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    かとうあんこ

    赤安だいすき

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    かとうあんこ

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    秀零のれーくんがモブ王族に監禁されるはなし。

    !れーくんの首が大変なことになってる!
    !モブ・モブ視点あり!
    !シュウの喘ぎ声(?)あり!
    !シュウに泣かされるれーくんあり!

    大丈夫な方どうぞ!

    ※この秀零の馴れ初めなどは固定ツイにまとめてあります。(読まなくても大丈夫!)
    ※来年本にまとめる予定です。

    #付き合って10年同棲して1年目

    Crazy for youー君に首ったけー 降谷が目を覚ました時、部屋の中はまだ暗かった。念のために掛けておいたアラームを解除するためにスマホを手に取ると、起床予定の五分前の時刻が表示されていた。午前四時五十分。カーテンの隙間から紺色の空と金星が見えた。
     降谷は赤井を起こさないようにゆっくりと体を起こした。昨日は降谷よりも赤井のほうが帰宅は遅かった。おそらくベッドに入ったのは日付跨いだ後だったのだろう。帰宅して赤井の姿がないことにがっかりしなかったと言ったら嘘になるが、師走に入ってからはお互いに忙しかったので、会えたらいいなぐらいの気持ちだった。
     こうして寝顔が見られただけでも遠距離だったころに比べればマシだ。そう思いつつも後ろ髪は引かれるわけで。暖かく好きなひとの匂いがする布団の中から一歩踏み出せば冷たくてかたいフローリングが待っている。ああ、ここで仕事が出来たらいいのに。
     降谷が布団から出ることを一瞬躊躇ったのを察知したのか、太く逞しい腕が降谷の体を抱きしめた。
    「えっ、起きてたの?」
    「ん……起きてない」
    「起きてるじゃないか」
     降谷が手の甲をトントンと叩くと、赤井は降谷を抱き寄せた。ちがう、そうじゃない。離してくれって意味だってば。
    「こら……仕事行くから……」
    「君はこの腕の中から出られるかな……?」
    「脱出ゲームかよ」
    「ちがう……君の健康を守る会の会長だ」
    「はは、なに、それ……あ、こら苦しいって」
     赤井の腕がさらに降谷を強く抱きしめた。寝ぼけている会長に肋骨を折られる危険を感じて降谷は本気で抵抗した。
    「やっ、苦しいって!」
    「しー……俺の話を最後まで聞け」
     起き抜けの赤井の声は普段よりさらに低くて、降谷の耳朶をザラリと撫でる。
    「な、なに……?」
    「テーブルの上に……」
    「うん?」
    「おにぎりを作っておいた」
    「えっ」
    「ミソスープも作ってある。きちんと食べなさい。これ以上、痩せたら……しまっちゃうよ」
     そう言うと、赤井はまた寝息を立て始めた。重たい腕から何とか抜け出すと、赤井の腕が振れていた部分が冷たくなっていた。寝言みたいな台詞に興奮して汗を搔いてしまったことが少し恥ずかしい。
    「そんなに痩せたかな……?」
     降谷はスウェットパンツのウエストを覗いたが、自分ではよくわからなかった。

