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    しんした

    @amz2bk
    主に七灰。
    文字のみです。
    原稿進捗とかただの小ネタ、書き上げられるかわからなさそうなものをあげたりします。

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    しんした

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    呪専七灰。ふたりで大盛りのお店に行くお話。七海が灰原くんに絶賛片想い中。だいたいご飯食べてます。

    やっと訪れた貴重な休日。いつもなら、アラームはかけず、目が覚めてもごろごろしつつ読みかけの本をめくり、腹が空いてくる昼頃になってやっとベッドから動き出す。
    しかし、今朝はアラームよりも前に目覚め、一切の未練なくベッドから抜け出し、テキパキと出掛ける準備にいそしんでいた。
    七海が普段とは全く違う行動をしている理由。
    それは、数日前。
    「あのさ!七海土曜日空いてる?」
    三杯目のカレーを綺麗に平らげた灰原が、嬉々とした表情で口を開いたことが発端だった。
    「特に予定はないけど」
    「ほんと!じゃあ、一緒にお昼ご飯食べに行かない?」
    「別に構わないが」
    「やったぁ!」
    心底嬉しそうに声を上げた灰原は「もうちょっとだけ食べよっ」と鼻歌まじりに皿を持って立ち上がった。
    「七海はもうおかわりしないー?」
    「ああ」
    「じゃあルーもご飯も食べきっちゃうね!」
    今日は灰原が溜めていた報告書を一気に片付けて、そのまま七海の部屋で一緒に夕食を作った。メニューは、市販のルーを使えばそうそう失敗しないカレーライス。ひと箱のルーを使っても余裕のある大鍋は、寮母さんから借りたもの。白米は七海の部屋の三合炊きでは足りないからと、灰原が自室から持ってきた五合炊き用も使って炊いた。
    明らかに二人分の量ではないが、育ち盛りの男子二人となれば何の問題もない。むしろ、鍋も炊飯器の釜も綺麗にしてきた灰原は、食後のデザート替わりに冷凍の肉まんを頬張っていた。
    「何食べに行くんだ?」
    「それは行ってのお楽しみってことで!」
    「わかった」
    しかし、灰原の唇は何かを言いたげにむぐむぐと動いている。珍しいこともあるものだと思いつつ七海は何も追及しないでいたが、灰原は少しはにかんでこう言った。
    「えっと、そのお店ちょっと遠いんだ。だからちょっと早めに出ないといけないけどいいかな?」
    「ああ」
    「ありがと!……見つけた時、七海好きそうだなぁって思ったから一緒に行けるのほんと楽しみ!」
    「……そう、か」
    唸り声を上げなかった自分を褒め称えたい。そう思いながら、七海は黙々と鍋の焦げた部分を擦った。



