ゆっくり揺れるしっぽは機嫌がいいらしいよ。「今日は猫の日だから猫耳なんて生やしちゃったんですか?」
「違う…」
「それでその可愛い姿を見せに僕に会いに来たと…」
「会いに来てない…」
「んもう、僕のこと大好きなんだから〜」
「……。」
ニコッと綺麗な笑顔を向けてる目の前の美青年にライトは苦虫を噛み潰したような顔をする。
今朝から突如頭から生えたそれは引っ張れば痛いし動かすことも出来る。
原因は分からないが特に命に別状はないだろうと判断してそのままにしてたら会う人間会う人間皆過剰に反応してきてはベタベタと触ろうとする。
挙句にバーニスなんかが首輪までつけようとしてきたのでルミナススクエアまで逃げてきたのにその出先で偶然にも悠真に出会ってしまいあれよあれよと言う間にお高そうな食事処の個室へ連れていかれた。
そして冒頭のやり取りに戻る。
何故か妙に上機嫌で目の前でじっと見つめられライトは居心地の悪さにモゾりと身じろぐ。
まず猫の日って何だ…
イベント事に疎いライトからすれば聞きなれないソレに戸惑う。
「2月の22日、にゃんにゃんにゃんで猫の日、可愛いでしょ?」
にゃん、と手で猫の真似をしつつ教えてくる悠真になるほど…?となりつつライトがハッとする。
「声に出てたか…?」
「いえ顔に出てました〜」
「……。」
「またその顔〜」
顔を顰めるとあは、と悠真が愉快そうに笑う。
何が楽しいのか毎度ライトを構う悠真に訝しむようにじ、と睨む。
「警戒してるんですか?しっぼが逆だってますよ」
そう指摘されてバッと自分の背中を見る。
猫の耳も生えたならまぁしっぽも生えていた。
尾骶骨辺りから突如現れたそれは割と邪魔というかこれまたみんな触ろうとするし
触られるとかなり嫌というか、嫌なので見えないように服の中に押し込んでいた。
という訳で出てしまったなら隠したいという気持ちだったが振り返っても何も見えない。意識を集中させてしっぽを動かせば服の中でもぞりと動く気配がした。
つまりしっぽは出ていない。
「あ、やっぱりしっぽもあるんだ」
先程よりも明らかに近い距離から声がしてビクリと肩が揺れる。
「は、おい、」
流れるように腰から付け根に回された手にライトが止めようとするがその前にしっぽの根元にたどり着くとすり、と撫でられる。
ビクッとライトが震えた。
「ここ、気持ちいいでしょ?」
そんなライトに目を細めて笑うととんとんと優しく撫で続ける。
「ッ、ぅ…やめ……」
ぞわぞわと背筋を駆け巡る感覚にライトの力が抜ける。
拒むために掴んでいたはずの手が縋るように力む。
「気持ちいところが猫と一緒ならここも好き?」
付け根の手はそのままにライトのマフラーのすきから除く喉仏から顎にかけてを搔くとライトののどがごろ、と僅かに鳴る。
「あらら?喉も鳴らせるんだ?かわい〜」
「うるさっ、い、」
「相変わらず素直じゃないなぁ」
「ひぅ、」
わざと耳元で囁けば面白いくらいに反応するライトにゾクゾクと己が興奮していくのが分かる。
幾分熱の上がった吐息と共にライトの耳にキスを1つ送る。
ぅん、とライトから甘えるような声が小さく盛れる。
触っている間に出てきたしっぽが悠真の腕に擦り寄ってくる。
これが無自覚での行いなんだから堪らないな、と悠真は思う。
外に人の気配を感じ名残惜しくもさっと自分の席に悠真が戻る。
「ぁえ」
唐突に離されたせいか間抜けな声を出して呆けた後に己の失態に気づいたのかブワッで赤くなるライトを眺めているとノックの後に失礼致します。と声をかけ店員が入ってくる。
食事を置いていく店員ににこやかに対応する悠真の前でライトは俯きしきりにサングラスをいじっている。
「ではごゆっくり。」
「どうも〜」
綺麗に会釈し店員が部屋を出た瞬間にライトがギロリと悠真を睨みつける。
「…アンタな……」
「こっわいな〜そんな顔しないで、僕はちょっと猫ちゃんのしっぽと耳を触らせてもらっただけでしょ?」
真っ赤な顔して睨まれても全く怖くないのだがわざと肩を竦めそう言えばライトがぐ、と押し黙る。
「ほらほら、ここは僕の奢りですからたんと食べて下さいよ」
テーブルに置かれた寿司をライトに差し出せば何か言いたげな顔をしつつも素直に受け取る。
「ねぇライトさん、」
大人しく寿司を食べだしたライトを満足気に眺めていた悠真が声をかけると律儀に手を止めこちらを向く。
そんな様子に彼の根の優しさや素直さを感じて思わず笑ってしまう。
「食えって言ったのはアンタだろ……」
それに何を思ったのかそう返すライトにさっきとは違う可愛さが垣間見えてあはと声を出して笑う。
「うんうん、そうですねぇいっぱい食べちゃってください僕、ライトさんの食べてる姿好きなんで」
「そう言われると食べにくい。」
「ええ〜素直に思ったこと言っただけなのに〜」
不貞腐れたようにそう言えばライトがずい、と自分が食べていた寿司を悠真に差し出す。
「え」
「アンタも食え、そしたら俺も食ってやる」
差し出されたそれにこれは所謂あーんと言うやつでは?と思った自分にも今の状況にも恥ずかしくなる。
がやってきている当の本人はきっと無自覚なので悠真は諦めてぱくりとそれを食べた。
咀嚼していると満足気にライトがまた自分の食事を再開する。
なんというか自分でやめたのだけどさっきまでの色香が完全に消え去ってしまってる状況を残念に思いながらも先程出したままのしっぽがゆら、と静かに揺れているのが目に入りまぁいいか。と独りごちる。
急ぎ過ぎても逆効果、それでももっとライトの近くに行きたい。
関わるうちに芽生えたソレを実らせるためにここまで頑張って来たのだ。
今回程度の触れ合いたら許してくれるようになった。その確認が取れただけでも万々歳。
それに会いに来たわけじゃないと言っていたが態々悠真がよく通る道沿いに、よくサボる時間に居たことは偶然ではない気がしている。
それが無自覚か自覚があるかは置いといて。
「あんたって犬っぽいと思ってたけど案外猫っぽいのかもね」
なんだかんだと振り回されている気がして悠真がそう呟けばライトの耳がピクっと動いた。
「まぁ今は猫だからな」
にゃん、と悠真がしたように猫の真似をするとふ、とライトが笑う。
それに目を見開いたあとバチッと音が出るほどの勢いで己の顔を手で覆いながら悠真が俯く。
「ほんとそういうところ……」
きゅん、と高鳴った心臓とじわりと熱くなった頬に舌打ちすると前から笑うような声が聞こえた。