29年目の127【こせん五七】五誕誕生日は嫌い。
俺の眼を見た母親は怯えていた。
父親はよくやったと母親を褒めた。
俺は生まれた時の記憶すら忘れられない程有能に出来ていた。
あー、生まれ落ちてしまった。
選ぶ選択肢も与えられないこの地獄に。
* * *
「地獄なら地獄なりに楽しんではどうですか?コレどうぞ」
目の前のひょろっこいヤツは言った。
何言ってんだコイツ。なにそれ?ずっと食べたかった早朝から行列の出来るケーキ屋の限定ザッハトルテじゃん。真面目が初めて授業サボったって聞いたけど、まさかコレの為かよ、ウケる。
「ー?何?何の用?ケーキ?なんで?俺はみんなが開いてくれた誕生日パーティーを滅茶苦茶楽しんだけど?ナニ?パーティーの後お持ち帰りでもされたかったの?真面目な顔してムッツリか、七海」
七海は制服のまま俺の部屋の前に立っていた。食堂で行われた誕生日パーティーの夜。パーティーの間、オマエ無言でちっちぇえプレゼント渡してきた以外、俺の側に一切来なかったじゃん。今更なんだよ。
「先輩は作り笑いも猫を被るのも上手ですからね。迷惑でしたら捨ててください。急に部屋に来てすいませんでした。それだけです」
「は?深夜に俺の部屋に来てそんだけ?サービスしていけよ。第一意味わかんね。言ってることイチミリもわかんねーんだけど」
七海は時々見透かした様な顔をするから嫌いだ。コイツの横でなら素で居ても許されるのかも、と期待させられるから嫌いだ。五条じゃない俺を見てくれている気がするから大嫌い大嫌い大嫌い。クソが。
「ふざけている先輩も最強の先輩も嫌いじゃないです。でも、時々隠し忘れている生まれてきた事すら地獄みたいな顔をするアナタが好きです。出来ることならこの先もアナタの側に居たい。アナタが好きなんです」
「は?灰原死んで頭までイカれたか?なんなんだよ。気持ち悪っ。オマエに何がわかんだよ」
「何も分かりません。このケーキを食べたがっていたことしか分かりません。それでもアナタの誕生日を個人的に祝いたかった。今此処に居てくれてありがとうございますと」
ほんと、何言ってんだよ、コイツ。
ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく!!!
ムカつくから胸ぐら掴んで、ベッドに放り投げてやった。ケーキの箱がグシャリと床に落ちて、怖い程無抵抗な七海の上に股がって髪を掴んだ。
「祝いたい?好き?ムカつく事ばっか言って煽って、なんなんだよ!………オマエ顔はキレイだよな。俺の事好きならさあ、望み通り犯してやろうか?二度と好きとか言えないくらいぐちゃぐちゃにしてやろうか!!!」
本当は誕生日が嫌いだ。用意される豪華なケーキも。溢れるプレゼントも。みんな六眼誕生に捧げられる供物。だから俺は自分以外を見下し敬われる事が当たり前の事として適応してきた。みんな俺ではなく六眼と授けられた才を見ている。蝋燭を嬉しそうに吹き消す俺なんか、誰も見ていなかったんだから。
「犯されるのが望みでは無いですが、死にそうになったら流石に抵抗しますよ。それまではお好きに」
「………っ、なんなんだよっ、何がしたい?何が望みだ?意図が読めねえ。俺の眼もイカれちまったか?オマエが視えない」
七海はうっすらと笑った。怖い程自然に。この状況で。アイツは笑った。
「視えない方が怖いですか?視える方が怖いですか?普通の眼で見えているのなら、私も努力した甲斐があります。六眼ではなく、ただ普通にアナタに見られたかった。その上で好きだと伝えたかった。私は五条家のアナタではなく、五条悟が好きなんです」
見透かした様な顔をするから嫌い。コイツの横でなら素で居ても許されると期待させられるから嫌い。五条じゃない俺を見てくれているから大嫌い。それは全部好意の裏返し。俺は、オマエと一緒に居たいと思ってしまう事が一番怖かった。
「なんで泣くんですか?」
目の前がぶれてると思ったら、俺、泣いてる?うわっ、ダセェ。なんだこれ。感情がコントロールできねぇし、なんでこんなに身体が熱いんだ。
「オマエが泣かせたんだ。責任取れ。好きならキスさせろ。ずっと横に居ろ。最悪の誕生日だ。これから毎年最高の誕生日にするって約束しろ。バカ。七海なんか嫌いだ。大嫌いだ。だから俺の全部見てろ。弱い所も、駄目な所も、普通な所も眼を背けたくなるような事も全部全部全部!!!」
「急に我が儘で支離滅裂ですね。キスでもなんでもしてください。アナタの全部が知りたい。全部好きになってしまうくらいに、ずっと好きだったんです」
七海は俺の涙を拭うようにキスをした。それから口に。いつも眉間に皺を寄せて嫌そうにしている七海の顔しか知らないのに、俺を好きだという七海の顔は少し恥ずかしそうに微笑んでいた。
* * *
「あの後、ぐちゃぐちゃのザッハトルテ二人で食べたよね。翌年は律儀に二人分のザッハトルテ買ってきて、今度は投げないで下さいよってムッとしてさ、可愛かった」
汗をかいたグラスの氷がカラリと音を立てる。注がれたギムレットは濃いめ。置かれた先は空席。
「毎年毎年、あの日からずっと最高の誕生日だった。オマエはずっと約束を守ってくれた。今年はさあ、生徒達が盛大に祝ってくれてたんだ。オマエが守ってくれた生徒達が。だから今年も最高の誕生日。オマエは最後まで律儀に約束を守ってくれた」
箱に入ったザッハトルテは二つ。綺麗な皿に一つづつ取り分けて、一つをギムレットの横に並べる。それから暫くぼんやりと皿の上を眺めて、いただきますと丁寧に手を合わせてフォークを口に運んだ。あの時と同じ味を、同じ気持ちを、五条はゆっくりと口の中で溶かしていった。
【終】