    七海は灰原に絶賛片想い中である。
    二人しかいない学年。座学も実習も任務も常にペア。寮の部屋も隣同士で、放課後も何かと一緒に過ごしていた。気が付いた時には一緒にいることが当たり前になり、自然と灰原に惹かれていった。
    灰原からのお誘い。しかも、自分のことを考えて選んでくれた行先。浮かれるなという方が難しい。
    朝からシャワーを浴びて、髪もいつもより丁寧にセットして、誘われてから数日かけて考えた、いま持っている中でベストなコーディネートを身に纏う。待ち合わせまで時間は十分にあったが、身構えすぎて緊張してしまったのか朝食を食べる気にはならず、コーヒーだけを流し込んで歯磨きも念入りにおこなった。
    「おはよっ!七海早いね!」
    灰原は待ち合わせの十分前に寮のロビーへ現れた。
    「きみこそ」
    「まあね!誘ったの僕だし!じゃあちょっと早いけど行こっか!」
    本当は落ち着かなさ過ぎて二十分前からロビーにいたが、深く突っ込まれなくてよかったと七海は密かに胸をなでおろした。
    灰原が言っていたとおり、目的地までは時間がかかった。都心まで出てさらに電車を乗り継ぎ、辿り着いたのは古き良き下町の風情を残すとある商店街。土曜日の午前中であり、アーケードの下はまだのんびりとした空気が漂っている。しかし、しばらく進むと何やら人の列が七海の目に入ってきた。
    「わ~、思ってたより並んでる!」
    「あそこか?」
    「そう!」
    ちょっと急ごっ!と灰原に手を引かれるがまま列に並んだ。そこは昔ながらの洋食屋といった外観で、手渡されたメニューの一番前にはハンバーグやミックスフライなど見知った料理が載っている。
    「どれも美味しそう~!」
    「本当だな。どれにしようか迷ってしまう」
    メニューをパラパラめくっていると、灰原がふふっ、と小さく笑った。
    「よかった。七海こういうの好きかなって思ってたから」
    「確かに洋食は好きだけど……」
    きみと一緒ならなんでも美味しい。
    流石にそんなことは言えるわけもなく「ありがとう」と小さな声で返した。
    どうやら看板メニューはオムライスらしく、フライなどのトッピングも追加できるようだ。朝食を食べておらず、店の中からデミグラスソースの匂いも漂ってきて、さっきから胃は空腹を訴えている。せっかくなら大盛りサイズにエビフライを二本、いやクリームコロッケも捨てがたい。トッピングメニューと睨めっこしながら真剣に考えていると、灰原が怪訝そうな声を上げた。
    「おっかしいなぁ」
    「どうした?」
    「んー、探してるのが載ってないんだよね」
    一番後ろまで見た灰原は、もう一度最初のページから順にめくっている。すると、新たに並んだ客へメニューを渡していた店員が通りかかった。
    「あの、すみません!スペシャルメガ盛りのメニューって」
    「はーい。スペシャルメガ盛りメニューですね。すぐお持ちします」
    ん?今なんて言った?
    「よかったー!メニュー別だったんだ!」
    「なあ、灰原。いまのスペシャルメガ盛りって」
    「あ、そっか!言うの忘れてた!」
    その時、タイミングよく店員が戻ってきた。ありがとうございます!と灰原が受け取ったのは、さっきまで見ていたものとは違う、手作り感あふれる簡素なファイル。
    表紙にはインパクトのあるフォントで『吉乃亭スペシャルメガ盛りメニュー』と書かれていた。


