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    ヒジリ

    @ktknsk16

    字書き。
    🦄💍アレオシュ rmsg2Rヘクジェラ FE💍 gnsi2
    突発的に書いたものや支部に移動してないものを載せてます。
    ほぼフォロ限となってますので興味のある方はXの垢ご自由にフォローしてください。

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    ヒジリ

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    FE💍 フォガパン
    王族の証が瞳にあることで過去危険な目にあって道に迷ったフォを照らしたのがパだったらいいなという趣味。ひろずのomoatsuに大興奮してちまちまちまちま書いててよく分からなくなった妄想に妄想を重ねていた話。

    りずちゃんめちゃくちゃ好きなので普通に出てくる。弱々しいフォが好き。

    #フォガパン

    君の一等星でありたい 木々の生い茂る広い森の中、夜の闇に浮かび上がるパチパチと爆ける焚火の音と賑やかな炎の色彩。
     その周りでは炎の色に負けない程に華やかに賑やかに歌い踊り、ソルム王国の自警団とイーリス聖王国の自警団との宴は夜の静寂を感じさせない程の盛り上がりを見せていた。

     異界の存在であるなんて、普通ならば出会う事などない世界で生きてきた事など些細事とでも言うかの様に自然に打ち解け各々楽しんでいる様子を見て、宴をしようと声を上げた発起人であるソルム王国の自警団長であり第一王子でもある俺、フォガートは宴の中心からは少し離れた場所にある大きな丸太へと腰掛け、笑顔溢れる皆の姿をひと息ついて眺めていた。
     まだ、己の臣下の1人であるボネがこの世界へと喚ばれていなかったことから宴の料理をどうしようかと悩んでいたが、元の世界でボネから料理を教わっていたゴルドマリーがパネトネから話を聞いたらしくお手伝いしますよ、と声を掛けてくれた。
     熊肉が苦手だと言うフレデリクも先程までは断固として拒否をしていた熊肉を今は少しずつ摘んで口へと運んでいて、そのボネから教わった料理の腕で苦手を克服させようとしている様子にイーリス聖王国のスミアやマリアベル達女性陣はその料理に興味深々となり、その場で料理教室が開催されてしまうのではないかと言う程に盛り上がっている。
     焚火の周りでは、姉さんとその臣下達が独特の歌声を披露し、その歌声にミリアムが眼鏡をクイっと上げながら難しそうな顔をし、ヴェイクは合いの手を入れながら笑い転げていた。
     そんな各々が楽しそうに笑い過ごしている輪の中で、誰よりも明るい笑顔を見せているリズの姿を見て心から楽しんでいる様で良かったと俺も思わずその笑顔につられる様に顔を綻ばせていた。





     召喚士に呼び出された先の異界では様々ないくつも存在している世界でそれぞれの目的を持ち戦う者たちが集まっていた。
     この世界へと喚ばれてからまだ日の浅い俺が先日ひょんな事から出会った天真爛漫なリズという名の女の子は異界にあるイーリス聖王国という所の王女様で、俺達のいる世界、エレオス大陸で共に戦ってくれている腕輪に宿る紋章士クロムの妹だった。
     リズはその周りを照らす無邪気で明るい笑顔とは裏腹に、容易く他者に打ち明けられることでは無い大きな悩みを胸の内に抱えていた。

     ――聖痕。王族であることの証し。その血を繋ぐ者の証し。

     俺の煌めく瞳をソルム王家の証しなのだと知ったリズがそれまで和やかだった笑顔を強張らせ、真っ直ぐに見つめてくれていた瞳を少しだけ彷徨わせるという僅かな変化を見せたものだから、その様子がとても気にかかってしまった。
     初対面だった俺が怪我をしているのを見つけ、放っておくことも迷うこともせずに癒してくれた優しいリズに対して何か気に触る事をしてしまったのだろうかと逃げる様に立ち去ってしまった彼女の姿を必死に探し、そうして彼女の抱えていた翳りを知る。
     それは俺の持つ独特の瞳の煌めきの様に、聖王の血を引くイーリス王家に顕現するという聖痕と呼ばれる証しが、第二王女である彼女の身体には無いのだと言う事だった。
     リズの姉のエメリナ、そして兄のクロムにはあるのに、ただ唯一兄弟の中で自分だけにはその証しが無いのだと目に見えて落ち込みながらそう言ってリズは笑った。
     この場所へと召喚された人々の時間軸も様々なもので、リズの息子としてこの世に生を受け未来から来ているのだと言うウードという青年にその証しが現れていることから彼女にも聖王の血が流れている事は疑いようの無い事実なのだが聖痕が無いと言うことはリズにとって幼い頃からの負い目であって、そして何より欲しくて欲しくてたまらないものだったのだろう。
     家族を慕っているリズの姿から、兄弟たちは聖痕があってもなくても家族であることに変わりはないのだと優しく変わらず慈しみ接してきてくれたのだろう事は分かってはいても、その心に落ちる翳りを目の前に王族として、それだけでは片付けられない様々な事が彼女に降り注いだのだろうと俺は思った。
     自分はどうだったろうか。
     あの日あの時、大切な人に出会えて言葉を投げかけてもらえなかったらこの大切な証を今の様にこんなにも愛せていたのだろうか。

     他者には理解のできない、同じものを持つものにしか分からない誰にも言えない苦しみを隠すことをせずに吐露したリズの姿に俺も過去にこの瞳の為に抱えていた恐怖心や猜疑心を吐き出していた。
     リズにとっては欲しくて欲しくて、でも叶わなかったその大切な証が俺にとっては酷く邪魔になってしまい、失いたくないものなのに無ければ良かったと思ってしまったことがあった事を。
     怖くて堪らなくて、顔を隠し道に迷い続けた自分がいた事を告げると

    「……フォガートが怖くて顔を隠していたなんて……聖痕があっても良い事ばかりじゃないんだね……でも、その気持ちを変えることが出来るほどの事にフォガートが出会えて良かったって私は思うよ! 顔を上げてキラキラしてるのが貴方には似合うもん」

     返されたその言葉に、脳裏にふわりと浮かぶ。
     鮮やかな太陽の様な色彩。その中の月の様な黄金が優しく弧を描く、大好きな柔らかな笑顔。

    「うん、ありがとう。大切な人が、瞳以上に俺自身が一等星みたいに輝けばいつだって見つけてくれるって言ってくれたから」

     大切そうに笑う俺にリズは一等星だなんて、素敵だね、とそう言って笑ってくれた。
     彼女達の言うところの聖痕とはまた違うものなのかもしれないが俺の瞳の煌めきを、ソルムの王族である証を見つめて。
     羨ましそうに、憧れる様に、そして心から素敵だと言ってくれる。
     証について苦しんできた2人だけど持つ者と持たない者ではその苦しみは分かり合えない部分の方が多いのかもしれない。
     けれどその苦しみの根本の部分は同じものだ。国を愛して、その国や人々や仲間たちを守りたいと、王となる兄姉の役に立ちたいというその気持ちが強いが故に儘ならなかったのだ。リズも、俺も。

