Polophylax 居ない。どこにも、居ない、居ない。存在が確認できない。必ず何処かに居る筈のほろかが見つからない。
どうしようもない程の不安と焦燥に塗れた思考回路。いつからかその一部に最悪の想定が陣取ってからはより一層感情が全てを塗り潰さんとしてくる。
(それならそれで事実確認をしなくては……)
故に探す、捜す──ネットの端から現実側の隅々を、見つけるその時までずっと……そんな日常をひたすらに繰り返していた。
何故俺は一人で、常に傍に居た筈のほろかは行方不明で、データは絶えず蝕まれ消えてゆくのか。その一切すら相も変わらず原因不明のエラーに阻まれ読み込めない。
それを探る為にも俺は今日も様々な場所を視ていた。
数多の視界の中に映り込む者達。つぶさに確認せどもそれらしき姿を未だ捉える事は叶わず、ただ虚しく時間が過ぎるばかりだ。
「ッ……またか」
本来の許容量を超えたデータの取得を続けていたせいか、突然ズキリと激しい頭痛が走り片手で頭を押さえる。
恐らくはバグの影響もあるのだろう。以前ならば多少の無理で済んだ事でも、現在では負荷が倍以上に膨れ上がっていた。又、そのせいで思う様に捜索が進まないのもストレスの一因として重く伸し掛り、更なる悪循環を招いている。
「ほろか……」
縋る様な気持ちを零しながら全ての眼という目を閉じる。
データの確認のついでに気休めも兼ねて現在まだ再生可能な記録を見返す事にした。
────
無作為に選び、エラーに停められればまた次、その繰り返し。
どの記憶を読み込んでも大抵ほろかは俺を見ながら笑っていた。他の奴にも貼り付けた様な笑みこそ振り撒いていたが、それとは確かに違うものだった。
というのも笑顔以外にも自然な表情をよく見せていたのは、俺の他だと余程親しい者達のみだったと記憶している。
反面俺とだけやたら目を逸らしがちな事は正直今でも複雑で……ハッキリ言えば気に食わない。
だが苦手なりに合わせようと努める姿は微笑ましかった。稀にじっくりと見つめられるのもなんだか心地よかった、それもまだ覚えている。
コロコロと変わりやすい表情も見飽きるなんて事がなく、いつどんな物でもずっと記録していたかった。
まず俺が『忘れる』事など無かった。だからこそ何があっても問題ないとさえ思っていた。
故に、ほろかの記録が少しずつ失われていくのは俺にとって何よりも苦痛で仕方ない。本来なら別の所へ回す為のリソースもその大半を記憶の維持と復元に費やす程に耐え難い話だ。
継ぎ接ぎの如きデータ群、邪魔するノイズに砂嵐、接触不良を思わせる諸々の感覚の鈍さ。
──そして、果てには名前すら忘れていたという事実。
俺はそのどれもを信じたくなかった。
────
心安まるのはほんの束の間、寧ろ余計に精神を削るこの行為も止める事ができない。何をしていても心身は摩耗するばかりだ。
そうして欠けを埋める為にまた眼を開き世界を見渡す。
(何故これだけ探しても手掛かり一つとして掴めないのか……。一体何が悪いというんだ……?)
まだ多少痛むがこれ位なら無視できる筈だ──と思っていた矢先、今までになく激しい頭痛に襲われる。
過負荷に耐え切れなかった俺の視界は暗転し、頭を抱え崩れ落ちる様にその場へと蹲った。
「、……ッ!?クソ……!!ぼが、ほが……!!!」
朦朧とする。思考する所ではない。全てが痛みに呑まれ葬り去られる。苦しい以外何も分からなくなる。気が狂いそうだ。意識も遠のき──
「──マイバディ?」
その声が聞こえた途端ふっと全てが止んだ。
不思議に思う余裕すらない俺は、ボヤけた意識を其方へ向け声の主にピントを合わせようと必死になる。
「大丈夫かい?ほら、とりあえず落ち着いて?」
俺を気遣う言葉と共に両の頬へ伝えられた温度と感触、そのどれもが酷く懐かしいものだった。
しかし幾ら目を凝らしても顔がよく見えない事だけが何とももどかしい。
「ほろかなのか……?」
グチャグチャな感情のままどうにか紡いだ問いは随分と震えていた。それを和らげんとばかりにほろかは俺の目元を親指で優しく撫で始める。
「ふふ、そうだよ。ほろかだよ」
段々と鮮明に映り出す──あの時と変わらない姿が、ずっと探していたものが、今目の前にようやく確認できた。
「やっとまた逢えたね、スコープ」
ほろかがやわらかく微笑みかけている。じっと逸らさずに俺の目を見てくれている。たったそれだけでも全てが報われた様な気がした。
一体何処へ、何故、どうして……そんな言葉がない訳ではない。知りたい事は山ほどあり、感情だって複雑に混ざりあっていた。
「すまない。お前を忘れてしまって。俺はまだ、全てを思い出せていない。何なら今だって──」
言い切る前にほろかにふわりと抱き締められた。これでは顔が見えないが、温もりは安堵を齎し俺の全てを包み込まれていく。
「気にしてないよ。大丈夫、もし何もかも忘れちゃっても君のせいじゃないからね……」
背中に回した手でそっと擦りながら宥めてくる。そんなほろかの思い遣りにすらも罪悪感を催し、俺は段々と何をどう思えばいいのか判らなくなっていった。
「私はこうして君に逢えただけでも本当に嬉しいよ。それだけじゃ駄目、かな……?」
「……いや、お前がそう言うならそれでいい。とにかく、もう何処にも、俺の眼の届かない所には行かないでくれ…………」
思わず力強く頭ごと抱き返してしまう。少しでも気を抜けばまたフラリと俺の知らぬ間に居なくなりそうな気がしたのだ。
それぐらい実感が湧かない。確かにほろかは今此処に、腕の中に居る筈なのに、何故──
「うん、分かったよ。君を独りにしてごめんね」
申し訳なさそうな声にハッと意識を引き戻される。
「これからはずっと君と一緒だから。もう二度と居なくなったりしないから。だから──今度こそ私から目を離さないでね、スコープ」
ほろかは言い聞かせる様な、或いは願い乞う様な言葉を言い終えるや否や、その細腕に力を込め精一杯に俺を抱き締めてきた。
一瞬、不可思議な──どことなく己の存在を証明したがっているのか?などといった──考えが過ぎる。
しかしそんな気の所為に構っている場合ではないと、頭を振る代わりに縦に頷いて思考を切り替えた。
「あぁ、尽力すると約束しよう。……漸く安心できた気がする。俺は『お前が居ればそれでいい』……。随分掛かってしまったが、やっとそれが解ったんだ」
そう伝えてやればほろかが嬉しそうに笑う。そのまま頭を撫でてやると、更に満足そうな声を上げながら俺の事を撫で返してくれたのだった。