書きたいとこだけ そのはち 水を止めてから、置いておいたタオルで顔を拭く。少し寝すぎてしまった気がする、というか寝ざるを得なかったというか。久しぶりに泥のように眠ってしまった気がする。
確かに最近、ご無沙汰だった。家の仕事は多忙で、アルバム発売も重なってプロモーションの撮影もインタビューも多かった気がする。多すぎてもうぼんやりとしかスケジュールの記憶がない。ようやく今日の一日オフがあったとはいえ、まさか帰宅早々に求められることになるとは思わなかった。久しぶりで閉じられていた自分の言葉にできない箇所を念入りに解され、私から懇願するまで待つあの人の我慢強さには驚いてしまった。学生時代は自分のことにも無頓着だったあの人が、私のためにここまで尽くしてくれる、だなんて。
なんとか首を振って昨夜を思い出しかけた思考を消す。タオルを洗濯籠へと放ってから再び寝室に戻ると、やはりあの人はいつもの作曲していた。日焼けをしていない肌がむき出しになっていて、昨夜縋るだけで見ることはなかった背中が見え、ふと気付く。
「レオさん、これって……?」
「ん~?」
まだ音楽の世界にいるらしいこの人からの返事は曖昧だ。けれど私は見つけてしまった。ほとんど傷がない綺麗な背中。その上の方に等間隔に付いた楕円形の痕がある。肩周りや脇あたりにもうっすらとあるそれは一体。気になってそっと触れてみると、わっと驚かれてしまった。
「急に触ったらびっくりするだろ~どうしたの?」
「ここに何か、痕が、」
そこまで言ってふと、気付く。この痕が、私の指の大きさとほぼ同じであることに。そして昨夜、私はこの背中に縋っていた。
ということは、まさかこれって。
「あ~昨夜ちょっと無理させちゃったから。それでかな?」
「む……無理って……」
「たまにあるぞ! スオ~からの愛の証~♪ 久しぶりの時はいつもある!」
以前からこんな痕を付けていたなんて。しかもそれを、私には教えてくれないなんて。私があなたに縋った痕がこんな風にあなたに刻まれているなんて。いくら消えるものだとしても、恥ずかしいことに変わりはない。真っ赤になった私をくすくすと笑うこの人は意地悪だ。かっこいいから、ずるい。
いつもは結ばれている髪を解いたのは私で、少し前に一緒に開けたピアスの穴を開けたのも私だ。この背中の痕も、首筋に見える赤い痕も、私がこの人に付けたもの。
この人は私のものだという証が全身にある。
「……穴があったら入りたいです……」
「……スオ~は入れられるほうじゃないのか?」
「えっちなことはいけないんじゃないんですか?!」
「いやあれだけしといて何をって感じなんだけど」
ああ言えばこう言う。いつもの言葉の応酬。付いたものは消せないし、私のことだからきっと消えたら消えたで落ち込んでしまうのだろう。天才作曲家でスーパーアイドルの月永レオに痕を残せるのは私だけだという事実が、いまだに熱を持って自分の中にある。
どうしようもなく、嬉しい、なんて。ずるすぎる。
「それよりスオ~」
ベッドに腰かけていた私の腕が引かれて、私の視界は昨夜何度も見たレオさんの顔と天井になる。ぺろ、と何度も絡めたはずの舌が見えて、ぶわっと体温が上がる気がした。何度見ても、心臓に悪い。
「この格好は目に毒だよな~?」
すり、と太腿に冷たい手が触れる。だってしょうがないじゃないですか。あなたが下を身に付けているから、私は上しか着れなかったのだから。下着だってどこにあるかわからないから、とりあえず上だけでも羽織りたかったんですよ。
もしかしたらまだ熱を帯びていそうな、昨夜一番近付いた箇所に指先が触れた。
まさか、そんな、まって、だって昨夜、たくさん、
「だから、もっかいしよスオ~。忙しかった分、まだまだたくさん触れさせて?」
降りてきた甘くて優しいキスに、私は身を委ねるしかなかった。そうしたいと思っていたのも、本当だから。