寝言 おもむろに浮上した意識の中でラーハルトが最初に感じたのは、今までにない滑らかな寝具の触り心地だった。
ぼやけた頭で置かれた状況を思い出す。
昨日旅の最中に立ち寄った街で起きたトラブルに巻き込まれ、ヒュンケルと共にそれを解決した。被害者は宿屋の主人だったらしく、いたく感謝されあれよあれよと言う間に最上級の部屋に泊まることになったのだ。
一番良い部屋に相応しいベッドは、慣れないラーハルトにとって寝心地が悪く、外を見れば夜明けには僅かに早かった。
寝不足は否めないが完全に覚醒してしまい、どうしようかと思案しながら窓とは逆の方向を見ると、ヒュンケルが幸せそうに眠っている。
大魔王のお膝下にいただけあって、贅を尽くした物にも臆せず接するヒュンケルは最高級の素材も気にせず夢の中だ。
しかし、ふとラーハルトが思い返せば、旅の中で粗末な宿だろうが悪天候の野外だろうが、ヒュンケルはぐっすりと眠っていた。寝床に頓着しないのか、戦士として休息の為に条件を選ばないのか微妙なラインだ。
密かに尊敬と呆れの念を抱きながら見つめていると、ヒュンケルが小さな笑い声をあげた。
おや、と改めて顔を見れば、しっかりと眠っているように見える。日の昇らぬ部屋は暗闇に包まれているが、半魔であるラーハルトには問題にならず、本当に夢を見ているのかと、つられて声もなく笑った。
このまま愉快な様子の友人を眺めながら夜明けを待つかと、ラーハルトが居住まいを正そうとした時だった。
「……ああ、オレも、おまえが好きだ」
ヒュンケルの口からはっきりとした音が響く。
驚愕に目を見開きながら再度ヒュンケルを見つめるも、起きている気配はない。
誰だ、誰に向かってそのセリフを言ったのだ、と今すぐ叩き起こして尋問したい衝動を感じた瞬間、秘めていた想いのかたちをラーハルトは自覚した。
あからさまな嫉妬だ、相手は誰かもわからない上、本当に好きな者に対して言ったのか定かではないというのに。
ラーハルトは混乱を極めた頭でどうにか身体を動かし、音を立てずにベッドルームを後にした。
リビングルームのソファに飲み込まれるように腰掛けながら放心していると、ベッドルームから動き出す気配を感じた。
ゆっくりと開かれるドアを見れば、その先には眠たげに目を擦るヒュンケルがいる。
「おはようラーハルト……眠れなかったのか?」
いつの間にか日が昇っていたのか、朝日に髪を輝かせながら心配そうに首を傾げるヒュンケルに、ラーハルトの胸が締め付けられた。
「……オレも先ほど目覚めた」
恋を自覚した手前、慣れない環境で寝られなかった、などと格好のつかないことなど言えない。
ぶっきらぼうにそう告げれば、ヒュンケルは安心したように微笑んだ。
ラーハルトの発言を全く疑っていないのか、寝起きのポヤポヤした足取りでラーハルトの元に来たかと思えば隣の空きスペースに座りたかったようで、投げ出されたラーハルトの足を跨ぎ半人分程の距離をあけて腰をおろした。
「うぉっ!?」
ラーハルトの隣から素っ頓狂な声があがったと思った直後、左半身に温かいモノがぶつかる。
己もやや左に傾きながらぶつかったモノを見れば、気まずそうに見上げてくるヒュンケル。
「思った以上にフカフカだった……」
恥ずかしそうに呟くヒュンケルの照れ顔を間近で見つめ、思わずラーハルトは天を仰いだ。
「ベッドもソファも一級品のようだな」
急な密着に思考が停止したラーハルトはどこかズレた返答しかできなかった。
「そうみたいだな、すまなかった」
ヒュンケルも寝起きに加えイレギュラーな出来事に混乱しているのか、ワタワタと無駄の多い動作で身を起こし過剰に距離をあけて座り直す。
4人掛けても窮屈さを感じなさそうなソファの両端に座れば、手を伸ばしても届きそうにない距離だ。
物理的に距離があいたことでラーハルトは少し余裕を取り戻した。
「ずいぶん緩んでいるが、この部屋はそんなに居心地が良いか?」
からかうように問えば、ヒュンケルはますます照れたように顔を赤らめた。
「い、いや、心地良いというか壁やドアがしっかりしているから急な襲撃の心配も少ないと思って……やはり、気が緩んでいるのかもしれないな」
あくまで基準は身の安全なのかと、ラーハルトは笑いそうになった。しかし、
「それにお前が側にいるのが一番安心するな、夢の中にまで出てきてくれて嬉しかった」
とヒュンケルの爆弾発言により再びラーハルトの思考は停止した。
「夢、とは、どんな夢を、みたのだ」
無意識に訊ねる。
ヒュンケルは、ぽかんとしながら言われたことを飲み込み、見た夢を思い返すと己の失言に気が付いた。
「べ、別に、ラーハルトが出てきただけで……覚えていない!」
「寝言を言っていたが」
慌てるヒュンケルに畳み掛けるようにラーハルトは言葉を重ねた。
ヒュンケルの動きが止まる。
人二人分の距離、縮めるか否かラーハルトは思案する。
あまり眠られなかった頭では最適解が見つけられない。
しかしヒュンケルの反応を見るに、向こうも寝起きであまり頭が回っていないようだ。
これを好機とみたラーハルトは、距離を縮めるべく腰をあげた。