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    2025/07/05 夏秋
    小学生から中三までの夏秋。一緒にアイスを食べたりする。うっっっすら切ない。

    #夏秋
    summerAndAutumn

    パピコの一気飲みするから見て!歯医者の帰りにスーパーに寄る。夏彦が行方不明になるので、あいつがいる時は寄り道をしない母ちゃんだけど、歯医者の帰りはアイスを買うからスーパーに寄るのだ。それまで不機嫌にグネグネちんたら歩いていた夏彦は、スーパーの自動ドアを潜り抜けた途端、弾丸みたいに走り出す。
    お前が真剣に走ったらスーパーん中を単車が爆走してんのと同じくらい危険やねんから、ちょっとは気いつけろや。俺が言ったところであいつは聞く耳をもたないのだから、注意しても仕方ない。母ちゃんが周囲に頭を下げながら歩くその隣を、黙って歩いた。
    アイス売り場に着くと、夏彦の奴は冷凍庫に突っ込む勢いで中を覗きこんでいる。頭を潜り込ませているせいで突き出す羽目になった尻は、屁をこいたらロケットみたいに発射できそうな鋭角を描いていた。
    もし、俺がこいつの尻を押したら、夏彦の奴はなんの抵抗もなく冷凍庫に落ちてアイスの海で泳ぐことになるんやろうな、という妄想が俺の頭の片隅に湧き、すぐ消える。そんないたずらよりも、俺も早くアイスを選ばなくてはいけなかった。夏彦は好きなアイスを選ぶなり、レジに向けて猛スピードで走っていくから、俺も追いつかないといけないのだ。
    まあ、ちゃんとレジで金を払うようななっただけでも、だいぶマシになったわけやしな。
    歯医者の帰りにはアイス。マッチポンプみたいな桐島家の習慣は、俺が中三になるまで続いた。
    小学生も高学年になる頃には、母ちゃんの付き添いはなくなった。俺たちは勝手気まま風の吹くまま、好きなプロ野球選手のフォームを真似したり、道の真ん中で格闘ゲームの技を真似をしたりしながら自由気ままに歩けるようになったので、二人で歯医者に行けるのは正直嬉しかったのだが、問題は金だった。母ちゃんは、歯医者のお釣りでアイスを買ってもいい、と言うわりには、俺に渡す金は治療代ぴったりだけ。アイスを食いたい俺は、歯医者のカウンターでお釣りをちょろまかしてみたい誘惑にかられたが、受付のおばちゃんが母ちゃんの友達なことを知っていたので、俺は愛想笑いをしながら耐えていた。ああ、おばちゃんの方がお釣りを間違えてくれたらええのに。
    そんなわけで俺はなけなしのお釣りを握りしめ、ひとつだけパピコを買って、夏彦と分けて食べていた。
    「なんで割んねん」
    「パピコ割らんかったらパピコの存在意義ないやろ」
    「あるわ。あるある。ふたつ口があるんやから、ふたつまとめて咥えたら倍食えるやん」
    「アホか。俺の分まで食べるつもりなんやめえ」
    毎回、同じような会話をしながら、俺はひとつのパピコをふたつに割り、片方を夏彦に投げて渡す。
    「なー、秋斗!俺、パピコの一気飲みするから見て!」
    変顔しながらパピコを飲み干す夏彦は、飲み干した瞬間に「頭痛え!」と怒り出すところまで寸分たがわず、いつも同じ行動を繰り返した。
    ほんまにコイツは野球以外のことは何も覚えよらん。アホすぎる。
    一瞬でパピコを飲み干し、喋りたおす夏彦の隣を歩きながら、俺はといえば自分の分を、グズグズのダルダルになるまでゆっくりと、家まで少しずつちまちま飲んだ。おかげで、大人になってからも、パピコといえば、歯医者から家までの風景がセットになっている。たいてい夕方だったから、どこかの家の晩ご飯の匂いも思い出す。夏彦が「パピコの一気飲みするから見て!」と言う声も。
    夏彦が中学生になる頃には、俺らは一緒に歩くようなことは減っていた。練習の行き帰りも、父ちゃん母ちゃんが車に乗せてくれる時以外は、たいがい別々に行動した。別に喧嘩したわけでも、わざと距離をとっていたわけじゃない。特に深い意味はない。
    でも、なぜか歯医者だけは、必ず二人で行き、二人でアイスを買って、二人で家に帰った。
    夏彦は相変わらずパピコを一気飲みしていた。デカい図体でちいこいアイスを掴む姿は少し可愛らしかったが、いつの間にか俺に一気飲みを見せびらかすようなことはなくなった。俺はいつまでもチビチビとパピコを啜り続け、そして中学三年生になり、十五歳になり、卒業式を迎えた。
    三月に歯医者に寄った時も、俺たちは帰り道にスーパーに寄り、治療代の釣り銭でパピコを買った。夏彦が一気飲みをするのを横目で眺めながら、俺はチビチビとアイスを吸った。三月の風はまだ冷たかったが、日差しは明るく、霞んだ青空の下で舐めるアイスはなんとなく、いつもよりも美味しい気がした。
    「秋斗なあ?」
    「あ?」
    公園の脇を歩いている時だったとおもう。奥の広場で、小さな子供がゴムボールで遊んでいたのを覚えている。俺を呼んだ夏彦はこちらを向かず、空になったパピコのガラを口端に挟んだまま、遠くの方を眺めていた。
    「秋斗は、次の歯医者、いつにしたん?」
    なんで、それ聞くん?とは言えなかった。
    いつも、そんな風に言わんやんけ予約なんか俺に任せきりで、と突っ込むこともできないし、ほんまにおまえは野球以外のことは何も覚えよらん、と呆れることもできなかった。
    俺がどう答えていいかわからないでいると、夏彦は続けた。
    「もう、今みたいに、しょっちゅう歯医者行かれんくなるやん?でも、野球するんやし、歯は大事にせなあかんやろさすがに。せやから、なあ、次の歯医者、いつにしたん?」
    アホやな東京で行くに決まっとるやろ、とはよう答えんかった。答えに詰まっていたその時、隣を小学生の男子が駆け抜けていった。なあ!ゲームの技、ここでやってみてもええ?と叫びながら。
    「夏彦、俺はもう、虫歯にはならんねん」
    「はあ?何言うとんねん」
    「もうな、虫歯にはならん」
    そう決めてん。
    それだけ告げ、俺は舐めていたパピコを全て一気飲みした。











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