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    高間晴

    @hal483

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    高間晴

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    モさんの好きな場所「海と雪原」を踏まえて、チェズモクが雪原の夜明けを見に行く話。
    巷で流行りの「おじさんが〇〇だった頃の話」構文が使いたかった。

    #チェズモク
    chesmok
    ##BOND

    ■夜明けを見に行こう


     とある冬の夜更けに、二人で温かいカフェオレが飲みたいと意気投合した。ベッドから二人抜け出すと、寝間着のままでキッチンの明かりをつける。
    「……そういえば、前にあなた『ヴィンウェイにいたことがある』というようなことを言っていましたよね」
     コーヒーを淹れながらチェズレイが訊ねた。モクマはコンロから温め終えた牛乳の小鍋を下ろしながら「えー、そうだっけ?」と答え、火を止める。チェズレイはおそろいのマグカップにコーヒーを注ぎ分け、差し出される温かい牛乳の鍋を受け取る。その表面に膜が張っていないのは、二人で暮らすようになってからモクマが気をつけ始めたおかげ。モクマひとりで飲む分には膜が張っていても気にしないが、神経質なチェズレイはそれを嫌うためだ。
     チェズレイはモクマの記憶の引き出しを開けようと、言葉を続ける。
    「ほら、ここで暮らしはじめて間もない頃ですよ。ボスにヴィンウェイ名物を送るためにスーパーに行った日」
    「……んー? ……あ! あの燻製サーモンとナッツ送った、あの時の」
    「そうそう、その時です」
     チェズレイは鍋からコーヒーの入ったマグカップに牛乳を注ぎ、黄色い方のマグカップを渡す。モクマはそれを両手で受け取りながら、眉尻を下げて笑う。
     チェズレイはモクマのやってきた仕事の遍歴などは調べ尽くしているが、調べたことと、本人から直接聞くのでは全く意味も変わってくる。
     チェズレイが自分のぶんのカップを両手で包んで、リビングのソファに座る。モクマも同じくそれについていって、隣に腰を下ろした。
    「この国で、何をしていたんですか?」
     首を傾げてそう訊かれ、モクマは中空に視線をやって過去のことを思い出そうとしている様子を見せる。チェズレイは辛抱強くそれを待つように、カフェオレを一口飲んだ。
    「――ああ、思い出した。あれはおじさんがこの国で漁船に乗っていた頃の話」
    「ほう」
    「いやー、あんまし頭使わない力仕事だったから、おじさんにとっては気が楽だったかな。親方も漁師仲間も気のいい奴らばっかりで」
     そう言いながら笑ってカフェオレをすする。
    「ちなみに漁師ってのは、水死体になってもわかるように刺青を入れてる人間が多いんだ。けど、おじさんは刺青なんてなくても古傷だらけだからわかるだろうって入れなかったんだよね」
    「そうなんですね」
     チェズレイがじっとモクマの横顔を見つめる。モクマの体には確かに大小さまざまな古傷が多い。いつだったかチェズレイがそれに言及したときには「忍びのさだめだよ」と苦笑で返された覚えがあった。
    「仕事がない時は舳先でじっと暗い海を見つめてたっけ。それを親方に見つかった時さ、言われたの」
    「何を?」
     チェズレイの言葉は期待より恐れを孕んだ口ぶりだった。モクマは笑いに口の端を歪める。
    「『お前の水死体を引き上げるのは御免だぞ』って。いやーおじさんが死にたいのバレバレだったんだなーって」
     苦笑いするとモクマはもう一度マグカップに口をつける。チェズレイはじっと自分の手元のカフェオレの水面を静かに見つめていた。
    「――だから、以前に海が好きだと?」
     死のうと思えばいつでも死ねる場所だから? 言外にチェズレイはそう訊ねる。
    「うん。海は何もかも飲み込んで受け入れてくれる。生命が生まれて帰っていく場所なんだなって思わされた」
     ことり、チェズレイがマグカップをテーブルに置く。モクマの顔をじっと見つめて、その頬に触れる。無精髭がざらざらと素手の手のひらに心地よい。くすぐったそうにモクマは目を細めた。そんな顔をゆっくり撫で回しながらチェズレイは訊く。
