リョータずきんと森のクマさん深い緑の森に建つ木のお家。
ここで、リョータずきんは赤木おかあさんのお手伝いをしたり森の友達とバスケをしながら、毎日楽しく暮らしています。
今日はとてもいい天気。リョータずきんは赤木おかあさんからおつかいを頼まれました。
「宮城。今日はおばあちゃんの誕生日だ。おばあちゃんにこのアップルパイを持っていけ。あいにくオレはまだ仕事があるから、お前がしっかり祝ってやってくれ。」
赤木おかあさんは、甘くていい匂いが漂うバスケットをリョータずきんに手渡しました。
「オーケー、ダンナ。ダンナ手作りのアップルパイ、オレ好きなんだよなあ。ばーちゃんと一緒に食べていい?」
「まったくちゃっかりしているなお前は。そう言うと思って多めに焼いておいたから、おばあちゃんと仲良く食べるんだ。ただし、日が落ちる前に帰ってくるんだぞ。最近は暗くなると湖の傍にオオカミが出るらしいからな。」
「マジ?ばーちゃんちの近くじゃん。あぶねーな。様子見も兼ねてしっかり祝ってくるから任せてよ、ダンナ。それに、」
リョータずきんは、つる編みの持ち手をしっかりと握りしめ、ニヤッと唇の片側だけ上げて見せます。
「もしオオカミに会ったらブッ飛ばしてやるよ。」
「会わないように暗くなる前に帰ってこい!!ばかもんっ!!」
ゴチン!
こうしておつかいを頼まれたリョータずきんは、ずきんの下のたんこぶをさすりながら、湖のそばにあるおばあさんの家へと出発しました。
「久しぶりにこの道歩くけど、なんか前と雰囲気変わったな。こんなにトゲトゲが多い道だったか?」
毎日歩き慣れている家の周りに比べると、リョータの足元から頭の高さまで伸びた棘のついた枝が、アーチのように道を覆っています。
「昼間なのに、高い枝のせいで暗いな・・・。」
暗くなるとオオカミが出るらしいーーー
「・・・っ!」
赤木おかあさんの言葉を思い出したリョータずきんは、ヒヤとして、歩く速度を上げて駆け出そうとしました。その時。
「う・・・うう・・・っ。」
「ん?」
道を覆う棘の向こうから、微かな声が聞こえました。リョータずきんは駆け出そうとした足を止め、聞こえた方向を見据えます。
「うう・・・。」
「・・・おい、誰かそこにいるのか?」
気配は感じる。しかし、厚く重なる枝の向こうは暗く、何者かは自分の立つ位置からはわからない。
声の方へと足を進め、棘に触れてしまいそうなほどに顔を近づけ目を凝らすと、幾重の枝の隙間から、地面に足を投げ出してぐったりと座り込む人影が見えました。
「おいっ、アンタ大丈夫か!」
バスケットを降ろし、両手足すべて使って邪魔な棘の枝をベキベキと全身でかき分けながら、座り込む人影の元へ駆け寄り、片膝をつきます。
「・・・うう・・・」
「しっかりしろ!どうした?まさかオオカミに・・・?」
「は、はら・・・」
「はら?腹か?腹をやられたのか?!」
「・・・腹が・・・減った・・・・・・。」
「・・・・・・ああ?」
「いやあ〜本当に助かった!ありがとな〜通りすがりのずきんちゃん!」
さっき聞こえた呻き声はなんだったのか。今度はニコッ!という音でも聞こえそうなほど人好きのする笑顔で礼を言う男の片手にはアップルパイ、もう片方にはなみなみと紅茶が注がれたティーカップ。
二口ほどでパイ一切れを口におさめた男は、紅茶もゴクッゴクッと二回ほど喉を鳴らして飲みきりました。
「別にいいけど・・・。」
勢いよくたいらげた男の様子を見つめ、リョータずきんは「ほらよ」と、ティーポッドからおかわりの紅茶を注いでやり、切り分けたアップルパイをもう一切れ手渡してあげます。
