ずっと一緒に バレンタインデーのお返しがどちらも同じ菓子と判明して、クロムとシエルは同時に愕然とした。
((かぶった……))
この日は3月14日、ホワイトデーだ。一ヶ月前のバレンタインデーのお礼として菓子を渡す習慣は、やはり日本の商業主義によって世間に浸透した。チョコレートが定番の先月と違いホワイトデーで購入する菓子は多種多様だ。キャンディだったりマカロンだったり。二人は菓子を差し出し直後絶句する。シエルがクロム宅を訪問し眩い笑顔と共に見せたのは、クロムが大切な人の訪れに合わせて示したのは――どちらもバームクーヘンだった。
誰もが知る有名なメーカーのロゴが、菓子箱を入れた紙袋に書かれている。ロゴを見ただけで中身がバームクーヘンと察した二人は、特にシエルは己のチョイスを強く呪った。
(マカロンにしとけばよかった…!)
あるいはキャンディだろうか。ホワイトデーの菓子は数多あって、彼等は同じ品を選ぶなど考えもしなかった。幸いメーカーは異なり完全一致というわけではない。
「そう落ち込むな」
「はいッス……」
クロムは涙目になったシエルの肩を抱いてなだめ、
「上がってくれ。コーヒーを用意するから待っていてくれ」
「は、はい!」
少年をリビングへといざなった。以前トロフィーをぶちまけ滅茶苦茶になった部屋は今ではすっかり整理されている。一人用のソファは処分し、代わりにテーブルと、ゆったりとした二人掛けのソファを買った。彼等が二人でくつろぐのもそう珍しくはなくなった。彼等はバレンタインデーにはチョコを、一ヶ月後にも菓子を贈り合うほどに親密な関係になった。
菓子は食べやすいサイズに予め分けられていて、二人は互いが用意した菓子を両方とも皿に載せる。クロムが淹れたコーヒーが芳香を漂わせ、リビングを落ち着いた香で包み込んだ。落ち込んでいたシエルはいつもの元気を取り戻し、そんな彼を見てクロムもまた微笑する。二人はかつての歪な関係はまるでなく、互いを尊重し想う気持ちのみがあった。
「まさかかぶるとは思わなかったな」
「そ、そうッスね…」
少年の横顔は悄然とし、まるで雨に打たれた子犬のよう。シエルはバトルでは勇ましい姿を見せるが、普段はよくなついた豆柴のように愛らしかった。彼に笑顔になってほしくてクロムは胸の内を打ち明ける。少しだけ恥じらいがあるものの、少年を想う気持ちに偽りはなかった。
「だが、嬉しくもある」
己が相手と同じ心でいるという事実を視覚化され、クロムは満更でもない。彼はこの日に贈る菓子の意味を知った上でそれを選択した。
バームクーヘン。
直訳すれば“木のケーキ”と呼べるそれは、専用のオーブンを用い熟練の菓子職人によって作れられる。樹木の年輪を連想させるあの焼き目は、菓子職人の腕前を示す指標にもなった。愛する人と歳月を重ねていく。“幸せが続きますように”という意味がこの日のそれには込められていた。
愛する人と。
(シエルと)
――ずっと一緒に。
「君と同じことを考えていたと知れて、嬉しかった。ありがとう、シエル」
「クロムさん……!」
端正な顔をほころばせる青年にシエルの目が輝きを灯す。
頬を紅潮させる少年に、青年が心からの微笑みを見せた。