    「じゃあ同じく好きだと言っていた雪原は?」
    「それもおんなじ。凍死は溺死より楽だって聞くし、死体も醜くないしね」
     からからと明るく笑うモクマに、チェズレイは顔をうつむかせる。長い髪が肩から流れて、カーテンのようにその表情を隠す。
    「モクマさん……」
    「あ、今は違うよ? もう俺の死に場所はお前の腕の中だから」
     それを聞いてチェズレイはがばっと顔を上げると、モクマの肩に手を置いた。濡れ羽色とアメジストの瞳が互いに見つめ合う。数秒の後、先に緊張を解いたのはチェズレイの方だった。
    「――モクマさん。二人で夜明けを見に行きましょう」
     そう告げるとチェズレイはモクマから手を離し、ぬるくなったカフェオレを飲み干す。モクマは半ば啞然としたままそれを見つめていたが、間をおいてこれは外出の誘いだと再確認する。同じくカフェオレを喉に流し込むと、チェズレイが先にソファから立ち上がり、言った。
    「着替えてきてください。なるべく暖かい格好で。靴下と手袋もしっかり」
    「了解」
     それぞれ自室へ戻ると、防寒に適した服に着替えた。
     数分後、もこもこにダウンジャケットを着込んだモクマがスノーブーツを玄関のシューズボックスから取り出している。そこへ少し遅れて身支度を済ませたチェズレイが現れる。寒さに慣れた現地人らしく、スリムなシルエットのコートにストールを巻いていた。
     チェズレイが車のキーを取り、二人は玄関からガレージへ向かう。愛車のポールスターへ乗り込み、チェズレイはシートベルトを締めてハンドルを握った。モクマも助手席でおとなしくシートベルトを締める。それを確認して、エンジンをかけた。
     車は電気自動車の静けさをもって夜の道路を駆ける。その間、真剣な横顔で運転するチェズレイに、モクマはどこへ行くのかなんて訊けないでいた。お互いに無言なのがなんとなく気まずくて、モクマはカーラジオをつけた。途端に流れ出すのはEarth, Wind & Fireの『September』。
    「こないだ見た映画そっくりだ」
     あまりの偶然に思わずモクマが驚いて笑うと、チェズレイも相好を崩した。フロントガラス越しの街灯の明かり、その下で左目の花びらが笑みにたゆむ。
    「あの映画の二人と私たちでは、だいぶ事情が違いますけどね」
    「うん。けど俺たちだって『最強のふたり』だよ」
    「ええ。そうですね」
     二人揃えば何にだって負けない自信がある。
     モクマが調子外れに歌詞も胡乱なその曲に合わせて歌えば、チェズレイもおかしそうにくすくす笑う。
     そんな楽しいドライブが約二時間ほど続いた。郊外へ抜け、山道を上った先でチェズレイは車を停める。目の前に広がるのは、夜明け前の暗がりの中にひたすら続く白い雪の絨毯。二人は車を降りた。
    「――で、おじさんをこんなとこまで連れてきて、どうするの?」
     チェズレイはモクマの手袋をはめた手を取って、東の方を指差した。
    「あちらを見ていてください」
     そこは山の稜線へ向けて紫色から黄色になるグラデーションの空。モクマは目を眇めた。もう、夜が明ける。
    「俺たちの色だ」
    「ええ」
     二人並んで、じっとその瞬間を待つ。モクマはマフラーに顎先をうずめ、白い息を吐いていた。同じくチェズレイの吐く息も白い。チェズレイがきゅっとモクマの手を握るのに力を込める。忍耐強く、その時が来るのを待ち焦がれる。
    「――あぁ……」
     ついに山の影から朝日が顔を出した時、二人ともが白く色づいたため息をもらした。
     身を切るように冷えた空気の中。射し込む太陽の光は眩しく、視界の端から端まで続く純白の雪原を照らし出す。澄み渡る空はまだ暁の色を残していて、黄金色の太陽を受け入れて美しく薄い青色へと染まっていく。
     ただその光景に、モクマは圧倒された。
    「――雪原の思い出、上書きできましたか?」
     チェズレイの言葉に、モクマは繋いでいる手を軽く引いた。チェズレイが応じて身を屈めると、耳元に「ありがとう」とささやく笑い声が聞こえた。
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    高間晴