    「ねえ、リズ。君は俺がクロムに似てると言ったけれど、君の方がよっぽどクロムに似ているよ。
     証があってもなくても、こんなにも優しくそして意志の強い心や瞳までこんなにも兄妹であるクロムと全て似ているのに、そんな君を本当に聖王の血が流れているのか疑う奴がいるのならその人の気がしれないなぁって俺は思うよ。悩まないでいいとは簡単には言えないけれど、君は君のままでいいんだよ」

     俺の言葉に、リズが大きな瞳を更に丸々と見開いた。そうして紅潮した頬を緩ませて彼女らしく愛らしく、心から嬉しそうに笑う。

    「似てる……本当にお兄ちゃんと似てるかな……? 嬉しい、嬉しいよ、ありがとう……! 異界でお兄ちゃんと戦っているフォガートにそう言ってもらえた事が、私とても嬉しい」

     こんな言葉だけで彼女の抱えてきた悩みを全て綺麗に消すことなんて出来ないのは分かってる。
     けれど、自分という存在を間違いなく大切に大切にしてくれる人達だけではなくて、近すぎない人に言われた言葉だからこそ救われる部分がある事も知っていたからこそ俺は口に出さずにはいられなかった。

    「……私には聖痕がないから王女の資質がないんじゃないかっていつだって本当は自信がなくて……でもね、私の大切な仲間達が、私はそのままでいいって言ってくれたの。大切なその言葉をしっかり胸に刻んで落ち込んだりする時間がもったいないって思えたつもりだったのに……フォガートのおかげで思い出せた」
    「君を落ち込ませちゃったのも俺だけどね。でもさ、この悩みは中々他者には理解できないから。俺だって、大切な人に出会えなければ今みたいにこうして前は向けなかったかもしれない」
    「私もそうだよ、自分にはお兄ちゃんみたいな資質がないから……でも大切な人に構ってほしくて悪戯ばっかして困らせてたそんな私を大切な人が選んでくれたの。
     そしたらね、あの人が選んでくれた自分の事をもっと好きになれたの。だから、フォガートと一緒だよ。嬉しいね、大切な人に出会えて良かったよね」

     そう言うと、その大切な人を想いリズが翳りなんて感じさせない程に幸せそうに笑う。
     話せて良かったと打ち解けあって、互いにもっと仲良くなりたいと言葉を交わし、それぞれの自警団の仲間たちと共に宴をしようとリズと約束の握手を交わして、そうして今日の宴の開催に繋がった。
     リズは大切な人の隣に座って楽しそうに笑っている。
     過去を思い出させ、隠していた思いを引き摺り出してしまった事を心配していたがそんな俺の心配が杞憂とでも言うかの様に笑っていて、その姿にやはり彼女もただの女の子ではなくて、正しく強い王女様なのだと思って安堵した。
     頬杖をついてそんな様子を見つめていると、少し離れた場所だからか喧騒から遠く、穏やかな風を感じ落ち着いた心地になる。
     宴の時にはいつもいる筈の俺の大切な人はまだ宴には来ていない。元の世界では離れることなどあまりない位にいつでも一緒にいたから彼のいない宴がなんだか新鮮で、それでいて彼がいないことに気持ちが少し乗らなくて俺はこうして少し離れた場所にいる。
     こんなに離れた場所にいたら彼が気付いてくれないかもしれないと思いながらも、俺はその場に腰掛けたまま動こうともせずに誰にも言えない隠していた昔の出来事を思い出していた。
     










     *





     産まれた時から瞳に輝く他の人とは違うその星の煌めきは、この国の王族である事を示す大切なしるしだ。
     優しい父さんに、大らかな母さん、明るい姉さん。自分を愛してくれ人達の家族である事のとてもとても大切な証しだった。
     お揃いだねといつも俺の瞳を見て嬉しそう笑ってくれる姉であるミスティラは、いつか女王制であるこの国の王となる事が約束されている人だ。
     確かに瞳はお揃いかもしれないし王族としての教育は第一王子として一緒に受けてはきたけれど、その立場はと言えば全然お揃いなんかではなかった。
     王位継承問題とは中々に難しいもので、その権力が欲しいが為に争いが起きてしまう物語を読んだ事がある。産まれた順番だったり、継承の為に必要な何かを持って産まれることの出来なかった兄弟が王位を求め争う様なそんな話だった。
     血を分けた親兄弟を憎み、容赦なく謀るものだって少なくはなかった。
     けれど、物語は所詮物語だ。自分は王位を継ぐ事のない立場として生まれては来たけれど、俺を心から愛しく思ってくれている姉さんに対しそんな風に不満も憎しみも抱いた事がなかったのだから。

     父も母も王城の人達も、王位継承権の有る無しに関わらず平等に2人を温かく愛してくれていた。この国の大らかなお国柄もそんな感情を抱かせることも無いほどに優しいものだった。
     いつも明るく笑う姉さんも「あたしが王になったらフォガートと支え合ってこの国を守っていくんだ。私達はお揃いの瞳を持ってるんだよ! だからフォガートがいるから頑張れるよ」と言ってくれる。
     そんな風に言ってくれていた幼い彼女が、いつかこの国の王となる事をただただ楽観的に受け入れている訳じゃない事を、突き抜けるような明るい笑顔の裏でその重圧に細い肩を小さく震わせ怯えていた日々がある事を俺は知っている。
     それでもいつかこの国を背負い立つのだと母の背を見て決めた幼い彼女の決意と勇気とその運命を、俺は支えてあげたいと思った。
     自分たちを分け隔てなく愛してくれるこの国に住まう人々を守る為に、姉を支えていく為に強くなるのだと俺はまだ幼かった胸の内で明確に理解し、決意したのだった。

     王配である父が陰から女王である母を支えていたのを知ったのもその時だった。
     父は、殆ど城にはいない人だった。
     幼い頃はどうして父はあんまり城にはいないんだろうと疑問と憤りを感じながらも母が「そのうち帰ってくるだろうさ」と何にも気になんかしてない様に笑うものだから、それでいいのかと思うようにしてあまり気にしないようにしていたけれど

     久々に王城へと顔を出した父は姉さんを支え守ると決意したばかりの俺の顔を見ると、まるでその心を読んだかの様に足を止めた。

    「フォガート、父さんと一緒に外に学びに行こう」

     目線を合わせる様に膝を折った父が、俺の煌めく瞳を真っ直ぐに見つめながらポンっと頭に手を乗せる。
     城に居たままでは民が何を不安に不満に思っているか知る事など出来ない、王城にいるだけでは得られない情報が外には溢れる程に沢山ある。だから、女王の助けとなる為に各地を巡っている。
     小さな綻びから生まれた火種が大きな炎となり、女王に迫り来る前に食い止める事が自分の役目なのだと思っていると父は言った。

