現パロ文仙/また、いつもどおりの朝がくる「眠たかったら寝てもいいぞ」
ハンドルを握る文次郎が囁く。いつもより幾分控えめな声量に、ああ私はそんなに眠たそうなのだろうか、と思いながら仙蔵は首だけで横を向いた。
「優しいね文次郎。これが留三郎だったならば罵声を浴びせていただろうに」
「だ~れがあんな奴を助手席に乗せるか!」
売り言葉に買い言葉。文次郎はしまったとでも言いたげな顔をしていたが、仙蔵はもうそれどころではなかった。心地の良い文次郎の運転で、すでに半分ほど意識を手放している状態だったからだ。
「あとは帰るだけなのに…」
「帰るだけだから寝ていいんじゃねえか」
そうは言うけどな文次郎。眠ってしまうのが惜しいほどに、お前との時間を楽しみたいんだよ。瞼をとろりと落とす仙蔵を横目で確認し、文次郎はハンドルをひと撫でしてから深く息を吐いた。
別に、今日は特別な日でもなんでもない。どちらからだったかご飯を食べに行こうと誘い、昼過ぎにイタリアンレストランへ行って二人でパスタとシカゴピザを食べた。山盛りチーズに少しだけはしゃいで、その後用はなかったが少しだけショッピングを楽しんだ。まだ真夏だというのに秋物の洋服が飾られていたので「ああ、もう八月も終わるのか」なんてありきたりな会話もしてみた。
本当に、なんてことない一日だった。
「ん…」
「起きたか?」
仙蔵が目をこすり首を伸ばすと、気遣げな声が耳に入った。随分寝ていたらしい。駐車されている様子に、今度は仙蔵の方がしまったという顔をする番だった。
「すまない、眠ってしまっていた…家まで送ってくれたのか?」
窓の外を見ると、暗闇の中で街灯が一等星よりも眩しく輝いている。仙蔵が申し訳ないことをしたなあ、と思いながらドアに手をかけると、文次郎は鍵を取り外しながら答えた。
「いいや?俺の家」
もんじろうのいえ。
「ほらいくぞ」と短く返し、ニッと笑った運転手は颯爽と降りていってしまう。
寝起きの仙蔵の頭では状況が理解できなかった。いや、理解させてもらえなかったと言う方が正しいかもしれない。文次郎は、車の中で眠ると覚醒が遅いという仙蔵の特性をわかっていた。わかっていて、こりゃラッキーと連れ帰ったのだった。
ドアを開かれ、もう降りるしかなかった。それからは、あれよあれよという間に玄関で靴を脱ぎ、背中を押されソファに沈んだ。
「風呂入るだろ?」
な?と文次郎に言われるがまま、仙蔵は「ああ、そうだよな。風呂だよな」なんて至極当たり前かのように脱衣所へ向かうが、その途中ではたと気がついた。気がついたからには確認しておきたかった。なぜってそんな、もし本当にそうならば、嬉しいのだから。
「文次郎、これお持ち帰りか?私、お持ち帰りされたのか?」
後ろを振り向けば、せっせと着替えを準備する文次郎が動きを止めることなく遠ざかっていく。少しの間を置いてから「悪いか!」という不貞腐れたような声が聞こえて、いよいよ仙蔵は笑いを堪えることができなかった。