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    まろ眉

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    まろ眉

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    ニェンとドライブする話

    #ラン夢レン

     タイヤが砂利を踏みつけて走る音が、いやにわざとらしく聞こえる。
     舗装工事なんてもう何十年もやっていないであろう道路の、年季を感じるでこぼこに合わせて揺られながら、あなたは彼の運転する車に乗り込んだことを後悔し始めていた。
     
     ◆
     
     あなたの友人で、今は大家さん・・・・でもあるルーサーに「ニェンと二人でお遣いに行ってもらえないかな」と頼まれたとき、あなたは思わず「よろこんで」と従順な奴隷のように振舞ってしまいそうになった。あなたはいたって冷静に、教師に板書を命じられた生徒のように淡々としたふりで、いつもよりほんの少し身支度に時間をかけた。
     
     運転席では既に彼、ニェンが煙草をふかして待っていて、あなたは慌てて助手席に乗り込んだ。ニェンはあなたがシートベルトを装着したのを確認すると、キーを回してエンジンをかける。あなたの「運転、よろしくね」という言葉に短く「ん」と返すと、ニェンはゆっくりと車を発進させた。
     
     ――そしてそれ以降、あなたとニェンの間に会話らしい会話は発生しなかった。あなたが勇気を出して振った話題も、結局一方的に話すことになるばかりで、ニェンは相槌さえ返さない。次第にあなたの口数は減っていってしまった。
     
     窓の外は代り映えのない同じ景色ばかりが流れていく。二人分の沈黙で静まりきった車内は居心地が悪く、あなたはもう何度前髪を直したかわからなかった。彼が決して気さくな優男ではないとわかっていながらも、二人きりのドライブなら楽しく会話くらいは出来るかもしれないと、ほんの少し淡い期待を抱いてしまったのだ。舞い上がっていた気持ちも、今ではかわいそうなくらいに萎んでしまっていた。
     
     目的の場所がどこなのかあなたは聞かされていなかったが、この何もない道が少なくともあと数十分は続くことだけは知っていた。窓の反射越しに自分の目がふてくされた子供みたいに映るのを見て、あなたは気づかれないように小さくため息を吐いた。
     
     ◆
     
     一度近くの街に出て、そこからしばらく高速道路に乗り、降り、少し走った頃、やっと目的の場所に到着したらしい。あなたは一目散に車を飛び出し、やっとの思いで脱獄を成し遂げた囚人のようにおもいきり体を伸ばした。
     ひとしきり体の骨を鳴らしたあなたは、ここがどこかの住宅地であることに気づく。住宅地とは言っても、都心からほど近い郊外でよく見るきっちり区画分けされたニュータウンとは違って、一軒一軒の距離が広くとられている。いま車を停めた家も、門の内側には木々が茂っていて、あなたの位置からは家の全体を見られないほど大きない邸宅だった。
     
     ニェンが車のトランクから大きめのボストンバッグを取り出してきて、そのまま門に向かうのを見て、あなたは併泳魚のようにその背中にぴったりくっついた。ニェンはブザーを押して、主人の名前を告げる。インターフォン越しに住人と二、三やり取りをしたあと、初めてあなたを振り返り、額にぐいぐい何かを押し付けてくる。車のキーだった。
     
    「痛い痛い! なに? なんなの?」
    「お前はここで待ってろ。中から鍵かけて、勝手に動くなよ」
     
     そう言って一人さっさと門を開けて行ってしまったニェンの後姿に、あなたは茫然と立ち尽くしたあと、見知らぬ場所に取り残された心細さから、渋々元の助手席に自らを拘留するのであった。
     
     ◆
     
     コツコツと爪でガラスを叩く音が聞こえたのは、あなたが小鳥を眺める遊びを始めてから30分ほど経った頃だった。じっと湿った視線を運転席の窓に向けると、ニェンが口の動きだけで「開けろ」と訴えている。あなたがのっそりとした動きで運転席に片膝を付き、ドアロックをつまみ上げて解除してやると、ニェンは乗り込んで早々煙草に火をつけた。
     
    「用事は終わったの?」
    「ああ」
    「じゃあもうあとは帰るだけ?」
    「……ああ」
     
     つまらない気持ちで爪を眺めながらあなたは言った。期待していたお出かけが出来なかったこともそうだが、ニェン一人で事足りるはずのお遣いに、わざわざ「二人で」なんて指名してきたルーサーにも少し腹を立てていた。お腹が空いているせいかもしれない。きっとそうだった。少しの沈黙のあと「……どっかでなんか食って帰るか」とニェンが言った言葉に、あなたはすぐに嬉しくなってしまったので。
     
     
     
     
     
     帰りの道は、行きよりもずっと快適だった。無事任務を成功させた解放感からか、ニェンもぽつぽつ返事を返してくれるようになったし、遅めのランチがファストフードでなく、あなた好みのカフェだったことも気分を良くさせていた。
     相変わらず一言二言会話を交わすとそのあとは二人して黙ってしまうが、あんなにも切なくてたまらなかった沈黙が、いまはどこか心地いいとあなたは感じていた。すっかり暗くなってしまった窓の外の風景も、ヘッドライトに照らされた砂利道も、このままずっと見ていたい――
     
     あなたは、帰りの車が行きよりもゆっくり走っていることにも気づかないまま、流れていく景色を見るふりをして、窓の反射越しにニェンを見つめていた。
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    まろ眉

    DONEルーサーにおやすみのキスをしてもらう話
    冬が好きだ。ピリと冷えた空気のおかげで、普段は感じない男の熱がしっかりと伝わってくるから。ルーサーの、本をめくる音だけが心地よく耳をくすぐる静寂の中、私たちは肩を寄せて体温を分け合っていた。ベッドフレームに背中をあずけて、一枚の毛布に包まっている。少し粗くてざらついた感触のそれはあまり好みではなかったけれど、こうして彼の肩に頭をくっつけていれば気にならなかった。すっかり装飾品を取り払ったルーサーの指が、紙の上を滑る様子をうっとり眺める。この二人きりの特別な時間を、私はクリスマスの朝よりもずっと大事に思っていた。毎年楽しみに準備している彼には悪いけれど。「もう眠るかい?」私の頭が何度も肩を滑り落ちるのに気付いたルーサーが、紙の上の文字を追っていた目をこちらに向ける。久しぶりに視線が合ったのが嬉しくて、体ごと向き直ってぎゅっと抱きついた。私は二の腕に顔をうずめたまま首を振って、眠らない意思を表明する。「困った、どうしたら眠る気になるのかな。……教えてくれる?」少し体勢を変えたルーサーの体重でベッドが小さく音を立てた。手のひらが頬をなぞって、金属の冷たさを忘れた指が、髪を梳くようにして首の後ろを滑る。くすぐったさに身をよじりながら、厚い体に抱きついていた腕を首へと回すと、彼の体が自然とこちらに寄り添ってきた。そっと頬の辺りで囁くと「仰せのままに」と瞼にキスが落ちてくる。そのまま額、頬、鼻先と次々振ってくるキスにくすくす喜んでいるうちに、私たちはすっかりベッドにもつれ込んでいた。私を見下ろす四つの瞳が、静かに問いかけている。「おやすみのキスはまだ必要かな?」答えの代わりに、私は彼の少しかさついて仄かにぬくい首筋に口づけた。
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