地面に座る二人の間には布がひかれ、その上には赤木おかあさんお手製のアップルパイ、紅茶の入ったティーポッド、ティーカップ、ケーキナイフ等、パイを食べるために必要なものが点々と置かれています。つやつやと光沢のあるアップルパイは、焼き上がりの丸い形をすっかり無くし、もう二切れほどしかありません。
道に降ろしたバスケットを取りに戻ったリョータずきんが、目の前に座り込む人物のために転がるようにバスケットの中身を広げ、次々と分け与えたからでした。
「なんであんな場所で行倒れてるんだよアンタ。てっきりオオカミにやられたのかと思っちまったじゃねーか。」
「ハハハ。オレはあちこちを旅しているクマで、ソータっていうんさ。腹減ってたけど、まだいけるかな〜と思って突き進んでたら、途中で棘の壁に行き当たって、力も出ないしどうにもならなくなっちまったんだ。まっ、遭難してたってことだ。」
「なっ、アンタ、クマなの?!本当だ獣耳がある・・・つーかクマが遭難するなんて聞いたことねえよ。ほら、こっちも食っちまえ。紅茶も飲んでいーから。」
ソータと名乗るクマのあっけらかんとした笑顔に、リョータずきんは呆れながら次のアップルパイを手渡します。
はじめは腕を上げることも出来ないように見えたソータに、手ずから紅茶を飲ませ口元にパイを運び食べさせたものの、すっかり復活したことがわかると、「自分で食え。」とぶっきらぼうに押しだしました。
「ありがとうな」と、また二口ほどでペロリと口におさめてしまうソータの食べっぷりに、たしかにクマだわなどと呟き呆れた表情を浮かべていましたが、本当はリョータずきんの目も耳も多くの感覚はソータに向かって研ぎ澄まされていました。
こめかみを片側だけ刈り込んで柔らかく立てた髪。投げ出していたけれど、今はしっかり組まれた長い脚と立派な体躯。絶対に強いはずなのに恐怖を感じない大きな手。その視線が自分に向いているだけで、どうしてか守られているような気になる、柔らかく垂れた眦。安心する声色に。自分より身体が大きな相手には慣れているはずなのに、リョータずきんはソータにこれまで誰にも感じたことない不思議な懐かしさを感じていました。
「パイも紅茶もすごく美味いなあ。食べさせてもらっておいてなんだけど、どこかで食べるんじゃなかったのか?」
「いいよ大丈夫。赤木のダンナが、ばーちゃんの誕生祝いに沢山焼いてくれたから、あと1枚まるまるあるんだ。俺も食べられるようにって。腹減ってるっつっても、なんか飲まなきゃ口ん中パサパサするだろ。紅茶はばーちゃんちで淹れられるし、気にしなくていーよ。」
「そうかー。ところで赤木のダンナっていうのは、ずきんちゃんのダンナか?」
柔らかく目を細めていたソータが、片眉をクイッと上げて悪戯っぽく尋ねました。
「はあっ?!ちげーし!赤木のダンナはかーちゃんみたいなもん!デカくて、バスケ強くて俺を育ててくれて、一緒に住んでんの!」
ギャンッと歯を向けて身を乗り出すリョータずきんに、ソータはまた目を細めます。
「ハハッそうかー良い家族がいるんだなー。バスケは俺も好きさ。なあ今度一緒にやろう。」
「えっ、バスケすんの?アンタ・・・。俺もバスケは好きだけど・・・。」
共通の好きなものがあること知り、着火しそうな勢いを弱めモジモジし始めたリョータずきんに、ソータは手を伸ばし、小さな肩を抱いて自分の方へ引き寄せました。
「あっ。」
ぽすんと広い胸に収まったリョータずきんは、うつ向けていた顔を上げて、なにごとかとソータを見上げます。ソータは、水底の小さな宝物を掬い上げるように両手をリョータずきんの頬へ滑らせ、子守唄のように話しました。
