混沌とは地より出る「おい、犬っころ。俺は魔力で覚えろと言ったはずだが?」
聞いたこともない低い声だ。オーターを威嚇する時ですらもう少し感情があった。
───今、レインの前にいるのは誰だ。
ヤギのような二対の角が生えたワース。彼はレインの呼びかけで何も無い地面から現れた。魔物が暴れているという通報で被害の大きさから神覚者四人で訪れた合同の任務。そこには『本物』の魔物。いくら神覚者と言えど正確な対処法が分からない地獄の狗──オルトロスがいた。オルトロスは錯乱していて、ところ構わず暴れ回っていて仕方なく討伐することになったのだ。
武闘派であるライオ、オーター、レインに加え、動物管理局局長であるアギト。対魔獣戦においてこれ以上ない人選であるにも関わらず、手傷を負うのは神覚者であった。更に属性の関係上、最も経験も力量も優れているはずのライオが一番の重傷、アギトはカバたんが地獄の瘴気に怯えてしまいまともに戦えていない。オーターは砂に瘴気が混ざり、魔力を通して身体が蝕まれていた。まともに動けるのはレインのみ。
最年長二人は援護に回ったが、規律の番人と書いて頑固野郎と読むオーターが下がらなかった。レインは戦力の確保より事態の悪化を危惧し、何度も下がるように声をかけたがオーターは下がらなかった。
それがいけなかった。
オーターの気概を察知したオルトロスが突進してきたのだ。レインは咄嗟にパルチザンで後方へ飛ばし、本来なら自身が乗るパルチザンサーフを三本出現させ三人を上に乗せて避難させた。
その後だ、信じられない光景が広がった。
レインは左手を突進してくる魔物に向けて掲げ、右手で最近になってつけるようになった十字架を模したピアスを耳から引きちぎった。
「ワース!」
叫ばれた名前に反応するより早く、ソフィナやツララにしか理解できないような字が所狭しと描かれた魔法陣が現れ、そこから角を持ったワースが現れた。ワースは一瞬の間に四人を一蹴し、レインの手を下ろして同じように手を出した。するとオルトロスはキャウンッと鳴き、二人の前で止まった。そしてワースが掲げた手を徐ろにおろすと一緒に頭を下げ、ついには完全に伏せた。そしてワースが発した第一声が冒頭の温度のない声だ。