インベーダー NUI 広い宇宙の片隅にフェルトと綿でできた星がある。まだ人類に発見されていないこの星には、当然だが名前がない。ここでは仮に惑星Nとしよう。
惑星Nには、これまたフェルトと綿でできた生命体が暮らしている。二頭身で愛らしい顔をした彼らは、その見た目に反してかなり野心的だった。今日も他の惑星を侵略するための会議をしている。
『次のターゲットはこの星です』
青い瞳をした参謀が、宇宙地図に丸い手を乗せた。
『ホォ。美しい星じゃないか。まるで君の瞳のようだ』
そう言って緑の瞳を細めたのは、実働部隊のトップだ。
ちなみに惑星Nの住民には名前という概念がない。あるのは自分と他者の線引きだけ。それでは話がややこしくなるので、ここでは仮に、緑の瞳に髪が黒くて長い実働部隊トップをR、青の瞳で金髪の前髪が交差している参謀をBとする。
『そういう反応しづらい喩えはやめてください』
『つれないな』
『会議を続けますよ。あなたがこの星を落とすならどこを狙いますか?』
『そうだな……やはり雄の頂点に立っているようなヤツを狙うのが、最も近道だろう」
Rがそう言うと、Bはニヤリと笑った。彼はRならそう言うだろうとわかっていて尋ねたのだ。二人は長い付き合いだった。
『トップが本当にすべてを握っているとは限らないのでは?』
『ホォ?』
『僕ならこの星の参謀にまず近づきます。一番情報に通じていて、かつ腕っぷしのいい住民……実はもう目星は付けているんですよね』
『さすがだな』
『何でも軌道を外れた火星探査機の落下地点を予測して素手でキャッチしたとか』
『それはすごい。ではそちらは君に任せよう』
『あなたは?』
『俺は俺のやり方で攻めてみる』
『いいでしょう。どちらが先にこの青い星、現地語で言うところのチキュウを征服するか勝負ですね』
『……しばらく会えなくなるな』
『すぐ会えますよ』
そう言いながらも、Bは綿がはち切れそうな思いだった。もう会えないかもしれない。その前に伝えたいことがあるのに、惑星Nの言葉にBの心情を表すものはなかったのだった。
ワレワレハウチュウジンデアル,マダナマエハぬい
俺は、警察庁警備局警備企画課、通称ゼロの降谷零。黒づくめの組織壊滅作戦の報告書作成で三日徹夜していた俺は、仮眠室で気を失うようにして眠ってしまった。
目が覚めると……胸ポケットの中に動くぬいぐるみが入れられていた!
「君は……誰だい?」
「ぬっ、ぬぬ、ぬい」
「ふうん、ぬいくんって言うのか。君は何処から来たのかな?」
ぬいくん、と降谷が勝手に命名したその掌サイズの生命体は窓の外の空を指さした。
「そうか、空から来たのか。……僕、疲れてるのかな」
おそらくそうに違いない。もしこんなところを誰かに見られでもしたら、カウンセリングと長期の休暇を言い渡されることだろう。とはいえ、現実を無視するのも難しかった。
降谷がどうしたものかと悩んでいると、仮眠室のドアをノックする音が聞こえた。降谷がびくりと肩を揺らしたのに合わせて、謎の生命体も降谷の掌の上で飛び跳ねた。
「は、はい」
「零、起きているか……?」
ドアの向こうから聞こえてきたのは降谷が地球上で最も信頼できる男の声だった。彼なら降谷の身に起こっている異常事態を解決する糸口を見つけてくれるかもしれない。今の降谷には客観的な視点が必要だった。
「は、はい」
「今、少しいいか?」
「どうぞ……」
そう応えながら降谷は寝癖がついてないかチェックするために自分の髪を撫でた。声の主、赤井が降谷のことを「零」と呼ぶようになってまだ一ヶ月。慣れたとは言い難いのが正直な心境だった。
「悪いな、休んでるところ……」
「いえ、もう起きてましたから。何かあったんですか……えっ!?」
「君のとこにも来ていたのか……」
仮眠室に入ってきた赤井の手には、ぬいくんとよく似た生命体が乗せられていた。降谷のとは毛色と瞳の色が違う。肌の色も少し違うかもしれない。赤井によく似ている。いや、髪が長いからライか。
二つの生命体を交互に見と、どちらも元々大きい瞳をさらに見開いていて、驚いているように見える。もし彼らに人間と同じような感情の機微があるのならだが。
「そっちのは君に似ているな」
「そうですか?」
「あぁ。淡い金髪も南の海のような瞳もとてもよく似ている」
「そういう反応しづらい喩えはやめてください」
「すまん。少し混乱しているようだ」
「ええ、僕もです」
「冷静になるためにキスしてもいいか?」
「もう……一回だけですよ?」
Bは混乱していた。まさかこんなに早くRと再会できるとは思っていなかったからだ。お互いのターゲットが親しい間柄だったとは惑星Nで見たデータにはなかった。つい最近したしくなったのだろうか。しかも彼らが自分たちの造作にどことなく似ているのがさらにBを混乱させた。
それはそうと、彼らは随分と長く唇を合わせたままだが呼吸はできているのだろうか。
Bは隣にいるRに視線を向けた。あんな風にキスというやつをすれば、Rに想いを伝えられるかもしれない、Bはそんな予感に綿が膨らんでいた。
インベーダー NUI
俺はFBI捜査官の赤井秀一。因縁の組織を壊滅させ、最高にキュートな恋人を得た。今夜は休前日ということで恋人の家に泊まりに来ている。
しかし、目が覚めると……その恋人に口を塞がれていた!