       ◇

     風見が工藤探偵事務所を訪ねてきたのは、世間がまだお正月休みを引きずっている松の内のことだった。
     風見はいつも通りのスーツ姿に険しい目つきで、年明け初めて顔を合せた赤井に「明けましておめでとうございます」とは言わなかった。
    「やあ、風見くん。君がここに来たということは、零に何かあったんだな?」
     赤井がそう言うと風見は「申し訳ありません」と深々と頭を下げた。その向こうで木枯らしが数少なった落ち葉を掻きまわして、乾燥した音を立てていた。
    「中に入ってくれ」
    「お邪魔します……」
     風見はそう言いながらも一度後ろを振り返って、乗ってきた車の方に頷いて見せた。部下が運転しているのであろう、その車はバックして広い工藤邸の庭の隅に停まった。
    「あれ、風見さん……何があったんですか?」
     赤井と風見の様子から何かを察知した新一はパッと立ち上がる。そんな新一に風見が助けを求めるような視線を向けたのに赤井は気が付いていたが見て見ぬふりをした。
    依頼人との打ち合わせに使っているソファを勧めると、風見は「失礼します」と言って腰を下ろした。
    「何があった?」
     早速本題に入ると、風見は自分から訪ねてきたにも関わらず、観念したかのような表情を浮かべた。
    「実は……降谷さんが誘拐されました」
    「ホオ……」
     赤井の相槌に風見の肩がぴくりと震える。もし彼の上司が見たら「よくそれで公安が務まるな」と叱責にしていただろう。しかし、その上司は誘拐されたという。
    「あの子を誘拐するとは……犯人は無事か?」
    「赤井さん」
     冗談を言っている場合ではないだろうと年下上司に窘められた赤井は、肩を竦めて風見に話の先を促した。
    「犯人も降谷さんも無事です。ただ……こちらからは手出しができない相手でして……」
     風見はそう言うと、自分の端末を取り出して机の上に置いた。そのディスプレイに表示されていたのは、赤井も新一もここ最近のニュースで何度も見た顔だった。
    「えっ、ハリス王子が降谷さんを!?」
    「あぁ、そうなんだ……」
     ハリスというのは、A国で王位継承権第二位を持つ王子だ。甘いルックスと派手な金遣いで常に世間をにぎわせている。そんな彼が来日するという情報が入るや否や、ネットニュースは彼が利用しそうなレストランやアパレルショップを予想していた。しかし、三日前、実際に来日してみると彼は公務をこなした後は日本の別荘にこもりっきりで、夜遊びをしている様子もない。療養中なのではないかと彼の健康状態に関する憶測が飛び交っている。
    「降谷さん、ハリス王子の警護に着いてたんですか?」
    「いや、そうではないんだが……ハリス王子は降谷さんと面識があって」
     風見はそこで言葉を濁すと、赤井の方を見た。
    「正確にはバーボンとだろう?」
    「はい……やはりご存知でしたか」
    「ハリスがベルモットと接触していたという情報はFBIにも上がっていた。あの魔女がその場にバーボンを連れて行ったとしても不思議じゃない」
     ベルモットはバーボンを情報屋としてだけではなく、自分を飾るアクセサリーのようにパーティーなどに引っ張り出していた。お騒がせセレブとして知られているハリスだが、二十代のころは危ない連中とも付き合っていたと言われている。組織の資金となっていた可能性は十分にある。そんな男が目の前に現れ、自分に興味を抱いていたとしたら。降谷がどう考えるかを想像して、赤井は震えそうになるこめかみを指で揉んだ。
    「で、犯人の要求は?」
    「今のところは何も……」
    「つまり、零自身を欲しがっていると」
    「そ、そのようです……」
    「うわあ……でも、いくら王子とはいえ、降谷さんを誘拐するなんて……一体どうやって?」
     もし降谷が聞いたら「君は僕を何だと思ってるんだい?」と言いそうなセリフだが、赤井としても気になるのはそこだ。目隠しして四肢を拘束した程度で大人しくする男ではないことを伴侶である赤井はよおく知っていた。
    「お二人は今回のハリス王子の来日の表向きの理由はご存知ですね?」
    「確か……A国の王族が貸し出したジュエリーが博物館で展示されているのを視察するため、でしたよね」