    「ミスティラはいつか王となる。今の母さんの様にこの国を明るく照らす太陽の様な存在だ。だから、フォガートはその瞳の様に、闇の中でも輝く星の様に沢山の場所で瞬いて美しい空を守り、太陽が昇る手助けが出来たらいいと思わないかい?」

     それは、姉さんを支えていく為に具体的にどうしたらいいのだろうと考えていた自分に与えられた役割で使命だと思えた。
     俺は王にはならない。笑顔を溢しながらも震える姉さんが背負うものの重みの全てを理解する事なんて出来ない。
     けれど自分達はお揃いの瞳を持っている。理解が出来なくてもその重責を一緒に背負う事なら、分け合って少しでも軽くする事なら出来るはずだ。
     姉さんは輝く太陽の下で、俺は星の瞬く夜の陰となって。そうして半分こして、大切なこの国や女王を守る助けになるんだ。

    「うん、行くよ。父さんに色々教えてもらいたい」

     そう真っ直ぐに父さんの優しい瞳を見つめながら頷くと、嬉しそうに笑ってくれた。


    「ーーーーどうして!? フォガートも行っちゃうの?! あたしも行く……!!!」

     暫く父と城を開けることにした俺が旅立つ時、姉さんが子供の様にわんわんと声を上げて泣いた。
     放っておけば狼に乗って後を着いて来るのではないかと思うほどに泣いて一緒に行くと言い張っていた姉さんを抱きしめて宥めたのは母だった。
     後ろ髪を引かれる思いで旅立って行った俺がそれから何度か城に帰った時には、見送る時にもうその日の様に泣いたりもせずに凛としたまま見送りの言葉をくれるだけになっていたけれど。
     姉さんのそんな我儘を、感情を顕に泣き喚く姿を見たのはあれが最初で最後だった。

     姉さんは強くなった。
     だから自分ももっともっと強くならなければいけないと思っていた。
     それなのに王族だというこのしるしが、姉さんがお揃いだと笑ってくれたこの証しが、邪魔になっていると恐怖を感じてしまったのは丁度その頃だ。

     話をしている相手の心の中を一番読み取る事が出来るのは瞳だと言われている。
     嘘をついていれば瞳は忙しなくキョロキョロと動くし、後ろ暗いことがあれば視線が交わらないことも多い。そんな風に心理的な面を隠す事が出来ないのが人の瞳だ。
     だから俺は町の人達と話す時も目を合わせて話す様にしていたしそれが間違いないと思っていた。
     けれど、父さんに怪我の手当てを施されながら、知る人が見ればフォガートの持つ瞳の煌めきがソルム王族の証である事などすぐにわかる事なのだと教えてもらった。
     最初の頃はフードを被って顔を隠してなさいとよく言われていた。女王には王女と王子がいる事は公表されてはいるが、姉さんですら公の場に姿を見せることは殆どなかったのだから俺に至っては一度も民衆などに姿を見せた事などなかったのではないかと言うほどだ。だから身分がバレる事を心配なんてしていなかったし顔を隠すと言うのも砂埃が目に入るからとかその程度の事だと考えていた。
     けれど、きっと父さんはこうなる事を危惧していたから立ち回りを覚えるまでは上手く隠す様に言っていたのだとこうなってしまった今なら分かる。
     ある程度は自分で何とか立ち回れるくらいには強くなった。旅立ったばかりの頃より大分成長もした。
     けれどまだまだ人が隠し持つ悪意に気付くには経験の足りなかった俺は、まんまと人を信じ危うく連れ拐われそうな所を父さんに助けられたのだった。
     もしもあのまま拐われてしまっていたらどうなっていたのだろう……
     そうなってしまえば、俺を餌に王城から金を取るつもりだったのかもしれないし、王家に不満があった者なのなら最悪殺されていたかもしれない。
     けれど王位を持たない俺を殺した所で何の得にもならない事はこの煌めきに気付くことの出来る様な人間ならば重々理解しているだろう。
     ――自分を餌に、現女王である母さんや、次期女王となる姉さんに危害が及ぶ可能性だってあった。
     その事実に気付いて、その晩は怖くて眠れやしなかった。
     この瞳を見られたが為に、家族を危険に晒す事があるのかもしれない。姉さんとお揃いだと誇っていた気持ちが急激に沈んでいく。
     それから、人々と瞳を合わせて話なんて出来なくなってしまった俺はその人の持つ善意にも悪意にも声色だけでは見定めが難しく、これではなんの役にも立てやしないのではないかと自分の不甲斐無さに打ちのめされていく。
     これでは存在意義がないのではないか。ただただ腕だけ磨いても人の心の内側まで読む事が出来ない俺は、うまく立ち回る事が出来なくて家族の役に立つこともこの愛する国の為に出来ることがないのではないか。
     ーーーーこんな……この瞳さえなければ、もっともっと上手くやれるのに。

     誇らしかったその証しが無ければいいのにと思ってしまって、纏うローブのフードを深く被り隠す様になった。そして、そう思ってしまう自分の事がとてつもなく未熟で嫌いだと思えた。
     このままではいけないと思っていても恐怖心にどうしたら良いのかが分からなくなったそんな俺の焦りに気付いているのか、どうにもならなくなってしまった俺をまるで荒療治をするかの様に1人置いて、王城からさほど離れてはいないからと理由をつけた父さんが別行動を取る様になっていたある晩の事だった。
     大切な、大切な彼と出会う事が出来たのは。






    「ーーこんな所でなにやってんだ?」

     1人になってしまってから人々を困らせていた野盗退治を細々と繰り返していた俺は、その日砂漠の中の集落の外れにある小さな川辺を野宿の場所に決めるとその場へと座りこむ。
     ずっと瞳を隠す様に深く被ったままだったフードを取払い夜の少し冷える砂漠の風を感じながら暗闇の中で美しく瞬く星空を見上げていた。
     その時、1人きりだと思っていた空間で唐突に対岸から声をかけられた。まだ若い、悪意なんてものをまったく感じない澄んでいて良く通る声だった。
     突然の事にフードを被っていない事を忘れて声のした方を見遣ると静かにせせらぐ川の対岸、少し離れた場所から果物の入った籠を両手で持ちソルムでは珍しい聖職者がよく纏っている長いローブの様な服を着た自分と同じくらいの歳の人がこちらを真っ直ぐに見つめていた。
     彼の、少し吊り目がちだけど大きな瞳がこの夜の闇でも分かるほどにキラキラと輝く美しい金色をしていて思わずマジマジと魅入ってしまっていた。
     久しぶりに誰かとしっかりと視線を交わらせた気がする。
     瞳は静かな夜空に輝く月の光の様な色をしているのに、ぴょんぴょんと遊んでいる癖のある少し長い髪は太陽のような色をしていてなんとも鮮やかな色彩をした目を引く人だと、明るくて、好きな色だと思わず見つめてしまっていた。
     黙ったままの俺と交わったままの瞳が少しだけ逸らされて、そうしてすぐにまた再び視線が交わると彼はくるりと川に沿って歩き出す。彼の向かった川幅の小さな場所には集落の人々が対岸に渡る為に普段から川の中に置かれているのだろう足場になりそうな大きめの石が水面から顔を出していた。
     その石に慣れた様に軽々と飛び乗り川を渡るとそのまま無遠慮に俺の前へと歩み寄ってくる。その砂を踏み締め近付いてくる音にハッとし慌てた様にフードを被り瞳を隠した。