「赤井、起きて」
「むぐ?」
「シッ、彼らに気付かれる」
突然起こされ上に口を手で塞がれても赤井が不機嫌にならない相手なんて、地球上に降谷の他にいない。色っぽい理由を期待しなかったといえば嘘になるが、時間を掛けて距離を縮める楽しみをもう少し味わいたいと思っていたから落胆はしなかった。
それよりも、今問題なのは、降谷の言う『彼ら』の方だ。
今夜はこの部屋には自分たち以外の生命体がいる。
何者かさっぱり見当もつかないが、それでは不便なので降谷が『ぬいくん』という仮名をつけた。もしこれが新種の生き物として認められたら、彼らはFuruya nuiという学名を付けられるのかもしれないが、おそらくそうはならないだろう。
赤井と降谷が二人きりのときを除いて、彼らは本物のぬいぐるみのようにじっとして動かなかった。まるで他の組織に潜り込んだスパイのように彼らは気配を消していた。
何か目的があるのかもしれない。
降谷は自宅に持ち帰って二体を泳がせると言った。君に何かあったら困るからと、赤井も降谷の部屋に行くというと、少し俯きながら降谷は小さく頷いてくれた。その様子があまりに可愛くて、赤井は思わず呼吸を止めていた。
部屋に着くとすぐに二体はカーテンの裏に隠れてしまった。降谷が小さいおにぎりを作ってカーテンの前に置いてみたものの、出てこない。もし本当にスパイだとしたら、敵が差し出す食べ物に手を付けないのは当然のことだろう。お互いにそういう経験がある降谷と赤井は二体を放っておくことにした。
そして、今。降谷に起こされた赤井はベッドの中から、横に置かれているローテーブルの上を見て静かに驚いた。ぬいたちがタブレットを操作しているのだ。その動作からして、タブレットに表示されている文字を理解しているようだった。
そのタブレットは赤井のものだ。寝る前にメールをチェックするために鞄から取り出した。パスコードを解除するときに、そういえば後ろから小さな気配を感じたが、プライベート用だし、相手は未確認生物だからとさして気に留めなかった。
「ぬかってるぞ、FBI!」
「すまん。それにしても彼らは何をしているんだ?」
「さあ……ネットで検索しているようですが……」
「本人たちに聞いてみるか」
「えっ」
赤井は自分の端末を枕元からそっと引き寄せると、自分のアドレスにメッセージを送った。
『君たちは何者だ?』
英語と日本語、二通りで同じメッセージを打つと、赤井は送信ボタンを押した。
ぬいたちはそのメッセージに気が付き、後ろを振り返った。こうなれば、もうベッドの中で息を潜ませている必要はない。赤井と降谷はベッドから出て畳の上に座った。
「ねえ……ぬいくんたち固まっちゃってますけど」
「そうだな」
二体は見つめ合うように立っている。少しすると、赤井、正確にいうとライだったころの赤井に似ている方が丸い手でタブレットをタップした。
『ワレワレハウチュウジンダ』
「ホォ」
「いや、ホォ、じゃないでしょう!!えっ、宇宙人!?ていうか、意思の疎通ができてる!?」
降谷と同様に金色の髪の方のぬいが綿々している。秘密にしておきたかったことを黒髪のほうが暴露してしまったようだった。
『ここへは何をしに来た?』
今度は日本語だけでメッセージを打った。それを見た二体が再び固まる。少しして黒髪のほうが動き出したものの、金髪は彼を止めようと羽交い絞めにした。力は拮抗していたが、黒髪のほうの粘り勝ちだった。
新しいメッセージの到着に赤井の端末が震える。
「なんて書いてありますか?」
「『チキュウヲシンリャクスルタメニ』と書かれている」
「へえ……?」
降谷の声がワントーン低くなる。地球を侵略するとなれば、引いては彼の日本に害をなすということだ。剣呑な色を帯びた瞳を細める降谷を見て、ぬいたちは小刻みに震えていた。
「まあ、待ってくれ零くん」
「何を悠長なことを言ってるんですか!早く簀巻きにして東京湾に!!」
自分がメッセージを打つと暴れる降谷を宥めて、赤井はもう一通メッセージを送った。
『侵略の目的は?』
『ショクリョウノカクホ』
「食料?」
赤井と降谷の声が重なった。
『君たちにとっての食料とは?』
そのメールを見て金髪の方が丸い顎に手を添えた。どう説明したらいいかと悩んでいるらしい。しばらく考えたのち、初めて金髪のほうがメッセージを打った。
『C12H22O11』
「これは……」
「アレでしょうか……?」
「アレかもしれないな」
「あっ、そういえば今日……」