     新一の言葉に赤井は頷き返した。
    現在のところ、王子が表舞台に現れたのはそれが最後だ。そこで何かトラブルがったという噂もあったが、赤井は興味がなかったのでそれ以上の情報を追っていなかった。
    「実は、降谷さんは昨年王子とパーティーで接触しておりまして。その時に博物館で行われるレセプションへの招待を受けていたのです」
     赤井は降谷からその話を聞いていなかったが、思い当たる夜はあった。降谷はライにお仕置きをせがみ、その髪にはスパイスの強い香水と葉巻の匂いを纏っていた。どちらも熱い国の王族が好みそうな匂いだった。
     王族からの招待となれば立場的に断ることはできなかっただろう。A国の王族があの組織の資金源になっていたことを探るチャンスなのだから、降谷にはそもそも断るつもりはなかったのかもしれないが。
    「私どもも降谷さんに同行していたのですが、王子が展示されているネックレスを降谷さんの首にかけてみようと言い出しまして……」
    「え……まさか……!」
    「推定価格十億円と言われているネックレスが外れなくなってしまったのです」
     風見が自分のスマホをタップして、その時の写真を表示させた。そこにはハリス王子にネックレスを付けられている降谷が写っていた。
    「ネックレスは留め金が南京錠のようになっています。付けるときには鍵は必要ありませんが、外すには鍵が必要で……その鍵はA国にあると……」
    「ホオ……」
     赤井の相槌はさっきよりも大きくなり、風見とそして新一までもが肩を震わせた。
    「つまり、鍵が日本に来るか、零がA国に行くかしないとネックレスは外れない。王族の秘宝を持ち出させるわけにはいかないため、零は王子の別荘に監禁されているといったところか」
    「はい……一度降谷さんから電話がありまして……音声を録音してあります」
     風見はそう言うと自分の端末をタップした。そこから聞こえたのはいつもと変わらない降谷零の声だった。
    『風見か?ああ、僕は無事だ。歓待を受けているよ。しばらく仕事を休むことになるが、頼んだぞ……あ、それから、あいつには手を出すなって伝えてくれ』
     そこで音声は途切れ、探偵事務所に沈黙が下りた。
    「……どう、思われますか?」
     風見の問いかけに赤井は答えなかった。その様子を見かねて新一が話を繋いだ。
    「気になるのは、頼んだぞ、の後ですね。一度声が遠くなってる。恐らく誰かが降谷さんからスマホを遠ざけたんでしょう。スマホを取り上げられている、もしくは……」
    「両手を拘束されてる」
    「えっ」
     赤井の言葉に風見は目を見開いた。
    「あの子は大抵の鍵は解錠できる。そうさせないために両手を拘束されているんだろう。まあ、表向きは王族の秘宝を破損させないためだろうがな。どうやら、ハリスは余程零を返したくないらしい」
    「はい……パーティーで見る限り、王子は降谷さんにかなり強い執着を持っていました」
    「連れていく気なんだろう。自分の国に」
    「やばいじゃないですか」
     新一がそう思うのも無理はない。A国はどの国からの捜査も受け入れないため、FBIも何度も手を焼いて来た。外交的立場はアメリカも日本もそう変わらない。降谷をA国に連れていかれたら最後、こちらから手出しはできなくなってしまう。
    「赤井さん」
     風見のいつも以上に硬い声に、赤井は首を横に振った。
    「あの子が手出しするなと言うんだ、従うしかないだろうな」
    「……そうですか」
     風見はゆっくりと立ち上がると、ドアに向かって歩き出した。その後ろ姿は赤井がそう言うとわかっていたようだった。
    「何か進展がありましたらご連絡致します。では」
     そう言い残した風見の姿が見えなくなった途端、赤井はふてくされた子どものような顔でソファにふんぞり返ると、ドンとローテーブルに足を乗せた。
    「赤井さん……本当にいいんですか?」
    「いいわけないだろ!」
    「えっ」
     打って変わって駄々っ子のような声を上げた年上の部下に新一は半身を引いて驚いていた。
    「俺だってあの子を監禁したことないんだぞ!?」
    「そっちですか?!」
    「絶対に許さん……俺たちに手を出したことを必ず後悔させてやる」
    「うわあ……」