「道の途中で、あんなに鋭い棘を乗り越えて、俺を助けに来てくれたんだな。それで、おばあさんと食べる大事なパイを俺に食べさせるために、また棘の壁をくぐって・・・。ありがとうな、ずきんちゃん。強い子だ、勇気あるな。」
「そんな、大げさ!いいって、当たり前のことしただけやし・・・。」
「傷もついてるし、かわいいずきんもボロボロだ。ごめんなあ。これ、お礼にあげるから、つけてくれるか。」
「・・・?」
リョータずきんを胸に抱いたまま、ソータが懐から取り出したのは、淡く輝く小さな貝殻でした。
「なにこれ?」
「貝殻の耳飾り。白くて綺麗だろ。海の旅で見つけた貝殻に装飾したんだ。ずきんちゃんにやるよ。ほら、つけてやるからジッとしな。」
「えっ、いいって、そんな綺麗なモン俺は・・・って今つけてんの?!もらうって俺言ってねえけど?!」
「おーおーコレでよしっ。・・・おっ似合うぞーずきんちゃん。でも片方だけな。もう一枚は、俺が身につけてるから。」
「わあ、耳たぶなにかくっついてる感じがする・・・って、オイ勝手に人の耳いじんな!」
「俺とオソロは嫌だったか?」
「オソロなのかよ?!いや、じゃなくて、嫌・・・ではない・・・。でも、お礼が欲しくて助けたわけじゃねー・・・けど、ありあと・・・嬉しいよ・・・。」
大きな腕の中でジタバタ動いたけれども流れるような軽やかさで自分の左耳に耳飾りをつけられて、つっかえそうにも相手のとろりと下がったやさしい眦を見てしまっては、リョータずきんにはもう抵抗の術はありませんでした。
「お礼を言うのは俺の方さ。」
またうつ向いてモジモジし始めたリョータずきんの頬をひと撫でしてから小さな身体を胸にグッと引き寄せ、今度こそしっかりと抱き締める。
もたれた身体から小さな手が伸びて、己の背にゆっくりと回されたことを感じながら、ソータは陽射しのぬくもりを味わいました。
ソータを先頭にして二人で棘壁を抜け、湖に向かって道を歩く。
長く続いていたアーチが途切れたところで道も終わり、その先には光さす穏やかな湖畔が見える。鳥のチチチと鳴く声に、湖のほとりを点々と彩る花々。
リョータずきんの記憶に慣れた、見知った風景。あの湖の向こうに、ばーちゃんの家がある。
「見送り、ここまででいいよ。もう行き倒れんなよ。腹減ったら、木の実とか草とかなんでも食えよ。」
ところどころ破れた赤いずきんを気にする様子も無く、リョータずきんは応急処置が施された両手でバスケットのツル編み持ち手をしっかりと握り、自分より頭一つ高いソータと向かい合う。
バスケットの中には、家から持って来た赤木おかあさんお手製アップルパイやティーセットのほかに、ソータの少ない手荷物から半強制的に移された消毒液やきず薬に包帯が入っている。最初の重さと同じくらいかすこし重いが、どうということはない。
「俺の名前は·····ま、いいか。」
言うべきかと思ったが、言わなくても自分たちにはなにも問題ないと言う感覚もあって、すぐに意識の外へ消えた。
「ハハハ、いいよ心配するな。おばあちゃんの誕生日、楽しんでこい。そんでまた会って、バスケしような。男と男の約束だ。」
「うん。約束、絶対バスケしよう。いつもあの森にいるから、近くに来たら絶対に寄ってって。」
どちらからともなく、正面に片腕を差し出し、拳を合わせて見つめ合う。繫がった場所から、再会を確信する熱が全身へ巡っていくのを感じていた。
光をキラキラ反射する湖の方へと足を踏み出す。
ずきんの奥で、周囲のなによりも光を放つ一瞬の煌めきが見えた。
「またすぐ会える。リョータ。」
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ーーー
ーーーー準備万端ピョン。早く来い、赤ずきん。