降谷は立ち上がり、通勤用のカバンを何やらガサゴソ探し始めた。急に動き出した降谷にぬいたちは再び震え始めたが、降谷が手に持ってきたものを見るとフェルトにプリントされたような瞳をキラキラと輝かせた。
「今日、部下からもらったんです。僕が疲れてたから気を使ってくれたんでしょうね。ねえ、君たち、これが好きなの?」
降谷はプラスチックの袋を開けると、一匹に一つずつ金平糖を取り出した。
金平糖は砂糖でできている。さっき彼らが打ったのが化学式だとしたら、それが示すのはショ糖で、ショ糖は砂糖の主成分である。
先に口に入れたのは黒髪のほうだった。綿がつまっていそうな体の中からゴリゴリと金平糖を嚙み砕く音が聞こえるのはなかなかにホラーじみていた。
黒髪のほうは問題ないというように、金髪の方に頷いて見せた。それから二体はあっという間に、小袋に入っていた十粒の金平糖を平らげた。相当腹が減っていたのだろう。彼らが本当に宇宙から来たのだとしたら、なかなかハードな旅路だったに違いない。
これまででわかったことが二つある。一つは、彼らの主食が砂糖だということ。そしてもう一つはそれを求めて地球を征服しようとしていることだ。
地球の資源には限りがあるが、小さな彼らの腹を満たすのに金平糖五粒あれば足りるのならば、地球を侵略するほどのことでない。そのことをこの小さい生き物たちにどうやって納得させればいいか。そこが問題だ。
「僕にいい考えがあります」
降谷は唇と目じりにバーボン的な笑みを浮かべてそう言った。この顔もたまらなく魅力的だが、今はそれを伝えるべきタイミングではないことは赤井もわかっている。
「どんな?」
「お手伝いです」
降谷は自分の端末を引き寄せると、ぬいたちにこんなメッセージを送った。
『君たちの言い分はわかりました。
こちらとしては、不要な争いごとは避けたい。
君たちの地球侵略を受け入れましょう。
ただし、条件があります。
地球には「働かざる者、食うべからず」という言葉があるのを知っていますか?
もし、君たちが僕たちの役に立てば、それに見合った食料を提供する。
僕らと契約を結びませんか?』
果たしてこれを侵略と言っていいのだろうか?赤井は苦笑しそうになるのを寸でのところで堪えた。
降谷は真剣にぬいたちと交渉をしていて、ぬいたちも互いに身振り手振りで深刻に話し合っている。赤井がどちらかというと傍観者で、ぬいたちのあまり変化しない表情から心情を読み取れるようになっていたことの方に少し驚いていた。容姿が似ているからだろうか、他人な気がしなかった。
『ワカリマシタ』
ぬいたちは平和的侵略に同意した。
『ワレワレハナニヲスレバイイ?』
『とりあえず、今夜は寝よう。君たちも疲れているだろう?』
降谷はメッセージを送った指先で、二体の頭を柔らかく撫でた。降谷の思いが届いたのか、二体は降谷がテーブルの上に敷いたタオルの上で横になった。
こうして、宇宙人を自称する生き物たちに遭遇した一日は終わった。
『起きていますか』
Bが思念波を送ると、Bから『あぁ』という思念波が返ってきた。
『本当にこれでよかったんですか……』
Rには家族がいる。母親と弟に妹。さっきのフルヤという人間との契約だと、RとBは惑星Nに送る食料を得るためにチキュウに留まらなければならない。
『今からでもあなただけでも星に帰った方が……』
『君がいないならあの星もこのチキュウもそう変わらない。ならば、俺は君のそばにいたい』
『……変なひと』
本当は嬉しかった。くるくる回って、飛び跳ねたいくらいに。でもそんな風になる自分のことをうまく表現する言葉がやっぱり見当たらなくて、Bは体の下に敷かれているタオルの端を噛んで堪えることしかできなかった。
「零くん、起きてるか?」
「ん……」
降谷は眠そうな声で返事して赤井のほうを振り返った。
「どうしました?」
「……俺も君に撫でられたい」
「……ふふ」
「なあ」
「いいですよ」
おいで、と言われて、赤井は降谷の方に頭を寄せた。長い指先が赤井の毛先を弄び、地肌を抱きしめるように撫でてくれる。幼子に戻ったような、さらに大人になったような不思議な心地だった。これが恋というものの感触なのだろう。そう結論付けて赤井は瞼を落とした。
翌日、赤井は初めて宇宙船を見た。
超電導リニアのような軽量素材でできていてたそれに、可能な限り金平糖を詰めた。
知人の天才科学者の力を借りて打ち上げた宇宙船はすぐに黒い点になってしまった。
黒髪のぬいはそれをいつまでも見上げていたが、金髪のほうは黒髪の横顔をじっと見つめていた。
