会いに来ちゃったノックノックの通知音が鳴りスマホを見るとベンからのメッセージが入っていた。
内容を確認すると数日後の逢瀬の約束の取り付けだった。
「なぁ大将この日なんだが休みを貰っても大丈夫か?」
「ん?ああその日なら問題ないぜ!その前日なら難しかったかもだが」
近くにいたシーザーに伺えばそう返ってくる。前日に何かあるのだろうか?首を傾げるライトにシーザーが答える。
「バレンタインだよ、ルーシーはイベントがあるとか言って騒いでたし俺様もちょっと、その…買い物に行こうかなと……」
その言葉になるほど、と納得する。
バレンタイン、今まであまり興味がなかったため存在を忘れていた。
確かにバレンタインとなればシーザー好みの可愛いアイテムも増える。
「そうかい、いい買い物が出来るといいな」
そう考えつつふむ、と考える。
ベンが伝えてきた日はその次の日。一応ライトとベンは世間一般で言う恋人という関係ではある。
しかしバレンタインと言っても平日、仕事があるのだろうと納得し了承の返事を送信した。
そしてバレンタイン当日、ライトはベンの家の前にいた。
約束の日は明日だ。
それは分かっている。
忘れてうっかり来た訳では無い。
ただちょっと今日の仕事が新エリー都の近くで、ちょっとたまたまこの後時間が空いていて、たまたま売っていたチョコも買ってしまっていて、折角なら当日に渡した方がいいだろうと。帰るついでに寄ったまでだ。
ただ恋人になって初めてのバレンタインだなとか、少しでも顔が見れたらなとか、あわよくば一緒に夜を過ごせないかとか、そんなことは思ってない。
夕方の次第に暗くなる寒空の下、ライトが1人で言い訳をする。
いつもと変わらなければ後30分もすればベンが帰ってくる時間だと算段しライトはベンの家の前で待つことにした。
「はぁ……」
ベンが夜道を大きなため息をつきながら歩く。
疲れた、今日は本当に。心の中でもう一度ため息を着く。
今日は散々な日だった。朝から唐突な予定変更、工事中のトラブル、後から分かった発注ミス、エトセトラ。
何故か不運が続きてんやわんやした結果仕事が終わらない終わらない。
それでもやはり妻や恋人がいると分かってる同僚をあまり拘束するのも気が引けベンは大半の仕事を1人残業で終わらせた。
「約束を明日にしておいて正解だったな…」
そんなことを独りごちる。
ベンとて恋人の日とまで言われる今日、それはもちろん恋人と過ごしたかった。
けれど周りには言っていないし、立場上やはり他の従業員を優先してしまって休み希望をとることが出来なかった。
ライトには悪いと思っていたがメッセージを送った際の返事はあまり気にしている様子もなかったので大丈夫だろう。
それでも明日はめいいっぱいライトに楽しんでもらおうと色々と調べ予定も立てた。
明日のことを考えて少し回復した気分に帰路を進めていると家に近づいた所でふと知っている匂いを感じピクリとベンの鼻が動く。
「ライトさん…?」
まさか、と思うも速度を上げ走るように家へ向かう。
玄関が見えてきたところで近くに黒い塊が見える。
「ライトさん!?」
走ったせいで上がった息のまま声をかければモゾりと塊が動く。
「ベンさん、おかえり…」
地べたに座り込んでいたライトが顔を上げる。
「どうしたんだ!?いつからここに…取り敢えず中に入ってくれ!」
座ったままのライトの両脇を持ち上げ抱えるとひやりと冷たい。
慌てて玄関を空け中に入れるとぎゅ、とライトが抱きついてきた。
「どうした、何があったんだライトさん…」
心配そうな声が降ってくるのを聞きながらライトがフルフルと頭を横に振りすまん、とベンに埋もれたまま謝る。
「その…、」
