「獄さん!ねこさんって、はちみつは大丈夫っすか!?」
「……は?」
「碧棺さんがはちみつ欲しがってるんすけど、はちみつ食べさせて良いのかわからなくて」
もだもだと話すのはいつものことだが、にしたって情報過多で溺れそうだ。一瞬、碧棺がねこを拾ってきたのかと思ったが、それなら空却が対応するはずだ。そこに気付くと、疑問は増す。というか、寺に着いて早々、何の洗礼だ。
「クソ坊主はどうした?」
「ねこさんに齧られてるっす」
「碧棺は?」
「空却さんを齧ってるっすね!」
わからん。二人のところへ行って聞くのが早いと判断し、灼空さんに挨拶してクソ坊主を探した。十四が二人といたのは庭だったようだが、移動してしまったらしく見当たらない。せっかく仕事の目処をつけて駆けつけたのだ、ツラくらい見せろと思うのは普通だろう。
「空却さん見つけたっす!」
どうやら離れに居たらしく、十四が騒いでいる。どうせ碧棺も一緒なんだろう。離れへ向かうと、畳の上で丸くなる碧棺がいた。空却に身体を巻き付けるようにしている。器用だな。
「銭ゲバ弁護士、ちと静かにしろ」
「は?」
「左馬刻が唸ってんだ、警戒してんだろうな」
碧棺の腹のあたりをぽんぽんと叩く手付きが妙に優しく見える。唸ってる?いくらヤクザだからといってそれは流石にないだろ。猫じゃあるまいし。何の話をしているのかついていけないのはイライラする。
「あのな----」
言葉を慌てて切るハメになった。
碧棺が此方を睨み、飛びかかる直前の猫のように唸っている。心なしか毛が逆立っているようだ。
「……?!」
「左馬刻、銭ゲバより拙僧を構ってくれるか」
起き上がり、本格的に警戒体勢になりかけた碧棺に、空却がのんびりと声をかける。怖がりな猫を宥める手付きで抱き寄せ、身長の割に小さな碧棺の頭を胸元へ招いた。子供が抱き枕を抱く仕草のようでもあり、親が子を慰めているようでもある。親猫が子猫の健康状態を確かめる仕草にも見えなくもない。
「よーしよし、いい子だな。びっくりしたな、デカい声出されてよ。もー大丈夫だぜ。引っ付いてんの、好きか?」
空却が話す内容と、今までの十四の話と、何より目の前の光景で理解する。
「違法マイクか?」
声の大きさにもトーンにも気をつけて尋ねると、十四が頷いた。どうやら碧棺は違法マイクにやられたらしい。差し詰め、猫になる効果だったんだろう。猫な、猫……。もともとが人間なんだから、はちみつはもちろん平気だろう。甘いものが欲しいのか、腹が減ったのか。
許容範囲の騒がしさ程度にはなったらしく、碧棺は空却の腕の中でおとなしい。問いかけに応えるように、クソ坊主に巻き付けた手足で空却を引き寄せている。抱きしめられ密着することで機嫌が治ったらしく、碧棺はあまり動こうとしなくなった。
「もーしばらく、離れられなさそーだわ。クソ親父に言っといてくれ」
明らかに甘やかそうとする仕草で、空却は碧棺の髪を指で整えている。
まあ、この状態であれば仕方ないだろう。碧棺に唸られるのは迫力があるから二回目はごめんだ。迅速にこの場を離れたい。付き合っている二人が密着して畳の上に転がっている現場だ。一刻も早く離れたい。
「…ん? 左馬刻どうした?」
おもむろに碧棺がモゾモゾ動き出した。空却が不思議がっている。
顔を上げ、視線をわかりやすく合わせたのだろう。様子を見ているクソ坊主に対して碧棺は顔を近づけていく。
にゃーにゃーだか、にーにーだか、そんな感じに鳴いている。猫だと割り切れば、鳴き声は可愛い感じだ。
しまいにはベロベロと空却の顔を舐め、口元を舐めている。
「腹減ってんのか?左馬刻、なんか作るか?」
甘えたいんだろうな、全力できてんな……プライドの高い碧棺をこうするとは、違法マイクは罪深い。正気を取り戻した時にこの時の記憶があったら、頭爆破してしまうんじゃないか。
「……引っ付いてっと、眠くなるな……普段よかぽかぽかしてやがる」
「空却さんは寝ちゃダメっす。碧棺さんが退屈しちゃいますよ」
現在進行形で幼児扱いされてる碧棺に同情する。頭の中が猫なら良いのか?……よくねぇな。
寂雷に違法マイクの相談はしている筈なので、今はただただ、猫になっている碧棺をどうするかだ。
なうなうと鳴きながら空却に戯れ付く姿はある意味微笑ましく、空却が嫌がらず相手をしている理由もよくわかる。
「なー、獄ぁ。厨に誰かいる筈だから、左馬刻が食えそうなモンもらってきてくれ」
「……おう」
少し顔を上げ此方に注文する空却に、何が嫌だったのか碧棺がくっつき直していた。自販機よりデカい男が全力でホールドしてくるというのは、自販機より背丈のない空却にはどんなもんなのか。特に痛がったりしていないから、平気なんだろう。
「十四も行ってきてくれ。ついでにクソ親父にさっきの言伝、頼む」
「はいっす!」
十四がデカい声出すのはノーカンなのか、碧棺。空却が動かないなら何でも良いとかか。
「左馬刻。獄が食い物持ってくっから、待ってよーぜ」
「……」
白にも見える銀の髪を撫でる手付きが、殊更優しく見えたので、さっさと頼まれたことを済ませてしまおうと踵を返す。というか、こっちを見る碧棺の目は。もしかして意識はしっかりしてるのかと疑うほどに、さっさと行けと言いたげだった。
頼みは聞くが、なんだろうか。俺は帰って良くないか。まあ、碧棺もかなり年は下だ。
「全員もれなく面倒みてやる。待ってろよ」
今後、餌を探す母猫を見かけたら、優しくするとしよう。