チェリー 自宅近くの、レオナルド曰く『お高い』スーパーでその赤紫の実を見た時、スティーブンはすぐにレオナルドのことを思い出した。
迷わずに籠に入れ、さくらんぼはスティーブンの自宅の冷蔵庫で大人しく待機することになった。
翌日、バイト上がりの疲れた顔のままスティーブンの自宅を訪れた恋人は炭酸水をもらいますと開けた冷蔵庫の中にその果実を見て、目を輝かせた。青く。物理。
「アメリカンチェリー!」
「ビング、君の故郷のだろう?」
「うわ、うっわ! この街にきてはじめてみました!」
冷蔵庫の前にしゃがんだままスティーブンを見上げるレオナルドの目には、青い光に『食べたい』という文字が踊っている。
食後のデザートのつもりだったけれど。苦笑したスティーブンが「いいよ」と言うと、レオナルドはよろこびいそいそとアメリカンチェリーを取り出した。
食卓の白い皿の上、きれいに洗われたアメリカンチェリーがつややかな光を放つ。
大振りな一つをそっと指先で摘んで持ち上げたレオナルドは、それを口の中に放り込んだ。
とろけるような顔でしばし味わい、スティーブンが差し出したペーパーに種を吐き出す。
「……あんまいですねぇ」
「美味しい?」
「実家の方でもあまり食べたことがないくらい美味しいやつです」
レオナルドの故郷はアメリカンチェリーの産地としても名高い。子供の頃から、季節には飽きるほど食べていたのだという。
HLの中では、外の人界産の食品はどんなに普通のものでも関税や輸送料で途端に高価な食材となる。
ましてや、もともと高価な最高級チェリーともなればレオナルドの赤貧生活ではとてもお目にかかれるものではない。
食べたいな、といつかこぼしていたのをスティーブンは覚えていた。
うまうま、と嬉しそうにしているレオナルドを見て、スティーブンの頰も緩む。
「まだあるから、残りはチェリーパイかジャムにでもしようか」
「えええ、こんなに美味しいの料理しちゃうのなんかもったいな……」
チェリーを一粒、口にくわえかけたままレオナルドは悩ましげに眉を寄せる。
笑って、「いいよ、じゃあ今回は全部そのまま食べよう」と言えばレオナルドは無邪気に喜んだ。
その様子が可愛らしく愛しく、この子のためならチェリーくらいワゴンごと買ってきてもいいなと思うが――そんなことをすれば怒られるのも目に見えている。
自分も一粒、と指につまんだそのチェリーの茎を見てあることを思い出したスティーブンは、口角を上げて笑う。
そしてレオナルドに向けてその一粒を差し出し、いたずらげに笑いながら囁きかけた。
「……チェリーの茎、口の中で結ぶことってできる?」
「茎? 結ぶんですか?」
できるかな? 首を傾げながらチェリーを受け取ったレオナルドを眺めながら、(うまくできなかったらやり方を教えてあげよう)などと企んだスティーブンだったが――
――残念なことに(?)、レオナルドは実に器用にチェリーの茎を口の中で結んでみせた。
もう十分にやり方は教えていた。