何か言おうとしてそのまま黙るライトにベンが心配になり顔を見ようと剥がしにかかるとさせるものかとライトが力を入れる。
そんなことをさせると思わなかったベンが困惑しているのが分かる。
「ライトさん??」
「なんでもないんだ…ほんとに、」
名前を呼ばれるがライトは顔を埋めたままそう言う。
それにまたベンがどうしたものかと深緑の髪を眺めているとそこから除く耳が赤いことに気づいた。
ここも冷えてしまったのかと思い手で耳を覆うと驚いたのかガバッとライトが顔を離した。
「…あ、」
瞬間しまった、という顔をしたので隠される前にベンががっちりとライトの頭を掴む。
「ライトさん、さっきからはっきりしない…どうしても言いたくないことなのか…?」
それなら聞かないが、とベンが心配そうに伺う。それに申し訳がなくてライトの目が泳いだ。
単純に、ライトは恥ずかしかった。
何だかんだと理由をつけここまで来たがいざ待ってると迷惑なんじゃないか、鬱陶しいんじゃないかと色々と考えてしまった。
それでもあともう少しだけ、と何度も繰り返してあと少ししたらもしかしたら帰ってくるかもしれない、今離れたら入れ違いになるかもしれない、とそんなことを思っていたらいつの間にかここまで来たら会うまで待ってやると躍起になっていた。
今考えれば連絡なりなんなりすれば良かったのだ。
こんなにベンを心配させてしまった。しかも出会い頭に思いたったままに抱きついてしまい深刻な感じにしてしまった。
なんと言えばいいか分からず、かと言い熱が集まってきている顔がどんな状態かも察しがつく。
それがさらにベンを心配させるという悪循環。申し訳なさにも拍車がかかる。
そんなことをぐるぐると悩んでいたおかげで唐突に耳を触られたことに驚き結局顔を離してしまった。
しかも抑えられて正面から見つめられているというおまけ付き。
ライトは自分の女々しさと情けなさになんとも言えない気持ちになる。
ここはもう本当の事を言わなければどんどんややこしい方向に向かいそうだと結論づけ諦めて口を開く。
「…今日、ベンさんに会いたかったんだ…ただ顔を見れたらいいなと、それで待ってたらだんだん意地になっちまって…」
そうライトが自白すればベンが呆けた顔をする。
「…連絡を、くれたら良かったじゃないか…」
「……忘れてたんだ…」
気まずげに目線を逸らせばベンのため息が聞こえる。
呆れられたな、と思ったのもつかの間ぎゅっ、と抱きしめ直される。
「君に何も無くて良かった…」
「呆れてないのか…?」
驚いて目を見開くライトにベンが首を傾げる。
「どこに呆れる所があったんだ?」
本気で分かっていない様子のベンにライトはきゅ、と胸が締め付けられる。
「それに俺も君に会いたかったからな…来てくれて本当は凄く嬉しいんだ」
ベンが嬉しそうにニヨりと笑う。そんなベンを見て更に浮き足立つ心を誤魔化すようにンンッ、と咳払いをしてにやける顔を抑える。
「それじゃあそろそろ部屋に入って体を温めようか」
「わ、と…」
ほわ、と和やかな空気が流れた所で未だに居た玄関の前から離れるためベンがライトを抱き抱える。
普段どちらかと言えば抱える側のライトはベンと付き合い出してからこうして抱えられる側になることが増えたがまだ慣れない。
ぐらついた体を安定するようにぎゅ、とベンに抱きつくとピコピコと耳が動いたのが見えてまた胸がじわりと温かくなる。
「ありがとな、ベンさん」
愛しさと感謝を込めてベンの鼻先にキスを送れば驚いたのかぎゅっと力の入った両腕に思わず笑いが漏れた。
その後、落ち着いた後に渡した何の変哲もないチョコレートにベンはいたく喜びそれはそれは大事に食べてくれたため来年はもっとちゃんとしたものを渡そうと決意したライトだった。