    MAIKINGチェズモクの話。あとで少し手直ししたらpixivへ放る予定。■ポトフが冷めるまで


     極北の国、ヴィンウェイ。この国の冬は長い。だがチェズレイとモクマのセーフハウス内には暖房がしっかり効いており、寒さを感じることはない。
     キッチンでチェズレイはことことと煮える鍋を見つめていた。視線を上げればソファに座ってタブレットで通話しているモクマの姿が目に入る。おそらく次の仕事で向かう国で、ニンジャジャンのショーに出てくれないか打診しているのだろう。
     コンソメのいい香りが鍋から漂っている。チェズレイは煮えたかどうか、乱切りにした人参を小皿に取って吹き冷ますと口に入れた。それは味付けも火の通り具合も、我ながら完璧な出来栄え。
    「モクマさん、できましたよ」
     声をかければ、モクマは顔を上げて振り返り返事した。
    「あ、できた?
     ――ってわけで、アーロン。チェズレイが昼飯作ってくれたから、詳しい話はまた今度な」
     そう言ってモクマはさっさと通話を打ち切ってしまった。チェズレイがコンロの火を止め、二つの深い皿に出来上がった料理をよそうと、トレイに載せてダイニングへ移動する。モクマもソファから立ち上がってその後に付いていき、椅子を引くとテーブルにつく。その前に 2010

    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。結婚している。■いわゆるプロポーズ


    「チェーズレイ、これよかったら使って」
     そう言ってモクマが書斎の机の上にラッピングされた細長い包みを置いた。ペンか何かでも入っているのだろうか。書き物をしていたチェズレイがそう思って開けてみると、塗り箸のような棒に藤色のとろりとした色合いのとんぼ玉がついている。
    「これは、かんざしですか?」
    「そうだよ。マイカの里じゃ女はよくこれを使って髪をまとめてるんだ。ほら、お前さん髪長くて時々邪魔そうにしてるから」
     言われてみれば、マイカの里で見かけた女性らが、結い髪にこういった飾りのようなものを挿していたのを思い出す。
     しかしチェズレイにはこんな棒一本で、どうやって髪をまとめるのかがわからない。そこでモクマは手元のタブレットで、かんざしでの髪の結い方動画を映して見せた。マイカの文化がブロッサムや他の国にも伝わりつつある今だから、こんな動画もある。一分ほどの短いものだが、聡いチェズレイにはそれだけで使い方がだいたいわかった。
    「なるほど、これは便利そうですね」
     そう言うとチェズレイは動画で見たとおりに髪を結い上げる。髪をまとめて上にねじると、地肌に近いところへか 849

    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。とある国の狭いセーフハウス。■たまには、


     たまにはあの人に任せてみようか。そう思ってチェズレイがモクマに確保を頼んだ極東の島国のセーフハウスは、1LKという手狭なものだった。古びたマンションの角部屋で、まずキッチンが狭いとチェズレイが文句をつける。シンク横の調理スペースは不十分だし、コンロもIHが一口だけだ。
    「これじゃあろくに料理も作れないじゃないですか」
    「まあそこは我慢してもらうしかないねえ」
     あはは、と笑うモクマをよそにチェズレイはバスルームを覗きに行く。バス・トイレが一緒だったら絶対にここでは暮らせない。引き戸を開けてみればシステムバスだが、トイレは別のようだ。清潔感もある。ほっと息をつく。
     そこでモクマに名前を呼ばれて手招きされる。なんだろうと思ってついていくとそこはベッドルームだった。そこでチェズレイはかすかに目を見開く。目の前にあるのは十分に広いダブルベッドだった。
    「いや~、寝室が広いみたいだからダブルベッドなんて入れちゃった」
     首の後ろ側をかきながらモクマが少し照れて笑うと、チェズレイがゆらりと顔を上げ振り返る。
    「モクマさァん……」
    「うん。お前さんがその顔する時って、嬉しいんだ 827

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    「これは、かんざしですか?」
    「そうだよ。マイカの里じゃ女はよくこれを使って髪をまとめてるんだ。ほら、お前さん髪長くて時々邪魔そうにしてるから」
     言われてみれば、マイカの里で見かけた女性らが、結い髪にこういった飾りのようなものを挿していたのを思い出す。
     しかしチェズレイにはこんな棒一本で、どうやって髪をまとめるのかがわからない。そこでモクマは手元のタブレットで、かんざしでの髪の結い方動画を映して見せた。マイカの文化がブロッサムや他の国にも伝わりつつある今だから、こんな動画もある。一分ほどの短いものだが、聡いチェズレイにはそれだけで使い方がだいたいわかった。
    「なるほど、これは便利そうですね」
     そう言うとチェズレイは動画で見たとおりに髪を結い上げる。髪をまとめて上にねじると、地肌に近いところへか 849