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    まろ眉

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    まろ眉

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    ついいじめてしまうニェンの話

    #ラン夢レン

     ご主人様はお優しく、賢く、素敵。そしてとても紳士的だ。
     その素晴らしい人間性を称える気持ちが確かにありながら、ニェンはいつもどこか割り切れない感情を抱えていた。
     ――ルーサー・フォン・アイボリーがもっと、感情的で不平等的な人物であったなら。役に立つ自分は、彼からの慈愛をより多く得られているはずなのに。現状、決して満たされているとは言い難い欲求を燻らせながら、ニェンは度々そんな空想に耽った。
     
     つい先日、新たに人間の女を家族に迎え入れたことについてだって、ニェンはなかなか受け入れることが出来なかった。
     ルーサーがどこからか連れて来て、名前まで与えてしまった。家族には良くするように、と自身の瞳ににこやかなまぶたを貼り付けて。そうなるともう、どうしたって、忌々しい害獣にするように人知れず排除というわけにはいかなかった。
     家族が増えるのはいつだって突然で、その前触れのなさがニェンの心から平穏を奪ってしまう。そのことを、きっと、ご主人様はご存じでないのだ――その日ニェンは、家中の酒を浴びるほど飲むことで自分を慰めた。
     
     女が来てからというもの、アイボリー家の様子がほんの少し浮ついている気がする。ルーサーの「女の子には優しく、親切に」という御触れに対して、それぞれが気にして生活しているような素振りだった――何を今更。女くらい、この家にもずっと昔からいるだろうが――地下室やカーペットに住む家族を思い浮かべながら、そのわざとらしい空気をニェンは面白く思っていなかった。
     
     この家のクイーンであるランダルでさえ、ルーサーの言いつけを守っているのか、たまの猟奇的な言動はともかく、珍しく紳士的な距離を保っている(それにしては妙に怖がられ過ぎているので、兄の目が届かない場所ではそうでもないのかもしれない)。そんなランダルの後ろに常々引っ付けられているジョーカーも、同じ人間同士ということもあってか、必要以上に気にかけている様子だった。この二人が結託して妙な気を起こさないように、二人きりになっているのを見かけると、少々脅かして蹴散らさなくてはならない。そんな馬鹿みたいな仕事が増えたのにも、ニェンは腹が立っている。
     
     そして、もう片方のキャットマン。これが特に気に入らない。
     彼は主人の命令に忠実で、女が困っていると真っ先に手を差し伸べた。下心なんて全くありませんよという顔をして。そんな害のなさそうな部分が気に入ったのか、女はニョンに懐いていた。今みたいに、ニェンから逃げて、彼の背中に隠れるくらいには。
     
    「おいおい、どこ行くんだよ。まだ話し合い・・・・の途中だろ?」
     
     ニェンは握ったナイフを背中に隠して、愚かな獲物を誘き出すみたいに、わざとらしく微笑みかけた。目の前では、自分と同じ顔の男が情けない表情をして突っ立っている。幽霊なんて怖がって逃げ出すような意気地のない男だ。取るに足らないと無視していたニェンだったが、その腕がまるで背中の女をかばうように後ろへ回っているのに気づいて、途端に気分が悪くなる。 
     こいつが――ご主人様も。やたら大事に扱うものだから、きっとこの女はつけ上がって、勘違いしているに違いなかった。自分が誰のものでもないと。だから、誰かが思い知らせてやらなければならなかった。お前はもうこの家の、ただのペットなのだと。困ったふりをして、他の男に助けなんて請うなと。そして、それは自分の役目だとニェンは思っていた。
     
    「話そうぜ。お互い、ちゃんと顔を合わせて……なあ?」
    「……ニェン、彼女をあまりいじめないで」
    「……あ?」
    「優しくするようにって、ご主人様に言われてるでしょう」
     
     ニョンの諭すように責める物言いに、ニェンの髭がぴくりと動く。普段滅多に口答えしない空気のような男が、何を思って勇気を振り絞ったかなんて、わざわざ理解するまでもなかった。普段なら声をあげて笑っていた。ナイト気取りの、ちょろくて間抜けな男を馬鹿にして、付き合っていられないと見逃してさえやっただろう。ナイフを握りしめる手に力が入る。自分が今、手の中のこれを突き立ててやりたい程に苛立っている理由が、ニェンにはまるでわからなかった。
     
     ふと、女と目が合う。ニョンの背中から少し顔を覗かせて、自分を見上げていた。その目には心配の色が浮かんでいる。小さな手が、ニョンの黄色のシャツを掴んで震えているのを見て、ニェンはまったく不愉快になった。もう、今さら他人の血を見たって、気分が良くなることはないだろう。ひとつ大きく舌打ちを残して、ニェンは踵を返した。ニョンに向けられる女のやわらかな声を聞かずに済むよう、少し足早に。
     
     
     
     
     
     
     ◆
     
     目覚めたときに目に入るのが、流石に見知らぬ天井・・・・・・とは言えなくなってきた頃。女は相変わらずニェンを恐れていたし、ニェンも女をいじめるのに飽きてはいなかった。ただ、最近は誰かの側にすっ飛んでいくと諦めて去っていくようになったので、恐怖の追いかけっこに終了の合図が生まれたことに、女は少しの希望を見出していた。このまま自分から興味を失ってくれるのでは、と。
     