その様子で二人の関係がなんとなくわかった気がしたが、赤井は何も言わなかった。
「そういえば、君たちの名前は?」
昨日と同じように意思の疎通は端末で行っている。赤井が沖矢だった時に使っていた端末をコミュニケーション用に彼らに渡した。ぬいたちはあっという間に操作を覚えて、赤井と降谷だけでなく、今日出会った阿笠博士や志保とも連絡先を交換していた。
『ナマエとはナンダ?』
どうやらひらがなも使えるようになったらしい。いや、今重要なのはそこではない。
「零くん」
「どうしました?」
運転席に座っている降谷が前を見たまま返事をした。
「彼らには名前という文化がないようだ」
「へえ?どうやってお互いを認識してるんでしょう?」
降谷が尋ねるままに端末に入力すると、ぬいたちは揃って首を傾げてしまった。
「まさに異文化交流だな」
「じゃあ、こちらの文化を教えてあげたらどうです?」
「そうだな」
赤井はなるべく噛み砕いて名前というものをぬいたちに説明した。すると、彼らは降谷と赤井をそれぞれの名前で認識したらしかった。まったくもって知能と順応性の高い生き物だ。
『ナマエガホシイ』
「そうだなぁ」
「どうしました?」
「名前が欲しいと言ってる」
「ふうん」
「……俺は今、君と同じことを考えてると思うんだが、どうかな」
「おそらく、そうだと思いますよ。彼らの見た目からして他の名前は考えられないでしょう」
降谷の了承が取れたので、赤井は左手に黒髪のぬいを、右手に金髪のぬいを乗せ、彼らにむかってこう言った。
「君は今日からバーボンだ。そっちはライ。この名前を君たちにプレゼントするよ」
ぬいたちは小首を傾げた。そうだった。直接言葉が通じないのだ。赤井が同じ言葉を端末から端末へ送信すると、ぬいは初めての名前に喜んでいるようだった。
赤井が持つバスケット(最初は段ボールに入れていたのだが見た目があまりにも可哀そうだと志保から渡されたものだ)からはみ出しそうなくらいに飛び跳ねている。
「あ、こら、バーボンっ」
「え、なに?」
「いや、君じゃなくて小さいほう」
「あぁ」
バスケットから危うく飛び出しそうになったバーボンを赤井がキャッチすると、バーボンぬいが赤井を見上げた。相変わらずフェルトにプリントされたような表情だが、何か天啓を受けたような顔をしていた。
「バーボン?」
赤井が名前を呼ぶと、ぬいは小さな手を上にあげた。
「れーくん!」
「今度はなんですか」
「どうやら、言葉が理解できるようになったらしい」
「えっ」
ちょうど信号で止まった降谷が赤井の方を見た。
「名前を呼んでみてくれ」
「はあ。ライ?」
すると今度はライぬいが小さくジャンプした。
赤井と降谷は顔を見合わせた。
「……面白いことになってきたな?」
「ええ。楽しくなりそうですね!」
ぬいだってボーナスが欲しい!
「かんぱーい!」
降谷がビールジョッキを持ち上げると、赤井もそれに倣った。
ここは東都のど真ん中にある、高層ビルの屋上。今の期間しか解放されてないのがもったいないぐらいに綺麗に整備された庭園が広がっている。
そこには大小さまざまなランタンが飾られていて、二人のビールやつまみが並んだ木製のテーブルの上にも、中ぐらいのランタンが置かれている。まだ完全にあたりが暗くなったわけではないからそれだけでも十分な明るさだった。
なぜ、そんな明るい時間から降谷と赤井が飲みに来ているかといえば、降谷に臨時収入があったからだ。これまで組織に潜入していたため支給されていなかったボーナスがここでドンと降谷の口座に振り込まれたのだ。
降谷の給与明細を見た赤井がわずかに目を見開くほどの額で、それがまた降谷をいい気分にした。
そんなわけで、今夜は降谷のおごりでビアーガーデンに来たのだった。
もちろん、最近同居し始めたライぬいとバーボンぬいも一緒だ。地球外生命体である彼らはひっそりと気配を消してテーブルの上に座っている。今のところ誰にも気付かれていない。降谷は日ごろの訓練の成果が出ていることに悪い笑みを浮かべた。
二体のぬいとはある契約を結んでいる。彼らが降谷や赤井にとって有益な行いをすれば、彼らの食料である金平糖を提供する。今のところ、ベランダ菜園に水をやるだとか、赤井を起こすとか、家の中のお手伝いにとどまっているが、ゆくゆくは彼らには公安の協力者として活躍してもらいたいと降谷は考えていた。
