そして二人の夜は明ける アシュラマンの眠りを妨げたのは、何やら長々と続く話し声だった。
誰の、かは分かっている。自分でないなら答えは一つだ。この部屋にはアシュラマンともう一人、相棒のサンシャインしかいないのだから。
そうなると湧き上がってくるのが、ほんのささやかな好奇心である。寝ぼけた状態ですることなど、おおよそ愉快であるに決まっているのだ。その内容によっては、眠りを妨げたことに対する罪を帳消しにしてもいい。
実に魔界の王族らしい理由で、未だに続く話し声へ耳を傾ける。起き抜けのはっきりしない頭でも、それが誰かへの語り掛けだろうということだけは分かった。二人きりの部屋で一体誰にという疑問を抱く前に、もう一つ信じがたい事に気づく。
(――まさか、これは口説き文句か? )
いや、恐らくそうだ。聞いたこともないような甘ったるい声音が、それを裏付ける。
アシュラマンの機嫌はたちまち急降下した。如何なる時であっても、この男の至上は己でなくてはならないのだ。他者に現を抜かすなど、全くもって許されざる行為だった。
これは文句の一つでも言わねばなるまいと体を起こす。怒りで目もすっかり覚めた。明瞭になった視界と思考で罪人を捉え、首を傾げる。
「……アンタ、本当に綺麗な色をしてるなあ。その真っ白な体、さぞ滑らかに違いない」
「折角なら直接触れてみたいところだが……こんなに立派な容れ物着せてもらってるからなァ。あんまり酷いことはできねえや」
「……マズいな、これじゃあ身体目当てみてえになっちまう。ちゃんと聞いてるぜ、アンタの声。鈴が鳴るようなってのは、こんなのを言うんだろうなあ」
サンシャインはシーツに寝そべったまま、眠たげながらも情熱的に言葉を紡いでいた。――ベッドサイドへ置いてある、インテリアの砂時計に向けて。
「……は? 」
これは一体どういう事だろうか。頭は覚醒しきっているというのに、上手く理解が出来ない。取り敢えず一呼吸を挟み、ゆっくりと状況を咀嚼する。
サンシャインの見つめる先にあるのは、間違いなく砂時計だった。つい数日前に家から贈られてきた、黄金の枠がついたものだ。繊細に施された蜘蛛の彫刻が珍しくも美しく、気に入りの一品である。
サンシャインの口説き文句は、その中で時を刻む「砂」に対してのものらしい。本人が砂であることを考えれば、大して可笑しなことだとは思わなかった。アシュラマンからすれば「まあ確かに綺麗な砂ではある」という程度だが、同族からすれば全く違う見え方をしているのだろう。
そうやって情報を整理し終えてみると、何とも言えない気持ちがアシュラマンの胸を埋め尽くした。その中のほとんどは、改めて実感した感性の差から来る困惑が占めている。大まかに言えば六割くらいだろうか。まさか砂時計に詰まった砂が求愛の対象になるとは思わなかった。
とはいえ、それ自体は文化の差として呑み込むことができるレベルのものだ。問題は残りの四割ぶんである。
(随分と語彙が豊富だが、何処から出てきているのだろうなァ⁈ )
寝ぼけている状態でこれだけ出てくるのであれば、元々それだけのものを溜め込んでいたと思って差し支えないだろう。アシュラマンはそのうちの一つも聞かされたことはないのだが!
「ッ……‼︎ ッ……‼︎‼︎ 」
轟々と燃えるようにして湧き上がってくる激情――いわゆる嫉妬の念に邪魔されて、頭に浮かぶ罵りは一つも口から出てこない。そんな状態で現状に変化が訪れるわけもなく。
「なあ、もう一回ひっくり返していいか? アンタの声があんまり綺麗なもんだから、何回でも聞きたくなってよ……」
いつまで経っても終わる気配の見えないラブコール。それを延々と聞かされる続けながら、アシュラマンはその名に相応しい顰め面を浮かべるのだった。