       ◇

    「大切なものばかりが指の間を零れ落ちてく……そう感じたことはありませんか?」
     そう言って自分を見つめるバーボンの瞳は青い稲妻のようだった。
     気乗りのしないパーティーだった。父親の弟に言われて世界的大女優に接触するように言われた。それ自体は決して難しいことではない。全指に金の指輪を嵌めた自分を見て、自分に微笑みかけない人間はいない。ただ、何度も繰り返し見た映画の主演女優も犯罪組織に関わっているとわかって、世界がより濁ったように感じた。
    ハリスは病がちな父親に変わって実質的に王族を取り仕切っている伯父の傀儡だった。従っている限り金は与えられ、大抵のことは思い通りになった。しかし満たされない空白が増えていく。そんな日々の中で出会ったのが、大女優の付き人としてパーティーに参加していた彼だった。
    伯父が兄によって投獄され、本当の意味で自由になったハリスを止める者は誰もいなかった。悪い叔父に虐げられていた可哀想な王子様。同情する目を憂いた表情で受け止めるふりをして、ハリスは本当に憂いていたのはあの組織が壊滅したという情報だった。
     バーボンは死んだ。情報屋からそう聞かされても、ハリスはパーティーに参加するたびにあの透き通るような金の髪と鮮烈な青い瞳を探すことを止められなかった。
     日本で開かれたパーティーで彼を見つけた時は息が止まるかと思った。そこから彼の身元を突き止めるのは難しくなかった。バーボンは降谷零という名で、組織に潜入していた警察官だった。
     冗談めかして求婚すると、彼は苦笑しながら左手で横髪を耳に掛けた。その薬指には控えめなシルバーリングがはめられていた。
    「へえ……今の君を今縛っているのはその鎖?」
    「悪くないですよ、ひとりの人間に縛られるのも」
     知ってるよ。もう何年も私の魂は君に縛られてるんだ。その言葉を飲み込んで、ハリスはバーボンを手に入れる策を立てた。彼の本当の組織も、パートナーも手が出せない方法を。

