Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    JUNE

    @JUNE74909536

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 12

    JUNE

    ☆quiet follow

    卒業後大人カリ監の落書き(※倫理観欠如)(何でも許せる人だけ)

     絹の街は、今も昔もほとんど変わらない。

     乾燥した砂漠の町に運河が気持ちのいい風を与え、そこで暮らす人々には活気が満ちている。

     だが学生時代と全く違うのが、このアジーム邸に突然ふらりと現れた私が、重要な賓客としてもてなされているということだ。

     開放的な造りの屋敷には花と果実の爽やかな香りが満ち、どこもかしこも美しく磨き上げられている。さすが由緒正しき、アジーム家。とはいえ私にとっては、もはや驚くようなことではない。

    「こちらでお待ちください」

     見目麗しい使用人が、優雅な身のこなしで私を案内してくれた。調度品から見てここは、一番上等な貴賓室だろう。NRC時代にお邪魔した時には、存在すら知らなかった。

     こうなったのは、半分は私の計算通りだ。

     だけどもう半分は想定の範囲外。何から言えばいいのかわからないけど、過去に遡って説明すると――とにかく私は玉の輿に乗りたかった。

     だってお金があれば、色々な心配事から解放される。貧乏でも幸せには暮らせるけれど、幸せなお金持ちならもっといい。そういうわけで、私はお金持ちの彼氏を探した。凄くがんばったと自分でも思う。どうせなら王家がいいじゃんと思って、私は学内にいた王族たちに告白してまわった。贅沢な環境だった。そしてなぜだかわからないけど、全員にふられた。

     理由は考えない。きっとタイプじゃなかったんだろう。カレー好きの人もいれば、ラーメンが好きな人もいる。たまたま彼らはラーメンが好きだっただけで、カレーが悪いわけじゃない。

     だけどある時、転機が訪れた。あれは確か、私がNRC卒業間近の頃だったと思う。カリム先輩に王族の親族がいると聞いたことはあったけど、たまたまその彼――アミール王子――と会う機会があったのだ。その人は五つ年上だったけど、なかなか見た目も良くて、明るい人だった。そしてアミールは、私を気に入ってくれた。当然、私はこう思った。チャンス。だけど今度は、特に頑張ることもなかった。彼はすぐに私に熱烈なプロポーズをし始めた。まだ付き合ってすらいないのに。あまりに簡単すぎて毒気を抜かれた私は、つい本音を白状してしまった。

    「お金持ちは好きだし、あなたと結婚するのはアリかなと思う。けど別に愛してるわけじゃない。好きか嫌いかと聞かれたら好きだけど、ライクの好き」

     アミールの答えはこうだ。オッケー。じゃあ結婚しよう。これから好きになってもらえると思うよ。

     なんて軽率な人なんだろう。熱砂の国、こんなのが王子で大丈夫? そう思ったけど、とりあえず私は彼と結婚した。機会は逃すべきじゃないし、気に入らなかったら離婚すればいい。結構いい人そうだし。

     そんなこんなで、私は熱砂の国の王家に仲間入りした。まさにハッピーエンド。正体不明の異世界人から、王族への大出世である。王子と言ってもアミールは別に皇太子じゃないし、そもそも王子と呼ばれる人は四十人以上いるらしくて、結構気は楽だった。それに、生活は安定していた。お金の心配がないというのは、本当に嬉しいことだ。今週はツナ缶をあといくつあけていいのか? そんなことは少しも心配しなくてもいい。

     バタバタと慌てるような足音がいくつも聞こえ、相変わらず元気のよい声が響いた。

    「監督生! 急に来たって聞いて――」

     やたらとでかい扉から現れたのは、久しぶりに見るカリム先輩だ。

    「いやもう監督生じゃないか。ごめんな、何回言っても間違えちまう。先週ぶりだな」

     私はソファから立ち上がり、ゆっくりとお辞儀をした。血の涙を流しながら会得した、王室流の優雅な動きで。馬鹿馬鹿しいけど「先輩! 久しぶり!」等と言ってハグするわけにもいかない。カリム先輩の後に、何人もの知らない男性たちがゾロゾロとついてきたのだ。今ではカリム先輩も現当主と並び、アジーム家の商いの半分を取り仕切っていると聞く。もしかすると商談中のところを中断させてしまったのかもしれない。男たちのうちの一人、見知った顔が、私を蛇のような目で睨んだ。言わずもがな、ジャミル・バイパーである。怖いから、とりあえず見ないふりをする。

