愛してるって言ってみたらどうなるかな。反応気になるけど、思ってもいないことを言うのもどうなんだろうって思うよね。知らねえよ、凌牙はそう言って煙を吐いて、それから吸い殻を空き缶に突っ込んだ。それ、犬飼に怒られるよって言ったらまた知らねえよ、って言う。まあ確かにそうだよね。そんなこと凌牙にはどうでもいいことだし。
「お前が、思ってもねえこと言うの、今更だろ」
それもそう。たしかにそうなんだけど、それでも言うの躊躇うことってあるじゃん。凌牙はそれ解ってて俺にそんなこと言うんだろうな。あいつ、あれで結構目聡い。わざわざ口に出すことは少ないけど。
「凌牙は? 言ってみたことある?」
「あるわけねえだろ」
「言ってみない? ねえ、今から言いに行こうよ」
超面白い顔してる凌牙を引っ張って犬飼のところへ向かう。意外なことに凌牙は素直についてきた。
「あれ? 土佐くんに甲斐田くん、就寝時間はもう、」
「まあいいじゃん。ちょっと付き合ってよ」
食い気味に話しかけてから犬飼のことちゃんとみた。風呂上がりの犬飼、ちょっとエロい。どうエロいのかは、まあ自由に想像してみてよ。本題はそこじゃないから詳細は省くね。
それはそうと犬飼って俺らを呼ぶとき必ず年齢順に呼ぶ。俺と凌牙は一つしか違わないのに、必ず凌牙が先。それ、正直ちょっともやっとする。言わないけど。
「あの……なにか急用ですか? 曲、それとも大会についての話、でしょうか」
「うーんまあ、そうだね」
「土佐くんも?」
「……あぁ」
首にかけたタオルで髪の毛を拭きながら、とりあえず座ってください、本来であれば明日の朝になってからにしてほしいのですが……といいながら、俺達を見上げる犬飼はまだ、何も知らない。
「あのさ、今から大事な話するから。ちゃんと聞いてほしいんだよね」
「えっと……。はい、わかりました」
俺は凌牙とお前が、いいやお前が先に、と目配せの攻防をした。不思議そうな顔をしていた犬飼は、いつの間にか不安そうな顔をしている。何を告げられるんだろう、悪事の告白か、秘密の暴露か、そしてそれに対して心構えをしているような、そんな顔。凌牙が先に言ってくれそうもないことははじめからわかってたししょうがないよね、そもそも言い出しっぺは俺だし。そう思ってバレないようにそーっと浅めの深呼吸をして、そして軽い調子で言った。愛してるよ、って。
「……………え?」
「愛してる、犬飼のこと、愛してる。好きだよ」
「あの……」
「犬飼、愛してる」
「土佐くんまで何を」
揶揄ってます? 何か……えーと罰ゲームのような……そういう事ですか? そんな予想通りの反応に少し笑って、横目でちらっと凌牙を見たら、凌牙は笑ってなかった。目が本気。えー俺、ここにいないほうが良くない? 噛ませ犬みたいになってない? 冗談だよって言い辛い空気、凌牙ががっつり作っちゃってる。
「俺はともかく凌牙はこういうこと冗談で言えるやつじゃないのわかってるでしょ」
「……甲斐田くんは冗談なんですか?」
「俺は……」
やば、助け舟出したつもりが言葉に詰まっちゃった。うわ恥ずかし、なんかマジっぽいじゃんこんなの。
「紫音も、こんなことは、冗談じゃ言わねえ」
「あの、つまり、どういうことなんですか? わかるように説明してもらうわけにはいきませんか」
俺の何を知ってるって言うんだよ凌牙! 俺は別に、別にそんなこと! でも、何か言ったら墓穴掘っちゃう気がして言えなかった。場の空気に耐えられないとき、煙草吸ったらなんとなく間が持つことあるじゃん? だからさ、俺今煙草吸いたい。
「私、なんて答えるのが正解ですか」
ひりひりするような空気を払うように犬飼が口を開く。正解ってなんだよ。あんたには、正解と不正解の二択しかないの? 犬飼は続ける。
「私も、お二人のことを愛してます。……で、合ってますか?」
「……犬飼、それは」
「あーもー冗談だって! マジになんないでよ」
「冗談で言うことでも……言えることでもないんでしょう? お二人には」
そうだけど。でもさ、ノリで言ったことであっていつもみたいに曖昧に笑って適当に流してほしかったことだった。凌牙が何考えてたのかはわかんないけど。
「ありがとうごさいます。どんな意図があったとしても、嬉しいです。これ、喜んでいいこと、ですよね? 謙遜しすぎるのも失礼に当たることがあると、最近本で読みました」
どんな本読んでるんだよ、犬飼が人の厚意や好意を素直に受け取らないことについてはずっと気になってたけど、犬飼自身も気にしてたのかな。怪しい自己啓発本でも読んだのかな、だとしたら笑えるけど。上手い話に騙されそう。
「御子柴くんもいつか言ってくれるかなあ。彼、あんな感じだからきっと言ってくれないと思うんですけどね、私、御子柴くんの事も大切で……愛してる、ので。同じチームのメンバーとして、皆さん全員を愛してます」
「あー……シバケンは言わないと思うよ、絶対にね」
「やっぱりそうですか。ですよね……私、欲張りすぎですね」
犬飼の愛してると俺達の愛してるは種類が違うそれなのに、全然噛み合ってないのに、今のところはこれでいいか。凌牙も多分、そうだったんだと思う。さっきとは違ってなんだか柔らかい、穏やかな顔してたから。
「犬飼、俺達のこと愛してるんだよね?」
「ええ、愛してます。好きですよ」
「じゃあこれから3Pしようよ」
「ええっ!? え? なんでそうなるんです!? しませんよ!?」
じゃあ俺とだけ、二人きりでえっちしようよ。そう言ったら困った顔でしません!ってきっぱり言った。凌牙とならするの?って聞こうとしたけど、肯定されたら嫌だから聞かなかった。そんなことないのはわかってたけどさ、もしされたら俺、しばらく煙草の本数倍くらいに増えるかも。犬飼のこと、そのくらいは好き。
「冗談はそこまでにして寝ましょう? ルールは守りましょうね。お願いします」
「おう」
「はいはい」
お遊びタイムは終わりとベッドに戻ろうとした俺達を、犬飼は後ろからぎゅって抱きしめた。でかい男を二人まとめて、俺らより全然ちいさい身体で。身体より胸がぎゅっとなったけど、嬉しかったからちょっとだけ身体をひねって犬飼の目を見て言った。犬飼の驚く顔が見たくて、困った顔が見たくて、色んなことを誤魔化してしまいたくて。
「ねえ、やっぱりこれから俺とえっちしない?」
残念犬飼、これはマジ。本音だから。