部活対抗ハロウィン仮装リレー文化祭の目玉として、部活対抗ハロウィン仮装リレーがある。野球部からは俺が出ることになった。生徒会の用意したギンギラギンの箱から仮装テーマの札を引く。金色の紙に悪魔とカボチャのデコレーションがされた派手なカードを裏返す。悪魔か?ミイラか?ドラキュラか?期待してめくった札の裏にはたった一文字「栗」と書いてあった。
「栗!なんで栗なの?せめて桃にすればいいのに」
「地味ハロウィンらしい」
「地味っていうかトンチキじゃない?」
部屋で栗の話をすると、綾瀬川が仰け反るほどに大笑いした。うるせえ。笑いたいんは俺の方じゃ。
「なんで桃やねん?」
「桃栗三年柿八年っていうから、桃と栗って仲間じゃん。せっかく桃の名前なんだから、桃にしなよ。それか桃太郎」
「桃太郎は幼稚園の時にやった」
「うっそ。かわいい!写真見せてよ」
「燃やしたに決まっとるやん!」
「うわ、怖っ。いいよ、こんど円に聞くもん」
「聞くな!そんなしょうもないこと!」
「聞くに決まってんじゃん。今すぐ聞こうかな」
綾瀬川はスマホを取り出し、早速連絡しようとした。素早く手首を掴み、妨害する。
「もう、ええっちゅうねん!」
「じゃあ、栗になっとけば?似合うよ、たぶん」
「栗の仮装に似合うも似合わへんもあるか!俺もなんで栗なんか分からんねん!おまえがせえ!」
「いいけど、俺がジンクス使っちゃっていいの?」
はあ。ため息をつくと、隣で綾瀬川が声を出さずに笑った。口も目も三日月にしてニヤニヤとしている。突っ込みが上手くいって嬉しいらしい。
文化祭の部活対抗リレーで一位になった野球部員は翌年、四番打者になれるというジンクスがあった。冷静に考えれば、リレーで一位になるポテンシャルがあるなら、打撃も強い可能性があるというだけなのだが。スポーツの世界は能力だけではないことを身に染みて感じているからこそ、使えるものは何でも使いたかった。
「さっさと栗の格好して走りなよ」
「せやから、おまえの服を貸せって言うてるやん」
生徒会から受け取った紙を綾瀬川に見せる。
「黒のデニム?デニムくらい桃吾だって持ってるでしょ?」
「おまえ、俺がジャージ以外を着てるところ、見たことあるんけ?」
「…………ない」
「むしろ、おまえがジャージ以外を持ってることの方が驚きやわ」
「まゆかな?家から来る荷物にたまに服が入ってんだよね」
「ほら、おまえかて自分で買うてへんやん」
「それはどうでもいいから、さっさと履いて栗になったら?栗坊くん」
なんやねん栗坊って。
文句を言うのにも徐々に飽き、綾瀬川から受け取ったデニムを受け取って、自分のジャージを脱いだ。
広げた綾瀬川のデニムは予想以上に長い。俺より明らかに脚が長いのはムカつくな。現実を見ないふりをして脚を通した。
「どう?」
様子を見に近寄った綾瀬川と、キツいデニムに脚を取られて倒れる俺が重なったのは同時だった。
「あっ!」
「…………大丈夫か?腕、指、腰、脚、全部なんもやってへんか?」
うん。
頷く綾瀬川の顔がすぐ目の前にある。俺たちが一緒に倒れたせいで、床に押し倒した格好になっていた。綾瀬川がさっき飲んだオレンジジュースの香りがする。いい匂いだ。
チュッ。
思いがけない音に思わず目を閉じた。すぐに、柔らかな綾瀬川の唇が二度三度と触れた。おまえなあ、立て続けにキスすんなや。ドキドキしてまうやろ。直後、綾瀬川は俺の脇腹を小突きながら楽しそうに言った。
「さっさと俺の服を着て走ってきなよ。どうせ一番に戻ってくるんでしょ」
当たり前やろ。
俺が笑ったのが、こいつから見えたかは分からない。
返事の代わりに、今度さ俺から口づけたから。
そうや。いつだって、俺とおまえが世界でいっとう凄いんや。
〆