「さまときー、またねー」
左馬刻さんだろがと言いながら、左馬刻は律儀に手を振り返していた。幼稚園か、小学一年かくらいのわんぱく小僧の相手する様子見てただけの俺が疲れとるん何でやろ。ご機嫌に手をブンブン振って子供は元気やわ。
左馬刻のことを遊んでくれたお兄さんと思っとるんやろな。一郎と空却をコンビニへおつかいに行かせた間の暇つぶしだとか左馬刻は言っていた。
愚連隊リーダーなんてやっている男がお子様に優しく義理人情に厚いなんて、古い漫画の世界にしかないと思っていた。現実にいるとギャップがおそろしい。無骨そうな、怖そうな、綺麗な顔の左馬刻は少女漫画から抜け出たみたいな生き物だ。
「お子様に優しいんやなぁ?ささらさんより左馬刻さまがえぇって妬けるわ」
「威嚇するわけねぇだろ、俺様の腰よか背ェ無いガキによ」
それは、左馬刻がデカいからなだけやんな。さっきの子供は言うほど小さくなかった。
妹ちゃん居ると、やっぱり小さな相手への接し方が身につくんやろか。自分はお笑いのため、マナーや接客とともに学んだ側だ。息をするのと同じレベルには、多分まだでけへん。そういや、一郎と空却もがっつり年齢下やしな。何でも自分でなんとかしたがる年下二人の世話を左馬刻はやはり当たり前にやる。
息をするのと同じに、振る舞いも、マナーも、勉強もだ。当たり前のことと本人が捉えているからかされる側も拒みにくいみたいで、見ているだけだとかなりおもろい。
「守られるのが仕事の年のガキが笑って過ごしてりゃ、こっちも気分良いんだよ」
そんなもんやろか。
「守られてナンボの一郎と空却が、そろそろ帰ってくるんちゃうの。タバコのおつかいさせるなんて意地悪やんな?」
「ストックなくなると怠いからよ」
ほんま嘘が下手やな。
コンビニは程近い。ゆっくり店内を見て食い物を見繕っても戻ってくるくらいやろ。一郎や空却の年ではタバコは買えない。わかっていて行かせて左馬刻さまはいけずやわ。付き添いに空却も行かせてるから何も買わず戻る事はないだろう。一郎みたいなタイプは欲が薄くて心配になる。あれ食べたい、小腹がすいた、そんな些細なはずの欲求に蓋をしてしまう。
「お、噂をすればや。戻ってきたで」
「左馬刻さん。タバコは高校生はダメだって言われちまって、…」
「代わりにコーヒーとメロンソーダ買ってきたぜ!」
元気よく空却が笑い、飲み物の入ったコンビニ袋を投げてきた。うぇ、炭酸のもんは振ったらあかんで。
「ちっちぇのが走ってたな、遊んでやったのか?」
「せやで!」
簓さんは子供あやすのうまそうっす。と一郎が言うので笑ってしまった。遊び相手は左馬刻しかしていないのをこの高校生は知らへんもんな。左馬刻は知らんぷりしとるし、まぁ言わんでええやろ。
「ガキ口説いてねぇだろーな?」
「男の子やったで」
「……左馬刻は」
「クソガキがこれ以上増えんのは勘弁だわ」
コーヒーを開けもせず、しかし機嫌良さそうに左馬刻が言う。
四人の時よく一郎に絡むのを見ていたから、空却に対して手招きする仕草は新鮮だった。当たり前みたいに空却の肩を抱き事務所への道を歩き出す。
「クソガキで悪かったな…、離せや!」
「は、妬くなよ」
あぁ、わかりやすく耳や首の裏が赤く見える。色白は大変やんな。
上背で負けても、空却は力負けしないはずだ。肩を抱かれたままで歩くのは受け入れているっちゅーことやろ。ヤキモチ、ヤキモチなぁ。
一郎をたくさん構うとはいえ、左馬刻が空却に構わないわけではない。兄を取られたく無い弟、みたいなやつやろか。彼らの後ろを歩きながらまるでカップルみたいな身長差の二人を眺める。
ふと左馬刻が空却の赤髪に顔を寄せた。なんやろと思った瞬間匂いを嗅ぐ仕草に移行していて息が止まる。犬か猫に吸う、という行為をする動画を見たことがある。あれやわ。空却やったら猫ちゃんか。いやリアル猫吸うたらええやん。
そんなんされて、お前のもんなった気になるなっちゅうんは酷やで。ヤキモチ妬くも自然やろ。俺の感覚変なん?
「一郎はいけないお兄さんに捕まったらあかんで…」
「え、なんすか。…んなキャラいましたっけ」
君は歩きながらの読書やめときや。まあ、前を歩く二人のイチャイチャを見ていなかったなら良しとしよう。
「空却と左馬刻さんはいつもあんな感じっすから。俺は間に合ってます」
えぇ。あの二人は男子高校生の前で何やったん。けろっとしてる一郎より、もしかして空却の方が初心なんやろか。
密着したまま耳朶いじられてギャーギャー騒いどるしな。そうかもしれん。
「いちゃつくんやったらホテルでも行きや!」
「あ?何叫んでんだぁ?」
「初っ端から公開プレイはあかんで左馬刻。順序守りや…」
一郎の教育にも悪いやんと続けようとしたら、冷たいコーヒーの缶が顔面にぶち当たった。