     夜着に着替えたハリスはバーボンのために用意した部屋へと向かっていた。特大の寝台と最新鋭の警備システム、特別な訓練を受けた護衛で守られた小さな要塞。バーボンはその部屋を見ても表情一つ変えなかった。興味なさげにベッドに腰かけて、窓の外を見る彼に欲しいものならなんでも用意すると言うと、彼は「僕の好物はご存知でしょう?」と応えた。
     彼を喜ばせられそうな情報をいくつか教えても、彼は「そんなことはもう知ってる」とふいっと窓の方に形のいい顎を向けた。
    「情報というケーキには証拠というシロップが必要なんですよ」
     本国にいる部下に証拠を纏めてこちらに送るように伝えた。甘い甘いケーキの準備が整ったことを聞いた彼はどんな微笑みを向けてくれるだろう。与えられるご褒美を夢想しながら、ハリスが厳重なロックが掛かったドアを開けると、バーボンは開くはずのない窓の前で男と抱き合っていた。
    「貴様……」
    「すみません、来るなっていったんですけど。待てなかったみたいで」
     そう言いながら、バーボンは極上の笑みを浮かべて男の胸に頬を寄せていた。
     奥歯のダイヤが嫌な音を立てる。
     バーボンのパートナーに関しての情報はすべて集めた。FBIきっての狙撃の名手と言われていたものの視力の低下を理由に退職。両親はただの公務員で、所有資産は自分の足元にも及ばない。畏怖の対象になりえない男だというのに、その緑色の瞳に見つめられたハリスはなぜか動くことができなかった。男は目の前に立っているはずなのに、はるか遠くから睨まれているような嫌な錯覚を覚える。冬を知らない肌を冷気が撫でた。
    「ネックレスはどうした……」
    「それならベッドの上に。僕に掛けていた手枷、足枷と一緒に並べておきましたよ。ね?」
     バーボンが愛らしく小首を傾げると、バーボンの男・赤井秀一はハリスから視線を外して、パートナーを見つめた。
     その隙に視線を寝台に向けると、確かにそこには王族の秘宝が純金の枷と一緒に並んでいた。
    「一体どうやって……」
     赤井はハリスの質問には答えずに「うちのが世話になったな」と言った。
    「まるで彼を取り返したようなセリフだな?ここは私のテリトリーだ。彼から離れてひとりで帰ると言うなら見逃してやってもいいが、そちらが諦めないならこちらも強硬な手段に出るぞ」
    「ああ、確かにいい別荘だ。しかし、ちょっと照明がきついな?せっかくの月夜だ。照明を落としてくれるか?」
     赤井はハリスの後ろに控えている部下に向かってそう声を掛けた。すると、部屋の照明が完全に落ちた。内部に協力者がいると思わざるを得ない状況にさすがのハリスにも緊張が走った。
    「貴様……」
    「王子、今宵のお召し物はよくお似合いだ」
    「は……?」
     ハリスが自分の体に視線を落とすと、白い夜着にはグリーンの夜光塗料のシミが付き、不気味に光っていた。細かい飛沫にペイント弾だとすぐに分かった。この夜着に着替えたのはつい十分前のこと。一体、いつの間にどこからどうやって……。
     再び二人の方に目を向けると、彼らは月明りに照らされながらバルコニーの柵に足を掛けていた。
    「バーボン!」
    「王子……」
    「私は君を本当に……愛してるんだ」
    「愛はもう間に合ってます。甘いケーキはいつでも歓迎しますけど」
     そう言うとバーボンは赤井の首に手を回し、二人は窓の外に飛び降りた。バルコニーに駆け寄って下を覗き込んだが、庭には黒いスーツを着た十数名の護衛が重なり合うようにして倒れているばかりで、バーボンと赤井の姿はどこにもなかった。

       ◇

     ハリスの別荘を脱出して二十分ほど走って辿り着いたのはコインパーキングだった。赤に白のストライプが入った派手なスポーツカーが停まっていることに降谷はすぐ気が付いた。
    「はあ、はあ、はあ……ひい~~、きっつ!!」
    「運動不足なんじゃないか?怪盗キッド」
    「泥棒稼業からはもう足を洗ったんだよっ」
     怪盗キッドは赤井秀一の顔で息を切らしながらそう言った。降谷が監禁されていた部屋に現れた彼は特別な鍵がないと外れないネックレスをいとも簡単に外して見せた。とても足を洗ったとは思えない早業だった。
     本来ならここで逮捕したいところだが、彼を逮捕するには今回は少々事情がややこしい。なんせ盗まれたのは降谷本人で、どこから盗まれたかを説明すると国際問題に発展してしまう。これまで世間を騒がせてきた怪盗キッドは何一つ証拠を残していない。つまり、すべての犯罪を彼の仕業と証明することができないのだ。つい数か月前にも降谷は彼を接触したが、その彼と今目の前にいる赤井秀一の変装をしている男が同一人物だという証拠も降谷の勘以外に何もなかった。
    「まあ、そういうことにしておいてやろう。しかし、もし次に窃盗を企てたら……」
    「わあってるよ!今回はこの前の借りを返したまでのこと。二度とあんたとその夫に会うことはない」
     怪盗キッドはイーっと歯をむき出しにした。赤井が絶対にしないであろう表情に降谷は思わず笑ってしまった。自分が愛してやまない男の顔から紡ぎ出される声が新一のものだというのがまたおかしい。ハリスに対峙している時に赤井の声を模写していたが、彼にとっては新一の声の方が真似しやすいのかもしれない。
    「じゃあなっ」
    「あ、おい、赤井はどこにいるんだ?」
     車の運転席には誰もいない。しかし赤井がこの近くにいるのは間違いない。あんな射撃ができるのは赤井しかいないと降谷は知っていた。
    「そのうち現れるんじゃねえか?いやあ~あの男はやばいな。どこかから王子を狙撃するって知っててもいつ撃ったのかまったくわからなかったぜ。あれが実弾だったら殺されたことにも気が付かないまま死んじまっただろうな」
     怪盗キッドはぶるりと体を震わせると、今度こそ闇夜に溶けてしまった。
    「ですって。国際指名手配犯にあそこまで言われるなんて、さすがですね?」
     怪盗キッドが去っていった闇とは別の方の聞にそう声を掛けると、コツコツと足音を立てて赤井が現れた。
    「泥棒からの評価に興味はない」
    「そう言うと思った」
     振り返って赤井を見た降谷はおやと思った。その顔は無表情で嫉妬も怒りも自分に向ける「おかえり」もなかった。
    「赤井……?」
    「帰るぞ」
    「あ、うん」
     赤井が運転席に乗り込むのに続いて降谷は助手席に乗り込んだが、赤井は一度も降谷のほうを見ようとはしなかった。胸が騒めく。隣にいる男が何を考えているかわからない。
    「えっと……心配かけてすみませんでした」
     様子をうかがうように口先に謝罪を乗せると、赤井はポーカーフェイスで「ああ」とだけ返した。
    「怒ってる……?」
    「いや」
     意地悪をされているとは感じない。ただ二人の間に無色の空白があるかのようだった。降谷は赤井の横顔を見つめている間に車は発進した。横を通り過ぎる街灯に照らされた赤井は訓練された軍人のようだった。
    「ライみたい」
     そう口に出しそうになって降谷は唇を引き締めた。赤井は降谷がライの名前を呼ぶのを嫌がる。今ここでその名前を呼べば赤井の態度がさらに硬化するのは火を見るよりも明らかだ。
     終始無言のまま自宅に着き、玄関の中に入ってもなお赤井は降谷に触れようともしなかった。
    「言いたいことがあるなら言えよ!」
     しびれを切らせた降谷がそう言うと、赤井は静かに振り返った。
    「今日はゆっくり休みなさい」
    「え……」
    「俺は書斎に籠るから、何かあったらメッセージを入れてくれ」
    「ちょ、ちょっと……!」
     降谷の動揺を気にも留めず、赤井は自分の書斎に入っていった。そして、結局翌朝まで降谷の前に姿を現さなかった。


