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    高間晴

    @hal483

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    高間晴

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    チェズモクワンライ「花粉症/潜入」。

    #チェズモク
    chesmok
    ##BOND

    ■今宵は一献


     ヘリの窓からネオン色のまばゆい夜景を見下ろしてモクマが言う。
    「いや~、絶景だねぇ」
     チェズレイとモクマは敵組織のアジトを無事発見し、今宵、二十階建てのビルの高層部に潜入することになった。
    「おや、遊覧飛行をお望みですか?」
     チェズレイの言葉にモクマは苦笑する。
    「そういうわけじゃないけども」
     夜闇に紛れてチェズレイの部下が操縦するヘリに乗り込み、二人は上空から最上階を目指していた。
     二人が無事に屋上へ降りたのを確認してから、ヘリを操縦している部下は二人に向けて力強く親指を立ててみせる。ご武運を――。無言のうちにその意味が伝わってくる。そうしてヘリはバラバラとローター音を鳴らしながら速やかにその場を離れていった。中の通路は薄暗く、窓から入る月明かりだけが頼りだった。
     と、通路を足音も立てずに進んでいたらチェズレイが口元を押さえて本当に小さな小さなくしゃみをもらす。モクマは視線だけで大丈夫かと問うたが、チェズレイは軽く頭を下げるだけですみませんと言ったようだった。
     チェズレイはこの国に来てから花粉症に悩まされていた。幸いいまの時代は薬で症状が抑えられるとはいえ、薬の副作用で彼はほぼ四六時中、喉の渇きと眠気を訴えている。
     辺りに人の気配がまったくないのをいいことに、二人は通路を歩きながらジェスチャーとハンドサインだけで会話した。
     ――やっぱり休んでたほうがよかったんじゃないかい?
     ――相棒ひとりだけに潜入ミッションを任せるわけにはいきませんよ。
     そうして目的のメインコンピュータルームにたどり着くと、チェズレイは事前の捜査情報通りにドアロックを解除するパスコードを打ち込む。ピッ、と電子音がしてグリーンのライトが光り、ドアがスライドして開く。二人は真っ暗な部屋の中の様子をうかがいつつ入る。
     目的はここのコンピュータから、人身売買を行って得た金銭の流れが記載された裏帳簿のデータ、それをコピーすることだ。
     チェズレイは手慣れた様子でメインコンピュータの前に行くと、手元のモバイル端末と目の前のそれをケーブルで繋ぐ。そうして彼が端末を操作している間にモクマが周囲を警戒していた。天井付近に数箇所、監視カメラの赤いライトが見えるが、あれはいまチェズレイが端末から送り込んだウィルスによって偽の映像――二人が映っていないもの――に替えられているはずだ。
     端末を操作しながらチェズレイはまた小さなくしゃみをした。モクマが画面を覗き込むと、データコピー六十四パーセント完了を示すライトパープルのプログレスバーが黒い画面に表示されている。
     ふいにモクマの鋭い聴覚が人の足音を拾う。警備員だろうか。何にしろこの部屋のドアは開きっぱなしだ。モクマはチェズレイに目で合図してから開いたドアの脇に張り付いた。やがてチェズレイにも聞き取れるカツカツという靴音と、懐中電灯の明かりが通路を移動してくる。
     モクマがチェズレイをうかがうと、時間を稼いでくださいと言いたげに端末の画面をこちらに向けて見せてきた。プログレスバーは八十二パーセントを示している。
     相手に通信機で応援を呼ばれたら厄介だ。モクマは通路に飛び出す。いきなりの侵入者に驚いて、腰の拳銃を抜こうとする体格のいい警備員。それに向けて鎌につながった分銅を素早く投げつけ、拳銃をはたき落とすと素早く近づいて顎を下から蹴り上げた。それだけで相手は気を失って倒れ込む。
     ふう、とモクマが息をつくと、気絶した警備員の腰につけられた通信機からノイズ混じりの人の声が聞こえてきた。
    『こちらベンソン。問題はないか、ニールセン?』
     モクマは一瞬ためらったが、素早く通信機を取るとボタンを押し、低い声で「こちらニールセン、問題はない」と返した。しばらく間があって緊張が走る。
    『――了解した。警戒を怠るな』
     その返事を聞いてモクマはほっと息をつく。チェズレイの方を振り仰ぐと、ちょうどデータコピーが終わったらしい。ケーブルを引き抜いてモバイル端末を懐にしまい込んでいる。
     ――終わりましたよ。
     ――ほんじゃ、さっさとずらかろうかね。
     モクマは通路の窓を一枚蹴破り、そこへ鉤縄を引っ掛けた。割れた窓から風が吹き込んで二人の潜入服の裾と髪を揺らす。以前は五十一階から落ちて死なずに済んだ二人だ。二十階程度の高さならわけもなく脱出できる。モクマが先行して縄を伝い降りていく。チェズレイも続いたのを見て、数階分するすると縄を降りるとまた窓を蹴破り室内に潜入する。そうしてチェズレイも室内に入ってきたところでまた鉤縄をかけ直す。これを繰り返して地上に降りる。多少面倒だが、ヘリの派手なローター音を何度も鳴らすよりはマシだ。
     そうやって地上、街灯の光も届かぬ路地裏に降り立つ。それから二人は降下地点付近に待機していたリムジンに乗り込む。
     リムジンが動き出すと、広々とした座席に腰を落ち着けたチェズレイはようやく声を発した。
    「……喉が渇きましたね」
    「なら、どうだい? 帰ったら一杯」
     座席の向かいでモクマが酒盃を傾ける仕草をしてみせると、チェズレイは微笑んだ。
    「悪くない提案です。祝杯を兼ねて飲みましょう」
    「じゃあ早く帰ろう」
     モクマは「運転手さーん、スピード上げて!」と運転席に声を投げる。それを聞きながらチェズレイは目を閉じると、うっすらとした眠気に身を任せるのだった。
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