「俺が死んでも、俺のことを覚えていてくれる?」「ねぇ、弓弦……」
そこまで口にして躊躇った。
先を歩いていた弓弦が振り返る。
「……? 何を言いかけたんですか?」
「……いや」
茨が立ち止まると、弓弦はすこし困った顔になった。
「途中でやめられると気になるでしょう」
夕食の時間だからふたりで宿舎まで帰っていたときのことである。
ちらりと弓弦の顔を見て茨は、ふーっと息を吐き決心して口を開いた。
「……弓弦は、俺が死んでも、俺のこと覚えててくれるかなって思っただけ」
「どうしたんです、急に」
弓弦にそう返されて、やっぱり聞くんじゃなかったと強く思った。
「ううん。特に何かあったわけじゃないんだけどさ。変なこと言ってごめん。気にしないで」
急に否定したからか、弓弦は不服そうな顔になる。その顔を見て、また後悔した。らしくないこと言ったなあって。
茨がこんなことを言いだしたのももちろん理由がある。
先日、一緒に訓練したこともある二十歳そこらの男が、戦場に送られてそのまま帰ってこなかったのだ。そしてそのとき気になった。彼の遺骨はそのまま家族に送られたそうだけど、もし俺が死んだらその骨はどこに行くんだろうって。ここの奴らは誰も俺のことなんて気にも止めていないし。その辺に捨てられたら嫌だなあ。まだ無縁仏ってヤツにしてくれたらいいんだけど。それでも誰の記憶にも残らないなんて嫌だなぁ、なんて。そう思って、今一番時間を共にしていた弓弦に聞いてみたくなったのだ。今では後悔しているけれど。
茨が軽く首を振ると、弓弦が口を開いた。
「……覚えていますよ、きっと」
「……ほんと?」
思いのほか間抜けな声が出た。顔を上げて弓弦を見ると眉を吊り上げて笑っている。
「えぇ。あなたは俺が今まで出会った中で一番ひねくれてますから」
「なにそれ」
眉を寄せると、弓弦は今度は声をあげて笑った。
「じゃあ、俺これからもひねくれてないといけないね」
「茨はたまには真面目になりなさい」
今度は弓弦が眉をしかめて茨が笑う番だった。
俺のことは弓弦が覚えてくれる。ならいっか。ちょっとだけ気持ちが軽くなった気がする。……弓弦のことは、両親を含めたきっといろんな人が覚えてるだろうから、俺が覚えてなくてもいいだろう。でも、もしここで死んだら。そんなことがあったら。
「弓弦」
「なんですか?」
「もし、もしさ。弓弦が戦場で死んだら、その死に際だけは覚えててやるからさ。惨めな死に方だけはしないでね」
「なんでですか。俺は『覚えてる』って言ったんですから、茨も『死に際だけ』なんて悲しいこと言わずに、俺のこと覚えててくださいよ」
「やだ!」
きっと。きっと弓弦は無事にこの戦場を生き抜いて、ここを出ていくんだろうから。
そうしたら、俺はすぐに弓弦のことなんて忘れてやる。だから、ここでのことなんか忘れて、なんにでも弓弦が望むものになって欲しい。
そう、願うことが。『茨のことを覚えている』そう言ってくれた彼へのせめてもの恩返しだった。