    洋食『吉乃亭』は知る人ぞ知る大盛りメニューを出す店だった。
    下町の商店街の中にあり、元々主な客層は近所の住人である。しかし、数年前。思いつきで大盛りメニューを出したところ常連客の息子に大ウケ。小さな店だからあまり数は作れないからと大々的に宣伝はしていないが、口コミでじわじわと広まっているらしい。
    「たまたま大食いの人のブログで見つけてね、洋食なら七海も好きそうだし僕もお腹いっぱい食べれるからいいなぁ、って!」
    「確かにこの量なら灰原の胃も満足しそうだな」
    目を輝かせている灰原へそう返したものの、七海は内心悩んでいた。灰原と同じくこのスペシャルメガ盛りメニューを頼むかどうか、を。
    七海もかなり食べる方ではあるが、一食で五合平らげたことのある灰原ほどではない。さっき見ていた通常メニューの大盛りオムライスにフライを二つトッピングすればいい具合に腹は膨れるだろう。
    だが、今は灰原の前、つまり片想い中の相手の前である。しかも、以前小耳に挟んだ話によると、灰原の好みのタイプは「いっぱい食べる子」。いっぱいという基準は曖昧で、ここでスペシャルメガ盛りメニューを食べたとしても灰原が自分を意識するなんて保障どこにもない。
    だた、好きな子の前で格好つけたいという思春期らしい考えを消すことは難しかった。
    メガ盛りメニューは三種類。
    カツカレー。ナポリタン。そしてオムライス。通常の五倍の量に、エビフライとクリームコロッケまでトッピングされるらしい。
    「うーん、どっちにしようか迷っちゃうなぁ」
    「どれで迷ってるんだ?」
    「カツカレーかオムライス!」
    「じゃあ、私がオムライスにするから、灰原はカツカレーにしたらいいんじゃないか?別に交換しても問題ないんだろう?」
    「えっ、確かにそれは大丈夫みたいだけど、七海もスペシャルメニューにするの!?」
    「ああ。朝食べてないからちょうどよかった」
    多少見栄を張ったがこれも致し方ない。片想い中の相手と一緒に来たのだから、せっかくならインパクトのある思い出を作りたいというものだ。
    店に入る前にオーダーを伝えたおかげで、席に通されてからさほど経たずに料理が運ばれてきた。
    「わー!美味しそう!」
    灰原の前に置かれたのはカレーには定番の楕円形の器だが、見たことがないくらい大きかった。いったい他の料理で使うのだろうか。そう感じるほどの器の半分にはライスが、もう半分にはカレールーが盛られている。しかし、その上にはこれでもかとカツレツが盛られており、クリームコロッケと大きなエビフライは縁からはみ出していた。
    「オムライスも美味しそうだね!」
    七海の前に置かれた円形の皿は直径三十センチはありそうで、真ん中には綺麗に卵が巻かれたラグビーボール型のオムライスが鎮座していた。かかっているのは並んでいる時に香っていたデミグラスソース。トッピングはエビフライ三尾とクリームコロッケ二つのみだが、米の量はカツカレーよりも確実に多い。
    「冷めないうちに食べよっか!」
    灰原は待ちきれないといった様子でスプーンを握りしめている。
    「あ、ああ……そうだな」
    少々狼狽えてしまったが、空っぽの胃を信じるしかない。
    「じゃあ、いっただきまーす!!」
    「いただきます!」
    昔ながらの薄焼き玉子にスプーンを入れると、覗いたのは赤いチキンライスではなく艶やかなバターライス。具は玉ねぎのみでシンプルだが、濃厚なデミグラスソースの邪魔をせず、むしろ不思議とスルスル胃の中へ収まっていく。大きなエビフライにはタルタルソースが掛かっており、その酸味がちょうどよく口の中をリセットしてくれる。熱々のクリームコロッケは火傷しないよう気を付けなければならないが、ベシャメルソースは口の中でなめらかに溶けていった。
    大盛りメニューを出してはいるが、一つひとつの料理はとても丁寧に作られている。流石、老舗の洋食屋だ。
    「美味しいねー!」
    「ああ、本当に美味い」
    素直にそう口にすると灰原は上気した頬をにっこりとさせた。
    そんな顔をされるのは、少し困る。好きという気持ちで胸がいっぱいになって、せっかくの美味しい料理が喉を通らなくなりそうだ。
    「オムライス、ちょっともらっていい?」
    「いいよ」
    ちょっとと言いつつスプーンでがっつりオムライスを掬った灰原は、頬をパンパンにさせている。七海もお返しにカレーとカツを貰い、市販のルーでは出せないスパイスの味わいに舌鼓を打った。
    その後、オムライスは順調に七海の胃の中へ納まっていった。しかし、残りがおおよそ茶碗一杯分となったところで、流石に手の動きは遅くなった。
    最初に危惧したとおり、やはり米の量が半端なかった。カレーと違い、ルーと一緒に流し込むようなことは難しく、咀嚼の動きも鈍くなっていく。最後の最後まで味は変わらず美味いが、それを楽しむ余裕はもうない。だが、残り少ないカレーを丁寧に掬い、モグモグと頬を動かしている灰原の姿は可愛い以外のなにものでもなく、不思議と次の一口へ手が伸びていた。
    いっぱい食べるきみが好き。幸せそうに食べるきみが好き。
    お腹も胸もいっぱいだというのに、灰原につられて皿の上は綺麗になっていく。
    「「ごちそうさまでした!!」」
    二人同時にスプーンを置いて、パンッと小気味よく手を合わせた。
    「お腹いっぱいだねー!」
    「本当にな」
    正直、最後は意地だった。胃が重くて、しばらく椅子から動きたくない。
    「カレーもオムライスも両方食べれてほんとよかったよ!ありがとね、七海!」
    「こっちこそ、連れてきてくれてありがとう」
    だが、唇の端にカレーを付けたまま満面の笑みを浮かべる灰原を見ていると、気持ちは自然と軽くなっていた。
    しばらくのんびりしていると店員が近づいてきた。皿を下げるのかと思ったが、愛想のよい笑みを浮かべた店員の手には何故かインスタントカメラが握られている。
    「お一人で一食完食された記念にチェキお撮りしてるんですけど、よろしければいかがですか?」
    「いいんですか!じゃあ撮ってもらおうかなぁ!」
    特に時間制限も何もない店だが、こういったサービスも記念になるのだろう。灰原はウキウキと大きな器を顔の前に掲げている。その様子を見るのは楽しいし、なんならその写真を焼き増ししてもらいたいところだ。
    だが、自分が写されることに興味はない。
    「私は、」
    「そうだ!せっかくだし一緒に写してもらおうよ!」
    「えっ?」
    「記念記念!」
    予想外のことに狼狽えていると皿を持った灰原が隣へやって来た。
    「ちょっと屈んでもらっていいですか?」
    「はーい!」
    店員に言われた通り、中腰になった灰原はぐっと距離を詰めてきた。肩はぴったりと当たっているし、もちろん顔もすぐそばにある。
    これは頑張ったご褒美というやつか。灰原の笑顔を見られるだけでも十分だったというのに。
    「じゃあ撮りますねー」
    せっかくだ、最大限この状況を生かしてやろう。
    灰原の肩に腕を回し、もっと自分の方へ引き寄せる。灰原は一瞬驚いた様子だったが、満面の笑みを浮かべてカメラの方を向いた。



