【桐智】桐島が智将を落とす話【2025桐島誕】「あの、桐島さん」
「なに〜?圭クン♡」
「……あ、の、これ。」
桐島の一人暮らしのマンションの一室。2人でディナーを終えて、ソファでくつろいでいる最中、圭は席を立ったかと思うと小さな包みを持って、桐島の元へ戻って来た。
今日は、桐島秋斗の誕生日だった。「今日は一緒に過ごそう」と誘われた圭は、彼の家にお邪魔し、ぼんやりTVを見たりして過ごし、2人で作った夕食を食べ終えた。食後に誕生日を祝うケーキは登場しなかった。
圭は、今日が桐島の誕生日だと知らなかった訳ではない。もちろんチームメイトの基本データとして頭には入っていたが、「今日、桐島さんの誕生日ですね」と、あえて口に出せずにいた。そんなところに、桐島から一緒に過ごしてくれと誘われたのだ。桐島も、「自分の誕生日だから」とは言わなかった。二人はバッテリーでチームメイトで、でもただのチームメイトでは収まらないような、お互い好ましい空気は感じているような……そんな微妙な関係だった。圭は、何かと理由を付けられては桐島の家に連れ込まれていた。それくらいには、二人は親しい間柄なのだ。
圭は、桐島が、圭が彼の誕生日を知っていることはもちろん気付いていて、何も言わない自分をあえて泳がせているのを理解していた。でもそれがなんとなく、言葉にできないがなんとなく悔しい気がして、余計に桐島の誕生日だと認識していることを切り出せずにいたのだ。
この状態で、誕生日プレゼントを渡して、その後どうなるのだろう。「ほら、やっぱり知ってた」と桐島が自慢げな顔をするのだろうか。それはむかつく。圭の素直になれない性格を知って、誕生日を祝いやすいように誘導してくれてもいいのに。いや、それもそれで、悔しいだろう。見て見ぬふりをしてくれている今の方がダメージが少ないだろうか。あぁ、主人なら、何も考えずに明るく祝うんだろうな。
圭は自問するが、答えは出ない。いろいろと考えすぎるのは、もうやめようと思っているのに、これだ。考えて考えて、考えすぎて、良い結果になったことは無いのに。
そして考えるのをやめて、思い切って、鞄からプレゼントを取り出して来たのだ。主人のように素直になれるかもしれないと期待して、でも、渡せなくても別に良いと強がって、用意しておいたプレゼントだ。もう桐島の目の前に立ってしまった。ここまで来たら、言うしかない。「誕生日おめでとうございます」と。プレゼントを持つ手に、少しだけ力が入る。
「なに?圭くん、それ?」
「…………。」
「え?目の前で無視?さすがに傷付くって、悲し!」
「……嘘だ。今、喜んでるんでしょう。」
「え?何が?」
「むかつく……これが何かわかってるくせに。それで、自分の思い通りに事が進んで、心の中でほくそ笑んでるんでしょう。」
「ほくそ笑んでるて、君なぁ……」
圭は、およそ誕生日を祝う人間はしないような顔をしていた。むすっとしたような、拗ねているような、機嫌が悪いような、そして照れているような。今は圭が立ち上がり、桐島を見下ろしているのに、どう考えても桐島が優位に立っている。余裕そうな笑顔が鼻につく。でも、悔しいが、言うしかない、ここまできたら。悪態をつきながらでも、たった一言だけ。
「……誕生日……なので」
「え!俺の誕生日知ってたん!」
「白々しい……クソっ……」
「圭くーん、誕生日プレゼントはなんて言うて相手に渡すと思う?」
桐島は、圭のプレゼントを持っている両手を包み込むように手を重ねた。髪の色も表情も、いつも涼やかに見えるくせに、圭の手に触れた彼の手は熱かった。下から圭の顔を覗き込んで、ニヤニヤと嬉しそうに圭を観察している。圭はたっぷり時間をかけて、きゅっと結んでいた唇を開いた。
「たん、じょうび……。……おめでとうございます」
「よくできました!いや〜めっちゃ嬉しいわぁ」
「…………そんな良いものじゃないですよ」
桐島はにっこりと、世の女たちを一瞬で虜にするであろう笑顔を作り、圭の手からプレゼントを取り上げた。圭の手を引き、隣に座らせる。さっそくカサカサと、包装を開け始めた。圭は、居心地の悪さを感じながら桐島の手元を見つめる。正直、誕生日プレゼントを選ぶのは難しかった。葉流火へのプレゼントだっていつも悩んでいたのに。桐島の好きな物だって知っているようで知らないし、圭よりも優れたセンスを持っていることは明白だった。何を選んだところで、桐島が本当に喜ぶイメージが浮かばなかった。結局、当たり障りのないものを選んでしまった。消耗品なら大きく外すことは無いだろう、と。
「お!アスリートネイルや、俺がいつも使ってるやつ……それにハンドクリームやん!おしゃれやね、圭くん」
「べ、別に……投手ですし、手はケアするだろうし。それなら要らなくても他の人にあげられるでしょう」
桐島は嬉しいわ〜と言いながらハンドクリームから目線を上げて圭に向き直った。
