予想外のおくりもの「桐ちゃん」
「ん?」
「おめっさん」
「わお、寺っち愛してる♡」
ばーか、という明るい含み笑いと、ごそごそという布団に潜り込む音が同時に聞こえた。直後、部屋はすごく静かになった。俺たちは昼間、とんでもなくうるさい。だから、寺門が先に寝てしまうと、昼とのギャップで部屋は無音のようになる。寺門は顔に似合わず赤ん坊みたいに早く寝るのに、今日は「誕生日おめでとう」を言うために、日付変更線まで起きていたらしい。「良え奴」っていうのはこういう奴のことを言うんだろう。大事なツレだ。マジで愛してる、って卒業式には必ず言うと決めている。
日が変わると同時に、メッセージをくれる奴らもいる。みんな良え奴や。ボーイズ時代の仲間、クラスのツレ、なんとなく仲良くしている生徒会の連中。野球部の中では、こういうメッセージを送らないことになっている。その代わり、朝になると「おはようございます」と言わず「おめでとうございます」と挨拶してもらえる。三年生だけの特権だが。
糸目の狐が「ありがとう」と手を挙げているスタンプを返していく。ボケたメッセージにはつっこみを、小ボケのメッセージには大ボケも添えて送る。愉快な奴らに顔を緩ませながらメッセージを返していくうちに、予想外の送信者に気がついた。
「桐島さん、今日、誕生日ですよね?」
一行だけ送られてきた事務的なメッセージは他校のキャッチャーだった。嫌な気持ちはなかった。いや、むしろ、少し期待していたところはあるが、それを認めないようにしていた自分がいた。
夏の大会が終わった時に連絡先を交換した。野球のこと、進路のこと、どうでもいいネタを送り合ううちに、外で会うようにもなった。最初から薄々感じてはいたが、こいつは俺と性根が似ている。それでいて一筋縄ではいかない洞察力があり、話していても面白かった。
俺と同じくらい、こいつも俺のことを良い奴だと思っていてほしかったが、期待は裏切られるものだ。落ち込むくらいなら最初から期待しない方がいい。各種の方法で自分に暗示にかけ、当日にはすっかり忘れていたが、心の奥では、俺はこいつから誕生日祝いがほしかったんだろう。
ほしかったメッセージが予想外に送られてきたことに動揺し、考える余裕もなく、俺は脳直で返事をした。
「違うで」
「えっ?」
要の方も予想外だったんだろう。俺の嘘回答に動揺したのか、要は思ったままを返信してきた。熟考してから返信する要にしては珍しい。
「前に一月二十四日って言ってましたよね?今日、お祝いのメッセージを送ったら駄目なやつですか?」
お、祝ってくれるつもりやったんや。
自然とにやにやとした顔になる。やばい、寺門が寝ていて助かった。こんな緩んだ顔を見せられるわけがない。
にやにやと要のメッセージを眺めていると、「お祝いの~」|の部分は送信取り消しとなって消えていった。
恥ずかしかったんか?面白いやつ。
「なに?誕生日が分かったら、祝ってくれんの?」
「まあ、分かったらですけど」
「本当の誕生日を教えたるから、来週会おうや」
要からの返信はなかった。
本当の誕生日、と中坊みたいなワードを書いてしまったことに恥ずかしさを覚え、自分も送信取り消しにしたくなったが、それでは「来週会おう」も消えてしまう。どうしよう。誘いたくない、と思われるのは、ちょっともったいない。はあ、それにしても「本当の誕生日」なんていう厨二ワードは宇部に食わせて消してしまいたい。
「分かりました」
思いがけず素直な返事がきて、ほっとする。俺のつまらないボケのせいで、遊びのチャンスを台無しにしたかと死にたくなっていたから。自分がスベッたせいで誕生日に死にたくはない。
――というか、俺はそんなにも要と出かけたかったんか?
知らぬふりをしていた己の願望に呆然とする。いや、ちょっと、これ、どないしようかな。自分自身に戸惑う俺の手の中で、ブブッとスマホが震えた。新しいメッセージだ。
今度は誰や。なんや要か。続きがあるんか。嬉しいやんけ。
「本当の誕生日とかいらないんで、普通に誕生日を教えてください。では、また週末に」
なんやねん!ボケにツッコむんやったら最初からツッコめ!笑いはスピードやぞ!今度教えたる!覚えとけ!
要に聞こえない文句を呟きながら、俺は糸目の狐のしているスタンプを選ぶ。スタンプを送信しながら、週末に何を着て要に会おうか考え始めていた。
俺が人生で初めてキスをしたのは、その週末のこと。
それは予想外の贈り物だった。
〆