こんなぬいぐるみのような愛らしい姿をしていながら、彼らはかなり知能が高い。しかも異世界と言ってもいいぐらい文化が違う地球にも驚くべき速さで順応している。うまくいけば世界を揺るがすスパイにだってなれるだろう。
「何か悪だくみをしてる顔だな?」
「ふふ、どうでしょう?」
「君の上司も鷹揚なものだ。君みたいな男に大金を握らせるなんて」
「人聞きの悪い。正当なボーナスですよ」
降谷がそう応えると、降谷の手に冷たいものが触れた。ぬいの手だ。
なぜ冷たくなっているかというと、夢中になってあるものを食べていたからである。
ビアガーデンといっても、二体はアルコールを飲まない。肉や枝豆も食べない。それでも降谷がここに彼らをつれてきたのは、とある名物があるからだった。
案の定、彼らは気配を消しつつも驚くべき勢いでそれを食べている。
日本の夏の味、かきごおりだ。
ほぼ糖と水でできているから、主食はショ糖という二体でも食べられるだろうという降谷の読みはあたった。
「どうした、バーボン?」
降谷は声を潜めて尋ねる。するとバーボンぬいは机の上にあるぬいようの端末のメモアプリを起動させた。こちらの言葉が通じるようになってからは、こうしてコミュニケーションをとっている。
『ボーナスとはなに?』
「ボーナスは給与とは別に支払われるお金のことだよ。僕に臨時の収入があったという話をしていたんだ」
バーボンはそれを聞くと、ライのほうに顔を向けた。二人はこうやって見合うことでコミュニケーションをとっているらしかった。それに興味を示したのは阿笠博士で、新しい発明のヒントになるかもしれないからと、二体はよく博士の家で実験に参加している。もちろん、貰うもの(金平糖)は貰っているようだ。
『ワレワレもボーナスほしい』
「えっ」
今度は降谷と赤井が顔を見合わせる番だった。
「ど、どうしましょう……?」
「何か特別な手伝いをさせるか?」
「特別ってどんな?」
「そうだなぁ……俺は子どものころにレモネード売りをさせられたことがあったな」
「レモネード……あぁ、海外ドラマでよく話に出てきますね」
「定番の小遣い稼ぎだからな」
赤井の言葉にぬい、とくにバーボンの方が目を輝かせた。地球人から得た金平糖を主に管理しているのはバーボンぬいのほうで、赤井が金平糖を渡し忘れたときなどは、なかなかの取り立てっぷりを見せる。
一方でライの方と言えば、金平糖に執着を見せることは少なく、バーボンが貯蓄用に瓶に入れた金平糖をたまにこっそり食べることがあるものの、「あれはバーボンに怒られたくてやってるな」と赤井が妙に訳知り顔で言っていた。
『レモネードうる!』
「ええー」
「レモネードなら作り方を覚えてるぞ」
料理に関しては人並みよりちょっと下と言わざるを得ない赤井だが、その様子からしてレモネード作りには自信があるらしい。赤井と彼の弟がレモネード売りをやったのだから、ちょっとした金額を稼いだことは間違いないだろう。
「レモネード……うーん」
問題はお客さんである。この生き物たちを衆目にさらすのは、降谷のスパイぬいの計画に支障をきたす可能性があるからだ。降谷と赤井の親しい人間に限って販売するとなると、大した収入にはならないだろう。
客数を増やせないのならば、客単価を増やすしかない。
降谷は何かいい案はないかとテーブルの上に目を落とした。そこではちょうどライがかき氷を食べ終わったところだった。
「これだ!」
「ん?」
「かき氷屋さんにしましょう!レモネードシロップを掛けた」
「ホオ」
「かき氷を削る機械なら家に電動のがあるから、ぬいたちにも操作しやすいでしょうし」
「レモネードより価格を高くできるな」
赤井は降谷の考えを読んでいたようで、薄い笑みを浮かべた。
自分たちの好物(ついさっき知ったばかりの)で臨時収入を稼げるとわかり、バーボンぬいだけでなくライぬいも目を輝かせている。
「あとは販売場所ですね。うちは狭いしなぁ……」
「工藤邸の庭先を借りよう」
「あなた、また勝手にひと様の家を!」
「工藤夫妻がぬいたちに会ってみたいと言っていたんだ。彼らなら構わないだろう?」
「まあ、いいですけど……」
だんだん話が大きくなってきた。
最近はこだわり系のかき氷が増えていて、夏だけでなく冬でも営業している専門店があると聞く。そんな昨今の市場において、ただ単にシロップを掛けただけのものを工藤邸の庭で売るのは降谷のプライドが許さなかった。
小さなかき氷屋の開店当日。
赤井は居候先の工藤邸で降谷たちを迎えた。降谷は赤井に挨拶をするやいなや、白いスポーツカーの後部座席から大量の荷物を下ろし始めた。
