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    あすと

    @aaast

    成人向け🔞NSFW / 全員受けで全員攻め

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    あすと

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    甲犬文

     細く、長く、吐き出すつもりだったそれは思いがけず溜息になって吐き出された。
     あの……と遠慮がちな声がそれを追う。その先に続く言葉はなんとなく予想がついたけど、無視するのもなんだかなあと思ったから、なあに?と俺は聞く。予想は当たった。
    「なにか、不満が……ありました?」
    「ないよ。ないけど、もしあったらそれを改善した上でもう一回、っていうお誘い?」
    「ええまあ……そう……ですね……」
     歯切れの悪さが気になって犬飼の目を覗き込んだらその目はすぐに逸らされて、ベッドの上に散るように流れていた俺の髪の毛先あたりに移っていった。何か後ろめたいことでもあるんだろうか。
    「じゃあさ、シようか」
     なんにも気づかなかったようなふりをして犬飼の上にのしかかってそう言ったら、でも満足はできたんでしょう?なんて言う。まだ目は少し泳いでる。
    「けどさ、まだ夜は長いじゃん。楽しもうよ」
    「消灯時間、とっくに過ぎてるんですけどね……」
    「犬飼が、物足りなかったってことじゃないの?」
    「いやあ……そういうわけ……では……ないです……」
     犬飼が、を強調してはぐらかす。面倒な事を言われそうな気配を察した俺はとにかくこの場を上手く流してやろうと思った。気持ちよくて頭真っ白になって、今考えてることなんて全部忘れてくれたらいい。俺も忘れるから。
    「私は……甲斐田くんの、欲しいものを与えることができていますか?」
     遠慮がちに、でもはっきりと、俺の目を捉えて、そして聞く。
     ほら、やっぱり面倒な事考えてた。そういう話、したくない。与えるとか、与えられるとか、そんなことどうでもいいんだよ。今が楽しければそれでいいのにね。
     なのに俺はつい、話を続けてしまった。いい選択じゃなかったのかもと思うけど犬飼の目があまりにも強く揺るがないので、ここは逆に逃げないほうが早く終わるかも、なんて思っちゃった。ただそれだけのこと。
    「は?なにそれ」
    「なんだか悲しそうな顔、してます、いつも……終わったあとに」
    「いつもってなに」
    「えっと……過去、一六回中一六回、いつも、です」
     思いがけず知らされたそれについて思ったことは、多いとも少ないとも違う、ただ明確なデータみたいなものだった。俺の記憶からは薄れていたただの、記録。
    「うわ回数数えてたの?」
    「おかしいですか?」
    「うーん、まあ、別にいいんじゃないの、でもちょっとこわいかな」
    「えっ」
    「ねえその回数ってさ、どういうカウント?一晩で何回しても一回にカウント?それとも俺がイった回数?犬飼がイった回数?」
    「……あの、ちゃんと聞いてほしいです」
     やばい。早く誤魔化さなきゃ、核心を突かれる前に、流して、逃げて、それから……それから俺はどうしたらいい?
    「……まあ、なんていうか多分、わかんないけど、疲れちゃってそんなふうに見える感じになっちゃってただけじゃない?気にしてたならごめんね。犬飼に不満があったわけじゃないから」
    「うーん……そうじゃないと思います……ただ疲れてるそういうときの顔は、結構その、セクシーなので、私好きですよ」
     今度は俺の目が泳ぐ番だった。突然変なことを言うから、セクシーとかその顔でやめてよ笑っちゃうって言った。そんで、でもありがとねって続けた。で、犬飼の顔を見てるのがどうにも気まずくなったから、さっき犬飼がしてたみたいに俺の髪の毛先を見て、それから何気なしに時計を見た。〇時五二分。秒針を目で追って、一番上に来て五三分になる頃、まだ犬飼は続ける気だったらしく口を開く。ああもう勘弁してよ。
    「甲斐田くん、もしかして自覚、ないですか?」
    「自覚って言われてもねえ……ないなあ。だって俺毎回すげー楽しいもん」
    「それはどうも……ありがとうごさいます」
     それは本当、一六回、毎回楽しかったし、一七回目も楽しみだなあってさっき知ったデータを元に思う。
     だからこの話はここで終わりにしたいのに、終わらせなかったのは俺だった。
    「ああでも、」
    「……?」
    「誰としてもそうなのかも。繋がってる間は楽しいし気持ちいいし、でも離れたらちょっと寂しいって思うとこ、あるかもね。そのせいかな」
     たまにさ、なんでこんなこと言っちゃったんだろうって、言いながら思うとき、あるじゃん。それがまさに今。ほんと、なんでだろ。後悔よりも諦めみたいな気持ち。
    「寂しい?私、そんな気持ちにさせてしまってますか?」
    「ねえなんでそんなに食い下がるの?犬飼のせいじゃないしもういいじゃん。そういうめんどくさいのやだな」
    「私……私は、 」
    「もう終わり!俺もう帰るよ。消灯時間過ぎてるしね」
    「待ってください!始末書なら書きますから、だから!……朝まで一緒にいてくれませんか」
    「え」
     びっくりした。素でびっくりして思わずえって口に出た。何言ってんの、いつもあんなにげんなりした顔して、世界の不幸を全部背負ったみたいな顔をして、そんなふうに始末書書いてる犬飼の口からそんな台詞が出てきたら誰だってえってなるでしょ。シバケンだってきっと煽りを忘れるレベルで驚くよ。多分。
    「朝までしたっていいです。ただ一緒に眠るのでもいいです。私は甲斐田くんが寂しい気持ちになるのは、嫌です」
    「……なんていうかさ、献身的?だねえ」
    「違うんです、これはどちらかと言うと私のエゴで……好きなひとが寂しいと思っているのに独りにするのは、私が、悲しいので……」
    「ん?ちょっと待って、犬飼俺のこと好きなの?」
    「え」
     犬飼の今の顔、めっちゃ面白い。鳩が豆鉄砲食らった顔って俺見たことないし、どんな顔だかわかんないけど、そういう感じの顔って表現するのが適切なんじゃない?多分。
