いいこ、わるいこーーーーはらがへった


　カガリは机の上に広げられた資料の山から目線を外し、先程からぐうぐうと鳴る原因と向き合うことにした。昼から何も食べていなかったせいか、胃が空っぽで思考が鈍くなっている。没頭している内は良かったものの、空腹を意識した瞬間集中力が切れてしまった。

　深夜を回って、部屋にひとりきり。

「誰かにお願いして、食事を持ってきてもらうか……？」と考えたものの、こんな時間に頼むのは気が引けてしまう。腹を満たす為お茶か何かを入れようと席を立ちあがろうとした瞬間、『虎』から贈られてきたあるものを思い出した。


　ケバブにヨーグルトソースをかけて食べるのを好むあの男とは、味の好みがまったく合わないことを自覚している。時折彼がブレンドした自作のコーヒーが遠くのプラントから送られてくるがその味は言葉では表現し難く、そんなこともあり彼からの贈り物を記憶の片隅に追いやってしまっていた。

花を患い、花を喰む　最近、どうにも疲れやすい。

　連日の会議、報告書、決裁、首長会、顛末書、定例会見……終わらない仕事に、カガリは今日何度目かのため息を吐いた。先刻まで交わされていた内容を頭の中で整理していると、ふと視線が窓の外に引き寄せられる。兵士や高官、忙しなく人が流れる中、青年と少女の姿が視界に飛び込んできた。
　光の加減で黒に見えるほど深い海の様な髪色の青年と、ふわりと柔らかく、可愛らしく揺れている朱色の髪の少女。咄嗟に顔を背けようとするも、視線をそこから引き剥がすことが出来ない。
　青年が少し前を歩き、少女はその後ろに続く。二人は会話をしている訳でも、並んで歩いている訳でもなかったが、少女に合わせた歩調や彼女が時折青年を見つめるような仕草に、どこか心地よさそうな雰囲気が漂っている。