【桐智】ハンドクリームにまつわる話「ほい、要くん」
「え、」
寮の自室でノートに向かっていた圭が、いきなりぽいと目の前に置かれたのは、ハンドクリームだった。化粧品の部類には詳しくない圭だが、その圭が見てもドラッグストアなどで売っているハンドクリームとは装いが違うことがわかる。
「なんですか?ハンドクリーム?」
「気付いとる?手ぇカサカサなっとるで?」
「え?」
桐島にそう言われ、シャーペンを握る自分の手をふと見てみると、たしかに関節のあたりがカサカサとしている。
「あ……」
「キャッチャーも手ぇは大切やろ〜?ちゃんとケアせんとなぁ、それ塗っとき」
「……じ、自分のやつがありますから、大丈夫です」
「なんやつまらんなぁ、こういうときはありがとうございますぅ♡って塗ったらええねん、ほら手ェかして」
「は?自分で出来ます!ちょ……」
「まぁまぁ、ええからええから」
桐島は強引に圭の手を引き、二段ベッドに二人で座り込む。桐島はハンドクリームを手に取り、圭の両手に丁寧に塗り込み始めた。桐島の長い指が圭の指の関節をくるくると撫でる。圭は桐島にこんなに触れられるのは初めてで、なんだか恥ずかしくて、居心地が悪くそわそわしてしまう。よく考えれば、今まで葉流火の世話をするばかりで、他人にこんな風に世話を焼かれたことは無いかもしれない。
「要くん、自己管理もしっかり出来る子やのに、どうしたん?忙しい?」
「別に……そんなことは。しっかりやります、桐島さんに迷惑はかけませんから心配無用です」
「迷惑かけられることを心配しとるわけやないやんかぁ。要くんの世話焼きたいだけやし、疲れとるんやったら助けてあげたいし、それだけやん」
「…………」
「あ、照れた?ふふ」
桐島は黙ってしまった圭の顔をちらりと覗く。圭は全てお見通しのような桐島と目を合わせることが出来ずに、顔を逸らしたまま答える。
「いくらバッテリーだからって、手を握ることなんか無いでしょう普通……そりゃ照れますよ」
「バッテリーやからなぁ、確かにそうやけど、俺は要くんやから気にかけとるし、お世話してあげたいし、優しくしたいんやけどなぁ」
「…………」
「あ、また無視〜?まぁええかぁ、今日はこんくらいにしとこうかなぁ。俺は誰かさんと違って相方のちょっとの変化にも気付ける気の利く男やってアピールできたし?ちょっとずつでええから俺んとこに落ちてきてな?」
「……は?」
「まぁ十年単位で一緒に居った幼馴染を忘れさせるんは簡単やないってわかってはおるけどなぁ。せっかくバッテリーになれたし、俺の球で清峰クンから奪ったるから」
桐島はハンドクリームに蓋をして、ベッドから腰を上げる。
「ほな、俺もう寝るな、おやすみ要くん♡」
いきなりの告白とも取れる発言に惚ける圭を置いて、桐島は上段の自分のベッドへ帰ってしまったのだった。