて、麻痺していた。大半の人間は霊能力を持っていないし、目の前の骨董品が呪いの品なのかただの汚い皿なのか、違いが分かりはしない。
     被害者はどうだっただろうか? 分からない。彼のコレクションは玉石混合だ。だが少なくとも、現時点で判明している周辺情報を見聞きする限りで、そういった能力を持ち合わせていたという報告はない。仮に被害者に霊能力が無かったとすれば、コレクションを手放さず、転売と同等の利益を得るならば、何をするだろう?
    ──贋作を作る。
     被害者はオカルトライターだ。知識だけは間違いなく持ち合わせていた。呪物の中にはその製作過程がつまびらかにされているものも多い。そうでなくとも、存在しない曰くを新たに生やす方法など、いくらでも熟知していた筈だ。
     贋作を作り、売る。けれどそれだけならば、インターネット通販でも十分のはず。口座の入金は明確な取引相手の存在──それも大口の──を示唆していた。
     贋作であることが取引相手にバレてトラブルになった? いいや、被害者がインターネット通販サイトを退会したのと、謎のパトロンとの取引が始まったのはほぼ同時期だ。ということは、むしろ、この贋作作り(仮称)はパトロンに示唆されて始めたと考えた方がいい。

     誰に売るんだ?

     呪物を欲しがるのはどんな人間だろう。
     被害者と同じコレクター、ただのオカルト好き。
     それだけを相手にするならば、転売でいい。だが違う、もっと高額で売れる相手がいい。いくら出してもいいからそれが欲しいと切望し、自分の破滅をも顧みずに大枚を叩くような。
     呪物を使いたい者。他人を呪いたい者。自らに恩恵を得たい者。──『力』が欲しい者。
     彼らと仲介が出来る者。
     それを、より、広い範囲で相手取るとして。
     金剛の脳裏を飛躍した思想が過り、わずかな疑念は肥大化していく。

     転売ではなく──
     ──輸出だとしたら、どうだろう?

     ビュウ、と冷たい風が顔に叩きつけられ、「ぶえー!」と金剛雲母は間抜けな悲鳴をあげた。気づけば窓の外の雪は強さを増していて、開いた窓から屋内へ容赦なく雪と風が叩きつけられている。その開いた窓の隙間から、ひょいと白い巨大な犬が顔を覗かせた。金剛はぎゃあと悲鳴をあげて椅子から跳ね起きポリスカリバーを構えた。
    『なんだよ、職員の割には大袈裟な反応だな』
    「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ」
    『落ち着けって。周りを見ろよ。いるだろこういうの。いっぱい』
     山犬おじぃは金剛の顔面に巨大な肉球をおしつけた。むにゅっとした柔らかく暖かい質感とちょっと香ばしい感じの匂いが金剛の鼻を埋めた。肉球をキメて金剛は冷静になった。
     おじぃは周囲を見回しながら、のんびりと言った。
    『荒事が得意なやつ、何人かこっそり借りられねえかい』


