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    デッドラインヒーローズ事件モノ。続きます。全三話予定。
    メインキャラは自PCのブギーマンとソーラー・プロミネンス。お知り合いのPCさんを勝手に拝借予定。怒られたら消したり直したりします

    #ブギーマンとプロミネンスが事件の調査をする話

    『ブギーマンとプロミネンスが事件の調査をする話①』 バスのステップを軋ませながら降り立てば、錆び付いた標識版が眼下で揺れていた。それが確かに目的地の名称を刻んでいることを確かめ、腰をかがめて上屋をくぐる。背後でポカンと一連を眺めていた運転手がはたと我に返り、エンジン音を吹かせながら走り去っていくのを背で聞いた。
     巨躯であった。上背はもとより、肥大した筋肉が鎧のように全身を覆っているのが、痛々しいほど引き伸ばされたシャツ越しにも分かった。かつては丸首であっただろう襟元はほぼ直線に結ばれ、胸元に配された企業ロゴは恨みでもあるのかと言わんばかりに横に伸びきっている。それほどの肉体を持ちながらシャツの下に未だ何かを隠していると見えて、筋肉由来とは異なる凹凸がちらほらと確認できた。
     目を引くのは巨躯だけではなかった。男は無毛だった。頭髪に類する体毛を一つも持ち合わせていなかった。それだけでは飽き足らず、どこかぼんやりとした境界を持つ輪郭の内には、目も、鼻も、口もなかった。輪郭の境界が曖昧であるのは、男の肉体がほのかに青白く発光しているからだとは、男が街路樹の影へと足を踏み入れることで分かった。
     異相である。
     ここが東京でなければ、より一層の奇異の目にさらされていたことだろう。そして大抵の場合、一抹の礼儀と気まずさから、何も言わずに目を背けられるのだ。
     超人種と呼ばれる存在が世に認知されて早一世紀。
     ここは日本。東京。よく晴れた夕暮れの夏の日。
     男の名はスグル・オスターマン。
     日本人の母と異国人の父との間に生まれ、セカンド・カラミティを機に日本へと移住することを選んだ先天性超人種。
     またの名を、ソーラー・プロミネンスという。

     賑やかな大通りから裏手へと入り、薄暗くじめじめとした路地を進む。いかにも治安の悪そうな路地裏だが、タギングの一つも、ホームレスの一人も、荒らされたゴミ捨て場も見当たらない。どこまでも陰気で、それでいて奇妙に清浄な区画。
     最初からこうだった訳ではないことをプロミネンスは知っている。彼が初めてこの区画を訪れた時、壁一面は各々の存在を主張し合うスプレーアートに溢れていたし、薬をキメているのか酒に溺れているのかも定かではないホームレスたちが至る所にいた。ゴミ捨て場はゴミ捨て場の体を成しておらず、誰の手が入っている様子もなかった。それがほんの一年前のことだ。
     一年の間でここは変わった。『彼』が来たから。
     数分も歩かぬうちに、目的地についた。細長い二階建ての建物。路地に面して小さなロココ調の扉があり、ささやかな看板が吊られている──ヒーロー事務所『ノーライト』。
     事務所に光はなかった。下階も、上階も、沈み込むような暗闇に沈んでいる。留守か、ともすれば廃墟かとも思われるそれにも臆さず、プロミネンスはドアノブを掴み、回す。『Don't forget your fear.(恐怖を忘れること勿れ)』と記された古めかしく重い扉は、軋みを上げながらゆっくりと開いていく。
     ソーラー・プロミネンスは迷いのない足取りでその中へと足を踏み入れる。燐光を放つ彼の体を、タールのような暗闇が包み込み、飲み込んでいった。