「……で?これだけ?プレゼント」
「え、」
圭はさっと血の気が引いた気がした。「これだけ」って。外した。プレゼントって、これじゃ足りなかった?満足しなかったんだ。やっぱり要らないものを渡してしまった。圭はいろんな考えが頭の中を駆け巡って、急に唇が渇いてしまった気がして、口から声が出なかった。
「す、すみませ……」
「あ、ちゃうで!圭くん、ちゃうねんて、な?ごめんて、俺の言い方も良くなかったな、待って待って。圭くん、こっち見て?」
桐島は目に見えて真っ青になり俯いた圭の頬を包み、自分の方を向かせる。桐島の透き通るような目に見つめられたが、圭は桐島の目を見る事が出来なかった。
「このプレゼントはめっちゃ嬉しいで?ほんまに!ハンドクリームとか、めっちゃ大事に使うわ。なんなら使わんと取っとくわ。でもな?俺欲張りやから……もう一個欲しいもんがあるんやんか?」
「え、ほ、欲しいもの?」
「察しのええ圭くんならわかると思てんけどなぁ。な?」
「……その、『圭くん』って呼び方ですか」
「なんや!わかってるやん!」
桐島はさっきから、ずっと圭のことを『圭くん』と呼んでいた。あまりに自然に呼ばれたので圭もスルーしていたが、今までは『要くん』と呼ばれていたのだ。このことに気付いてはいたが、今日は誕生日の件で圭はその点に思考を割く余裕がなかった。桐島は圭の頬を包んで視線を合わせたまま、親が子に話しかけるように言葉をかける。
「なんで圭くん♡って呼んでると思う?」
「は?さぁ……知りません」
「わからんの?智将要圭が?」
「わかりません。プレゼント、何が欲しいんですか。俺の買える物なら買いますよ」
「ちょっとこの子……色恋沙汰になったら急に鈍すぎるやん。あ、わざとやな?」
桐島は、圭の腰に腕を回す。ソファで隣り合って座っている2人の距離はゼロになる。桐島の手から解放されたのに、まだ頬が熱い。圭は誤魔化すようにそっぽを向いた。
「知りません。」
「しゃーないなぁ……ほんなら俺が言うで?ええの?今まで気付かんふりしとったんやろ。俺が面と向かって言うたら、圭くんもう逃げられへんよ?」
「……俺、帰ります」
桐島の言葉に、圭はいよいよ逃げ出そうと思った。だが、桐島は圭の腰に回した腕と、もう片手で圭の両手を軽々と掴み、逃げることを許さなかった。聞きたくないと態度で表す圭の耳元に唇を近付けた桐島は、ついに囁く。
「圭くん、俺のもんになる?」
「…………なんで言ったんですか」
「圭くんがずるいから。もうええかげんにしよ?」
「あぁ、だから嫌だったんだ……おれ、どうしたらいいんですか……」
「嬉しい?」
「……答えがNoなら、とっくに貴方を突き飛ばしてやってます」
今まで見ないふりをして来た感情に、名前をつけられてしまった。圭は桐島の言葉に、「嬉しい」という気持ちが湧き上がるのを自覚してしまった。なんとなく感じていたお互いの好意が、階段を登って「恋人同士」に変化してしまった。
桐島は項垂れた圭を胸に抱き込んだ。圭は抵抗する事なく桐島に体重をかける。腕を回してぎゅ、と体温を分けられて、よしよしと頭を撫でられ、桐島の香りが圭を包み込む。
「……プレゼントは、」
「うん、もろた。嬉しいわぁ。一生大事にすんで♡」
「俺かよ……少女漫画ですか、恥ずかしくないんですか」
「ええよ、かわええ圭くんを貰えるんやと思ったらそんなん、全然恥ずかしないわ」
「かわいくねぇし……」
圭はそう口悪く呟いたが、目を瞑り、大人しく桐島に抱かれていた。桐島は、存外しおらしく自分の腕に収まっている圭が、やはり可愛く思う。まるで猫のようだ。ずっと撫でてやりたいと思っていたふわふわの薄い飴色の髪も、キスをねだるような位置にあるほくろも、もう自分のものなのだ。
「ケーキ」
「ん?」
「ケーキ……買いに行きましょう」
「なんで?」
圭はぱっと、桐島の腕から顔を上げ、そう言った。
「誕生日は、ケーキでお祝いするんです」
「圭くん、ケーキとか食べへんやん」
「誕生日だから、いいんです。今日だけだから。」
「ふーん……圭くん、愛されて育ったんやねぇ」
圭は、それこそ猫のようにするりと桐島の腕を抜け、ハンガーからコートを取り袖を通した。桐島も愛しい恋人のあとを追う。
「うん、ほんならあの、黒猫の看板のお店にしよか」
「桐島さん、あのケーキ屋が好きなんですか?」
「んー?いや、さっき大人しく抱っこされとった圭くんがな、猫ちゃんみたいやなぁ〜って思っとってん」
「は、はぁ⁉︎誰が猫ですか!……このっ」
「あ、痛ぁ〜。ひどいやん、彼氏の脇腹どつかんといてやぁ」
「か、かれっ……」
甘い雰囲気とは程遠いかもしれないが、ケーキ屋へ向かう二人の手は、こっそりと繋がれていた。
「なぁ、圭くん、もう一回おめでとうって言ってやぁ」
「……桐島さんがこの世に生まれて来てくれて良かったって、少なからず思ってますよ」