献身の小鳥はその手の中に。 年甲斐もなく、とはこのことだ。
腕の中で眠るオロルンの顔を間近に見ながら思いふける。
年甲斐もなく悋気どころか、年甲斐もなく振り回され、年甲斐もなく距離を保てず、年甲斐もなく手を出し、年甲斐もなく愛を抱き込んでいる。
手放せるよう距離を置くべきだ。
理性が告げてくる判断は正しい。間違いなくその行動するのが一番正しいのだろう。
だが行動できていたのならば、今ここに居ることはなかった。
本と土の匂いが混ざった空間も、男二人が寝るには狭過ぎる寝床も、ファデュイなどという存在の隣で安心して眠るオロルンの寝顔も。決して知ることはなかった。
いや寝顔は出会った当初も見せていたか、と脳裏に思い浮かぶ。
まだ会って日が浅かった頃、オロルンは「夜は目が冴えるから」と明け方まで起きていた時が何度もあった。
日が照り出す頃にあくびをし始め、部下が起き出す頃に寝始める。
監視がしやすいのかしにくいのかわからなかったが、謎煙の主の者らしいペースで寝ていた。
その寝顔が、今はすぐそばにある。
普段はあるフードは取り払われ、肩口までかかった上掛けの中で寝息を立てている。
この寝顔を見た時から、今の関係になることから逃れられなかったのかもしれない。
直感が告げてくる戯言に、薄く長く息を吐いた。
下に敷いていない方の腕を伸ばし、オロルンの夜闇になじむ髪先を親指の腹で撫でる。
そのまま手のひらを頬に当てると、温かさにかオロルンは眠ったまま手のひらへ頬を少しすりつけ、微笑みを浮かべた。
ーー手放せない。
幾度も繰り返した言葉が湧き上がる愛しいという感情の中で告げてくる。
ナタの戦争が終結した今、未来ある青年をここに留めてはならないとわかっていた。朽ちていくだけの存在のそばで幸せになど出来ない。
どれだけ絆されようともオロルンを何よりの最優先には出来ないのだ。不慮の事故でオロルンが亡くなったとしてファデュイとしての作戦があれば死に目にはあえなくなる。
だからこそ手放すべきだ、と。
何度も考えてはオロルンと衝突した。
別れがいつか訪れるなら今は出会ったままが良い。
僕の選択肢を決めるのは僕で、僕の幸福を決めるのは僕だ。そして君のそばにいる選択肢を僕は選んだ。
死に目にあえないのは僕も同じだ、お揃いなら大丈夫。
だから、僕を手放す必要はない。僕だって君を手放せない。
ひとつひとつ、ぶつかってはなんの問題もないと告げてくるオロルンに苛立ち、結局は絆された。
誰よりも頑固と憤っていた「黒曜の老婆」の言う意味が今ではよくわかる。
手放すべきだと告げてくる理性に、それはそうだと今なお肯定する。
しかし頑固で年若い恋人が今まで告げてきた言葉が、手放さなくて良いと告げてくる。
だから今だけは、今この腕の中にいる時だけは。
わずかにあいた隙間を埋めるようにオロルンを抱き寄せた。オロルンの額が胸元に当たったがオロルンの起きる様子はない。
腕の中にいる温もりに身を任せ、日が差す頃までと目を閉じた。
おわり
扉が開いた鳥籠の中で、献身の小鳥は微睡む。