    「ンなこったろうと思ったよ!」
     呆れたような声は、暗闇に沈んだ部屋の中で場違いに響いた。それにも臆さず、プロミネンスはどかどかと歩みを進め、その途中で二、三度調度品と思しきものに躓いては悪態を吐く。机の角に足をぶつけた拍子に、その上に置かれた書類が床へと落ちた。渋々と拾い上げれば、そのほとんどが督促状である。
     ざっと二ヶ月。そう判断して舌打ちをし、光のない室内を見回す。暗闇の中に於いて、ソーラー・プロミネンスの燐光は保たれていたが、それはちっとも先を照らす助けにはならなかった。放たれる光はプロミネンスの輪郭を保ちこそするが、周囲を照らすことなく暗闇に吸い込まれて消えていく。ここに満ちている暗闇は、そういうものだった。
     プロミネンスが押し黙れば、静寂の中でジジジ、とわずかな機械音が響く。
     自身の身につけた制御装置のディスプレイに表示される蓄光残量を確認する──残量は96%、完全な暗闇の中に在っても5時間は活動が可能だ──問題がないことを確認したのち、プロミネンスは声かけと手探りの捜索を再開した。
    「おい! いるんだろ! ブギーマン!!」

     プロミネンスが家主の姿を見つけるまでに、彼はその陰鬱な捜索を十分ほど続けなければならなかった。かくして家主は、上階に当たる生活フロアの一角、家具のない部屋の中にいた。
     力無く椅子に座り、何事かをぶつぶつとつぶやいている──壁に向かって。
     明らかに常人としての挙動ではない。精神を患った者のそれである。だがプロミネンスにとって、友人のそれは見慣れたものでもあった。通院を続けていれば良いのだが、それはおいおい聞き出すとして……溜息を飲み込み、ずかずかと部屋へ踏み込む。そのまま腕を引き上げれば、家主の男はぼんやりとこうべを上げた。
     穴の空いたずた袋だ。そこに僅かな切れ込みが為され、その下からはこの家全体よりも尚暗い闇が渦巻いている。覗き込めば自身もまた其方の世界へ引きずりこまれることになる目だ。プロミネンスは慎重に視線をずらしながら、古い友人へ挨拶代わりの文句を垂れる。
    「ヘイ、ブラザー。依頼人だったらどうするつもりだったんだ。ていうかちゃんと仕事になってるのかこれ?」
     返事はない。
    「最後に飯を食ったのはいつだ? ていうかいつからこうしてる? いや、ここで時間が分かる訳ないか」
     返事はない。
     プロミネンスはため息を吐く。想定していたよりも悪い状態だ。だから出来れば頼りたくなかった。だがあるいは、手遅れになる前に、この状態で見つけられたのは僥倖だったというべきなのか。
     プロミネンスは最後の手段を取ることにした。それは正気に戻った彼が嫌がる方法だったので、あまり取りたくない手だった。
    「……ビッグ・ベアの興行チケットがある。場所は後楽園、時間は今日の19時から。開演まであと1時間だな」
     ピクリと反応があった。
     この機を逃すまいと一気にたたみかける。
    「お前に頼みたいことがある。プロレスでも見て、何かつまみながら話をしよう。出発は三十分後、電車に飛び乗ればぎりぎり間に合う。部屋の掃除はしておいてやるから、その間にシャワーでも浴びてこい。臭うぞ、お前」
     家主はプロミネンスを見た。
     緩慢な動きで立ち上がった。
     そのまま亡霊のような足取りで、シャワールームへと消えていく。

     屋敷全体を包んでいた奇妙な暗闇が薄らぐ。プロミネンスの放つ光が、自然の摂理に則り室内を照らし出す。荒れた室内を見渡しながら、プロミネンスはとりあえず小さな声で勝鬨を漏らした。これでもダメだったら、救急車を呼ばなければならないところだった。そうしてようやく、溜め込んでいたため息を漏らした。
     家主の名はクレイン・マイヤーズ。
     ヒーロー事務所『ノーライト』を営む個人事業主。自らを恐怖の象徴(ブギーマン)と称し、悪党に「二度と立ち上がれないほどの恐怖を味わせる」ことで、再犯を防ぐという手法を選んだヒーロー。
     病的に光を嫌い、超人種としての力を用いて暗闇の中に閉じこもり続ける“患った”男。
     ソーラー・プロミネンスにとっては、古くからの友人だ。



