揺曳 薄暗い館内を順繰り練り歩く二人。
窓の代わりに埋め込まれた水槽を転々と覗き込むほろかと、そんな様子ばかりを気にして展示物には一切の関心を向けないスコープ。
しかし客観的には一人な為かそこに会話らしきものは無く、水族館特有の賑やかな静謐さに馴染んでいた。時折交わるのもほんの数瞬の視線ばかり。後はたまに独り言かも判断つかぬほろかの言葉のみが発される程度。
そんなゆったりとした時間が二人の間には流れている。
「わぁ……」
角を曲がった所にある円形の大きな水槽を目にしたほろかは小さく感嘆の声を漏らした。
中では無数のクラゲがふわりふわりと水流のままに漂っている。その白く透き通るゼラチン質をより映えさせる為の青い光──硝子へ近付くほどその光景に見とれる顔も照らしていく。
「綺麗……」
すっかり釘付けとなったほろかの足が自然とその場へ固定される。スコープも隣で立ち止まり、相変わらず無言のままジッと横顔を観察し続けていた。
時間を忘れ、互いに見たいものをひたすらに眺めるだけ。どれ位そうしていたかも曖昧だが……おもむろに言葉を発したのは意外にもスコープの方だった。
「随分熱心だな」
不意に届けられた声にほろかはピクリと反応を示す。流し目で声の主を見るとぱちぱち瞬き、ほんの僅かに首を傾げた。
「いや、なに。そんなにこれが好きなのだろうか?と……ふと気になっただけで深い意味は無い」
クラゲの群れにチラリと一目。たったそれだけ話し終えるや、どことない気まずさを滲ませ再び沈黙する。
本日何度目かの静寂。
自分へと向けられる紅い薄明かりをほろかはただただ見つめ返す。暫しそんな間を置いてから硝子へと視線を移せばふっと笑みを深めた。
「やっぱり好きだなぁ。可愛くって」
くすくすと機嫌良さそうな声を微かに零しながら更に目を細めていく。──その途中、ほろかの意味深げな眼差しが赫赫たる瞳に向けられる。だがそれはほんの数瞬の事で、すぐにまた元の位置へ戻ってしまった。
「多分昔からなんだよね。小さい頃からずっと、ずっと……」
そっと後ろで手を組みながら聞こえるか否かほどのとても小さな声量で呟いた。
ほろかは特にそれ以降話す訳でもなく、ただの微妙な間が挟まる。
そんな間にも環境音の中に紛れ誰にも聞こえないスコープの瞬きの音。先程からまたしばしば繰り返されていたソレがパタリと止む。
「……そうか」
いつも通りの淡白な言葉だけを返せば何処か遠い眼をしたほろかを飽きもせず見つめるばかりだ。
ほろかは不意に目を伏せながらふふ、と笑いそれから少し深めに息を吐いた。
数瞬後、パッと開き直せばスコープへ目配せし、そのまま次なる場所へと歩き出す。スコープもそれに合わせて付かず離れずの距離を保とうとする。
そうして二人は更なる情景を求めまた道なりに共立って行くのだった。