    「え、じゃなくて……は?冗談?今の笑うとこだった?」
    「あの……甲斐田くん、もしかして誤解してませんか?」
    「なにを」
    「私、好きじゃない人とは出来ませんよ、したことないですし」
     うわーそうくる?まあそういうタイプだよね、とは思ってたけど、本人の口から明かされたわけじゃなかったし、あえてその部分には触れないようにしてたのにな。
     秒針が動くチッっていう小さな音にかぶさるように、別の音もカチッて響いた。長針が動いたのかな。今何分だろ。もう何分こんな話してたっけ。っていうかこの部屋の時計煩くない?安いやつだから?熱かった身体はすっかり冷えたし、頭も冷えてる。冷静になったって意味じゃなくて、見たくないものを不可抗力で見てしまったときみたいな、スッて引いてく熱。そんな感じだ。
     さ、終わらせよ。短針が正しい位置にたどり着く前に。全部、ぜーんぶ。ちょっと深入りし過ぎちゃったのかも。そんなつもり全然無かったけど。
    「あー……そういうこと……ごめん、なんか勘違いさせたかも。恋人になるとかそういうのはなし、ね?わかってて付き合ってくれてるんだと思ってた」
    「……」
    「犬飼そういうこと言わないから気楽でいいなって思ってたけど、そうじゃないならもうやめる。じゃあね」
    「あの!甲斐田くん!」
    「なに」
    「恋人になってほしいなんて言ってませんし思ってもいません。甲斐田くんが私をどう思っていようと構いませんよ。ただ、」
    「うん」
    「たまには私のわがままに付き合ってくれたってバチは当たりませんよって話です」
    「よくわかんない」
     マジでよくわかんない。犬飼の言ってることは理解できるけど、なんでそんなことを言うのかがわかんない。わかりたくないのかもとは思うけど、なんかさ、わかっちゃったらだめな気がした。本当に全部終わる。一七回目はもうない、だけどそんなことよりもっと大きい何かが終わっちゃう。
     犬飼がすこし距離を詰めてきたから、俺は反射的に少し後ろに退いた。でも犬飼はまた詰めてきたから、同じことをしてもまた繰り返しになるなと思ったから、俺はもう退いたりはしなかった。犬飼の体温が少しだけ俺の肌に触れる。
    「甲斐田くんが望むことを私は叶えてきた、だから私の望むことを叶えてほしい、です」
    「ますますわかんない」
     これ、どうするのが最適解なんだろ。せっかく距離近くなったし、このままキスでもしたら黙ってくれるだろうか。そのまま押し倒したら、さっきみたいに甘い声を洩らして一緒に気持ちよくなってくれるだろうか。探るように犬飼の目を見つめながら考えていたら犬飼は、一度ぎゅっと目を閉じて、それからゆっくりと開いて言った。
    「ねえ甲斐田くん、甲斐田くんって私の事好きでしょう?」
    「……」
    「ほら、すぐに否定も肯定も出来ないってことはそういう事です」
    「……」
    「好きな人の願い、叶えてあげたいって思いませんか」
    「……」
    「私は甲斐田くんに寂しい気持ちにさせたくないので一緒に居たい、甲斐田くんはそんな私と一緒にいることで寂しさを感じずに済む、どうでしょう、フェアな取り引きだと思いません?」
     口挟む暇なんか無かった。すごい圧、すごい勢い、すごい、愛?みたいな、なにか。うーん、でもわかんない。っていうかこう言うの、いきなり困るよねマジで。重い……。けど、やじゃないって思っちゃった。一瞬、だけ。一瞬だからノーカン。でも、多分もうわかっちゃったかな、終わってしまうのは、きっと思ってるのとは別のことだってことに。
    「なんか、やばい、何言えばいいのか。頭ん中ぐちゃぐちゃ」
    「言わなくて大丈夫です。甲斐田くんの顔を見れば全部わかっちゃいます。好きなひとのことなので。私、意外とよく見てるんですよ」
    「ねえ犬飼さ、元カノに重いって言われたりしてこなかった?」
    「どうでしょう、聞きたいです?」
    「いや、やめとく、ちょっと今……その子に嫉妬しちゃうかも、だから……」
     煙草吸いたい。二、三本立て続けに吸って、喉ががさがさになって、そしたら冷静になれる気がする。元カノなんてどうでもいいじゃん、終わってんじゃんもう、どうせ重すぎて振られたんだよ。そんな女、犬飼のことなんにも分かってない馬鹿な女のことなんて、あーもうライターどこにやったっけ、俺なんで今ここにいるんだっけ、なんであんなこと言っちゃったんだっけ。今何時だ?俺、犬飼のこと、あれ?
    「さて、どうしましょう。しますか?寝ますか?」
    「……寝ようかな」
    「わかりました。じゃあ寂しくないように、手、繋いで寝ましょう」
    「……うん」
    「でも皆さんに気づかれてはまずいので、私と一緒に六時で起きて、自分のベッドに戻ってくださいね」
    「えーまじで?」
    「まじです。ちゃんと起こしてあげますから、ね?」
     はいはいってあからさまにだるさを演出しながら返事をした。犬飼は優しく笑ってた。俺今どんな顔してるのかな、犬飼の目、のぞき込んだら映ってるかな。見たくないけどちょっと見たいかも。犬飼にそんな顔させてる俺の顔、ちょっとだけ興味ある。でもそんなことはもういいんだ。
    「絶対手、離さないでよ?」
    「甘える甲斐田くん可愛いなあ」
    「弱み握られたみたいで最悪」
    「甲斐田くんこそ私の弱み、握ってるでしょう?」
    「まあね、どこをどうしたらどんな声上げるか、とかね、全部知ってる」
    「……ばらされたくないので私も言いません」
    「そうだね」
    「ほら、手、出してください」
    「ん、」
     犬飼の手、熱くて、硬くて、ぎゅって握られたらちょっと痛かったけど、でも気持ちよかった。この手は明日また始末書を書く。
    「おやすみなさい」
    「……おやすみ」
    「ねえ犬飼」
    「なんですか」
    「好き」
    「えっと……」
    「もう一つ弱み、握っといて、俺誰にも言わないから」
    「はい。内緒ですね」
    「うん、内緒……」
     カチッて音が聞こえてちらっと時計を見たら、一時ちょうどだった。ああちゃんと予定内に終わったなって思いながら目を閉じる。
     よかった、あと五時間は繋がっていられる。
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    あすと