    「オレの家、すぐそこなんだ。あっちにある教会でさ、誰もいないから来いよ」

     そんな俺の警戒心に気付いたのか視線を合わせるように少し離れた場所で足を止めしゃがむと、黙っていれば纏っている衣装も相俟って繊細そうに見えるその見た目とは裏腹に軽快で親しみ易い口調でそう言った彼がニッと笑った。
     座る俺の足元には今夜はここで夜を明かそうとしていたから寝袋が広げてあった。きっとそれを見ての言葉だ。
     教会に住んでいると言うことは正しく聖職者であるのだろう目の前の彼は、こんな野盗も出るかもしれない様な集落の外れで野宿をしようとしていたその行動を察し、夜を明かす為の屋根のある安全な場所を提供してくれようとしているのだろう。
     ほんの数分前に出会ったばかりで俺に至ってはまだ一言も口を開いてすらいないのに自らの家に招き入れようとするこの人の警戒心の無さに、もしも自分が悪い人だったらどうするのかと思わず心配を滲ませながらも、もしかしたらそうやって騙して連れて行って……俺を取引に使おうとしているのかもしれないと、人に対して拭い切る事が出来ずにいる猜疑心がむくむくと大きくなってしまう。だから、どう断ろうかと思案していると

    「オレ家に1人だからさ、お前が来てくれないと折角里の人がくれた果物が無駄になっちまう。一緒に片付けてくれないか?」

     そう言って、彼が手元に抱えた籠の中の果物を見せ悪意も何も感じない程にただただ楽しそうに笑いながら問いかけてくる。
     その笑顔が、なんというか……とても慈愛に満ちた温かなものに感じられて、こんな風に笑う人がそんな事を企むのだろうかとフードの下から彼を見てふと思う。
     今は人を見る事が恐ろしくなっているけどそれでも分かるほどに目の前の彼から悪意なんてものは微塵も感じなくて、それ以上に感じる何か、とてもやわらかな……
     俺が見知らぬ教会へと足を踏み入れる事を躊躇し遠慮していると思って、遠慮なんかしないで助けてくれると嬉しいのだと言うかの様な言い回しをして悪いと思わせない様にしてくれているこの人はきっととても優しい人なのだろうと思った。
     まだ少年と青年の狭間にいる様な年齢だろうに、家に1人だなんて家族はどうしたのだろうかとそんなことも余計なお世話だと思われるだろうがなんだか気になってしまった。それに、聖職者ならば彼の信仰する神の前で悪さなんかする訳がないだろうと結論付け彼の好意に甘える事にした。

    「オレはパンドロ、よろしくな! えっと……」
    「俺はフォガートだよ。こちらこそ声をかけてくれてありがとう、パンドロ」
    「気にすんなって、観光……って訳でもなさそうだし、1人で旅でもしてるのか?」
    「うん、知見を広げる為に鍛錬も兼ねて父さんと旅をしてるんだけど、1人で目的地まで行くことも鍛錬だって置いてかれちゃったんだ」

     寝袋や荷物を纏め、立ち上がる。そうしてすぐ近くにあるという彼の住む教会へと向け、肩を並べて歩き出した。
     砂をザクザクと踏みしめる音を響かせながら簡単に雑談を交えながら互いに自己紹介を済ませると本当にあの場所から近かったのだろう、あっという間に目の前に教会……と言うには少しばかりボロくなっている建物へと辿り着いた。
     想像していた教会の姿とは違っていて思わずマジマジと外観を眺めてしまう。
     建物自体の外観は所々石壁も崩れボロくなってはいたけれど、周りは花なども飾られ綺麗に整えられている。扉の無い入り口からパンドロに招かれるままに教会の中へと足を踏み入れたその中もきちんと手入れがされ美しく、砂漠のど真ん中だと言う事を忘れそうな何処か厳かな雰囲気が漂っているように感じた。
     目の前の立派な祭壇を見上げていると、彼は里の人から貰ったのだと言う手にしていた籠に入っている果物をいくつか祭壇の前の皿へと盛り付けていく。そのまま、祭壇の両端に置かれているランプに手慣れた様に火をつけていくと仄かな灯りが静かな教会の中を照らす。
     ゆらゆらと揺れるランプの灯りと、祭壇の前で両手を合わせて祈りを捧げるパンドロの後ろ姿。
     ソルム王国はその大らかで自由な国民性も相まって、この大陸を守護する神竜王様に祈りを捧げる信仰心が薄い傾向にある。神竜王様を決して軽んじている訳ではなく、心の中で尊く思ってさえいれば目に見える形で信仰を捧げるも祈るも個々の自由だと言う考えが根付いている。
     城にも王城神官はいたけれど、彼等の祈りの場へと足を踏み入れた事はなかった。
     だから、こんな風にしっかりとした祈りの場へと立ち会う事が初めての事で、まるで空気が変わったかの様に流れる清廉な空気になんだかとても心が落ち着いていくのを感じ、俺はゆっくりと入り口で立ち尽くしたままだった足を前へと動かし祈りを捧げるパンドロの隣へと立った。

    「ねえ、俺も……祈ってみてもいい?」

     その問いかけに、祈りを捧げ閉じられていたパンドロの瞳が開かれてこちらへと視線が向けられる。
     黄金が弧を描く様に柔らかに細められ、彼は「勿論だ」と優しく微笑みかけてくれた。
     そうして、同じ様に手を組んで祈りを捧げようとしたが、その行動は隣に立ったままのパンドロが俺の名を静かに呼んだことで止められてしまう。
     勿論だと許可をくれたのに祈りを捧げようとしていたその行動を止められ、思わず「何?」と不思議に思いそう問いかけると返ってきた言葉に瞳を丸くしてしまった。