    ◆◆◆


     始まりは変なミイラだった。
     古寺の解体工事を請け負った時だった。本堂の奥、密閉された部屋の中に、黒ずんだ長い木箱があった。仏像か何かだろうかと蓋を開けてみれば、中には奇妙なミイラがあった。両手をボクサーのように構え、シャム双生児のように二つに分かれた頭が異様だった。
     ああ、またか、と思った。こういう仕事を長くしていると、稀にあるのだ。こういう意味の分からない出土品が。
     価値のありそうなものであれば、警察に届け出たり、管理していた業者や元の所有者に確認したりもする。だがその判断が困難なものもある。警察だってこんなものを受け取っても扱いに困るだけだし、管理業者や元の所有者に心当たりがなければ、結局最後にはゴミの一つとして処分するだけだ。
     若い奴らは呪いの品なのではだとかお祓いが必要なのではと騒ぐこともあったが、それをするにもタダでとはいかない。被害が出てからでは遅いと言われても、被害も出ていないのに無い袖を振るのはバカバカしい。
     だからそれも、猿か何かを加工したミイラだろうと、処分することにした。
     『奴ら』が接触してきたのはそんな頃だった。
     最初はよくあるセールスの電話だった。近年稚内に出来たリサイクルショップ。買取や引き受けも行っている。処分に困っている不要の中古品があれば是非買い取りたい。云々。
     そのよくあるセールスの末尾に、奇妙な言葉が添えられていたのが切っ掛けで、奴らと取引を始めた。
    『──特に、曰く付きの品は、喜んでお引き受けしますよ』
     受け取りには、リサイクルショップの制服と思しき黄色のツナギと、黒い帽子を目深に被った男が一人で来た。端々の雰囲気からこの国の人間ではなさそうだとは思ったが、日本語は流暢だった。
     ダメもとで件のミイラを見せてみたら、ツナギの男は大層喜んだ。そしてこちらがギョッとするほどの額をポンと出して、それを引き取っていった。似たようなものが出てきたら喜んで買い取るのでいつでも連絡してほしいと言われた。
     金になるのだと知った。以後、現場から変なものが出る度に、その店に連絡するようになった。良い金になった。
     もう、12年以上昔の話だ。
     しばらくそれを続けていたが、徐々に欲が出てきた。
     そういう物は、いつだって狙って出土するものではない。数年に一度あるかないか、その程度だ。これをもっと頻繁に取引できないだろうかと思った。
     手段はないだろうかとインターネットで調べてみれば、通販サイトでそういったものの取引が行われていることを知った。相場の値段はあの店が提示するよりも遥かに格安で、利益になりそうだと思った。それを購入しようと出品者を調べていた時、大量の品を取引に出している人物の住所が、北海道であることに気付いた。
     出品理由を見れば、金銭難のコレクターとあった。
     試しにコンタクトを取ってみれば、とんとん拍子に話は進んだ。
     コレクターから引き取った大量の品を、店は喜んで、やはりこちらがギョッとするほどの額で買い取っていった。
     この店は一体なんなのだろうという疑念は常にあったが、提示される額の前には、触れる気にもならないものだった。
     しばらくそれを続けていたが、徐々に欲が出てきた。
     コレクターが自分のコレクションを売りに出すのを渋るようになったのと、自分がコレクターと店の双方から切り捨てられることに恐怖するようになったのはこの頃からだった。どちらから話を切り出したのかは定かではない。売上の受け渡しの際に聞いたコレクターの愚痴だったかもしれないし、商品の引き渡しの際に耳にした男の甘言だったかもしれない。自分の方から、それを申し出たのかもしれない。
    ──新しく作ったものでも構いませんよ。
    ──ただし手順は、従来通りで。
     そうして副業が出来た。
     今から五年ほど前のことだ。

     五時間以上、無心で車を走らせて、指定された場所へとたどり着いた。遠くに海の音が聞こえたが、冬でも鬱蒼と茂る木々と夜の闇が、海原を目にさせてくれなかった。
     稚内港から程近い森の中だった。訪れるのは初めてだった。いつだって、受け取りに来るのは店の方からだったから。
     セダンから降り、周囲を見回す。妻と息子が背後から続いた。人気のない森の中は不気味だった。あんなことをやるようになってから、一層夜の闇が怖くなった気がする。
     黄色のツナギの男はそこにいた。いつものように黒い帽子を目深に被り、店名のロゴが入ったワゴンの前に立っている。そういえば十年以上の取引を続けていながら、彼らの店に足を運んだことは一度もなかったなと、今更のように気付いた。
     大陸人の面影を残す細い目が自分達を見留め、にんまりと大きな口を歪めて笑った。蛇のようだと、いつも思う。
    「品は?」
    「中に」
    「開けて」
     男はニタニタと笑いながら、流暢な日本語で手短に告げる。かつて見せていた商売人らしいセールス上の態度は見なくなって久しい。男の態度は年々横柄に、こちらを小馬鹿にしたものになっていった。それでも仔細は聞かずに商品を引き取って、こちらがギョッとするぐらいの額をポンと出す。だから文句を言う気にもなれない。恐ろしいのに、これを手放せない。
     トランクを開き、中のものを見せる。するとツナギの男は驚いた表情を浮かべて異国の言葉で何かを喋った。珍しいことだ。何と言ったのかは分からなかったが、彼の態度が軟化したことに安堵した。
    「どうだ?」
    「ウン、思ってた以上に良い品だ。こちらで引き取ろう」
    「……その前に聞きたい」
     トランクの蓋を閉め、胸中に残っていた疑念と不安を吐き出す。
    「礼観が死んだと聞いた。あんたたちの仕業なのか」
     自宅で不審な死を遂げた男のことを知ったのは、昼のニュースでのことだった。詳細は現在捜査中と手短に報じられた報道に映っていた男の名前と顔は、紛れもないコレクターの顔だった。
     自分の言葉に、ツナギの男は吹き出すように笑った。ゲラゲラと品のない笑いがしばし響き、ずれた帽子を被り直しながら、ツナギの男が尋ね返した。
    「知る必要あるか?」
     肯定と同じだった。
    「ッ何故だ! いま余計なことをされたら足がつく、危ない状況だってのは分かってただろ!?」
     怒鳴り声は恐怖で引き攣り、みっともなく裏返った。迫力など皆無だ。案の定、ツナギの男はにたにたと笑っているだけだった。蛇のようだった。

