君のこといっとう好きガタ、と音がしてライトの意識がゆっくりと浮上する。
重たい瞼を上げて辺りを見渡すと出かける支度をしていたらしいベンが目に入る。
「ライトさん?起こしてしまったか?」
もそりと上半身を起こしたライトに気づいたベンが慌てた様子でこちらに向かってくる。
「うるさくしてしまって申し訳ない、実はさっき連絡があって至急会社に行かなくちゃ行けなくなってしまったんだ」
今日は休みだから二人で一緒にゆっくりしようと昨日言っていたからか申し訳なさそうにそう言う。
ぺしょ、と垂れてる耳に手を伸ばす。
「仕事なんだろ?構わんさ、気をつけてな」
ぽふぽふと撫でてから離すとベンが名残惜しそうに目で追っていく。
「本当にすまない…この埋め合わせは必ずする」
「はは、そんなに気にしなさんな。それより急いでるんだろう?早く出なくていいのか?」
「ううむ、」
ベンも急がなければいけないことは分かっているのだろうがどうにも離れ難い。
踏鞴を踏んでいるベンにライトは思わず笑ってしまう。
「アンタは本当に可愛いな?なに、また次があるさ。な?」
ベンの手を取るとちゅ、と肉球にキスを1つ落とす。
「仕事頑張ってくれよ、ダーリン?」
いたずらっ子のの様な笑みを浮かべつつそう言えばベンがグゥと唸る。
「君は…、そんなことされたら逆に行きたくなくなるんだが」
「なんだ、折角エールを送ったのに」
「う……、行ってくるよライトさん」
ライトの額にスリ、と鼻先を寄せてからベンが玄関へ向かう。
遠くからドアが閉まる音がしてベンが出て行ったことが分かった。
シーンと静まり返った部屋は少し寂しいが最後まで残念そうな顔をしていたベンを思い出すとそれもあまり気にならなくなった。
自分も起きて支度をしようとベッドから出るとテーブルの上にトーストとコーヒーが置かれていた。
どうやら時間が無い中用意してくれていたらしい。
ベンの優しい気遣いに胸が暖かくなる。
態々保温性の高いコップに入れてくれていたためまだ温かいコーヒーを飲みつつトーストを胃に収めていく。
何気なくスマホを確認しようと辺りを見ると自分のスマホともう1つスマホが置かれていた。
「ベンさんのスマホ…?持っていくのを忘れたのか?」
手に取って確認するとやはりいつもベンが使っているスマホで間違いなかった。
急いでいたから忘れたのだろうか?
届けた方がいいのだろうか?
そう思案しつつスマホを眺めてると突然着信音が鳴り出して思わず通話ボタンをスライドしたしまった。
あ、と思う間もなくスピーカーから活発な女の子の声が響く。
『ベン!まだ家にいるか!?』
通る声を聞きつつライトが出てしまったものは仕方が無いとスマホを耳に当てる。
「もしもし」
『あん?アンタ誰だ?確かにベンのスマホにかけたはずなんだが…』
「ああ合ってるぞこれはベンさんのスマホだ」
後半に連れて声が遠くなる様子に連絡先を確認してるのだろうと解釈しそう答えると何か思うところがあるのか一瞬間が空く。
『…もしかしてアンタベンの恋人か?』
「そう…だが……」
今の僅かな会話のどこでそこに行き着いたのか関係を言い当てられたことに戸惑いつつもそう答えると向こうで納得したような声が聞こえる。
『じゃあもしかして今ベンの家に居たりしないか?』
「居るな」
そう返せば向こうで安心したような気配がする。
『そうか!なら突然で申し訳ねぇんだけど実は追加で必要な書類があってな、ベンが持ってた分にあるはずなんだ悪いけど探してくれねぇか?』
「少し待ってくれ」
キョロキョロとライトが辺りを探すとサイドテーブルの上に紙束が置かれていた。
内容を部外じゃが確認するのもあれなのでライトはスマホを操作すると通話をビデオモードに切り替える。
「これで合ってるか?」
画面を書類に向けてパラパラと見えるようにめくるとそれだ!と画面から声がする。
『迷惑は百も承知なんだがそれこっちに届けちゃくれないか?』
「ああ構わない。どうせスマホを届けるか考えてたからな。」
「ありがとな!!じゃあ地図は送っておくからよろしく頼む!」
通話を終えて直ぐに地図のデータが送られてくる。
場所を確認すればバイクで行けばまぁそれほど時間はかからなそうだった。
それにしてもこうも都合よくベンに会いに行く口実が降ってくるとは。
今日はもう会えないかと思った分浮つく心を抑えつつ手早く身支度を済ませると書類とベンのスマホを持ち玄関に向かった。