    「僕を釣ったな」
     中央のリングに眩い光が集中している。観客の熱狂と興奮はその光の先へと向けられ、立ち見席の最後尾に立つ二人の超人種のことを気に掛ける者はほとんどいない。そうでなくとも、薄暗い立ち見席の最後部にわだかまる奇妙な暗闇の中を見通せる者は、そう多くはないだろう。
     露天で購入したホットドッグを平らげ、薄いホットコーヒーを飲み干し……興行が始まってようやくもたらされた予想通りの悪態に、プロミネンスは苦笑いで応じる。
    「ああでもしなけりゃテコでも動かないだろうが、お前は」
    「彼を利用するなんて」
     非難がましい口調で言い放つ友人の視線は、まっすぐにリングに向けられている。猛々しい入場BGMが鳴り響き、筋骨逞しいプロレスラーたちが、各々のパフォーマンスと共に会場入りしていく。
     ブギーマンの視線の先には、熊のマスクを身につけた選手が、リングの上でマイクを手に取った所だった。ビッグ・ベア。マスクを剥ぎ取られるという悲劇に見舞われながらも、不死鳥の如くリングに舞い戻った、ベビーフェイス(善玉)の人気レスラー。旧世代であることを明言しながらも、何者からの挑戦でも受けると、混合マッチを好んで行うことでも知られている。
     ブギーマンは彼のファンだ。一体全体なにがどうしてそういうことになったのか、プロミネンスにはさっぱり分からないのだが。
    「よっぽど好きなんだな。妬けるぜ」
    「……そういうのじゃない」
     不貞腐れたような返しに思わず噴き出せば、リングに向けられていた眼差しが、じろりとこちらへ移った気配を感じる。本格的に機嫌を損ねる前に、本題に入った方がいいだろう。この我儘で神経質な男は、拗ねると面倒なのだ。
    「詳しい話をしよう。資料を渡す。デバイスは?」
    「動かなかった」
    「止められたんだな。分かった、じゃあアナログだ。吐くなよ」
     予想出来ていたことなので、対応もスムーズだ。取り出しかけたスマートデバイスを仕舞い、代わりのように鞄から茶封筒を取り出し渡す。
     中には警察の調書と思しき事件資料と、幾枚かの写真。そのいずれもが死体だった。ある者は全身の皮を剥がれ、ある者は頭を潰されている。場慣れしない者であれば食事中に見れば吐き気を催すだろう、胸糞悪くなるような写真ばかりだった。
     被害者たちの容姿は、みな異相だ。殺され方の話ではない。それはつまり──…。
    「己護路島で三人、東京都内で二人死んでる。被害者は全員超人種」
    「警察は何を」
    「いつも通りさ」
     軽いジョークのつもりで飛ばした言葉は、思っていたよりも嘲笑的な雰囲気を持って響いた。プロミネンスは慌てて撤回するように続ける。
    「どうも大事にしたくなかったらしくてな。報道もされてない。チェインまで情報が回ってきたのも三日前、五人目の被害者が出てからだ。ある程度は個別に動いてた奴も居ただろうが……来週にはエキスポがある、伏せろとでも言われたんだろう。あっちも大変だよな」
    「エキスポ?」
    「は? マジ? テレビ見ろ」
    「動かない」
    「オーケイ、分かったよメンヘラクソ野郎」
     一度はしまったスマートデバイスを取り出し、検索。最上段に表示された最新のネットニュースを開き、資料から目を離さない傍らの男へと放る。そのまま地面へと落ちていくかに思われたデバイスは、なにもない空中で不自然に静止した。
     暗闇の中で明るい光を放つスマートデバイスの画面へ目を向ければ、大写しになった己護路島の写真と、扇情的な見出しが踊っているのが否応なしに目に入る──己護路エキスポ。超人種先導の国際博覧会。約一世紀の歴史の中で初の試み。日本政府の威信をかけた。開幕までついにあと一週間……。
    「おかげでテクノマンサー連中は大忙しだ。俺の知り合いももう何徹目なんだかって感じ」
    「こんな状況でか」
    「知らされてないのさ。だから俺たちが動いてる」
    「君は出ないのか」
     続く問いかけに、プロミネンスは曖昧に笑って言葉を濁した。
    「だからお前にも話を持ってきた。安心しろ、ちゃんと依頼料は出すぜ、お前とはフェアでいたいからな」
    「……珍しいな。君は僕のやり方に賛同してるとは思っていなかったが」
    「あー、まあ、一応そうなんだが……」
     ブギーマンのやり方は、はっきり言えば、秩序に基づいたものとは言い難い。グレーゾーンを通り越し、日本警察がその気になれば、いくらでもしょっぴけるだろう類の人種だ。殺しはしない、絶対に。だが彼によって心に傷を負わされ、二度と病院から出てこれなくなった悪党も少なくはあるまい。
     『二度と立ち上がれないほどの恐怖を味わせる』。滑稽なマスクを身につけ、自らを恐怖の象徴と位置付ける彼の行いは、断じて褒められたものでも、認められたものでもない。長い付き合いであるプロミネンスだって、正直、彼のやり方を完全に肯定することはできない。
     だが、彼のやり方でなければ、救えない者もいる。
    「……被害者の中にはウチの生徒も」
    「…………」
     プロミネンスはブギーマンと目を合わせなかった。
     視線の先、華やかなリングではレスラーたちのマイクパフォーマンスが終わり、一試合目の選手がステージの上で向かい合う。巨躯を奮い立たせたビッグ・ベアが、眼前のヒール(悪玉)と睨み合う。観客たちのボルテージが上がっていく。
     煌々と照らされたリングとは反対に、二人のいる最後尾は暗闇だ。常ならばプロミネンスの放つ燐光が、その中に在っても彼らの存在を明らかとしただろうが、今はブギーマンの作り出す暗闇がその光すらも飲み込んでしまう。
     誰も彼らを見ていない。
     ましてや、その話など。
    「分かった」
     承諾の声は、試合開始のゴングに紛れて消えた。
    「ブギーマンが、君の味方になろう」