    「神様の御前だから、大丈夫。何にも怖いことなんてねえから。そのフード、ちゃんと取ってから祈りな」

     何かを抱え何かを怖がってフードの中に隠してしまっていたものを隣に立つ出会ったばかりの彼が気付いていたことに驚愕した。
     驚愕したけれど目の前の彼が大丈夫だと、怖いことなんてここではないのだと言ってくれるその優しい声と穏やかな瞳に、俺はまるで導かれるかの様にのろのろと腕を持ち上げフードをとった。
     さっきみたいに夜の闇の中ではなくて灯りが揺れる空間で普通とは違う輝く瞳を見て、彼は何かを言うのだろうか。隠していた物を無理に暴こうとするのだろうか。そんな風に思っていたら、目の前の彼は想像に反し満面の笑みを浮かべ

    「体格の割に存外幼い顔してたんだな、お前。もしかしてオレより歳下か……? それにさっきは暗くてよく分かんなかったからちゃんと見たかったんだ。フォガートの目が凄く輝いて見えてさ」

     年齢以外他になにも探るような意図も悪意も感じない笑顔ではあったけれど、的確に隠していたかった瞳の事を指摘された瞬間、肩が無意識にピクリと揺れる。
     ふいっと思わず顔を逸らし伏し目がちになってしまったその行動に、パンドロは正しく俺がフードを被って隠していたかったものがその瞳だったのだと敏感に察したのだろう。
     顔を逸らしたまま、それでもチラリと気付いたパンドロの行動を追ってしまった俺の瞳は、あー……とか、んー……と声を漏らしながらも気遣い見ない様に顔を逸らしてくれたパンドロの困った様な姿を捉えていた。
     人の心が一番に現れるのはその瞳だ。パンドロの黄金の瞳は探ろうとしていた人のする瞳ではなかった。何かを企む様な悪い人の見せる瞳ではなかった。
     むしろ、あの笑顔は本当にただ無邪気なだけのものだった。きっと彼も聖職者として人の瞳を見て心からの話を聞くと言うことが根付いている人なのだろうと思ったし、今見せてくれている踏み込まずに触れてはならないものへきちんと線を引こうとしてくれているこの態度が、パンドロが優しい人なのだと物語ってくれている。

     ーー大丈夫。パンドロは、この瞳が王族の証だと知らない人だ。

    「気を使わせちゃってごめん、俺、少し変わった瞳をしているだろ? だから少し嫌な目とかにもあったことがあって、だから隠してた……旅をするのにさ、あまり目立ちたくないから」
     
     その瞳の動きを見てそう結論づけるとしっかりとパンドロの方へと体を向け、彼を困惑させてしまったことへの謝罪を告げた。
     戸惑いを見せていたパンドロは俺の緊張が解かれたのを感じたのか同じ様に向き合う様に体を向けてくれる。

    「そっか……こんなに綺麗なのに勿体ねえな。一等星みたいで、オレはすげー好きだけど」
    「……一等星? この瞳、そんなに輝いて見えるかな」
    「おう。オレはいつも目立つ星を見ながら広い砂漠を迷うことなく歩く事が出来て何度も救われているからな、無意識に綺麗に輝くものを探しちまう。だから気になって」
    「えぇ……だって俺は隠してたのに?」
    「隠してても、隠しきれない程綺麗だったんだよ。だからフォガートを見つけられた」
     
     月の光を湛えた綺麗な黄金の瞳が優しく優しく細められパンドロが柔らかに笑う。
     その表情と彼の口から紡がれる真っ直ぐな言葉に頬が熱くなるのを感じながら「隠せないなんてそれは困るなぁ……」と彼を見つめたまま眉を下げへらりと笑い返した。
     曖昧な感情から漏れ出した笑みだったけれど、家族以外の人にこの瞳を純粋に好きだと言ってもらえたことに対して動揺をしていた。
     珍しいとか、美しいと言われる事は沢山あったけれどそんな風に好きだと言われた事が素直に嬉しく思えたことにも動揺する。
     そして邪魔なものなのかもしれないと、そんな風に思い始めていたのにこの瞳を褒められた事が嬉しいと高揚していく心が自分の中にちゃんとにある事に気が付いて、とても……とても安堵したんだ。
     姉さんと揃いのこの瞳を、自分は嫌いにはなっていなかった。ちゃんとまだ大切だと思えていた。大切で尊いものだと思えていた……!

    「出会ったばっかなのに何言ってんだって思うかもしれないけど……フォガートは、本当は真っ直ぐ人を見て話したい奴なんだろうなって川辺でオレを目を逸らす事なく見てくれてた時思ったんだ。
     なのに隠すからさ、何でだろう勿体ねえなって。そんなに綺麗な瞳を好きだって人がオレ以外にもきっといるはずなのになって」

     パンドロのその言葉に、フォガートと支え合ってこの国を守るんだと、フォガートがいるから頑張れるよ、そう言ってお揃いだからと笑う幼い頃の姉さんの顔が脳裏に蘇る。
     好きだったこの瞳のせいで俺が危険な目にあって、それを隠してしまう程に恐怖を感じているのだと知ったなら、優しい姉は傷付き、そして姉として大切な弟を守ろうとしてくれるのだろう。
     表立って動く事が出来ない女王となる姉を支える為に学ぼうとしている自分がそんな有様ではきっと、支え合うと誓ったのにもう頼ってなんかもらえない。
     本当はしっかり自分の瞳で見定めたいよ。年相応の女の子らしく泣いたりすることすら封じて強くなろうとしている姉とこの国を守る為に、しっかりと見極める力がもっともっと欲しいよ。
     その為に必要なことなのに、恐ろしくなってしまったら……俺はどうしたらいいのだろう。

    「目立つのが嫌ならさ、その瞳に負けないくらいフォガート自身が一等星みたいに輝けば瞳だけ見られるなんてことなくなるんじゃねえの? 木を隠すなら森ってやつ」

     ぐるぐるぐるぐると、けど、でも、と終わりのない思考に陥りそうになったその時、何気なく言葉が投げかけられ俺は再び俯きそうになっていた顔を上げた。

    「え……?」
    「そんな思い詰めた暗い表情ばっかしてるから、他者だってフォガートがどんなやつかを知りたくて目を見ようとするんだよ。少なくとも、オレはそうだ。
     だからさ、親しみ易く笑ってみろよ、笑顔の方に目がいくだろ? 目じゃなくて表情を……顔全部でその人を判断しようとするから目だけ見たりすることも減るし」