「本当に店が開けそうな荷物だな?」
「何を寝ぼけたことを言ってるんです!やるとなったら真剣にやりますよ。飲食業をなめちゃいけませんっ」
「お、おう……」
「あなたは助手席からぬいたちを下ろしてくれますか」
「了解」
赤井が助手席のドアを開けると、ぬいたちは自分で車を下りてきた。いつもの地味な色合いの衣装ではなく、スカイブルーとオリーブグリーンのアロハシャツを着ている。今日のユニフォームらしい。
「これ、君が作ったのか?」
「えっ、あぁ、シャツ?それ、バーボンが縫ったんですよ」
「ほお、器用なものだ」
赤井に褒められたバーボンぬいは胸を張ったが、降谷に呼ばれるとすぐにそちらに駆けだした。ライぬいはというと、まだ眠そうにトボトボ歩いている。朝が弱いところまでに似ているのだから、本当に不思議なものだと赤井は思った。
当初は工藤邸の庭先を借りる予定だったが、それじゃあせっかくのかき氷がすぐに溶けてしまうからと有希子夫人の提案で、クーラーの効いた応接間を借りることになった。
二人ともぬいに会うのを楽しみにしていたようで、小さな未確認生物が応接間にはいると、夫婦そろってしゃがみこんだ。
「ぬいくんたち、いらっしゃい」
優作氏が握手をしようと手を差し出すと、バーボンぬいはハッとした表情になり、ライぬいをせっついた。ライぬいはマイペースに背負っていたリュックを下ろして、中に入っていた金平糖(二体が食事を少しずつ切り詰めて貯めた開店資金だ)を夫妻に差し出した。
「出店料だと思います」
赤井が説明すると、優作氏は「なるほど」と言って片手一杯の金平糖をライぬいから受け取った。
「別にタダでいいのにね、優作」
「降谷くんの教育方針なので」
「零ちゃんは真面目ねえ」
有希子夫人はそう言うと、二体を手のひらに乗せて立ち上がった。
「君たちに会えるの、とても楽しみにしてたのよ。髪が長いあなたがライで」
名前を呼ばれるとライぬいがこくんと大きな頭で頷いた。
「あなたがバーボンね?」
バーボンぬいも頷いた。
「可愛い~~~!」
「こらこら、有希子、あまり高い場所に持ち上げては彼らを怖がらせてしまうよ」
「あ、そうね。……ん?これはなあに?」
テーブルにおろされたバーボンぬいは、荷物の中から彼らの体長と同じぐらいのサイズのメモ用紙を取り出した。
「あら、かき氷が書いてあるわ」
「はは、面白いメニュー表だね」
工藤夫妻が見ているメニューは赤井もまだ見ていなかった。夫妻の横から見ると、全部でかき氷は五種類あると書かれていた。文章の日本語がところどころおかしいので、ぬいたちが作ったのだろう。赤井の知らぬ間にワードやペイントも使えるようになっていたようだ。
「では、何を注文しようか、有希子」
「そうねえ、やっぱりここは『大人の夏休み』かしら」
「では、それを二つ。お願いできるかな?」
工藤夫妻からの注文を受けた二体は大きく頷くと準備に取り掛かった。
「ああ、ちょっと待って!今セッティングしますから!」
台所から戻ってきた降谷の手にはアイスペールがあった。それをテーブルの上に置くと、電動のかき氷機を荷物から取り出して、シロップなどをその周りにならべた。
ぬいたちはその間に、丸い手の先にビニール手袋(人間用の手袋の先を切ったもの)を嵌めて、アルコールで消毒している。この生き物の適応力の高さは目を見張るものがあるが、今回はおそらく相当数の練習もしてきたのだろう。
「はい、いいよ。美味しいかき氷を作ってね」
セッティングを終えた降谷が二体に声を掛け、頭をポンポンと撫でた。
二体はそれぞれの持ち場に着いた。ライぬいはかき氷機の上から氷を補充してスイッチを押す係で、バーボンぬいはそこにシロップを掛ける係なのだと降谷は言った。
その話通り、ライぬいが作ったきめ細かな氷の山をバーボンぬいがシロップが入ったポンプ式のボトルの下に置き、白い山を琥珀色に染めた。
「『大人の夏休み』にかかっているのは十年物の梅酒と書かれているが、君が用意したのか?」
「いえ、これは実は阿笠博士から提供していただいたんです」
「ホオ」
なんでも、ぬいたちがかき氷に合いそうなものはないかと聞いたところ、博士から(正確には、博士の健康管理をする志保から)使っていいと言われたらしい。
「ん、おいしい!」
「あぁ、濃厚だけどさっぱりしていていくらでも食べられそうだ。このアタリメのしょっぱさがまたいいね!」
工藤氏がそう言うと、降谷が嬉しそうに笑みを浮かべた。
