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    しんした

    @amz2bk
    主に七灰。
    文字のみです。
    原稿進捗とかただの小ネタ、書き上げられるかわからなさそうなものをあげたりします。

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    しんした

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    8月発行予定の七灰。
    七灰のいろんな寝しなと寝起きの場面を切り取った連作の予定。
    だいたい布団の中の話(notすけべ)です。
    二本目は恋する灰原くん視点。
    ちゃんと読み返してないので誤字脱字その他おかしい部分はスルーしてください。

    8月七灰原稿②『二〇〇六年七月』



    知らないきみを知れるのは、とても嬉しいことで。
    知らないきみを知るたび、きみのことを、もっと。





    夏休みも近付くよく晴れた夏の日。今日も気温は三十度を軽く超えて、そろそろ夕方だというのに外はまだ熱気で満ちているのだろう。
    どうして疑問形なのかというと、昼過ぎから冷房の効いた七海の部屋で課題に勤しんでいるからだった。
    任務が入るたびに出される、補習代わりの課題プリントの束。昼食を食べてから真面目に取り組んだおかげか、束の厚みは随分と薄くなっていた。
    次のプリントは一番苦手な数学。しかも、文章題ばかりがみっちりと。二問目まではなんとか自力で解くことができたが、それ以降は問題の難易度が上がりペンの動きも鈍くなっていく。そろそろ集中力も切れてくる頃合いだが、斜め向かいに座る七海は黙々と英語の長文へ目を走らせている。肘をついた灰原は、考えるふりをしながらその横顔をこっそりと見つめた。
    七海を意識したのがいつだったかは、よく覚えていない。
    呪いの見える妹がいたが、幼く力を持たない彼女は守るべき対象だった。兄としていつも妹より一歩前に出ていた。本当に辛いことは妹にも見せなかった。
    だから、高専への入学を決めた時から楽しみで仕方なかった。
    これから、どんな子と肩を並べて歩んでいけるのかと。
    七海の第一印象は落ち着いていて大人っぽくて少し気難しそうな子、だった。出会ったばかりの頃の七海は、あまり表情を崩してはくれなかった。どことなく一定の距離を置かれているようにも感じた。けれど、こちらの話にはちゃんと耳を傾けてくれるし、時々は自分の意見や考えを返してくれる律儀なところがあった。七海への興味が薄まることはなく、むしろもっと七海のことを知りたいと思った。
    たいてい気の進まない顔をしているけれど、何事にも真面目に取り組む。淡々としているように見えるが、実は情に厚い方。ぎこちない時はあるけれど、立ち居振る舞いには思いやりと優しさがあふれている。
    感じていた一定の距離は少しずつ縮まっていった。それに伴うように、頭の中の容量も七海のことで埋まっていった。
    七海といると楽しくなって、七海も楽しそうだと嬉しくなって、七海ともっと一緒にいたくなる。
    七海のことを、もっと知りたくなる。
    いつだって、そうだ。
    「灰原」
    「ふえっ!?」
    不意に名前を呼ばれておかしな声がこぼれた。一問解き終えたところで顔を上げた七海は、怪訝そうに眉を寄せている。
    「手、止まってる」
    「あ……えっーと、」
    一体いつから気づいていたんだろう。手が止まっていたことではなく、こっそり見ていたことがバレていたとしたら恥ずかしくてたまらない。
    「もう頭パンクしそう!休憩ー!」
    誤魔化すようにペンを投げ出して後ろへ倒れ込こむ。さほど大きくないローテーブルの下に足を延ばすスペースはあまりなく、七海を蹴らないようにもぞもぞ身をよじり七海へ背を向けて寝転がった。
    「寝るのか?」
    「ちょっと目閉じるだけ」
    きっと七海は呆れているだろう。けれど、頬がじわじわ熱を持っていくので、課題を再開することはしばらく難しい。
    「なんだそれ」
    背後で七海の笑う気配がした。しかも、珍しく息を漏らして。なかなか無い機会を逃したことに悔しさが込み上げる。最近は表情を崩してくれるようになったが、笑顔の七海はまだまだ貴重なのだ。
    部屋の中はまた静かになった。聞こえるのは七海がシャーペンを走らせる音とクーラーの稼働音くらい。頬の熱は次第に引いていき、むしろ半袖半ズボンのせいか冷房の風が少し冷たく感じて、身体を小さく丸めた。
    素肌に触れるラグはさらさらと手触りが良く、ほどよく厚みもあって寝転がっても身体は痛くない。七海の部屋のラグは白に近いライトグレーで、ベッドシーツやカーテンも色味を合わせていてバランスよくまとまっている。
    部屋の作りもベッドやテーブルなど備え付けの家具も同じなのに、なぜここまで雰囲気が変わるのだろうと少し不思議に思う。けれど、いつの頃からか、七海の部屋は自分の部屋と同じくらいとても安らげる空間になっていた。
    思わず、小さなあくびが漏れた。
    「寝るか?」
    「ちょっとだけ」
    それほど大きなあくびでなかったのに、どうしてまたバレたのだろう。そんな疑問がぼんやり浮かんだが、課題でくたびれた頭は考えることを放棄している。
    「ベッド、使ってもいいぞ」
    七海の言葉に、ほんの少し脈が乱れた。
    今日のように課題の途中で仮眠を挟んだり、一緒に晩ご飯を食べたあとうたた寝したことは何度かあった。そういった時、いつからか七海はこんなふうにベッドを貸してくれるようになった。さすがに片想い中の相手のベッドで寝るのは恥ずかしいので、使ったことはないけれど。
    そもそも、七海は少し潔癖なところがあると思っていた。自分のベッドに他人が寝るどころか、座るだけで眉間に深い皺を寄せる姿も容易に想像できてしまう。貸そうとしてくれる理由を聞いてみたい気もするが、それ以降言われなくなるのもなんだか寂しい。
    もしかしたら七海にとって自分は特別なのかもしれない。なんて願望を、まだ抱いていたいのだ。
    「ううん、大丈夫。ありがとう」
    「そうか」
    このやりとりも、もう何度目だろう。
    そんなことを、七海がペンを走らせる音を聞きながら半分眠った頭で考える。すると、しばらくしてから、ふわりと何かが身体を覆った。
    むき出しの腕に触れる、柔らかなガーゼケット。それから、初めて耳にした優しい声色。
    「おやすみ」
    いったい、七海はどんな顔をしているのだろう。
    それを確かめようにも、せっかく落ち着いてきた頬の熱がさっきよりもずっとずっと熱くなって、振り返ることなんてできるわけもなかった。
    七海の気配が離れていく。
    ありがとう。おやすみ。
    顔を見られなくても、それくらいは返したい。けれど、ガーゼケットから微かに七海の匂いが香った気がして、もう言葉は出てこなくなった。