     ーーーー彼にとってはなんてことない何気ないその言葉だった筈だ。だけど唐突に光明が差した気がした。確かにそうだと思ったから。
     パンドロの瞳が、最初は月の色をした綺麗な瞳が気になっていたのに、くるくるとよく動き柔らかに寄り添う様に優しく笑うその表情にばかりさっきから自分は目を奪われていた。
     対岸で顔を合わせた時は無表情だったが故に目立っていた瞳の美しさや髪の色がいつの間にかさほど気にならなくなっていて、それすらこの柔らかな表情を表現する一部なのだと、瞳や、髪が鮮やかで美しいパンドロではなくて、パンドロを形作る一部なのだと自分が認識していた事に気付き思わず瞳を丸くする。
     それでいいのか、たったそれだけで? でも、それなら自分にだってきっと出来る。
     パンドロが想像している事よりもこの瞳を隠している理由は重たいものなのだろうけど、きっと証しがある自分以外に誰も感じる事がないのだろうと勝手に塞ぎ込み、その恐怖を難しく考えすぎていたんだ。
     道に迷い続けていた俺の目の前に差した一筋の光がとても、とても眩しく感じられた。
     失くせるものではない。守りたい気持ちだって変わらない。ならば恐くて怯えてるのではなく、その瞳すら自分の一部なのだと思える程の堂々とした振る舞いと強さを身につければいい。それだけでいいんだ。この瞳すらも目立たなくなる程に立ち振る舞えるようになればいい。

    「なんなら格好ももっと明るい色の服着てキラキラ派手にしてみてさ全身で目立ってやるのはどうだ? 砂漠で遠目からでも分かるくらい派手に輝いてたら誰も何も気にしなくなるって!」

     そう励ます様に言いながら、目の前へと祭壇の皿に乗り切らなかった青いリンゴが差し出される。
     迷う事をやめた俺の様子に目敏く気付いたのだろうリンゴを手にしたパンドロはほっとした様な満面の笑みで俺を見つめている。
     どうしようどうしようと思っていた時はあんなにも暗く思えた景色も単純な事に今はまるで生まれ変わったかの様に鮮やかに明るく見える。そして、目の前のパンドロだって髪だけじゃない、瞳だけじゃない。全てが輝いて見えた。

    「瞳だけじゃなくて、フォガート自身が一等星みたいに輝いてたなら、オレだっていつでも見つけてやれそうだしな」

     子供だった。王族としての教育を受けていたって、旅をしていて大人びていると言われていたってこの頃はまだまだお子様で、きっと近しい人に励まされた言葉だけでは納得できなかっただろう。
     迷い続けていた迷路を抜け出し、前を向けた事が嬉しくて俺は高揚した気持ちを溢れさせたまま差し出されたリンゴをその白く細い手ごと、両手でぎゅっと握りしめた。

    「……うん。すごい。パンドロは凄い! 確かに言われた通りだ! 俺だって最初はパンドロの瞳が綺麗だって思ってたのに、君があまりにも笑ってくれるからその笑顔にばっかり目がいって気にならなくなってた!」
    「お、おぉ……! なんか恥ずかしい感じの事言われてる気がしなくもないが……まあ、そういうことだ! 少しは迷いを晴す手助けが出来たか? オレもまだ修行中の身でさ、上手く寄り添えなくて悪い」
    「そんなことないよ!! ねえ、俺自身が一等星みたいになったら俺のこと本当に見つけてくれる? 会いに来るから、すぐにまた俺のこと見つけてくれる?」
    「そりゃ勿論、だからいつでも旅の途中で会いにこいよ。それにやっぱお前そうやって笑ってた方が自然でいい」

     何度も何度も俺は頷いた。パンドロだったから、同じ様に綺麗な瞳を持ちながらもそれだけじゃない、全部、全てが俺の目を奪ってしまう程に綺麗なパンドロに言われた言葉だったから俺は……ーーーー







     *






    「ーーーーフォガート」

     そんな大切な彼と出会う事が出来た昔の事を考えていると、背後から今まさに思考を占めていた人物から話しかけられた。
     ハッとし振り返ると深妙な面持ちで声を掛けてきた大切な親友で臣下で、俺にとってかけがえのない唯一の人であるパンドロは、両手に持っていた飲み物の入ったカップの片方を俺へと差し出してくれる。

    「パンドロおかえり、お疲れ様。こんなに焚火から離れた場所にいたのによく俺がいる場所がわかったね」

     パンドロは出撃のメンバーに組み込まれていた様で宴に遅れて合流することとなっていた。
     まだこの世界に喚ばれて日の浅い彼も鍛錬を兼ねて今はそんなに危なくはない場所へと赴く事が多かったが、見たところ怪我や疲れは無さそうで俺はホッと息を吐き出すと礼を告げながら差し出されたそのカップを受け取った。

    「あぁ、ただいま。お前がいる場所なんてオレにはすぐに分かるんだよ」

     カップの中のフルーツの爽やかで弾けるような香りと、そう言って小さく笑いながら隣に腰掛けた大好きなパンドロの香りがふわりと鼻腔を擽る。
     そう、あの日からいつだってパンドロは直ぐに見つけてくれて、迷いなく真っ直ぐに俺の元へと歩み寄ってくれる。だから、ここにいても見つけてくれるだろうかと子供の様に見つけて欲しいと願って、皆から少し離れたこの場を離れる事をしなかった。

     あの後、気持ちを新たにフードで顔を隠すこともしなくなり、敢えて派手な装飾で着飾って堂々とした立ち振る舞いを見せる様に変わった俺の姿を見て父さんは面白そうに、だけど安堵した様に笑って自分が思う様に歩めばいいと言ってくれた。
     そんな風に変わって自分に自信を取り戻したある日、再びパンドロに会いに行こうとオアシスの里へと向かっていた夜、よく通る声で名を呼ばれ、広い砂漠で馬を止めたあの日の事だって大切な大切な思い出だ。
     馬の上から振り返ると、離れた場所に砂の上を駆けてくるあの日以来の再会となるパンドロの姿があった。
     こんなことがあるのだろうか。この広い砂漠のど真ん中で丁度近くの集落から里へと帰ろうとしていたパンドロと再会して、しかも本当に彼は直ぐに俺の事を見つけてくれた。
     空で瞬く星の位置で進む方向を把握していたパンドロが、今は真っ直ぐにただ俺の方へと歩んできてくれる。
     嬉しくて、そんなパンドロの姿が眩しくて、心臓がずっとずっとドクンドクンと大きな音を立てていた。
     向かう先が一緒だったから馬の後ろに乗せる為に彼を引っ張り上げる。振り落とされない様に後ろから腹に腕が回されて、ピタリと背中にくっついて楽しそうに話を続ける彼にこの心臓の音が聞こえません様にと俺は神様に祈っていた。

     そんな擽ったい過去を想いながら、渡されたカップの中身が自分の好きな飲み物だという事に気付く。変わらないその優しい気遣いにニコニコと笑う俺とは正反対に横に腰掛けたパンドロは何処か暗く、気落ちしているように感じられた。
     何かを言おうとして、そうして何と言おうかと懸命に思案している様なその姿に、パンドロは先日の俺とリズの会話を何処かで聞いていたのだろうなと直ぐに察せられた。
     やがて、彼は意を決した様に真っ直ぐに横に座る俺を見つめながら口を開いた。