    腹がパンパンの状態でどこか足を延ばす気になれないのは灰原も同じだったようで、洋食屋から真っ直ぐ高専へ帰った。
    「楽しかったね!」
    「お腹いっぱいだ」
    「だねー。流石に僕も晩ご飯はちょっとでいいかも」
    「帰りコンビニでアイスを二つ買った人間のセリフじゃないな」
    「甘いものは別腹って言うじゃん?」
    軽口を叩いていると、何か思い出したように灰原は小さく声を漏らした。
    「そうだ。お店で写真撮ってもらった時さ、七海すごいくっ付いてきたよね?」
    ドキンと脈が大きく跳ねる。自分でも思い切ったことをしたと思ったが、鈍そうな灰原から指摘されるとは想像していなかった。
    「ああ、そうだな」
    もっと寄った方がよさそうだったから。なんて最もらしい言葉を返してもよかったが、自分の気持ちを誤魔化すことはしたくなかった。
    すると、灰原は照れたように微笑んで口を開いた。
    「七海があんなことしてきたの初めてだったからドキドキしちゃった!でも、なんか嬉しかったなぁ。七海の知らないとこ知れたー!って感じで」
    灰原は正直だ。口にした言葉に、それ以上の含みなんて持たせない。けれど、こんな言い方をされると変に期待しそうになってしまう。
    「私だって、くっ付くくらいする」
    灰原限定だけど。とは、流石にまだ言えなかった。
    「そっかぁ!じゃあまた行って、また二人で完食して、写真撮ってもらおうっと!」
    大盛りの店限定なのかと少しだけ落胆したが、美味しい料理とそれを幸せそうに食べる灰原が見られるのなら別にいいか。そんな風に思っている自分に、七海はこっそり苦笑した。




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