     ジャー、と水が流れる音。
     褪せたプリントが辛うじて男性用であることを伝えるレストルームの扉が開き、その中から、男が現れる。のっぺりとした黒いマスクに、黄緑色のラインが走るヒーロースーツを身につけた男は、マスクの上からでもわかるほどにげっそりとしていた。
     昼時を過ぎた、人気のない中華料理店だ。天井の角に備え付けられたテレビが、昨日行われたプロレス興行の様子を再放送している。げっそりとした面持ちをどうにか取り繕いながら、ヒーローは席へと戻る。明らかに嘔吐してきたと言わんばかりの風態は、店員から見れば心象が悪いどころの騒ぎではあるまい。
     席では、素顔を晒した若い男が、資料を眺めながら炒飯を咀嚼しているところだった。
    「すっきりしたか?」
    「よくそんなもん見ながら食えるな……」
    「飯を食いながら打ち合わせをしようといったのはお前だろう」
    「悪目立ちすると思ったんだよ。ここだと、その……俺みたいなのは普通居ない」
     言葉の意図が掴めなかったのだろう。青年は無表情で首を傾げ、はっきりと断言する。「自意識過剰は痛々しいぞ、ディスチャージ」その言葉にざっくりと胸を抉られる心地になりながら、まあ、分からないなら分からないままでいいか……と、ヒーロー・ディスチャージは言い訳を飲み込んだ。
     東京都・己護路区。またの名を超人種自治区・己護路島。
     旧世代の上に、二等星級のヒーローであるディスチャージにとっては、なんとなく遠巻きに存在を知っている程度の場所でしかなかった場所だ。超人種自治区である己護路島に立ち入れる旧世代というものは限られている。
     そうした、遠くの世界であったはずの島に、ディスチャージが足を踏み入れることになった理由は簡単だ。眼前に座る炒飯を食べ終えた青年と、彼が手にしている事件資料のせいである。
     食事を終えた青年の手の中で、グラスの中の水が渦を巻いている。青年が不機嫌な思索に耽っていることを察し、尋ねた。
    「何か分かったか? アマルガム」
     青年はただの青年ではない。アマルガム・オナーと名乗る、G6に登録された、便宜上はヒーローとされる者だ。
     便宜上、と言わざるを得ないのは、彼自身が組織に身を置き、その名を名乗っている理由にこそある。とある事件によって故郷と縁者を失った彼は、以来、復讐のためにヒーローの立場を利用していたに過ぎない。紆余曲折の末に当の事件そのものには終止符が打たれたが、長らくの復讐者としての生活は、彼自身の性質をヒーローらしからぬものにするには十分なものであった。
     だが、それでも、実力者だ。紛れもなく零等星級の実力を持っている。だからこそ、今回のような案件の担当者として、白羽の矢が立てられた。
     それでいながら、彼が二等星どころか三等星に足を突っ込んでいる底辺ヒーロー、ディスチャージを同行者として指名してきたのは……縁と呼ぶより他ないが。
    「どれもこれも、けったくそ悪いものばかりだ。G6はなんでこれを公表しない? 警察はなにをやってるんだ? どいつもこいつも無能か? 腹が立つ!」
    「ワーッ! 声が! 大きい!」
     言いたくて仕方がなかったのだろう不平不満をぶちまけるアマルガムの口を、慌ててディスチャージは塞ぐ。ちらりと視線を店内へ向けるが、学生アルバイトらしき厨房の店員が不思議そうな視線を向けただけだった。安堵し、会釈し、誤魔化す。
    「あのな、一応これは内密な調査なんだ。そんな大声で話すな」
    「だが!」
    「分かった、分ーかった! お前が怒るのも尤もだよ。でも今はそんな話をしてる場合じゃないだろ? 情報を整理しよう、建設的な話をするんだ。できるよな?」
     大きな舌打ちが響く。だが、不貞腐れたアマルガムは、それ以上声を荒げなかった。
     ディスチャージは安堵し、痛む胃をさすった。……本当に、どうしてこんなことになったのやら。