    「オレ、お前が苦しんでいた事全然知らなかった……そんなに辛い思いをしていたのに、出会った頃、何にも知らない癖に無神経な言葉を掛けちまったな……と思ってオレもまだ未熟だったからなんて言い訳にしかならねえけど……」

     謝りたくて、とポツリと漏らされたその言葉に、俺はすぐに首を横に振りその言葉を強く否定する。

    「謝る必要なんかない、謝らないで。無神経なんかじゃない。あの日、何も知らない君が必死に俺を励まそうとして懸命に選んでくれた言葉は俺にとっては大切な宝物なんだ。謝られたらそれを大切だと思う事が許されないみたいじゃないか」
    「フォガート……」
    「危険な目にあったこともあった。俺の瞳が見られた事で大切な人達に危害が及ぶ可能性がある事が恐くて恐くて堪らなくて迷宮に迷い込んだみたいな心地だった。あの日、パンドロに出会えなければきっと抜け出せなかったかもしれない」

     どうにも出来ない弱い自分の事をとても嫌いになりそうだった日があった事を、パンドロは知らない。知る筈がないのだ。
     だって迷ってしまったその思いは、パンドロに出会ったあの日に全て変わる事が出来たのだから。

    「あの日、まだ聖職者として学びの道を歩いていた君が確かに俺を救ってくれた。王族としての証しを褒めてくれた事だけじゃない。俺の心ごと君はいつだって救ってくれるんだ」

     砂漠のど真ん中で再会したあの夜に、「やっぱりフォガートは一等星みたいだ」と背中にくっついたまま笑って言ってくれた言葉がどれだけ尊いものだったかなんて、知らないだろう。
     その言葉のおかげでこうしてソルム王国の第一王子として両の足で自信を持って歩み続ける事が出来ているのだと、ただ当たり前に口にしてくれていたパンドロは知らないだろう。
     俺の立ち位置では、国や人々の為に太陽みたいにこの国を照らす姉の様な存在になる事はきっとない。それでいいと思っているしあちらこちらで静かに瞬く星の様にその闇に自然と溶け込める様な存在となろうとしていたけれど、それすら失いかけていた自分にとってそんな自分を見つけてくれる、誰かの一等星になれた事がとても、とても嬉しかったんだ。

     俺の言葉にパンドロもずっと何処か緊張している様に見えた肩の力を抜いた様だった。
    「そっか……」と何処か嬉しそうにホッとした様に呟くパンドロはお前がそう言ってくれるならこの話はこれで終いだと、ニッと笑って乾杯の為にカップを目の前へと差し出してくる。
     いつもの様子に戻ったパンドロに安堵し、差し出されたカップに自らの持つカップを合わせようとしたその時

    「弱いところも些細な事も、全部オレには晒していいから。ずっと傍にいる事は出来るってあの時も言っただろ? フォガートは出会った頃からオレの一等星だ。その輝きを失わせたり目を逸らしたりなんて絶対にしないから」

     目の前で輝く黄金が優しく優しく弧を描き、そうして大好きな笑顔を見せながらそんな事を言われたら、溢れてしまう。想いが。

     リズに話をしていた時に、彼女が瞳をキラキラとさせて問うてきた事を思い出す。

    「ーー今の話、……なんだかまるで、フォガートはその人に恋をしてるみたいでとても素敵! 恋人なの?」
    「ううん、大切な親友なんだ。でも、いつかそうなれたら嬉しいなって思ってる。内緒だよ?」
    「わー!! 素敵! うん、うんうん! 勿論内緒にするし応援するよ……!」

     初めて会ったあの日からとてもとても好きだと思った。
     それがどういう種類の好きなのかと最近自覚しつつあったその想いがここに来て一気に溢れ出して止め方が分からない。
     救われていた昔の事を思い出しているから余計に、目の前で笑う彼に堪らなくなって……ーー

     カップをコツンと音を立てて合わせると、パンドロがカップへと視線を向け「乾杯!」と楽しそうに声を出し、すぐに顔を上げ目の前の俺と視線を合わせた。
     そうして、その瞳がゆっくりとまあるく見開かれていく。
     焚火からは少し離れた場所だった。だからあまり炎の灯りは届いてはいない場所だった。
     そんな僅かに届いていた光すら遮るようにパンドロの顔へと影が差す。それ程に顔を上げた彼の目の前、鼻先が触れそうな程近くに俺の顔があったから。
     すぐ目の前の一等星の輝きにパンドロは目を逸らす事もせずに魅入ってくれていた。そうしていると触れ合っていたカップはそのままにパンドロの唇にも何かが重なるようにして触れる。
     瞳の煌めきに飲み込まれてしまったのかと思う程に近く、重なりあっている。
     そして触れ合わせただけですぐに離れていく唇に触れた柔らかなものからの吐息を感じたパンドロはそれが俺の唇だったのだと気付き目を丸くしたままカァッと顔を一気に赤く染めた。
     何が起きたか一瞬理解できていなかった彼は呆然とした様に自らの唇に指を添え、真意を探る様にじっと真っ直ぐに俺の事を見つめている。

    「好きだよ、君が好きだよパンドロ」
    「……いや、お前……」
    「ーー嫌だった……?」
    「……嫌だったら直ぐに全力で殴ってる……」
    「力弱いから全力で殴られても多分全然効かないだろうけど、殴られなかったってことは君も少しは俺を好いてくれてるって思っていてもいいのかな」
    「失礼な奴だな……!! てか、聞くなよ! 察しろよ!」

     その言葉に無茶言うなぁと笑いながら、いつも自分を包み込んでくれるパンドロを、カップを持っていない方の手で引き寄せて腕の中へと包み込む。
     腕の中で気恥ずかしそうにしながらも何かをぶつぶつと呟いて思案していた様子だったが、酔いのせいにしちまえばいいか、と恐らく誰かに見られていた時の言い訳を考えていた様だ。
     そうして、身を任せてきたのか抱き締めた身体の重みを感じる。
     離せとは言わない彼は出会った時から何も変わらない。決して後ろ向きな考えにならずに前だけを向き続ける何気ない言葉に何度救われたのだろう。
     そんなことを思いながら、目の前の太陽の色をした髪に頬を寄せると視線を感じフォガートはその方向を見遣る。

