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    高間晴

    @hal483

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    高間晴

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    チェズモクの話。あとで少し手直ししたらpixivへ放る予定。

    #チェズモク
    chesmok
    ##BOND

    ■ポトフが冷めるまで


     極北の国、ヴィンウェイ。この国の冬は長い。だがチェズレイとモクマのセーフハウス内には暖房がしっかり効いており、寒さを感じることはない。
     キッチンでチェズレイはことことと煮える鍋を見つめていた。視線を上げればソファに座ってタブレットで通話しているモクマの姿が目に入る。おそらく次の仕事で向かう国で、ニンジャジャンのショーに出てくれないか打診しているのだろう。
     コンソメのいい香りが鍋から漂っている。チェズレイは煮えたかどうか、乱切りにした人参を小皿に取って吹き冷ますと口に入れた。それは味付けも火の通り具合も、我ながら完璧な出来栄え。
    「モクマさん、できましたよ」
     声をかければ、モクマは顔を上げて振り返り返事した。
    「あ、できた?
     ――ってわけで、アーロン。チェズレイが昼飯作ってくれたから、詳しい話はまた今度な」
     そう言ってモクマはさっさと通話を打ち切ってしまった。チェズレイがコンロの火を止め、二つの深い皿に出来上がった料理をよそうと、トレイに載せてダイニングへ移動する。モクマもソファから立ち上がってその後に付いていき、椅子を引くとテーブルにつく。その前にチェズレイは静かに皿を差し出した。
    「お、ポトフかあ」
     湯気の立つそれを待ちきれない様子で、モクマは準備されていたナフキンの上にあるフォークを手に取る。
    「久々に作りましたが、意外と料理の手順や味付けって忘れないものですね」
     モクマの向かいに皿を置いて、自分も椅子に腰掛けたチェズレイは微笑む。早くもモクマはほくほくのジャガイモを吹いて冷ますと口に入れた。
    「うまっ。――もしかしてこれ、お前さんの得意料理だったりする?」
     それを聞いてチェズレイは薄く微笑みながら、自分のフォークを手に取る。
    「ええ。母が作っているのをよく傍で見ていましたから」
    「へえ。おふくろの味ってやつか」
     モクマはそれ以上深く突っ込まずに、料理に夢中になっている。
     自分の手料理を誰かに振る舞うことなんて、この生涯ではありえないはずだった。それが今やこうなのだから、人生とはわからないものだ。チェズレイは黄金色のスープの中のソーセージにぷつりとフォークを立てる。
    「ねぇ、モクマさん。食べながらでいいので、聞いてもらえますか」
    「ん? なにを?」
    「ちょっとした、昔話を」
     その真剣な声音に、モクマの視線がチェズレイに移る。チェズレイの瞳は少しうつむいた視線で、話し始めた。
    「ご存知の通り、私の母は自殺しました。私は母を喪いたくなくて――いえ、あれはとっさの行動でしたね。ベランダから飛び降りかけた母の脚を掴みました。それでも所詮は子供の腕力。母を引き上げることもできずに自分の手が痺れて力が入らなくなっていくのを感じていました」
     モクマは食べかけのポトフもそのままに、チェズレイと向き合ってその話に聞き入っている。チェズレイは話を続ける。
    「そうして――どれくらいでしょうか。永遠にも思える時間の後に私の腕の力がなくなり、母は地面に向かって真っ逆さまに落ちていきました。母の濁り具合からある程度予測していたとはいえ……混乱しましたね。首や脚がねじれて曲がり、コンクリートに血溜まりを広げる母の死体を、私は見つめていました」
     そこでしばしの沈黙が落ちる。その静けさは耳が痛いほどだった。
    「時を経て、あなたたちと出会ったあの飛行船から落ちた時、私はそこでようやく気づきました。
     ――あぁ、あの時の母とそっくりな状況だと」
     そうしてチェズレイの瞳がようやくモクマを捉えた。
    「でも違った。あなたが私のところへ来てくれた」
     そこでチェズレイはようやくソーセージを一口かじって、咀嚼して飲み込む。
    「あの時からですよ。私の旋律はあなたに狂わされっぱなしです」
    「……そっか。でも俺はきっとあのCAの正体がお前さんだと知っていても、きっと迎えに行ったよ」
    「そうでしょうね。あの頃のあなたは死に場所を探していた」
     チェズレイの容赦ない返しに、モクマは困ったように頭をかいて笑うだけだった。そんなモクマの目を覗き込んでくるアメジストの瞳がある。じっと見つめられて喉が詰まるような思いになったモクマは、顔を引き締め、観念した様子で言う。
    「――でも今は違う。約束した通りに俺は生きる。お前と一緒に」
     チェズレイが少し目を瞠ると、次は満足げにとろけるような笑みを浮かべる。モクマが少し驚いた顔をした。
    「一緒に暮らすようになってから、お前さんは毎日いろんな顔を見せてくれるね? おじさん、そんな顔されたらときめいちゃうんだけど」
    「ふふ。全部あなたのせいです。責任、取ってくださいね?」
     肩を小さくすくめるモクマをよそに、チェズレイが残りのソーセージを口に入れる。すっかり冷めてしまったポトフが、今は染み入るように美味しかった。
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