     副業は順調すぎるほど順調だった。場所や人材は自分が手配し、必要な知識をコレクターがもたらした。店側も協力の姿勢を見せ、ツナギの男が何度か現場へ足を運び手伝ってくれた。我々は共犯だった。
     用意した商品を店は大層喜び、取引額が跳ね上がっていくにつれ、手渡しであった支払いはそれぞれの口座に振り込まれるようになった。見知らぬ企業からの入金は空恐ろしかったが、深入りは避けた。
     我々は順調だった。順調すぎるほど順調だった。コレクターがどうだったかは知らないが、事業主であった我々は、税務署からの追及もうまく逃れていたと思う。
     順調にいかなくなったのはつい最近のことだ。ツナギの男が急に『取引を辞める』と言ってきた。店側の総意であるとのことだった。我々は慌て、理由と交渉を求めた。店は詳細を語らなかったが、交渉には応じた。ならば用意してほしい品がある、と告げられた。初めてのことだった。
     一も二もなく同意した。即座に手放すには、我々の周辺環境は、すっかりこの甘い汁に依存したものになっていた。

     ぎゃあ。

     いつのまにかトランクの上に、一羽のカラスが止まっていた。
     黒々とした目がこちらの姿を映す。その中に自分の姿が映り込む。
     ギャアギャアと頭上からカラスの泣き声がした。見上げれば、見たこともない数のカラスが夜空を埋め尽くし、木の上から自分達を見下ろしていた。雪が降る夜であるにも関わらず。
     ツナギの男が不機嫌そうに言った。
    「おまえ、何を連れてきた?」
     分からない。
     ただ、言われた通りのことをしただけだ。
     突然、霞が晴れたように我に返り、ドッと汗が吹き出し、足が震えた。
     恐怖が湧き上がった。
     我々は何を敵に回し、何を取り扱っていたのだ?
     どこで間違えた? 最初から? 転売に手を出した時から? 生き物を殺した時から? どうしてあんなひどいことが出来たんだ? 金が欲しかった、それだけのために?
     いや違う、確かに犬は殺した、虫も殺した、猫も鼠も! でも人は殺してない、盗みもしていない、胎児の死体を引き取ったりはしたが、あれだってもう死んでいた、違う! だからといってそれが許されるわけではない。何故あんなことを!
    「ああ、気付いちゃった」
     妻と息子の悲鳴が上がり、自分も踝に痛みが走った。咄嗟に見下ろせば、足首に小さな蛇が絡み付き、その牙を立てていた。
     いつの間にか、ツナギの男が、小さな木箱を開けていた。