     パンドロの背中越し、離れた場所に座っていたリズが頬を赤く染め驚いたように目も口元丸く開いて、こちらを見ていたことに気が付いた。
     俺がリズが楽しんでくれているかを気にしていたように、リズも俺が楽しんでいるだろうかと小まめにその姿を探してくれていたのだろう。そして、タイミング良く今の行動を見てしまったのだろう。
     きっと今の一連の行動に、あの時そんな話をしたその相手がパンドロなのだと察したのだろうリズへと向かって、抱き締めたパンドロの背中越しに視線を合わせたまま、俺は唇の前へと人差し指を立て微笑んで見せた。
     みんなには内緒だよ、とその意味を正しく読み取ったリズがうんうん、と何度も力強く頷きながら嬉しそうに笑い返し頑張れとポーズをして見せてくれた。そうして隣に座る大切な人の方へと向き直り寄り添って何かを耳打ちすると幸せそうに笑い合っている。
     楽しそうに盛り上げる様に声を上げ、皆の視線がこちらに届かないようにしてくれていた。

     苦しみ喘ぎ迷いながらも歩む事を止めなかった俺達だから、こうして今大切な人と寄り添えている。
     証がある事もない事も辛いことがあったけれど、だからこそ今がある。

    「察しろって言われても分からないよ、俺は勇気を振り絞ったのに」
    「……てかよ、こんな場所でする話じゃ……あぁ、もう……だから……。
     好いてなきゃ見慣れてきたお前のことが今もずっとずっと輝いて見えるわけねえだろ!」
    「……いつも一等星みたいだって言ってくれるのってそういう……? 分かりにくいよ、パンドロ」

     気付いてなかったのにいきなりキスしたのかよ! と笑うパンドロに、幼さを滲ませ不安げに問いかけていたフォガートの表情がその言葉に一気に破顔する。
     そんな難解な事、気付くわけ無いじゃないか。だってずっとお前自身が輝いてるって、眩しすぎて見てらんねぇって茶化すように言うこともあった。出会いが瞳を気にしていた頃だったから、励まそうとしてくれてずっとそう言ってくれているのだろうと思っていた。
     だけど、それは俺にも身に覚えのある感覚だ。
     好きだから、大切だからずっとずっと輝いて見えるんだね。
     俺もずっと、それこそ出会ってから今までずっとパンドロがキラキラと輝いてた。今だって俺を優しく包み込んでくれる月の光みたいだって思ってる。

    (すごい……本当にパンドロはすごい)

     もう一度太陽の色をした髪に愛しげに頬を擦り寄せると、パンドロがいよいよ「こんな人がいるところではもう終いだ」と俺の身体を押し離す。

    (ーー人がいなければいいってこと?)

     その言葉に都合良くそんな事を考えながらも機嫌を損ねてしまったのではないかと覗き込むと、照れくさそうにしながらも視線を合わせてくれたパンドロは全然機嫌を損ねた様子もなくニッと笑って、もう一度手にしていたカップを乾杯する様にコツンと合わせて見せた。

    「じゃ、そんな訳で改めて乾杯だな」
    「そんな訳ってなんだよー、何に対して乾杯? 俺らの気持ちが一緒だった事?」
    「あー……まぁ……、それも違わねーけど……」

     俺の問いかけにパンドロの白い頬が暗がりでもなんとなく分かるくらいには赤く色づいている。
     誤魔化すように咳払いをしたパンドロは、隣できょとんとする俺の頬に手を添え今度は彼の方から近くで俺の煌めく瞳を真っ直ぐに、そして愛しげに瞳を細めて覗き込んでくるものだから、そんな顔をする時は彼はいつだって俺の欲しい言葉をくれるのだと期待に胸がドキドキと強く大きく鼓動を刻む。

    「初めてお前の瞳を見た時からその強烈な光に惹かれて気になって仕方がなかった。その瞳でフォガートがそこまで危ない目にあってたの知ってショックだったけど、その瞳がなかったら出会えなかったかもしれないと思うとやっぱりその瞳があって良かった。
     だからお前の瞳に乾杯だな!」


     ーーあぁ、君のその言葉で幼く踠いていた日々の俺がまた救われてしまう。

     この瞳と上手く歩けるように生まれ変わらせてくれた君と出会えて本当に良かった。
     込み上げてくる愛しさを胸に、俺は微笑むパンドロの持つカップに自らもカップを合わせた。

     
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    ヒジリ

    DONEFE💍 フォガパン
    王族の証が瞳にあることで過去危険な目にあって道に迷ったフォを照らしたのがパだったらいいなという趣味。ひろずのomoatsuに大興奮してちまちまちまちま書いててよく分からなくなった妄想に妄想を重ねていた話。

    りずちゃんめちゃくちゃ好きなので普通に出てくる。弱々しいフォが好き。
    君の一等星でありたい 木々の生い茂る広い森の中、夜の闇に浮かび上がるパチパチと爆ける焚火の音と賑やかな炎の色彩。
     その周りでは炎の色に負けない程に華やかに賑やかに歌い踊り、ソルム王国の自警団とイーリス聖王国の自警団との宴は夜の静寂を感じさせない程の盛り上がりを見せていた。

     異界の存在であるなんて、普通ならば出会う事などない世界で生きてきた事など些細事とでも言うかの様に自然に打ち解け各々楽しんでいる様子を見て、宴をしようと声を上げた発起人であるソルム王国の自警団長であり第一王子でもある俺、フォガートは宴の中心からは少し離れた場所にある大きな丸太へと腰掛け、笑顔溢れる皆の姿をひと息ついて眺めていた。
     まだ、己の臣下の1人であるボネがこの世界へと喚ばれていなかったことから宴の料理をどうしようかと悩んでいたが、元の世界でボネから料理を教わっていたゴルドマリーがパネトネから話を聞いたらしくお手伝いしますよ、と声を掛けてくれた。
    20185

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    DOODLE前回の続きですけん
    アデニウム 短く不格好な歪の幹を晒してそれは生きていた。わたしにはこれが丁度良いのでどうぞお気になさらず、そんな声が聞こえてきそうなほど華麗な花が少しだけ風に揺れた。情熱的なのにどこか初々しく、しっとりと水に濡れた花びらはあらゆるものの心を奪うには十分すぎるのだろう。手を伸ばしそれに触れると表面に生えた産毛にも似た淡い毛先が真っ先に出迎えた。それ以上触れていいのか拒否しているのか理解することもなく、花の根元を潰すほどに強く掴み、その完成されていた形を破壊した。視線を向けた指先に残るそれは問いかける。
    わたしが好きなのでしょう。
    その通りだよ、と心の中だけで愛を告げてから自分が存在すべき場所に戻るため、指で輪を作りくわえて笛で馬を呼んだ。従順で愛らしい馬は大きな体格で足を砂に取られることなく小刻みにステップを踏む。いい馬だった。人懐こいし音に怯むこともない。彼とは長い付き合いだったが、その右前脚には限界が近づいて来ていた。不治の病とも言われるそれは確かに彼を蝕んでいた。馬の年齢は人間の4倍の早さで進んでいくという。ひとりでは馬に乗ることもできなかった頃からずっと一緒だったが、最後にするのであれば俺の我儘に付き合わせたかった。
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