     事件が起きたのは、約一ヶ月前からだったらしい。
     最初の被害者は、東京都・目黒区に住んでいたサイオンの女性だ。超人種自治区外で生活を送っていた彼女は、超人種の権利絡みのNPO法人で活動していた人物であるという。兎の特徴が強く出た獣人タイプであり、夜の帰り道で何者かに襲われ、事件の始まりを告げた。彼女の死体は自宅で発見された。耳を切り落とされ、全身の毛皮が剥がれた状態であったという。皮剥ぎは、彼女が完全に死亡する前に行われたと見られている。
     二人目の被害者は、世田谷区で生活していた一人暮らしのテクノマンサー男性。超人種であることを隠し、一般商社で、普通の人間として生活を送っていたらしい。彼もまた自室で発見された。額から頭部を切り開かれ、頭蓋を切り取られ、中の脳をぐちゃぐちゃにすり潰されていたという。頭部はやはり、生きた状態で切開された可能性が高かった。
     三人目から五人目は、皆、己護路島在住の超人種だった。目を抉り抜かれた霊視能力持ちのミスティック、複腕複脚の手足を全て切り落とされた虫型サイオン、背に生えた翼を背中の皮ごと引きちぎられたエンハンスド…。
     共通点は被害者の能力を冒涜するような死に様。そして現場に残された犯人からの血文字のメッセージ。

    「『穢れた血』、ねえ……やっぱり旧世代が犯人だと思うか?」
    「知らん。だが被害者たちは、さほど強い能力を有していた訳ではないようだ。旧世代でも、複数人がかりなら犯行は不可能じゃない。お前なら一人でも勝てるような民間人だ」
    「俺を犯人みたいに言うのはやめてくれ」
    「言ってない」
    「はいはい」
    「現時点ではハービンジャーが居ないのは示唆的だな。少なくとも何かしらの思想のもとで被害者を選んでるのは確かだろう」
    「知性動物(アップリフト・アニマル)型の超人種も居ないしなあ。こう、言い方悪いけど、あくまでホモ・サピエンス狙いって感じ」
    「条件に当てはまる対象の中から、自分でも殺せるようなやつを優先的に選んでる。クソだな」
    「そう考えると、やーっぱ旧世代っぽいんだよなあ……」
    「複数人の旧世代が己護路島に入って潜伏し続けられるのか?」
    「普段なら無理だろうな。だけど、今なら……出来なくはないんじゃないか?」
     店内に置かれたテレビがCMへ切り替わる。陽気で朗らかなメロディと共に、親に連れられた子供が己護路島へ上陸し、顔を輝かせるシーンがうつる。画面一杯に大映しになるのは、一週間後に控えた「己護路エキスポ」の文字だ。やはり、開催は決定事項のまま揺らがないらしい。
    「あんなもの中止してしまえば、犯人が紛れ込むこともなかっただろうに」
    「まあまあ」
     忌々しげに吐き捨てるアマルガムの言葉は乱暴だが、全く分からないという訳でもない。良くも悪くも純粋な青年なのだ。実年齢の割には不釣り合いに幼く見える言動は、復讐に費やした歳月の裏返し。彼はただ、犯人に怒りを抱き、これ以上の被害者が出ることを望んでいない。それだけなのだ。
     それはディスチャージも変わらない。変わらないが、ディスチャージはそうやってまっすぐな感情を吐き出すには、少しばかり弱い。色々なものが。
     だから時々、アマルガムが羨ましい。
     本当に、ちょっとだけ。いや、本当は、結構。

