明るい場所に鳥の声と光を感じて、ゆっくり瞼を開ける。カーテンの隙間から太陽が覗いていて、しっかり顔が照らされていた。眩しい。
名残惜しいけど、ゆっくり体を起こしてもう一度窓を見る。やっぱり太陽は眩しくて、あったかい。好きだな、と思う。微睡の中で浴びる暖かい光。身体が作り変わったら、感じるものも変わるのかな。
問いかけても彼が嫌いなそれは燦々としたままで、ボクは視線を逸らすことしかできなかった。
白いシャツを着て中庭に出る。毎日手入れしている植物たちは今日も葉や花弁で太陽の光を受けている。ガーデニングっていうんだって。ボクの趣味…って薫は言ってたけど、そうなのかな。植物、好きだから、そうなのかも。
ジョウロを持って一つ一つ観察して、水をやる。昨日より元気な花もあれば、終わりが近いものもある。あ、あそこのスペース、次は何を植えてみようかな。
ガーデニング、考えることが多いけど、植物はきらきらしていて、綺麗、だと思う。それにボクが手を離したら枯れてしまう彼らが心配だ。だから、毎日世話をする。そう、大切にしているんだ。
庭を全て点検して周って、次はメインイベント。今日あげる花を選ぶ。昨日は赤い花だった。一番輝いて見えたから、それにした。彼と同じ色だったから、なのかな。じゃあ、今日は、
ドアをノックる。応答はない。いつものこと。ドアを開ける。さっきまで明るかったのに、急に視界が暗くなったから、目が眩んだ。これもいつものこと。
暗いのはカーテンが隙間なく閉じられているせい。彼、マヒロは明るいの、好きじゃないから、おやすみの時に全部閉めてあげるんだ。
「マヒロ」
返事なし。
「マヒロ、起きて。」
二度声をかけてもマヒロは起きない。得意な時間じゃないから。でも、ボクはマヒロに起きてほしい。だから起こす。
「ねえ、マヒロ。朝だよ。」
声だけじゃダメだから、揺さぶってみる。
ゔーーーん、と頭までしっかり被った布団から声がして、もぞもぞ動く。赤毛が覗いて、ようやくおはようを言えるんだって、ドキドキする。
「マヒロ」
「う〜ん……」
マヒロがようやく顔を出した。眠いから眉間に皺がよってる。
「おはよう。マヒロ。朝、きたよ。」
「おはよ〜……ねむい…おやすみ…」
「ダメ。起きて。」
「うーん…」
返事はしてくれるけど、まだ一度も目を開けていないし、起き上がる様子もない。これも、いつも通り。でも、起こすって約束してるから、起こす。じゃないと、マヒロと一緒にいられない。
よし、と決断する。マヒロの体温に満ちた布団を掴んで、一気に捲り上げる。
「あ〜…なにすんのさ…寒いってぇ…」
「マヒロが起きないから。」
マヒロは体を抱きしめて抗議するが、ボクも負けない。観念したマヒロが伸びをして、ようやく彼の瞳と出会う。
「おはよう。セナさん。」
「おはよう、マヒロ。」
ようやく言えた。今日一番嬉しくて、マヒロを抱きしめる。あったかい。だいすきなマヒロ。
「起こしてくれてありがとう。ごめんね、なかなか起きられなくて…」
「ううん。昨日より早かったよ。」
「え、そう…?じゃあ、よかったかな…?」
マヒロも抱きしめ返してくれて、密着が深まる。嬉しいな。
でも、まだ。朝の『いつも通り』は終わってない。
一度体を離して、シャツのボタンを外す。強張ったマヒロの顔が視界の端に映る。そんな顔、しなくていいのに。
「マヒロ、どうぞ。」
シャツをはだけさせて、マヒロに首筋を差し出す。ここが一番、マヒロが吸いやすそうだから。
「……うん。ごめんね。」
マヒロはいつも謝る。なんでだろう。これをしないとマヒロは起きられないし、起きないとマヒロといられなくなる。ボクはそれは困るから、この行為を何とも思ってない。マヒロは違うのかな。
再び彼に抱きしめられる形になる。さっきと違うのは、マヒロが口を開けて、牙を突き立てるところ。
「う、」
皮膚を貫かれる痛み。いつも、だけど、やっぱり痛いから声が出てしまう。
マヒロの背中に手をまわしてじっとする。
「ふっ……ん、は、あ、」
じゅる、と血液を啜る音と、それを嚥下する音を聞きながら眼を閉じる。
吸血鬼のマヒロはこうやって人間の血を摂取しないと日の元で活動ができない。だから、ボクはマヒロと一緒にいる為に彼に血を与えている。ボクが太陽のない時間に活動できたらいいのに。試したけど2日で疲労が溜まって倒れてしまった。ボクの体調不良をマヒロが嫌がって、朝一番に血をあげる形に落ち着いた。でもマヒロは吸血行為を嫌がっているみたい。餌、にしてるみたいだからって。でもボクは気にしてない。マヒロと一緒にいられる手段があるなら、それでいい。
「セナさん、ありがとう。」
頭の中でぐるぐる考えている間に吸血は終わったみたいで、しばらく体は力が入らない。くた、とマヒロにもたれかかる。マヒロが心配して背中をさすってくれる。
言ってないけど、ボクはこの時間が好きだ。しばらく沈黙が続いて、過去何度も問うた事を投げかけたくなる。
色々、考えていたせいかな。
「ね、マヒロ。」
「ん?」
「やっぱりボクを、眷属にはしてくれないの?」
「……うん。」
「どうして?」
「セナさんは、ガーデニング、好きでしょう。
太陽の下で、植物に囲まれて。あったかい世界で、生きていてほしいから。」
マヒロの腕に力がこもる。ちょっと苦しいけど、ボクも抱きしめ返した。
眷属になることは、ボクも吸血鬼になるという事。力を分け与えた代わりに、本人は昼も夜も活動できるようになる。
身体が作り変わる行為だから、マヒロはボクを心配してる。でも、ボクはガーデニングよりマヒロが好きだし、マヒロとずっと、いつまでも一緒にいたいのに。
なんで、うまくいかないんだろう。
何度聞いてみても、この質問にだけはマヒロは頑なで、ボクはいつも困ってしまう。だって、人と吸血鬼は、生きる時間が違うから。マヒロに断られる度、ボクはマヒロと共にいられなくなる未来を考えて、悲しくなる。
「さ、セナさん。朝ごはんを食べようか。昨日仕込んでおいたんだ。甘いフレンチトースト、好きでしょう?」
ぱっ、と体を離したマヒロが笑う。
「…うん。キッチン、行こうか。」
マヒロのフレンチトースト。…食べたいな。
複雑な想いを一先ずは飲み込んで、ベットから立ち上がる。食べられないと困る。
同じく立ち上がった彼の手を引いて、ドアを開ける。明るい世界に、2人でおはようを言った。
キッチンに飾った今日の花は白。昨日の赤い花の隣にいて、なんだか嬉しくなったから。