    「またすぐにお会いできて嬉しいです。カリム先輩。呼び方はどうぞ昔のままで」

     ぞろぞろとカリム先輩の後に続いた男たちが、続々と私に挨拶をする。どうやらアジーム家の商売相手たちが、私が来たと聞きつけて顔を売りに来たらしい。商魂たくましいのは素晴らしいけど、私にそんなことをしても無意味だ。というか無意味になりそう、と言うべきだろうか。今の私は、不安定すぎる立ち位置にいる。そのせいで今日、ここに来たのだ。

     長々と続く阿諛追従にできるだけ丁寧に返事をしていたけど、そのうちにカリム先輩が中断させた。

    「一人で来たのか? 疲れただろ?」
    「ええ、少し。今日は日差しが強くて」

     本当は全然元気だし日差しくらいどうってことないけど、私はそれらしく見えるよう顔を伏せて見せた。つけている黒いベールと相まって、儚げに見えるはずだ。

    「ごめん。今はこんな時だから、仕事の話はまた今度でいいか?」
    「もちろんですとも」

     商売人たちはやっと退室した。別れ際にはしっかりと私に――お悔みの言葉をくれた。恐れ入ります。そう返すと、自然と涙が浮かぶのが不思議だ。私の体はとても計算高いので助かっている。

     彼らがいなくなり、部屋がやっと静かになった。カリム先輩は優しい目で私を見た。

    「元気か?」
    「それがそうでもなくて……」
    「そりゃそうだよな……」

     部屋の端に控えたジャミル先輩の視線も、心なしか気づかわしげに見える。今この国で、一番かわいそうな女、それが私なのだ。誰もが私を憐れみ、同情している。

     いや、正確に言えば誰もが、ではない。それが問題なのだ。

    「何かできることがあれば言ってくれよな」
    「本当ですか」
    「当たり前だろ? オレにできることなら何でもするぜ」

     カリム先輩は、優しい。この国で一番かわいそうなのが私だというのなら、この国で一番優しいのはこの人かもしれない。だからこそ、彼に助けてもらう必要があるのだ。

     さっき浮かんだ涙が、タイミングよく零れた。それを見たカリム先輩は慌てて、私を抱きしめる。妹にするみたいに穏やかに。

     懐かしい温度に、私は一瞬、彼にこうして普通に慰めてもらうのもいいかもしれないという気になる。

     カリム先輩には、学生時代何度抱きしめてもらったかわからない。彼から見れば私は、異様に失恋の多い後輩だっただろう。一方、私から見れば彼はお金持ちの生きた資料だったので、世話焼きの彼と研究熱心な私は、よく一緒に過ごしていた。結構気が合ってたんだと思う。ちなみにカリム先輩に告白したこともあったはずだけど、早い段階でフラれた。「お前、オレのこと好きって言うけど、多分気のせいじゃないか」彼はそう言った。よくおわかりで。私はすぐに諦めた。カリム先輩って、フワフワしてそうに見えるけど、時々鋭い。

    「何でも……してくれるんですか?」
    「おい、それくらいに――」

     ジャミル先輩が、抱擁したままなかなか離れない私を怪訝そうに見た。

    「じゃあお願いしたいんです――」

     何度も考えたのだ。こうするのが、一番いいと思う。

     私はしっかりとカリム先輩にしがみついて言った。

    「妊娠させてください」




    ***




     先週、熱砂の国を衝撃が襲った。明るい性格で国中から愛された王子アミールが、自動車事故で亡くなったのだ。国民は悲しみにくれ、新妻である異国の妃――素性はあまり知られていない――を憐れんだ。つまり、私のことだ。私は悲劇の未亡人となり、それ以来ほとんどの人が、私に優しく接してくれる。

    「離れろ! このバカ女!」

     もちろん、ジャミル先輩は除く。小声で言ったつもりだったのに、私の発言をばっちり聞いたらしい彼は、慌てて私をカリム先輩から引きはがしにかかった。ジャミル先輩は学生時代、私がお金持ち狙いでなりふり構わず告白してまわっていたことにいち早く気づいた人なのだ。その頃から、私に対する態度が悪い。

    「嫌です!」
    「監督生! 落ち着け!」
    「無理です! いいって言ってくれるまで離れません!」
    「わかった! わかったから!」

     カリム先輩のその言葉で、私はパッと手を離した。

    「わかってくれたんですか?」
    「いや、全然……」

     再び彼に飛び掛かろうとした私を見て、カリム先輩は身を引く。

    「じゃなくて! 話を……! 話をしようぜ⁉ どういうことなんだ?」
    「急いで妊娠しないとダメなんです」
    「何でだ⁉ アミールがあんなことになったばっかりだろ……?」