    ゆっくり瞼を開けると、部屋の中は薄暗くなっていた。
    あれだけ心臓がバクバクしていたというのに、いつの間にぐっすり眠っていたらしい。ガーゼケットも、冷房がよく効いているからか鼻先まで引き上げていたようだ。自分の図太さに少し恥ずかしくなる。けれど、何にせよ七海のそばは落ち着くということなのだろうと、小さな笑みがこぼれた。
    すっぽり身体を包んでいるガーゼケットをぎゅっ、と抱き締める。人の匂いを何かに喩えることは難しい。けれど、七海の匂いに包まれていると、心地よくて安心できて、少しドキドキする。それだけは、確かなことなのだ。
    そういえば、どうして電気がついていないのだろう。
    ガーゼケットに鼻を埋めていると、ふと疑問が浮かんだ。まだ完全に陽が落ちていないようだが、勉強するには部屋の中は暗すぎる。七海は何をしているのだろう。そう思いながらもそもそ寝返った灰原は、漏れかけた声を咄嗟に飲み込んだ。
    少し手を伸ばせば届く距離。そこに七海の寝顔があったのだ。
    こんなに近いのに、全く気がつかなかった自分には少し落胆してしまう。けれど、この距離に七海がいることに違和感なんてものはなく、むしろ七海がここまで自分の近くにいてくれることに喜びが溢れてきた。
    横向きに丸まっている七海はすっかり寝入っているようで、規則正しい寝息を小さく漏らしている。
    いつからこうしていたのだろう。どうして隣に寝転がったのだろう。疑問は浮かんでくるが、それよりも寝顔を眺めることに夢中になっていた。
    お祖父さん譲りだという淡い金色の髪は微かな月明かりでも透けるよう。瞼の下に隠れている瞳も、薄い茶色にほんのり緑が混ざった不思議な色をしている。彫りの深い目元、スッと高い鼻筋、形のよい薄めの唇。同性でも惚れ惚れしてしまうくらい、七海はきれいでかっこいい。けれど、こうして無防備に眠っている姿はとても可愛いのだ。
    七海の寝顔を見ることは初めてではない。だが、こんなにすぐそばで、こんなにじっくり眺められたことは今までなかった。七海との距離がまた縮まった気がして、つい浮かれてしまうのも仕方のないことだろう。
    自分にとって七海はたった一人の同級生で、頼れる仲間で、大切な友だちで。それから、特別に好きな人、だ。
    七海にとって、自分はどんな存在なのだろう。ここまでそばにいさせてくれるのは、どんな意味があるのだろう。もし、七海も同じ気持ちを抱いてくれているからだとしたら。そんなことが頭に浮かんだ時、灰原は小さく苦笑した。
    そっと身を起こして、時間を確認する。時計の針は夕食時を指していて、思っていたよりもたくさん寝ていたようだ。今日は食堂で食べると言っていたから、そろそろ七海を起こした方がいいかもしれない。
    静かに眠る七海を見つめる。もう少し、この時間が続いて欲しかった。そんな願望を心の奥へしまい込んで、七海の肩をゆっくり揺らした。
    「七海、起きて」
    一度では全く反応はなく、何度か揺するとやっと微かに瞼が開いた。
    「おはよう」
    「……、はよう」
    七海は起きてからエンジンがかかるまでに少し時間がかかる。昼寝はまだマシな方とはいえ、いつもの眉間の皺はどこにもなく、よく鋭い眼光を放つ瞳もまだ半分ほど瞼の下に隠れたままだ。
    「もう食堂開いてるよ」
    「うん……」
    七海は普段は実年齢より上に見られがちだが、眠気をまとう姿は年相応だ。むしろ、普段とのギャップが大きいせいか幼くも見える。
    こんな七海を知っているのは高専では自分だけだろう。そんな優越感に浸っていると、まだぼんやりしていた七海がぽつりと口を開いた。
    「灰原も、一緒に?」
    小さな子どものような言い方に、胸がぎゅうっと苦しくなった。普段こんなこと言わないくせに。こんなタイミングで言うなんてズルすぎる。
    「そ、そうだよっ。ていうか、七海が誘ったんじゃん!」
    僕準備するねっ。
    そう言って慌てて立ち上がると、後ろで七海がのろのろ動き出す気配がした。
    どうしよう。知らない七海を知るたびに、もっと七海を好きになってしまう。
    落ち着きを取り戻すようにずり落ちたガーゼケットを畳んだが、七海の匂いが微かに香ってまた頬が熱くなっていった。


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