    「じゃあもういいや」
     おつかれさまでした。


    ◆◆◆


     この比喩が適切であるのかは、検討の余地があるが。
     婆谷峨鷲吏という人は、背後に巣を隠す手負いの獣ようなものなのだろうと、春原祥馬は考えることがある。
     傷ついた獣は獰猛で、人を信じることはない。背後の巣穴に子がいれば、それを守るために命を賭して敵を廃さんとする。対峙するのがそれを保護しようとする手であろうとなかろうと構わずに。
     とはいえ、鷲吏は獣ではないし、祥馬は保護司ではない。いつ崩れるとも知れぬ危うい天秤の上とはいえ、鷲吏は人の側に立ち社会の歯車の一つとなることを選び、祥馬は母の言葉に応じて人の社会を見聞することを選んだ。鷲吏には言葉が通じるし、祥馬は鷲吏を保護したい訳ではない。
     並び歩みたいと望んだ者の隣を、歩いていたいだけなのだ。

     ぎゃあ、ぎゃあと、理不尽に増え続けるカラスの群れが声を荒げる。獰猛な爪で皮膚を裂き、嘴で目玉を抉り抜き、空へその身を吊り上げ地面へ叩きつけ殺してしまえと、魔女が念じた呪いの姿。ただでは殺さぬ、苦しんで死ね、死んだその後もなお苦しめと、声の限りに呪詛を吐く。

     双子を誘拐した車が稚内を目指しているらしいことが推察できれば、各空港間に繋がれた移動用ゲートが彼らの後押しをした。本来ならば到底取り戻せぬはずの初動の遅れは、かくして瞬時に取り戻される。
     海風をその身で受け止めながら、視界は雪で白く、カラスの群れで黒く染まる。祥馬の姿は稚内の上空に在った。抱きしめたクー・シーの温もりが暖となる。それでも覚悟していたほどの寒さがないのは、保護するように自分の周辺へと貼られた結界の恩恵だろうか。
     眼下には稚内の港町が見え、暗い海原には灯台の明かりがぽつりぽつりと灯っていた。夜間の雪景色の中では水平線は見えなかった。地上から彼らに気付く者がいれば、異様な数のカラスの群れの中にいる、空飛ぶ箒に二人乗りをする人間の姿に己の正気を疑う羽目になったかもしれないが、人目払いの結界がそれも防いでいることは知っていた。
     眼下の森の中では、セダンに乗っていた三人の誘拐犯たちの肉体が変質し蛇のような動きを始めている。黄色いツナギの男が術者なのだろう。
     セダンのトランクの中に誘拐被害者がいるのは先ほど確認済み、あとは犯人を確保するだけである。術者が交戦を選んだ以上、猶予はない。ならばこそ、祥馬が言葉を重ねるべきは今である。
    「鷲吏さん、落ち着いて」
     前に座る男の肩を掴み、雪と風に負けぬよう声を張る。骨張った肩は頼りなかったが、人並みの温もりは未だ保たれている。
    「大丈夫、大丈夫。妖精たちが教えてくれた。ご兄弟はご無事です」
     祥馬は声を張り上げる。鷲吏は祥馬の制止をさして首輪と罵った。腹立たしいほどの誤解である。彼はそのことをなかなか分かってくれない。だから祥馬は言葉を尽くす。分かってもらえるまで言葉を尽くす。隣人が道を踏み外さぬように、隣を歩いていられるように。
    「間に合います。助かります。だから、」
     ぎゃあ、ぎゃあと、理不尽に増え続けるカラスの群れが声を荒げる。獰猛な爪で皮膚を裂き、嘴で目玉を抉り抜き、空へその身を吊り上げ地面へ叩きつけ殺してしまえと、魔女が念じた呪いの姿。ただでは殺さぬ、苦しんで死ね、死んだその後もなお苦しめと、声の限りに呪詛を吐く。
     それが誰かを傷つけぬよう、春原祥馬は言葉を尽くす。
    「あなたも、彼らの居場所を、守っておかなきゃだめですよ」

     言葉は呪いである。祥馬はそれを知っている。けれど同時に知っている。呪いと祈りを線引くのは、いつだって、受け取った側の心でしかない。
     だから祥馬は言葉を尽くす。分かり合えぬと諦めてしまえば、それで終わってしまうのだ。それは嫌だと祥馬が決めた。