     店の入り口が開き、鈴が鳴る。厨房から店員の訛った歓迎の声が響く。店内に入ってきた、サラリーマンと思しき背広を着た三つ目の男は、ちらりと物珍しげにディスチャージたちのテーブルへ視線を向ける。奇異の目だ。それは一抹の礼儀と気まずさを帯びて、何も言わずに逸らされていく。
     ディスチャージはマスクの下で苦笑せざるを得なかった。超人種の楽園たるこの島では、旧世代こそが奇異の目で見られる。
     ここも潮時だろう。
    「……ま、ぐちぐち言ってても仕方ないか。とりあえず、予定通り、死体の発見現場を巡っていこう。プロミネンスはいつ合流できそうだって?」
    「授業が長引いてるらしい。夕方になるそうだ」
    「大変だね、先生は」



     ディスチャージは吹き飛んだ。
     彼の体はそのまま地面に叩きつけられ、ぐわんぐわんと視界と脳が揺れる。無重力状態に晒されたように三半規管の中で体液が暴れ、堪え難い気持ちの悪さとなって彼を襲う。苦しみはそう長い間ではなかった。どうしてこうなった? ただ現場の捜査のためにアマルガムと別れて、そうしたらチェインから電話が入って……それ以上頭は回らなかった。ほんの数秒で、ディスチャージの意識は暗転した。最後に、鳴り続ける電話のコール音を聞きながら……。