    「いや、赤井さん、よく我慢したと思いますよ」
     仕事終わり、新一の事務所に顔を出した降谷が赤井の奇行について話すと、彼から返ってきたのは意外にも称賛の言葉だった。
    「えっ?」
    「赤井さん、相当怒ってましたから。ハリス王子に実弾を打ち込むんじゃないかって、ヒヤヒヤしてたんですよ」
    「えっ、そんなに?」
     しかし、昨夜の赤井の様子からはそんなのは微塵も感じられなかった。組織の任務を片付けたライのようだったと説明すると新一は「はあ」と訳知り顔で腕組みをした。
    「感情を消さないとヤバいぐらいだったってことでしょう」
    「……僕、嫌われたのかな……」
    「いやいや!逆ですよ!赤井さんが何に一番怒っていたかって、自分でも監禁したことない降谷さんを他の誰かに監禁されたことなんですからね?」
    「え……そこ?」
    「そこなんです。もし赤井さんが我慢してなかったら、降谷さん、今頃は本気の赤井さんに監禁されてましたよ?」
     降谷はさっと血の気が引くのを感じた。本気の赤井に監禁されたら降谷でも脱出するのはかなり厳しい。冬の雪深い森で赤井に追いかけられるところがなぜかありありと浮かんで、降谷は自分の指先をすり合わせた。
    「今は刺激しないほうがいいと思いますよ。赤井さんの気持ちの整理が付くのをゆっくり待ちましょう」
     
    「そう言われてもなあ……」
    降谷は自宅のキッチンで鰤照りを作りながら独り言を漏らした。赤井が自分のことを嫌いになったわけではないことに安堵はしたものの、降谷は降谷で気持ちの整理が付いていなかった。
     赤井を刺激しないように時が経つのを待つのが一番いいのだと、降谷も思う。それでも……。
    「ただいま」
     玄関から赤井の声が聞こえて、降谷はコンロの火を止めた。
    「おかえりなさい、赤井!」
     降谷が駆け寄ると、赤井は柔らかな笑みを浮かべてくれた。昨日のような無表情ではないものの、新一から話を聞いたせいか、どこかブレーキを掛けているように見えた。
    「今日は早かったんだな」
    「ええ、まあ……」
     昨日の今日だからな、という言葉は言わないでおいた。蒸し返せば赤井がまたライになってしまうかもしれない。降谷が赤井のコートを受け取ろうと手を差し出すと、赤井はほんの少し体を後ろに引いて、コートのボタンに手を掛けた。
     今朝からこの調子なのだ。赤井は降谷が触れようとすると、わずかに避ける。まるで触れられたらタガが外れてしまうことを危惧するかのように。そんな赤井の態度が降谷は寂しかった。
     ハリスに拘束されている間、数多の窮地を脱してきた降谷でも最悪のパターンが頭の片隅にあった。もしA国に連れていかれたら、赤井に再会できるまで数か月はかかるかもしれない。もちろん、そうはならないように手は打っていたが、長く公安に勤めている降谷は常に複数のプランを立てる。最悪の最悪を考えて、もっと好きだといえばよかったと考えずにはいられなかった。
    「あの……好きです」
    「ああ、俺の好物を作ってくれたんだな。ありがとう」
     そう言うと赤井は外国育ちとは思えない器用な箸使いで鰤照りを口に運んだ。そうじゃない、と頬を膨らませる降谷に赤井は微笑むばかりだ。
    「あ、あのっ!僕、今週の金曜日はもっと早く帰れそうなんです!」
     ここまで言えば普段の赤井なら降谷の意図をくみ取ってくれる。今はどうかというと、降谷が熱視線を送っているにも関わらず赤井の目はほうれん草のお浸しに注がれていた。
    「俺も金曜は休みだ」
    「えっ!」
    「君は何時ぐらいに終わる?」
    「えっと、ポアロのヘルプに入るだけなんで、午後三時には……」
    「ふうん」
     会話はそこで途切れてしまった。やっぱり時間が経つのを待つしかないのだろう。幸い、一月は例年あまり忙しくない。付き合いたての頃を思い出して、徐々に距離を縮めればいい。
    降谷はそう思っていた。金曜日の朝、目が覚めるまでは……。