     蛇が鎌首をもたげ天を見遣る。術者のツナギの男と目があった。何万のカラスの鳴き声は唸りとなり、最早衝突は免れぬ。その間も祥馬は傍らの隣人へ声を尽くした。
     魔女がその時まで待ったのは、結果論であったのか、はたまた祥馬の声が届いた故なのか。
     少なくとも──跳ね除けられなかったことは確かだ。


    「チェストバイ道産子ォアアア!!!!」
     赤い閃光と素っ頓狂な気合いが、シリアスな空気をぶっ壊した。


    ◆◆◆


    「……間に合わなかったか」
     眼前に立ちはだかる三体の蛇──人であったものが、明らかに蛇としか形容できぬ動きをしているもの──を見て、テオバルドは吐き捨てた。それを操るツナギの男を見る。男自身と、男が手にした小さな木箱から、強い呪詛の気配があった。
     蛇蠱は浜辺へ流れ着いた長持を村民が開けたことによって、中の蛇の呪いを請け負った。ではその長持は果たしてどこから流れ着いたものなのか。いずれにせよ己らが対峙しているものは、いつだって未知であることを忘れてはなるまい。
     変わり果てた人の姿に目を伏せ小さな黙祷を送る。そのテオバルドの情動を、ポリスカリバー(ギャバーン! 【正式名称:耐霊通力警棒:朱雀戊式】は十手型の特殊警棒である! 握って霊力を通すと霊に干渉できる質量を帯びるぞ! 非売品!)を構えた金剛雲母が鼓舞した。
    「シリアスに偏りすぎてもしんどいだけだぜ相棒。裏を返せば激アツ現行犯逮捕チャンス到来ってことだ」
    「……ま、そう考えるのもアリか」
     テオバルドは肩の力を抜いた。
     それを援護するように、森の中から銃声が響き、ワゴンとセダンのタイヤを撃ち抜いた。どこかで猫が嗤うように鳴いている。
     ツナギの術者は新たな三人の増援に舌打ち、素早く身を翻すと夜の森へと駆け出した。テオバルドの影が蠢き、夜の森が揺れる。刑事たちの行く道を遮るように、蛇人間たちが立ちはだかる。
     テオバルドと金剛は並び立った。
    「きっちり逮捕して、どんな術を使ったのか、どんな謂れのあるお家柄なのか、洗いざらい取調室で吐いてもらうとしよう」
    「あとはクソ強おまわりさん達によるスーパーヒーロータイムって訳だ、わざわざ画面に映す必要ないよな?」


    ◆◆◆


     銃声が、影の揺れが、赤い光が、刑事たちの怒号と気合が、雪降る夜の森に響く。
     それら全てを認識の外に置きながら、鷲吏は地上付近へと移動させた箒を飛び降り、セダンのトランクへと駆け寄った。逃げた術者はカラスに追わせている。あとは刑事たちがどうにかするはずだ。自分の知ったことではない!
     無事だと言った春原の言葉を信じていいのか。春原にそれを伝えた妖精の言葉を信じていいのか。この数分で何か致命的な変化が起きてはいまいか。待ったことは正解だったのか。どうしてもっと早く気付けなかったのか。これでよかったのか。怪我をしてはいないか。苦しんでいないか。怖い思いをしたはずだ、どうして!
     慌ただしく回転する頭は、実際のところは真っ白で、最終的には一つの願いへ辿り着く。
     トランクへ縋りつき、開こうとする。鍵がかかっていることに気づき、悪態と共に鍵を殴りつける。鍵穴からひとりでに生えたドクダミの花がそれを壊し、トランクが開いた。
     どうか無事で。