     倒れた彼の側に手が伸びる。

     地面に転がったスマートデバイスが、一人でに浮き上がった。コール音を上げ続けるスマートデバイスの画面に灯るのはガーディアンズ・シックスの文字。スマートデバイスが伸ばされた手の中に収まり、迷うことなく、指先が画面をタップする。
     通話が繋がる。
    『お疲れ様です、ディスチャージさんですね。G6のチェインです。新情報が入りました。今、大丈夫ですか?』
    「問題ない」
    『ありがとうございます。えーっと、まず、己護路島の暗ガリの樹海エリア周辺で不審者の目撃情報が。正規の手続きを踏んでいない入島者と思われ、ずた袋を被った──』
    「他には?」
    『へ? あ、あの、大丈夫ですか? なんか疲れてます?』
    「…………」
    『まあ、あとは……被害者の遺族から聴取の許可を得られました。住所を送りますね。応じてくださったのは己護路島在住の、五人目の被害者のご遺族です。ほら、あの、学生さんの……』
    「お前、なにしてる!!」
     チェインの声を、鋭い怒声が遮った。同時、鋭い水の刃が暗闇めがけて放たれる。それは暗闇の中を抉るより先に、何かにぶつかったように空中で爆ぜて散る。操る液体の"重量"が変化したことを悟り、アマルガムは相手の能力を理解し接近を止めた。そのエリアだけ、恣意的に操作された、強力な重力の壁があった。
     暗闇の中で、ディスチャージのスマートデバイスがぼんやりと光を放っていた。
     ようやく異変を悟ったチェインの慌てた声が、スマートデバイス越しに響く。『え!? ディスチャージさん!? もしもし!? ディスチャージさ──』
     通話が切れる。画面の光が消える。それを持つ相手の姿は──幾度目を凝らせども、暗闇に覆われ、手首から先が『見えない』。
     深い木々に覆われた樹海では、海岸から差し込む夕日の光も届かない。一足先に夜が来たように、暗ガリの樹海の中は鬱蒼と沈んでいる。
     警戒を維持したまま、足元に倒れる男へ目を向ける。胸は上下している。外傷はない。生きている。意識を失っているだけ。
     アマルガム・オナーは忌々しげに吐き捨てる。
    「貴様、ディスチャージになにをした…!」
     返事を期待していた訳ではない。ただの威嚇だ。だが意外にも、暗闇は答えた。深く沈んだ、嗄れた陰鬱な声だった。
    「……電話を貸してもらっただけだよ。僕には電話が無いからね」
     頭にカッと血が昇る。逸る心を必死に抑える。先の一瞬の交錯の中でも感じていた。相手は超人種だ。それも、かなり……手慣れている。
    「何をふざけたことを……ただで済むと思うなよ……!」
     気を抜けば、次の瞬間、ディスチャージの頭を潰されるかもしれない。位置関係は明らかに相手に分があった。どうにかして引き離す方法を考えなければならない。
     そうしたアマルガムの緊張を相手も察したのだろう。暗闇の中から、それがディスチャージを見下ろす気配があった。緊張が強まり、アムルガムの周囲を渦巻く水が戦慄く。
     それはスマートデバイスを手放した。手から離れたスマートデバイスは、重力に従って真っ直ぐに地面へと落ちる──ことなく、ふわりと半ばで止まり、ディスチャージの側に優しく置かれた。
     アムルガムは困惑する。まるで、それは、相手がデバイスを壊さないよう気を使ったように見えたのだ。そんなはずはないのに……。
    「彼、なんでいるの」
     暗闇の問いは唐突だった。「なんだと?」眉を顰め、忌々しげに暗闇を睨みつける。だがどれだけ目を凝らしても、その先にわだかまる何かを見定めることができない。
     だが気づいた。暗闇が距離を取った。ディスチャージから離れ、ふわりと──宙に浮く。
     アマルガムはディスチャージの体を奪い返し、返す刀で暗闇へと数多の水の刃を向けた。それはいくらかは重力の壁に阻まれ、いくらかは暗闇の中に消えていく。だが、手応えはなかった。
    「待て!」
    「邪魔だし、要らない」
     反撃は無かった。暗闇はただ、森の奥へと消えていく。
     アマルガムは声を追おうとした。だがそこで気づいた。声がどこから聞こえてくるのか、アマルガムには掴めなくなっていた。
    「さっさと返してきなよ」
     樹々が作り出す影の中から、迫り来る夜の闇の中から、さまざまな角度から、まるでいくつもの声に囲まれているように、わんわんと体の内へと響く。あるいはそれは己の身の内から込み上げているものだったのか。
    「弱いぜ、彼」
     何を馬鹿な。三半規管の混乱だ。切って捨て、体内の液体の制御を試みる。
     そのすぐ耳元で、誰かが囁いた。
    「すぐに死ぬ」

     アマルガム・オナーは怒りの声を上げ、周囲の木々を薙ぎ倒す。その轟音が、ディスチャージの意識を揺り戻し、彼の目を覚まさせた。
     暗闇は消え、もうどこにもいなかった。
     西の空は赤く染まり、夜の訪れを告げようとしていた。

    <to be continued.>
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    💴💴💴💴👏👏👏🙏🙏🙏👏🍤🍤🍤
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    hasami_J

    DONEデッドラインヒーローズ事件モノ。続きます。全三話予定でしたが長引いたので全四話予定の第三話になりました。前話はタグ参照。
    メインキャラは自PCのブギーマンとソーラー・プロミネンス。お知り合いのPCさんを勝手に拝借中。怒られたら消したり直したりします。
    『ブギーマンとプロミネンスが事件の調査をする話③』 彼女の父親はサイオンで、母親はミスティックだった。
     二人は出会い、愛を育み、子を産んだ。
     少女は超人種ではなかった。
     何の力も持たぬノーマルだった。
     少女の両親はそれに落胆することはなかった。あるいは落胆を見せることはしなかった。親として子を愛し、育て、慈しみ、守った。
     けれど少女はやがてそれに落胆していった。自らを育む両親へ向けられる、不特定多数からの眼差しが故にだ。
     超人種の多くは超人種だけのコミュニティを作る。それは己護路島であったり、その他の超人種自治区であったり、あるいは狭い収容所の中であったりするけれど。
     旧世代の中にその身を置き続けることを選ぶ者もいるが、それは稀だ。
     誰よりも早い頭の回転を持つテクノマンサーに、及ばぬ旧世代が嫉妬せずにいられるだろうか。依存せずにいられるだろうか。その感情に晒されたテクノマンサー当人が、そこにやりづらさを、重さを、生き難さを感じずにいられるだろうか。
    15418