     こんな状況になってもなお、カリム先輩は私を心配そうに見つめた。ありがたいけど、それどころじゃない。とはいえ驚愕しっぱなしの彼らを見て、私も少し気が抜けた。焦ってはるばる絹の街まできてしまったけど、落ち着いた方がいいだろう。私はソファに身を沈めると、深呼吸した。カリム先輩と、他に人がいないからかジャミル先輩も、向かい側のソファに腰をおろした。

    「実は、アミールが亡くなって……」

     二人が口を開きかけた。多分慰めの言葉を言うつもりなのだろう。だから私はそれを遮るように続けた。先週の葬儀でも散々、気を使わせてしまったのだから、もう十分だ。

    「はっきり言うと、宮廷での立場が悪くなっちゃったんです」
    「……まあ、そうだろうな」
    「そうなのか?」

     カリム先輩が困惑気味に言った。

    「何でだ? 別に監督生が悪いことしたわけじゃないだろ」

    「宮廷っていうのはそういうものなんだろ。若い王子が亡くなれば、異国から来た妃なんて用なしだ。こいつの場合、婚家の力を利用できるわけでもないしな。跡継ぎでもいればまだしも――」

     そこまでジャミル先輩が言ったところで、彼ら二人は眉根を寄せた。

    「おいまさか……」
    「ちょっと待ってくれ……」
    「私の人生計画を立て直すにはこれしか……!」

     ジャミル先輩が頭をおさえながら言う。

    「整理させてくれ。どっちを狙っている? カリムと再婚したいのか――」

     カリム先輩が絶句した。

    「カリムの子をアミール王子の子だということにするのか」
    「嘘だろ⁉」
    「後の方です。宮廷は最高ですもん。せっかく頑張っていい子ぶって派閥もできかけてたんですよ⁉ けど姑が子がいないなら実家に帰れって言うんです。ひどくないですか? 私、実家なんてないのに!」
    「他の男の子を王子の子だと偽る方がずっと酷いと思うが」
    「大丈夫だと思います。だってカリム先輩ってアミールと親戚じゃないですか。顔もちょっと似てるし。だからほとんどアミールの子と同じですよね」
    「同じじゃないだろ⁉ だいたいすぐ分かるぜ……合わなくなる……その、月が」
    「それなんですよ」

     私は身を乗り出して、声をひそめた。深刻さが伝わるように。

    「だから今すぐ孕まないといけません。少しくらいなら誤魔化せますけど」
    「はら……」

     カリム先輩が絶句し、ジャミル先輩が呆れたように背もたれに身を預けた。

    「そんなに上手くいくとは思えない」
    「まあ、ものは試しって言うじゃないですか」
    「いや、試さないぞ⁉」
    「案ずるより産むが易しですよ」
    「それを実際に産む意味で使っている女性は初めて見たよ」
    「悲劇の王子の忘れ形見がいた……そうなったら誰も私を追い出せません」
    「人間のくずだな」
    「だめだ。監督生、考え直してくれ」
    「何でダメなんですか?」
    「何でって……そんなことできるわけないだろ! 民を騙すのもダメだし、そもそもお前と、その――」

     カリム先輩が口ごもったので、私はつい想像してしまった。あまり考えてなかったけど、妊娠するということはカリム先輩とベッドを共にするということなのだ。そう思うと、変な感じだ。一度は交際を申し込んでおいてなんだけど、彼を男性として見たことはない。というか、誰のこともそんな風に見たことはないかも。

     部屋はしんと静まり返った。全員が私とカリム先輩の子作りを想像したのだろうか? 気まずさを振り払うように、カリム先輩が咳払いする。

    「とにかくダメだ」
    「そうですか」
    「え? わかってくれたのか?」
    「カリム先輩が反対なのはわかりました。それはさておき、ここにしばらくお邪魔してもいいですか? 宮廷では微妙な立場なので」
    「ああ、それはもちろんいいぜ」

     私は宣戦布告の気持ちで、厳かに宣言する。

    「その間に先輩が気を変えて下さるよう説得しますね」

     カリム先輩は困り果てたように額に手を当て、ジャミル先輩は彼に同情の眼差しを向けた。



     
    ***
     


     つづくかも
     
     
     
     
     
     
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works