    その朝、降谷は自分の横にある温もりが動く気配を感じて目を覚ました。
    最初に見えたのは漆黒の髪が豊かな頭頂部だった。ああ、赤井がやっと同じベッドに入ってくれた。ハリスの別荘から帰っての数日間、赤井は書斎にあるソファで寝起きをしていた。降谷は嬉しくなって布団の隙間から見えた頭を撫でたが、そのサイズはいつもよりぐっと小さく、しかも髪は長く掛布団の端からはみ出していた。
    「おはよう、零くん」
    「め、メイちゃん!?」
     降谷のベッドに潜り込んでいたのは赤井の姪であるメイだった。悪戯が見つかった子どもらしい笑みを浮かべているが、その手にはしっかりとスマホが握られている。ディスプレイを見ないで操作する様は小さなスパイのようだ。
    「あら……起きたのね?」
     そのタイミングで寝室に入ってきたのは姪の祖母であるメアリーだった。
    「め、メアリーさん!?」
    「おはよう。ああ、本当に君が無事でよかった。怖かったでしょう?」
    「あ、えっと」
     メアリーに頬を撫でられて降谷の背筋がピンと伸びた。彼女はハリスに誘拐されたことを心配してくれているのだろうが、降谷としては来ると予想していたハリスの策略よりも、目が覚めたらメイとメアリーが部屋にいたことのほうが心臓に悪かった。口が裂けても言えないけれど。
    「あのクソ……いえ、馬鹿王子は私の方で制裁を加えておいたから安心して頂戴」
    「えっ!?」
     安心要素のまったく感じられないメアリーの不敵な笑みに、降谷は横目で自分のスマホを探した。今日登庁している部下から何か連絡が入っているかもしれないと思ったのだが、あるはずの場所にスマホがない。
    「ふふ……我が国とA国は日本よりも長い国交の歴史を持っているから、あのク……馬鹿王子の弱みはいくつも握っている。もうあなたには手出しができないわ」
     そう言うと、メアリーは自分のスマホのディスプレイを降谷の前に出した。そこにはネットニュースが表示されていて、『ハリス王子緊急帰国』という見出しが躍っていた。いつもファッションにぬかりない彼が無精ひげを生やしたまま自家用機に乗り込んでいる写真も一緒に掲載されている。
    「零くん、よかったね」
    「あ、ああ……」
     メイが無邪気に笑いかける。しかし、彼女が祖母からあっちの筋の英才教育を受けていることを知っている降谷は、二人が突然自分を尋ねて来た理由が「心配だったから」だけではないことをヒリヒリと感じていた。
    「えっと……お二人は今日はどうして……?」
    「あなたを警護するためよ。ハリスは追い返したけど、その部下がどこかからあなたを狙っているかもしないもの。ね?」
     孫に微笑みかけるメアリーだが、彼女がそんな手ぬるい制裁を掛けるとは思えない。きっと今頃、A国の要人は部下もろとも空の上にいることだろう。
    「さあ、着替えたら朝食よ。メイ、手伝ってちょうだい」
    「はあい」
     そう言ってメイを先に部屋から出してメアリーが降谷を振り返った。まさか着替えまで手伝うというのかと降谷が身構えると、メアリーはふっと笑った。
    「一応、息子の名誉のために行っておくけど、私にそれを依頼してきたのはあの子じゃないわ。あなたの組織の人間から話があったのよ」
    「えっ」
    「あなたを誘拐されたことをかなり怒っているようだったわよ。あの様子じゃ、接触をしたのは私だけじゃないでしょうね。きっと他の国にも話が言ってるんじゃないかしら?」
    「直接会われたんですか!?」
    「いえ、電話で。田中という男からね」
     ここまで言えばもうわかるわね、と言ってメアリーは寝室を出て行った。
    これまたやっかいな名前が出て来た。降谷は田中への言い訳を考えながら着替えを済ませると、リビングへと向かった。
    ダイニングテーブルにはフルブレックファーストが用意されていて、メイはフォークを持って降谷の口まで給仕してくれた。その様子を微笑ましそうに眺めながらメアリーが紅茶を淹れてくれる。立ち上った香りは赤井が好んでよく飲んでいる紅茶のものだったが、肝心の本人はどこにもいなかった。
    「あの、秀一さんは……?今日は休みだと聞いていたんですが」
    「おじさんならバイトに行ったよ」
    「えっ、バイト?」
     膝の上にいるメイに聞き返すと、彼女はこくんと頷いた。
    「喫茶ポアロってところにヘルプに入るんだって」
    「えっ」
     驚いて立ち上がろうとする降谷の肩にメアリーの手が乗った。
    「つい数日前に誘拐されたばかりだというのに喫茶店のヘルプに入ろうとしていたんですって?」
    「あ……」
     ようやくメアリーとメイが派遣された理由が分かった。これは赤井と赤井ファミリーによる監禁なのだ。降谷がポアロに行かないようにするための……。降谷の脳裏に「赤井さん、よく我慢したと思いますよ」という新一の言葉が蘇った。
     そうだとしても降谷の代わりに赤井がヘルプに入るなんて心配しかない。メイとメアリーが一緒に朝食の後片付けをしている隙を見て、降谷は玄関へと向かった。思った通り、玄関には車の鍵も靴もなかった。それでも外に出さえすればどうにでもなる。
     そう思った降谷が玄関を開けると、そこに立っていたのは赤井の弟で先読みの天才である羽田秀吉だった。
    「おはようございます」
    「お、おはようございます……」
    「いやあ、朝から母と娘がお邪魔しちゃってすみません」
    「い、いえ……」
    「僕もお邪魔していいですか。久しぶりに降谷さんに一局お相手願えればと思って、将棋を持ってきたんですよ」
     秀吉はそう言うと自分のバッグを指さした。
    「あ、いや、これからちょっと……」
    「おや、お出かけでしたか?……それはいけませんねえ」
     秀吉はそう言うとにこやかな笑みを浮かべたまま呼び鈴を押した。
    「あ、お父さん!」
    「秀吉。思ったより早かったわね」
    「ああ、予定より早い新幹線に乗れたんだ。さあ、降谷さん。観念してお部屋に戻ってくださいね」
    「はい……」
     にこやかな家族に囲まれて、降谷零は生まれて初めて脱出を断念したのだった。


