選択科目の履修登録の締め切りが今日中だったことを、私はすっかり忘れていた。それでも登録はスマホでできるし、十五分もあれば終わるだろう。私は急いで画面をスクロールする。
「おい」
スマホのすぐ下から、不機嫌そうな声がした。レオナ先輩のこういう時の声には、なかなか凄みがある。だけどご命令どおり膝枕をしてあげているんだから、少しは我慢して欲しい。こっちは学校の用事で急いでいるのだ。
確か、単位が取りやすいという噂があるのは――。
「おい」
「はーい……」
上の空のまました返事は、彼の気分を余計に害したらしい。唸り声が聞こえた。ラギー先輩なら、これを聞いたら何か用事を思い出して出て行くやつだ。だけどまだ大丈夫。よくわからないけど、聞いた話によるとレオナ先輩は女の人には優しいのだそうで、実際私も怖い目にあったことはない。
「おいそれどけろ」
ついに痺れを切らしたのか、レオナ先輩は彼と私の間の視界を遮るスマートフォンを掴み、ぐいと横に避けた。
現れた彼の顔は、むっつりとしかめられている。こんな表情をしていてもびっくりするほど綺麗だから、この人は凄いと思う。
「ちょっと待ってくださいね」
「やなこった」
「あと少しで終わりますから」
宥めるように言うと、彼は呆れたようにため息をついた。
「ならこれ、やめるぞ」
いいのかよ、とでも言いたげな言葉を聞いて、私は目が点になった。これ、とはおそらく膝枕のことだろう。だけどそれをしてほしいと言ったのは、レオナ先輩なのだ。
思わず吹き出した私を、彼は怪訝な顔で見上げる。笑う私の方が、どうかしていると思っているようだ。
「先輩は可愛いですね」
こどもにするみたいに髪を撫でてぐちゃぐちゃにすると、彼は「あぁ⁉︎」とドスの効いた声を出す。だけど私には、全然怖く聞こえない。
つまり次のご命令はこうだ。
俺にかまえ。
私はスマートフォンを放り投げると、再び彼に従うべく、額に口づけた。