クリスマスイブにいちゃつく生存if七灰予定なんて、呪術師という職業にあってないようなものだ。
「すみません、どうしても代わりの方が見つからず」
「年末はそういうものですから。気にしないでください」
申し訳なさそうな顔をしている若い補助監督へバックミラー越しに微笑みかける。本日最後のはずだった現場で、何件も電話をかけては落胆して肩を落とす彼の姿を間近で見ていたら「では、今日はこれで」と帰れるはずもなかった。
車が走り出すと、夕暮れの車窓にキラキラとした明かりが次々と映し出されていく。
今夜はクリスマスイブ。街も人も浮かれきっているが、自分も数時間前まではもうすぐその中の一員になると思っていた。漏れそうになるため息を堪えて、まばゆいイルミネーションを横目にメッセージを打つ。送信先はもちろん、たった一人のパートナー。
『すまない。別の任務が入った。今日中には帰れないと思う』
時刻は高専教員である彼の定時まであと少しといった頃合いだ。きっと、予約していたケーキの引き取り時間に間に合うよう、一生懸命仕事を片付けているところだろう。案の定、返事が返ってきたのは定時を十五分ほど越えた時だった。
『わかった!気を付けてね!ケーキは明日一緒に食べよ!』
そんなメッセージと共に『fight』と大きな袋を担いだサンタのスタンプが送られてきた。まさか、このためだけに買ったんじゃないだろうな。何かとスタンプを見つけてはトークルームに送ってくる彼の行動は何年一緒にいても理解しがたい部分ではあるが、今は彼の遊び心のおかげでほんの少し疲れが薄れた気がした。
資料の確認のために高専に立ち寄った時には、当直の補助監督以外に人の姿はほとんどなかった。イブということもあるし、皆それなりに予定もあるのだろう。
次の任務先へ出発は一時間後。仮眠をするにも仮眠室のベッドへ横になるほどの時間はなく、仕方なく休憩所のソファに腰を下ろした。
サングラスを外して、目元をグリグリと押さえる。少し眠い気もするが、ここではうとうとするくらいしかできないだろう。ソファの背もたれへ身体を預け、深く息を吐く。頭の中を空にしようと思うが、つい彼のことが浮かんできた。
もう夕食は食べただろうか。今夜のメニューはクリームシチューと言っていた。せっかくならと、朝から行きつけのパン屋でバゲットを買ってきたが、ご飯派の彼はきっとクリームシチューとご飯を一つの皿に入れて食べたかもしれない。今年のケーキは彼に選んでもらったからまだどんなケーキかわからないが、彼に食べるのを我慢させているのは少し申し訳ないな。
プレゼントはちゃんと用意しているから、もし朝までに家に帰れたら彼の眠るベッドにもぐりこんで、寝起きにメリークリスマスと言ってキスと共に贈ってみようか。寝起きの彼もキスくらいは返してくれるだろう。彼は明日も仕事だから流石に朝からことに及ぶつもりはないが、多少甘えてみても許されるかもしれない。
そんな、邪なことで頭の中が少しずつ埋まっていった時。よく通る声に鼓膜が揺らされた。
「お疲れさま!」
閉じていた瞼をバッと開けると、いまの今まで頭の中に浮かべていた人物が目の前に立っていた。
「雄……」
なんで、という小さな呟きに、彼は出会った頃から変わらないまぶしい笑みを浮かべた。
「一回家に帰ってまた戻ってきたんだ!」
そう言った彼の手には帆布の大きなトートバッグがある。一体何が入っているのだろう。そう思っていると、彼はソファの前のローテーブルに丸いタッパーやアルミホイルに包まれた何か棒状のものを並べ始めた。
「建人たちがちょっとだけ高専寄るって、当直の子から聞いちゃったからさ。だったらご飯くらい食べれるかなぁ、って思って」
「そうか……」
じわりと、胸の奥が熱くなっていく。食べれそう?という彼の言葉にもちろんと返すと、彼は嬉しそうに目尻を下げた。
タッパーの中に入っていたのはポトフだった。まだ任務だから重すぎない方がいいかと、クリームシチューからあっさりしたものへと変更したらしい。食べやすいようにと小さめに切られた肉と野菜が、透き通ったコンソメスープと共にするすると胃の中へ収まっていく。
「美味しい」
「よかった!」
アルミホイルに包まれていたのはバゲットで、リベイクされたうえでロースハムとカマンベールチーズがサンドされていた。流石にワインは持ってきてくれていないが、隣で美味しそうに頬をいっぱいにしている彼がいるだけで、アルコールなんて無くても十分過ぎるくらい浮かれた気分になった。
「ありがとう。わざわざ持ってきてくれて」
「いいよ。ていうか、高専寄るんなら教えてくれたらよかったのに」
「だって、雄はこういうことすると思ったから。仕事終わりなのに悪いだろ」
「そんなの今さら気にしなくていいじゃん」
それにさ。と、言葉を切った彼が距離を詰めてきた。不意に訪れたのは、唇を柔らかいもので塞がれる感触。それから、
「僕、建人に会いたかったんだから」
視界いっぱいの、彼のはにかんだ笑顔だった。
「私も、雄に会いたかったよ」
「知ってた」
「そうか」
「うん。でも、流石にケーキは持って来れなかったから、いまはこれで我慢してね」
「わかった。じゃあケーキは我慢するから、いまの、もう少しもらってもいいかな?」
思ったよりも随分と甘ったるい声が出た。ただ、「いいよ」と返事をした彼の声も同じくらいとろけていて、そのまま、楽しそうに弧を描いた唇でケーキよりも甘いキスを贈ってくれた。