    hasami_J

    DONEデッドラインヒーローズ事件モノ。長くなりましたがこれにて完結。前話はタグ参照。
    メインキャラは自PCのブギーマンとソーラー・プロミネンス。お知り合いさんのPCさんを勝手に拝借中。怒られたら消したり直したりします。全てがただの二次創作。
    『ブギーマンとプロミネンスが事件の調査をする話④』 開会を数日後に控えた夜のスタジアムに、照明が灯る。
     展示品や出展ブースが並べられたグラウンドが、スポーツ中継の時は観客席として用いられる変形型座席エリアが、屋内に用意されたスタジオを俯瞰するVIPルームが、華々しい表舞台からは遠く離れたバックヤードが、そのスタジアムの中の照明という照明が光を放っていた。
     そこに演出意図はなかった。ただスタジアムに満ちていた闇を照らすことだけを目的とした光だった。かくして夜の己護路島内に、けばけばしいほどの光に包まれたオノゴロ・スタジアムが浮かび上がる。

     スタジアムの全ての照明が灯ったことを確認し、ラムダは制御システムをハッキングしていたラップトップから顔をあげた。アナウンスルームに立つ彼女からは、煌々と照らされたスタジアムの様子が一望できた。天井からは己護路エキスポの垂れ幕が悠然と踊り、超人種の祭典を言祝ぐバルーンが浮いている。
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    recommended works

    hasami_J

    DONEタイトル通りの自PCの小話。

    ■ローンシャーク
     超人的な瞬間記憶能力と再現能力を持つ傭兵。瞬間記憶によって再現した武装と、トレースした他人の技を使って戦う。能力の代償に日々記憶を失い続けている男。
     金にがめつく、プライベートでの女遊びが激しい。
     セカンド・カラミティ以後はヒーローサイドの仕事を請け負うことも多い。曰く、多額の借金が出来たからだとか。
    『ローンシャークの隣で女が死んでる話』(1) シーリングファンが回る天井、糊の利いた清潔なシーツと、皮膚を撫でるリネン。控えめな間接照明を上書きする、東向きの窓から差し込む青みがかった日差し。
     夢から覚めたような心地だった。
     あるいは実際に眠りから目を覚ましたのかもしれなかったが、どちらであるのかを確かめるのは、自分一人では困難だ。次に感じるのは強烈な違和と不安感。背筋を這い上がるおぞましいそれを押し殺し、デバイスを探る。何千、何万と繰り返してきた動きは、頭が漂白されようと、体が覚えている。適切に作動した。
     現在時刻の確認、GPSを起動し現在地点を把握。今は朝、ここはシアトルの安価なモーテル「キャビン・キャビン」。最後に残されたメモを開く──昨晩はお楽しみだったらしい。
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    hasami_J

    DONE(1)はタグ参照。
    タイトル通りの自PCの小話。

    ■ローンシャーク
     超人的な瞬間記憶能力と再現能力を持つ傭兵。瞬間記憶によって再現した武装と、トレースした他人の技を使って戦う。能力の代償に日々記憶を失い続けている男。
     金にがめつく、プライベートでの女遊びが激しい。
     セカンド・カラミティ以後はヒーローサイドの仕事を請け負うことも多い。曰く、多額の借金ができたからだとか。
    『ローンシャークの隣で女が死んでる話(2)』 例えば。
     切符を買おうとして、券売機の前で手が止まったとき。
     そうして考える。──『今、俺はどの券を買おうとしていたんだ?』
     東へ行くのか? それとも北? リニアに乗りたかったのか、それともメトロ? 疑問はやがてより根本的なものになっていく。つまるところ──ここはどこだ?──俺はどこから来た?──俺は誰だ?──そういう風に。
     振り返っても何もなく、前を見ても行く先は見えない。雑踏の中で立ち止まって泣き喚いたところで意味はないので、ただメモを開く。考えがあってのものではない。ただ手にした銃の銃口を自分に向けることのないように、空腹の満たし方を忘れないように、体に染みついたルーティンに従うだけ。
     メモの中には、今までのセーブデータがある。それをロードし、新しいセーブデータを残していく。その繰り返しで、ローンシャーク──あるいはシャイロック・キーン──少なくともそう名乗る誰か──は出来ている。
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