プロローグ 茨がその姿を見たのは、弓弦がここに来てから間もないときのことだった。
(……弓弦、ねてる?)
すやすやと寝息を立て、机に突っ伏して寝ている。わずかに体が上下していた。
起きているときは美しく静かな所作と相反して、いつも茨にお小言を言っている弓弦。隙を見せたらガラス片で傷でも付けてやろうと思っているのに、いつも返り討ちにあっている。
(……いまなら、なにか弱みが)
ゆっくりと近づいて、彼の様子を伺う。呼吸の度に髪の毛が揺れ、そして。露わになった。
(これは……?)
髪の色とよく似た、けれどつややかな、ナニカ。
(角……?)
それは、美しい紺青の小さな角であった。
***
伏見家には神使の牛の血が混じっている。古来、神話の時代に、神に仕えていた牛である。もちろん、それはただの言い伝えだ。だが……。ときおり伏見家の男子にはその血が色濃く現れることがあった。
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