     女はこの頃、息を切らしながら現実逃避することだって出来るようになっていた。なぜか自分を執拗に追いかけてくる男が、気狂いの殺人鬼ではないと気付いてしまったからだった。ナイフをちらつかせて恫喝してくるのは怖いのでぜひやめてほしいのだけれど、主人の「優しく、親切に」という言葉を最小限で守っているのか、今のところ、痛い思いだけはしないで済んでいる。
     
     今日だって、もし捕まってしまっても、ニェンの理不尽なお説教にひたすら「はい」「おっしゃるとおりです」と返しておけば、その内満足して解放されるだろう。アイボリー家へ迎え入れられてしばらく、女はわずかな強かさでニェンへの順応性を身につけていた。
     
     廊下の角を曲がった瞬間、なにかが女の足を掬った。倒れかけた体が、柔らかくて少しぬめっとしたものにぶつかる。不快な感触に、衝撃に備えてつむっていた目を恐る恐る開けて、女は悲鳴をあげた。舌のようなものが体に巻き付いている! そのまま大きな口に引きずり込まれそうになった女は、すぐ側でニェンがこちらをじっと見ているのに気づいて、思わず「助けて」と手を伸ばした。
     
     ◆
     
     大きな口に引きずり込まれて、ペッと吐き出された。女が床に叩きつけられてすぐ、その体の上に重いものがのしかかってくる。ニェンだった。
     女に助けを求められたニェンは、ついその手を掴んでいた。無意識だった。女を捕らえていたのは、どうせ家のどこかに繋がる口なのだから、放っておいたって何の問題もなかったのに。うっかり親切に・・・してしまったことに、女に体重をかけたまま、ニェンは内心ため息を吐いた。
     
     
     
     辺りは夜目のきくニェンにも暗く映ったが、壁にうっすら木目が見える。横には少しスペースがありそうだが、天井は低く、座ると頭がぶつかるくらいの高さだ。物置か、屋根裏だろうか? 入ってきた口が見当たらないのを気にしながら、ニェンがのそりと体を起こすと、下敷きになっていた女が慌てて起き上がった。
     すかさず床に尻をつけたまま後ずさって距離を取ろうとするので、それが面白くないニェンは女の腰を抱いて引き寄せる。そのまま背中を撫で上げると、大袈裟に体が跳ねて、女が顔を背けた。初めての反応に、ニェンは自分の口の端が持ち上がっていくのを感じる。目前に晒された耳に唇が触れそうな距離で囁く。
     
    「離れるなよ、寂しいだろ?」
    「っあ、嫌……」
     
     胸を押し返す手の甲にそっと指を這わせると、縋るように服を握られる。女が、自分のどんな行動にも素直に反応するたび、ニェンの気分はどんどん良くなっていった。
     
     ――ずっと苛立っていた。優しさを滲ませて、口を開けて待っている食虫植物みたいな男たちにも、誰が一番お前のことで気をもんでいたか、さっぱり気づかない女にも。
     
     ニェンは、仔ウサギのように体を震わせる女の首筋を軽く爪でひっかく。は、と短く女が息を吐いて、いよいよニェンの胸にしなだれかかった。女の背を撫でながら、ニェンはゴロゴロと喉を鳴らす。こんなに満たされた気分になるのは久々だった。
     
     自分を見るたびに、ピュッと逃げ出す女を追い詰めるの悪くはなかった。でも、こんなに可愛い耳を持っているなら、もっと早くに優しくしてやればよかったなあと、ニェンは赤く震える耳を見下ろしてほくそ笑んだ。
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    まろ眉

    DONEルーサーにおやすみのキスをしてもらう話
    冬が好きだ。ピリと冷えた空気のおかげで、普段は感じない男の熱がしっかりと伝わってくるから。ルーサーの、本をめくる音だけが心地よく耳をくすぐる静寂の中、私たちは肩を寄せて体温を分け合っていた。ベッドフレームに背中をあずけて、一枚の毛布に包まっている。少し粗くてざらついた感触のそれはあまり好みではなかったけれど、こうして彼の肩に頭をくっつけていれば気にならなかった。すっかり装飾品を取り払ったルーサーの指が、紙の上を滑る様子をうっとり眺める。この二人きりの特別な時間を、私はクリスマスの朝よりもずっと大事に思っていた。毎年楽しみに準備している彼には悪いけれど。「もう眠るかい?」私の頭が何度も肩を滑り落ちるのに気付いたルーサーが、紙の上の文字を追っていた目をこちらに向ける。久しぶりに視線が合ったのが嬉しくて、体ごと向き直ってぎゅっと抱きついた。私は二の腕に顔をうずめたまま首を振って、眠らない意思を表明する。「困った、どうしたら眠る気になるのかな。……教えてくれる?」少し体勢を変えたルーサーの体重でベッドが小さく音を立てた。手のひらが頬をなぞって、金属の冷たさを忘れた指が、髪を梳くようにして首の後ろを滑る。くすぐったさに身をよじりながら、厚い体に抱きついていた腕を首へと回すと、彼の体が自然とこちらに寄り添ってきた。そっと頬の辺りで囁くと「仰せのままに」と瞼にキスが落ちてくる。そのまま額、頬、鼻先と次々振ってくるキスにくすくす喜んでいるうちに、私たちはすっかりベッドにもつれ込んでいた。私を見下ろす四つの瞳が、静かに問いかけている。「おやすみのキスはまだ必要かな?」答えの代わりに、私は彼の少しかさついて仄かにぬくい首筋に口づけた。
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