「それは僕が作ったんですよ」
「えっ、あたりめを?」
有希子夫人が大きな瞳をさらに開いた。
「はい!釣りが趣味なんです」
そういえばいつだったか、食事に誘ったら「釣りに行くので」と断られたことがあった。まさか自分でイカを釣ってそれを干してアタリメを作っていたとは。
「おいしかったわ。ごちそうさま」
「では、これで二杯ぶんのお支払いになるかな」
そう言って優作氏が手渡したのは一キログラム入りと書かれている金平糖の大袋だった。
「これでは多すぎますよ」
「そうかい?じゃあ、チップということで」
申し訳なさそうな顔をする降谷の横で、ぬいたちは太っ腹なお客に飛び跳ねて喜んでいた。
閉店まで好きに使っていいよと言って、工藤夫妻は部屋を出て行った。
「こんなに貰ってしまってよかったのかな……」
「楽しそうだからいいじゃないか?」
「そうでしょうか……」
「そうさ。もしかしたら、次の工藤先生の新作では宇宙人がトリックに使われるかもしれない」
「あはは、いいですね!読みたいな」
人間がそう話している横で、ぬいたちは小首を傾げていた。彼らはさっきの御仁がベストセラー作家だとは知らない。いつか読ませてみるのもいいかもしれない。
「お邪魔しまーす」
そう言って応接間のドアを開けたのは、この家の住人でもある新一とその恋人の蘭だった。
「やあ、ボウヤ」
「ボウヤはやめてくださいよ」
新一は苦笑しながら、窓際にセッティングした席に恋人をエスコートした。
「いらっしゃい、でいいのかな?ここは君の家なんだけど」
「ははは!美味しいかき氷屋さんが家の中にあるなんて大歓迎ですよ」
そう言って笑う新一の前で恋人の蘭はキョロキョロと部屋の中を見回していた。
「どうかしたか?」
赤井が尋ねると、彼女は気まずそうに肩をすくめた。
「あ、いえ……新一がお二人と一緒に宇宙人が来てるなんて言うので……」
「あぁ、それならコレだ」
テーブルの上にいるぬいたちを赤井が指さすと、蘭はびくっと肩を震わせた。どうやらそういう類の話が苦手のようだ。
「え……ぬいぐるみ……わっ、動いた!?」
動くぬいぐるみを見た場合、この反応が正しい。しかし、おそるおそるぬいたちを見つめる彼女の瞳には恐怖よりも好奇心の色が強くなっていった。
「か、かわいい……!」
「うわ、マジで赤井さんと降谷さんにそっくりですね」
「そう言われると僕たちが可愛いみたいになっちゃうけど。うん、まあ、デフォルメ化したらこんな感じかもね」
「君は今のままでも可愛いよ」
「馬鹿なことを……」
降谷はモゴモゴとそう言うと、アイスペールと工藤夫妻に出したかき氷カップを持って台所に行ってしまった。
「お二人って本当に恋人同士だったんですね……」
蘭がそう言うと、新一は「あまり深く突っ込まないほうがいいぞ」と釘を刺した。
「降谷さんが台所から出てこなくなっちまう」
新一の言葉に赤井がくっくと喉を鳴らしていると、バーボンぬいが新一と蘭の間にメニューを置いた。
「お、ありがとう」
「わあ、何にしようかなぁ」
ひとしきり、ああでもないこうでもないと悩む彼らの姿は微笑ましかった。結局、二人は『あずき』と『れもん』を注文してシェアすることで落ち着いた。
「『チキュウジン特製のレモネードシロップが掛かっています』か。はは、『テキトーに作ってるわりに美味しい』って!」
「ひどい書きようだろ?」
「ということは赤井さんが作ったんですか?」
「あぁ」
赤井が子どもの頃のレモネードの思い出を話している間に降谷が氷を運んできて、ぬいたちがかき氷を作りを開始した。
「じゃあ、この『チキュウジンが丹精込めて作った餡』も?」
「いや、それは降谷くんのことだろう」
「安室さん、餡子も作れるんですね!」
蘭が尊敬のまなざしを向けると、降谷は照れたように笑みを浮かべた。
「案外簡単なもんですよ」
「へえ、私も作ってみようかなぁ」
「正月にお汁粉作ってくれよ」
「うん、いいよ」
そんな会話をしている間に蘭と新一の前に、ぬいたちがかき氷を運んできた。
「さあ、召し上がれ」
「いただきます!」
こちらの二品もすこぶる好評で、かき氷は解ける前に皿の上からなくなっていた。
次のお客は、ぬいたちも良く知る人物だった。
「いらっしゃい」
「……本当にかき氷屋さんをしてるのね?」
赤井の声を無視して、志保の視線はすでにテーブルの上に注がれていた。ライぬいもバーボンぬいも志保の来店に喜ぶように両手を挙げている。余程、博士の家でかわいがられているのだろう。
