所謂身代わり人形的な先日ノックノックにて『渡したいものがあるんだが会えないだろうか?』と言われたのでライトは郊外からベンの元へ来ていた。
そして今手元に渡された何の変哲もないクッションを眺めつつ首を傾げる。
「これを俺に渡したかったのか?」
なぜ唐突にクッション?と疑問符を浮かべつつライトがベンを見据えると居心地が悪そうにベンが目線をそらす。
「じ、実はだな…そのクッションに君の匂いをつけて欲しいんだ…」
「匂い…?」
何故??と更に疑問符が増える一方のライトにベンがまた大きい体を縮こまらせつつぽつりぽつりと理由を話し始める。
曰く春になるとクマのシリオンは発情期が来るのだと。
それは個人差もあるが薬でどうにかなる為生活には支障はないと。
けれど恋人ができた今発情期中にライトに会って抑えられるか分からないと。
しかし発情期は1.2ヶ月続くためその間会わないのは耐えられないと。
しかし発情期中に自分の理性が保てるか分からず更にはクマの習性上交尾中逃げないように雌に思い切り噛み付くことがある、そして自分はクマのシリオンで興奮すればそれをしてしまう可能性があると。
だが毛に守られているクマと違い人であるライトに直接噛み付けば流血沙汰はま逃れない。ならばそうなった時に代わりに噛み付くものを用意すればいい。
本能が前に出るため匂いで獲物を追いかけやすい、ならば匂いをつければ身代わりにできる。
と、つまりはそういうことをつらつらと申し訳なさそうに言われてライトはなるほど、と思う。
まぁでも本能的なものであるしどうしようもないことだ。対策を考えてくれてるのだし何をそんなに申し訳なさそうにしているのか。
クッションを眺めつつライトが心の中で独りごちていると
小さな声でベンがぽつりと話す
「発情期中に君と会わなければいいだけの話なんだが…どうしても…そんな長い間君に会えないと思うと耐えられなくてな……」
「ヴッ」
すまない…とぺしょりと耳を垂らしてしょんぼりとする巨体に思わずライトは己の胸を押さえる。
なによりこの真面目なクマのシリオンがリスクがある中会わないことを選ばず自分と会うために色々と考えたのだと思うと愛しくてしょうがない。
可愛いが過ぎるこの大きなクマの胸に全力で飛び込んでわしゃわしゃしたい衝動に駆られつつも今は外で会っているためグッと抑える。
それでも我慢出来ずに緩む頬を誤魔化すようにライトはズレてもいないサングラスをかちゃかちゃと正す。
「アンタの事情はよくわかった…そういうことなら引き受けよう。肌身離さずこのクッションを持っておくさ」
ぎゅっとクッションを抱き抱えてそう言えば明らかにほっとしている様子のベンにまた引き締めた顔が緩みそうになる。
「ありがとうライトさん、君にはいつも迷惑をかけるな」
「迷惑なんてかけられたことは無いが」
あっけらかんとライトがそう言えばベンがまた申し訳なさそうに自分の耳をぽり、と掻く。
「君は本当に俺にはもったいないくらい素敵な人だな…」
「なんだ?褒め合いっこか?なら負けんぞ」
自信ありげに笑うライトにベンもいつもの調子を取り戻したように笑う。
和んだ雰囲気の中タイミングを測ったように出てきた食事に2人は仲良く腹を満たすのだった。