     乙成明也の頭突きが婆谷峨鷲吏の顔面を直撃した。

     ちょっとだいぶとてもすごい音だった、と一部始終を見ていた春原祥馬は後に語った。鈍い音というか、重い音というか、それら全てを合わせた音量でありつつ、ついでにちょっと湿った柔らかい感じもあったような音が、結構なデシベルで響いた。後にこれが原因で鷲吏と乙成は病院で検査を受け、話を聞いた同僚の腹筋を破壊した。
     トランクを開けると同時、中から腹筋運動の要領で身を起こした乙成が、勢いよく目の前の顔へと頭突きをかました。これは乙成にとっても決死の決断であった。既に一度トランクが開かれていたのが悪かった。明らかに主犯格と思われる男が、中の乙成と二人の子供たちを確認したのを乙成は見ていた。犯人が二人の子供たちを見て、少し驚いた表情を浮かべた後、ニヤリと笑ったのを見てとった。トランクはすぐに閉められたが、余裕はあるまいと思った。
     チャンスは一度。もう一度犯人がトランクを開けた時に、渾身の頭突きをお見舞いしようと心に決めた。不安げにこちらを見る子供たちにそのことを伝え、頭突きしたら全力で逃げるよう伝えた。子供たちは不安げに、けれどしっかりと頷いた。
     かくしてその時はきた。再び蓋が開かれ、その先に人影を認識すると同時、乙成は渾身の腹筋運動で人影に頭突きをお見舞いした。目の前に星が散り思考が白く染まった。すぐに他の共犯者たちに押さえ込まれるかと覚悟していたが追撃はなく、ハテと思って目をしばたかせれば、何故か子供たちの兄が目を回して伸びていた。
     数秒の硬直後、乙成はハッと我に返った。
    「わ、ごめん。大丈夫?」
    「「兄貴ーッ!!??」」
     かくして三人は無事に救助された。


    ◆◆◆


    「と、いう話だったのでした〜」
     12月。北海道。ランチタイムのイタリアンレストランは今日も盛況だ。賑わう人々の声は飯桐雅弥の貼った結界の外で遠く響き、雅弥の声は外部に漏れない。00課の刑事たちが外で事件に関わる話をする時によく使う手の一つだった。
     リゾットに舌鼓を打ちながら、雅弥はニコニコと語る。
    「逃走した主犯格も、加納刑事が無事確保。今は尋問中だって。どうも大陸の方の犯罪組織が噛んでるみたいで、2課の人たちが頭抱えてたよ。調整班も動いてるんじゃないかなあ、鷲吏さんや乙成さんも忙しいだろうな〜。しばらくランチ誘えないかもね。
     犯人は大陸側に伝わる蛇蠱の亜種みたいな血筋らしいよ。民俗学者が聞いたら食いつくかもね、テオバルドさんは困ってたけど。とりあえず現場にあった呪物たちは無事疑いが晴れたんで、晴れて一斉浄化開始! でも浄化したあとも結局片付けが残ってるから、これは年明けまで続きそう。地道にやるしかないねえ。
     被害者……三人増えちゃったから被害者たちって言うべきかな。被害者たちは、組織からはとっくに見限られてたみたい。組織の方は00課が北海道に出来るってんで、さっさと手を引こうとしてたんだって。霊能力を持った人間の確保を要求してたのも、彼らがさっさと警察に捕まるのを期待して、わざと出した条件だったみたい。だからツナギの男もトカゲの尻尾だろうって言われてたなあ。
     うん、そう。ホントは間に合わないはずだったんだよ。僕らが犬神群を見つけたのはぶっちゃけ偶然だし、鷲吏さんのご兄弟が心霊スポットに行ったのも偶然だし、それで警察に相談に来たのも乙成さんがそれに気付いたのもぜーんぶ偶然だし、忌島さんがそれに食いついたのも……ああ、そう、ホントは行ってたんだって、心霊スポット。自分達はなんともないのに一緒に行った友達に霊虫がついてたから怖くなって来たみたい。多分今頃お兄さんが雷落としてるんじゃないかなあ。家族会議、いい響き〜。
     でも鷲吏さん、誘拐されてた最中の弟さんたちの記憶は消しちゃったらしいよ。兄心ってやつなのかな。まあご家庭それぞれってことでいいか。祥馬くんなら何か言ってるかもね〜。僕? 僕は別にどっちでもいいなあ。
     いやいやいや! 僕だってちゃんと仕事してたよ! 鷲吏さんと祥馬くんだけじゃあ最悪犯人に物理でエイヤッてされちゃうかもなーと思ったし、祥馬くんも鷲吏さんもショージキ全然冷静じゃなかったし、正式な応援は多分間に合わないよなーって感じだったし、じゃあ他にコッソリ手伝ってくれそうな腕っ節の強い人探してきてーっておじぃにお願いしたんだもん。え? それじゃあ頑張ったのはおじぃ? そんなことないよお!
     もー! 話を戻すよ!
     ええと、だから犯人は本当だったら、僕達が気付く頃には人材だけ確保して海外に高飛びしちゃってたと思うんだよね。犬神群も心霊スポットも蒐集家殺しもそれぞれ自体はつながりが薄かったから、蒐集家殺しだけであそこまで辿り着くのは相当時間かかってたと思う。ホラ、実際五万点調査にすごい人割かれちゃったし、みんなてんてこまいだったじゃん? 金剛刑事の閃きに感謝だよね〜、なんか僕はおじぃと一緒に逆にめちゃくちゃ感謝されたけど。なんで? タイミングが良かったのかな。
     うんうん、そうそう、つまりそういうこと。
     犯人、ツいてなかったね。
     それか、僕たちがすご〜くツいてたのかもしれないけど」
     雅弥はそれだけ話て満足し、結界を解いて二杯目のリゾットを注文した。
     あなたはそれを聞き届け、パスタを口に運んだ。