    DOODLE夏の終わりの眠れないかいだくん(と誰か)の話
     別に、セックスなんてしなくたって死ぬわけじゃない。性欲なんて一人でだって満たせるし、そしたらあとは眠ればいいだけ。夢は見ない。寂しさは持っていかない。
     本当にほしいものが何なのかなんて自分でもわからない。繋がり、ほしいけど、繋がるってどういうことか本当はわからない。経験のないことは想像するしかないけど、経験がないからその材料すらも持ち合わせてはいない。仮に誰かが教えてくれたとしても、それはそいつの見解であって俺も同じとは限らない。
     だから、わからないことはずっとわからないまま、なんとなくわかった気になって欲しがり続けるしかないってこと。

     さっきまで生ぬるく感じてた扇風機の風は、今は少し寒いくらいだ。暇だな、暇だからこんなに余計なこと考えちゃうんだ。眠りたい。でも今眠ったら連れて行ってしまう。そんなのは嫌だから、目の前の背中にしがみつく。冷えた汗に頬をつける。ゆっくりと、同じリズムで震える体温。 どうして置いてくの、俺も一緒につれてってよ。一緒ならきっと、夢を見るのだって怖くない。ねえお願い、俺よりあとに眠って。置いて行かないで。俺が眠るまで、抱きしめて頭撫でてよ。子供扱いしたっていい、馬鹿にしたっていい、毎晩一緒に眠ってくれるなら、俺、誰よりもいい子になれるから。
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