降谷が椅子を引くと、志保はそこに腰を掛けた。すかさずバーボンぬいがメニューを渡した。
「ありがとう。ふふ、面白いメニューね。……この純黒シロップって?」
志保の質問に答えたのは降谷だった。
「それは濃度の高い黒蜜なんた。ほら、普通の黒蜜だと氷がすぐに溶けてしまうから」
「あぁ、なるほど。ふふ、金平糖を可愛い店員さんのチップにできるのね?」
志保の言葉に二体が飛び跳ねる。なかなかちゃっかりしていると赤井は感心してしまった。
「じゃあ、これを一つ」
志保の注文を聞くとぬいたちはさっそく作業にとりかかった。純黒というだけあって、本当に黒い。白い山にかかるとさらにその黒さが際立って見える。一緒に出された小皿に入っている色とりどりの金平糖を乗せると小さな星空の完成だ。
志保は数粒だけ乗せると、あとはぬいたちにと言って二体の前に小皿を差し出した。働きづめだったライとバーボンは体を二つに折るようにしてテーブルの上に座ると、金平糖を口に放り込み、骨でも噛み砕くかのような音を立てながら食べ始めた。
「ふふ、お腹空いてたの?」
そう言ってぬいに話しかける姿は、本当に少女のようだ。こういう時間を彼女は幼少期に経験することができたのだろうか。あの組織の庇護下にいて、年齢以上に勉強ばかりしていた彼女に人形遊びをする時間はあったのだろうかと、赤井はつい考えてしまった。
「……何よ」
その視線に気が付いた志保は、きまり悪そうに赤井を見た。
「何ってことはないが?」
「どうせ子どもっぽいと思ってるんでしょっ」
「まあな。子どもらしくていいよ」
「ふん」
志保は黒いかき氷をスプーンで掬うと自分の口に運んだ。ぬいたちはその様子をじっと見ている。
「とってもおいしい」
小さな声でそう言ったのは赤井が見ていたからだろう。大人のフリをしなければいけなかった少女は夏休みを子どもらしく過ごすことに抵抗があるようだ。
「そう言えば、博士はどうしたんだい?」
残っていた氷を片付けるためにキッチンへ行っていた降谷がそう尋ねると、志保は小さな肩をすくめた。
「急に知り合いから実験の手伝いを頼まれたとかで、今朝早くに出掛けたわ。数日かかるみたい」
「ホォ」
「志保さんひとりかい?」
「別に平気よ」
志保はそう言ったが、組織の残党がまだどこに潜伏しているかもしれない状況で彼女を一人にしておくのは危険だ。
「俺が泊まろう」
「いいわよっ」
「じゃあ僕が」
「いいったら!あ、そうだ」
志保はぬいたちに視線を戻した。
「君たち、私のところに泊まりに来てくれない?」
ぬいは突然の志保の誘いに、揃って首を傾げた。
「博士が戻ってくるまで一緒にいて欲しいの。日当は金平糖でいいかしら?」
ぬいたちは金平糖と聞いて目の色を変えた。任せろと言わんばかりにライぬいは胸を叩いている。
「おい、ぬいぐるみのボディガードでは……」
「大丈夫よ。この子たち、降谷さんに色々仕込まれているみたいだから」
「なに?」
赤井が降谷のほうを見ると、降谷は不敵な笑みを浮かべた。前に、ぬいたちにスパイとしてのいろはを教え込むとか言っていたのはどうやら本気だったらしい。
「ライ、バーボン、志保さんの護衛をできるか?」
二体は勢いよく頷いた。本当にわかっているのかと不安に思う赤井をよそに、志保は嬉しそうにぬいたちを撫でている。その様子を見たら、不安だのなんだのと言えなくなってしまったのだった。
志保がぬいたちと一緒に行ってしまうと、工藤邸の応接間には降谷と赤井だけになった。後片付けをしていると降谷が「あの……」と赤井に声を掛けた。
「今日……うちに来ませんか?」
「いいのか?」
「え、ええ……ほら、最近、ぬいたちと一緒だったから……久しぶりに二人っきりで過ごしたいなって……」
「零……!」
思いがけない誘いに赤井は降谷を抱きしめずにはいられなかった。
「ちょ、ちょっと!有希子さんたちに見られちゃいますっ」
「大丈夫だ、あのひとは勘がいいから。ああ、でも早くここを片付けて君の部屋に行きたいな」
「……ん。僕も……あなたともっとくっつきたいです……その、ベッドの上で」
赤井はゆくゆくは降谷と初夜を迎えたいと思っていたが、初心な降谷に合わせるつもりだった。突然の解禁宣言に、赤井は驚き一瞬固まったものの、そこからは早かった。その辺にあったものをすべて降谷の車の後部座席に放り込むと助手席に乗り込んだ。
「もう、必死すぎ」
そんな赤井を見て降谷は、おかしそうに笑う。その髪は夏の太陽を浴びてレモネード色に輝いていた。