    【呪物蒐集家殺人事件/完】



    【事件関係者】
    ■被害者:東鎮館 礼観(とんちんかんれいかん)
     呪物蒐集家。オカルトコレクター。金に困って呪物転売を行っていたが、割井奴建設の社長に声をかけられて共犯となる。自分の知識を使って呪物を作れることにテンション上がっていたが、だんだん冷静になってビビってたところをツナギの男に尻尾切りされた。

    ■被害者2:割井奴建設(わるいどけんせつ)
     名前を出すタイミングがなかった建設会社。社長(57)とその妻(55)と息子(31)が主犯だが多分従業員にも噛んでたやつはいた。従業員たちはその後捕まったり蛇にトランスフォームして死んだりした。
     金銭目的で反抗に及んだと思われるが、会社の地下から奇妙な呪符が発見されたことで、会社全体に精神汚染がかけられていたのではという疑惑が後にあがる。

    ■犯人:黄色いツナギの男
     異国の男。どこの国なのかはご想像にお任せします。
     某国の霊能犯罪組織の末端構成員。北海道稚内市のリサイクルショップ「善部交商店(ぜんぶかうしょうてん)」を拠点に呪物ビジネスを行っていた。購入した呪物は国外に持ち出されて色々なところで使われたり売られたりしてたっぽい。
     他人を憑座(よりまし)に指定する降霊術の使い手。密閉された箱の中から蛇霊を召喚して対象に憑けて顕現させる。この時めっちゃ気持ちいいらしい。蛇蠱の伝承との関連が示唆されているが詳細は不明。
     蛇人間を刑事たちに差し向けて自分は逃走したが加納さんに見つかってボコボコにされて捕まった。事件当日は星座占いが最下位だったし犬のフンを踏んだし鳥のフンにも当たった。
     双子を見た時に言ってた母国語の言葉は「驚いた、魔女の血がこんなところにいたのか」だが現場にこの言語を理解できる者が居なかったので誰もそれを知らない。


    【主な拝借】
    乙成明也さん
    春原祥馬さん
    飯桐雅弥さん
    加納利彦さん
    金剛雲母さん
    竹川テオバルドさん
    忌島鬼介さん
    真品道行さん

    【ほぼモブとしてちょこっとだけ拝借(作中台詞あり)】
    輝良々初晴さん
    間島純さん
    生守正継さん
    稔柾さん
    安養白真さん
    多々良しのりさん

    【お名前だけ拝借(作中台詞なし)】
    段羅綜凱さん
    天井優一さん

    【作者のキャラ】
    婆谷峨鷲吏
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    ❤❤❤👏👏💞💞💞💖👏💴❄📦🐍👏👏👏
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    hasami_J

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    7364

    hasami_J

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