ꕤ
目的の工事現場の近くにバイクを停めて目的地へ向かう。
「ん?あ!!おいあんた!!」
スマホを片手に歩いているとライトに気づいたらしいつなぎを着たクマのシリオンがドスドスと歩いてくる。
「あんただな!ベンさんの嫁さんは」
「よめ、」
待ってたぞ!と駆け寄られるもそれより『ベンさんの嫁』という単語に固まる。
そんなライトを不思議に思ったのか相手が首を傾げる。
「違うのか?こんなにマーキングされてるのに」
「まっ、」
「ライトさん!!」
追い討ちのように出てきた『マーキング』に動揺していると向こうから声をききつけたのかベンが走ってきていた。
「本当にすまない!態々こんな所まで届けて…ライトさん?」
反応がないライトを不思議に思いベンが顔を除きこむと真っ赤な顔をしたライトと目が合う。
バチりと目が会った瞬間弾かれたように瞬きライトが俯きサングラスをかけ直す。
「っ、いや…、この程度なんて事ない」
取り繕うようにサングラスを直す振りをしつつ顔を隠すライトにベンが慌てる。
「どうしたんだライトさん、何故そんなに顔が赤いんだ?もしかして体調が悪いのか?」
「大丈夫だ心配ない俺はすこぶる元気だ。」
ベンに不要な心配をさせない為にもと早口でそう応えると持ってきていたベンのスマホと書類を差し出す。
「これが必要だったんだろ?」
落ち着きをなんとか取り戻したライトが差し出せばベンがそれを受け取る。
「本当に申し訳ないなライトさん、すごく助かったよ」
「お役に立てたのなら光栄だ」
安堵した様子のベンにライトも安心する。
やることも終わったし帰らないとなとライトが考えていると気づいたら居なくなっていた最初に声をかけてくれた従業員のシリオンがおーい!と駆け寄ってくる。
「折角だから時間があるならこっちでベンさんの嫁さんも見学でもしていかねぇかって社長が言っ」
「よよよ嫁!?!?」
従業員の声を遮ってベンが叫ぶ。
その声にビクッと耳を立てて驚く従業員。
次いでにライトも普段あまり聞かないベンの大声に驚く。
しかしまぁ、先程自分も動揺したので分からなくもない。
「よ、嫁さんじゃないんすか…?」
恐る恐る聞いてくる従業員にベンがあたふたとした後チラリとライトを見る。
「そ、それは…その……」
「そりゃあいい、ダンナサマの職場なんてそうお目にかかれないからな」
戸惑うベンを横目にライトが従業員の元へ向っていったためベンもその後を着いて行った。
結果としてライトはそれなりに充実した時間を得ることが出来た。
というのも皆に慕われているらしいベンの嫁ということでとても歓迎された。それに長年勤めているベンの昔話や仕事での様子、どれだけ頼りがいがあるか何が好きか等などベンに関する情報を色々仕入れることが出来た。自分のことも聞かれたがそれは適当に流しておいた。
「結局1日付き合わせてしまって済まないライトさん」
仕事が終わるまでいたので流れで一緒に帰ることになった帰路、ベンがまた申し訳なさそうに謝る。
今日はずっと謝られてばかりだとライトはぼんやりと思う。今日1日嫌なことなんて1度もなかったのに。
「ベンさんアンタは気にし過ぎだな、俺は今日十分満喫したぞ」
食べていた飴をベンの口に突っ込みながら言えばベンが素直に飴を咥えつつモゴモゴと口を動かす。
「しかしだな…その……言われて嫌なことは無かったか…?」
視線を彷徨わせながら言いずらそうにしているベンにライトはああ、と思い出したように声を漏らす。
「アンタの嫁さんって呼ばれたことか?」
嫁さん、とライトが呼ばれる度にベンがなんとも言えない反応していたのに気付いていたライトがそう聞けば僅かにベンが俯く。
「そうだ…それに君に許可を得ずにマーキングしていたのも、」
「俺はベンさんの嫁には相応しくないか?」
どんどんと大きな体を縮こまらせていくベンにライトが問う。
「そんなわけが無い!俺に、君は勿体ないくらいだ」
ベンがこちらを向いたおかげでバチりと目が合う。
じっと見つめ返せばおずおずとベンがライトの手を握る。
「ライトさん…俺の嫁になってくれないか?」
「ベンさんが嫁に貰ってくれるなら喜んで」
ベンの問に答えればぎゅ、と握られた手の力が強くなる。
「ちなみに返品は不可だが問題ないか?」
「勿論、君以上に大切にしたい人なんていないからな」
すり、と寄せられた鼻にライトが思わず笑う。
「ふは、そいつは光栄な限りだな」