特別は、特等席に座っている。 キラキラとして澄んだ魂と出会ったんだ。
そう伝えた時に気が付けばよかった。
でもその時の僕は全く気づけなかった。
そうか、と告げる声音がいつもより少しもたついていたのも、会話の先を促す優しさにためらいが混ざっていたのも。
あまり会えない彼と楽しかったことを共有したい気持ちが先走って、見えなかったんだ。
ようやく気づいたのはもっと後。
柔らかな夜が世界を包む頃。
僕のベッドの上に座り込んで、まだあまり慣れない『触れ合い』を始めた時だった。
「……っ…?」
彼とのキスは好きだ。
温かさに包まれて深くなっていくのが気持ちいい。
でも今日のは普段よりも早かった。
気持ちが昂っていたりするともっと早かったりもするけど、今日のはそういうのじゃない。
息継ぎをする間もなく息そのものも食べられている気がする。
なんだか燃素を操りきれずに焦っているイクトミ仔竜みたいだ。
その違和感をなんとなく見逃せなくて、彼の分厚い胸元に手を置く。
背に回っていた手が一瞬止まって、少ししてからゆるんだ。頭の後ろに回っていた手が頬に触れて温かい。思わず頬をすりつけてしまった。
そしたら手がまた後ろに回りそうになったから慌てて胸元の手をとんと軽く押す。
「……どうした?」
普段よりも一層低く、息がわずかに荒れた声音に心臓が勝手に跳ねる。
心地いい声に身を委ねたくなるけれど頑張って耐えて、呼吸を整えた。
「その、今日の君はなんだか焦ってるみたいだ。僕、君に何かしたか?」
問いをかけると、頬に触れていた手が小さく震えた。
わずかばかりの沈黙の後、彼はまぶたを閉じて、そうして息を深く吐いた。彼は顔を寄せてきて僕のおでこの斜め上辺りに頬をつける。
珍しい仕草に戸惑いつつも僕はなんとなく動かないように気をつけた。
「お前が、先ほど他者の魂を褒めていただろう」
耳の近くで低く柔らかな声がするものだから、首筋がじんわり熱くなって勝手に耳の先が震えた。伝わる熱で頭がゆだりそうになるのを必死に我慢して、彼の言葉をがんばって理解しようとする。
「た、しかに……そんな話をした」
少し前に旅人が迷子を見つけたと言って連れ歩いていた幼い子。それは人の形をしていたけれど、内に秘めている魂が人のそれではなかった。
美しく澄んでいて、軽やかに赤い。付け加えて言えば、人よりも竜に近い形をしていた。
どういうことかと訊いても旅人もよくわからないと言っていた。
そして最近会った旅人はもうその子を連れていなかった。どうしたのかと訊いても旅人は困ったように笑って詳しい説明ができないようだった。だから深く訊くことはしなかった。
ただ、その魂の美しさだけは印象に残っている。
だから目の前の彼にその美しさを共有したくて話をした、けれど。
「お前が人の魂を形容することは殆どしないだろう。だから、少し嫉いた」
ため息混じりに告げられた事実に肩が跳ねる。
「やっ……!?」
絶対にいま、全身真っ赤だ。指先まで熱い。彼からそんな気持ちを告げられるのは初めてだった。
顔を見上げようとしたけど彼は僕の頭を頬つき場にしているから見えない。もどかしい。
「この歳になっても湧き上がるとは思いもしていなかった」
「魂の話は、ばあちゃんが、あんまり人にするなって」
「そう言い含められてなお、こうして俺に話をするほど綺麗だったのだろう?」
確かにそうだけど。
それだけじゃないから、僕は彼の胸に置いていたままだった手を上へ伸ばして、彼の頬と顎の間あたりに指先をあてた。
顔がどうしても見えないまま、胸にある気持ちを伝える。
「まるで君と真逆のような魂だったから、なのもある」
「……どういうことだ?」
やっと僕の頭から離れた顔が覗き込んでくれたから、僕は彼の目元へ手を伸ばせた。
先には静謐の青。深い海の先にある、あらゆるものを蓄積した青。
「君の魂はずっしりしていて、あの魂は僕が見た中で一番軽やかだった。君の瞳とは逆の、赤い色を持っていた。だからすごく印象として残っていたんだ」
形は全く違うのに、どうしてもその気持ちは離れてくれなかった。
「君の魂が僕の特別だから」
何より、目の前の魂がいい。
想いが伝わるようにとじっと見つめていると、ややあってから彼はおでこにひとつキスをしてくれた。
それはいつも通りの優しさが込められていて、僕は嬉しくて笑顔になる。
目元に伸ばしたままの手を彼の首元へ回してもう一度近づいてきた唇へ口づける。
「安心したか?」
「嫉妬していたのが恥ずかしく思えてきたほどに、な」
「僕は君が嫉妬してくれて、少し嬉しかった。僕ばかりだと思っていたから」
彼は気づいたらあちこちで人気になる。
「そこまで気にするほどでも……いや、俺も気をつけよう」
「うん。僕もそうする」
他の魂を褒めすぎない。心の内に書き留めておこう。
真剣に頷いていると、彼は少し困ったように眉を寄せ、言いにくそうに口を開いた。
「では、続きをしても良いか」
そういえば途中だったことを思い出して、そっと頷く。
抱きしめられる感触と一緒に再開した『触れ合い』は、いつもより、ちょっとだけ……心の中で考えるのも結構恥ずかしいから、今は思い出さないでおく。
おわり
君の魂が何よりも特別/この嫉妬は気のせいじゃない