       ◇

    沖矢昴が自宅の玄関を開けると、姪が伯父の顔を不思議そうに見上げていた。
    「おじさん、どうしてそんな変装してるの?」
    「ホオ……一目で俺だとわかったか」
    「わかるに決まってる」
     メイは馬鹿にされた思ったらしく、ぶうっと頬を膨らませた。この姿を赤井だと見破れなかった同僚たちを思い出して、赤井が忍び笑いをするとメイは玄関で靴を脱いだ赤井の足を押した。
    「零くんに会う前にいつもの顔に戻ったほうがいいと思うけどっ」
     メイに押されるがまま赤井はバスルームに向かった。
     ウィッグを外して特殊メイクを剥がしていく赤井を、メイは洗面台の縁に腰かけて興味深げに見つめていた。
    「零くんはご機嫌斜めだったか?」
    「ううん。お父さんと将棋をしたり、グランマとワインを飲んだり楽しそうだったよ」
    「それは良かった」
     家族という真綿でくるまれる監禁生活のほうが彼には効くと思ったが、どうやら正解だったようだ。しかし、メイは「でも」と言って唇を突き出した。
    「寂しそうだった」
    「……そうか」
    「零くんは何度も窓の外を見てたよ。多分、おじさんに会いたかったんだと思う」
    「ホオ」
    「ねえ、ふたりは喧嘩してるの?」
    「いや」
     変装を完全に解いた赤井は、いつもより視線が近いメイに見つめられて苦笑する。自分でも持て余しているこの感情を六歳の彼女に説明するのは難しかった。
    「好きすぎてどうしたらいいかわからないんだ」
    「ふうん……」
     メイはそう言うと黒のスキニーパンツを履いた足をプラプラと揺らした。
    「愛の形は人それぞれだから、おじさんが想うようにしたらいいんじゃない?」
    「え?」
    思いがけない言葉が返ってきて赤井はメイをまじまじと見つめ返した。
    「うちはお父さんがお母さんにベタベタするけど、お母さんはそうじゃないでしょ?だから『お母さんはお父さんのこと好きじゃないの?』って聞いたんだ。そうしたらお母さんが、愛の形は人それぞれでベタベタしたい人はそうするし、そうじゃないお母さんは他の方法でお父さんに好きって伝えてるんだって言ってた」
    「……そうだな。君のお母さんが正しい」
     赤井がそう言ってメイに腕を差し出すと、メイはひょいと赤井の体に飛びついた。
    「私もベタベタするのは得意じゃない……だけど、零くんのこともおじさんのことも……気に入ってるよ」
    「それはどうも」
     赤井が姪を抱き上げたままバスルームを出てリビングに行くと、降谷と弟の秀吉が対局している真っ最中だった。母親はその盤上を眺めながらワイングラスを傾けている。
    「戦況はどうだ?」
    「零さんは面白い手を打ってくれるからとても楽しいよ」
    「秀吉のほうが危うかったときもあったぞ」
    「か、母さんっ」
     そんな会話をしている間も降谷は片手を顎に当てたまま盤面を睨みつけていた。
    「ただいま」
    「おかえりなさい……もう少しでいい手が思いつきそうなんで秀吉さんと会話を続けててください」
    「はは、了解」
     赤井はメイを秀吉の膝の上におろして、パートナーに加勢すべく弟の気を引けそうな会話を探した。
    「名古屋から直接来てくれたそうだな」
    「うん。昨日、向こうで対局があってね」
    「お父さんが勝ったんだよね」
     メイはいつになく子どもらしい声を出したかと思うと、父親の首に抱き着いた。ついさっき、スキンシップは得意じゃないと言っていたから、彼女なりに降谷に加勢しているつもりなのだろう。そんなこととは露知らず、弟は愛娘からの貴重なハグにデレデレと頬を緩めた。
    「それはめでたい。では、夕飯はピザでも取ろうか。お前が好きなチーズがたっぷり乗っているのを」
    「よかったね、お父さん」
    「よし、これでどうですか」
     降谷の指先からパチリと小気味いい音がして、秀吉ははっと盤上を振り返った。
    「そうきましたか」
     そういう口ぶりはまったく困った風はない。自分たちの加勢が大して功を奏しなかったことに赤井とメイは顔を見合わせて小さく苦笑した。
     そのあとはピザを注文する前に真純もやってきて、ピザが届くのとほぼ同時に仕事帰りの由美も現れた。秀吉の勝利を祝う宴はいつの間にか麻雀大会に姿を変えて、メイが目を擦り始めたのを機にお開きとなった。
     彼らが帰ってしまうと、部屋の中が急に静かになった。酒とピザの匂いだけが賑やかで、すこし気まずい。降谷も同じことを感じているようで、赤井の後ろに立っている彼はいつになく静かだった。
    「喚起しようか」
    「えっ……あ、換気?そ、そうですね……」
     振り返ると降谷は窓の方へと踵を返した。その耳は、あれきしの酒で酔うはずないというのに赤くなっていた。
    「監禁と聞き間違えた?」
    「ち、ちがうっ」
     降谷が逃げるように廊下を歩きだすのを赤井は両腕で抱きしめた。本当はずっとこうしたかった。歯止めが利かなくなりそうで、アカデミー時代に受けた訓練を持ち出してしまうぐらいに。そんな赤井の腕のなかで降谷は身じろぎ一つしなかった。どうしたらいいかわからないんだろう。彼を拘束するには手枷も足枷もいらない。愛を注げば注ぐほど、彼は戸惑って身動きできなくなってしまう。彼はいつだって一生懸命だった。きっと今も監禁されたと勘付いてながらも、その優秀な脳は受けた愛を返さなければと考えているのだろう。
    「君は変らないな」
    「……変わった方がいい?」
    「いや。君の好きにしていいよ。俺も好きにするから」
    「……うん、好きにして……どんなあなたでも僕は愛してる」
    「俺もだよ」
     変わらないものなんてない。変化して進化して退化して、それでも愛は続く。
    「だけどっ」
     降谷は赤井の腕の中でくるりと向きを変えた。
    「僕だって、あなたのこと監禁したいっ」
    「ホオ……俺はどこに閉じ込められてしまうのかな?」
    「べ、ベッドの中……嫌って言ってもダメですからね」
    「まさか。君になら喜んで監禁されるよ……あー、その前に一本吸ってきても?」
    「だめ。口寂しいならこっちにして……」
     そう言うと降谷が赤井の唇に自分のを押し付けた。ビールとトマトとチーズ、そして甘い甘い彼自身の香り。楽しい監禁生活がはじまる予感に赤井の胸は高鳴った。

     赤井に手錠をかけ、ひとりで風呂に行った降谷は、上気している肌にシャツ一枚の姿で戻ってきた。その手には何やら怪しげな小瓶。ベッドの上に監禁されている赤井がヒュウと口笛を吹くと降谷はニコリと笑って見せた。
    「いい子に待っていたみたいですね」
    「もちろん。さて、俺はどうなってしまうのかな?」
    「あなたはこれから僕に拷問されるんです。あなたが一番嫌な方法で」
    「ホオ」
     監禁部屋となった寝室。いつもとは違うアロマが焚かれ、間接照明だげがベッドの上を照らして怪しい雰囲気が漂っている。そんな部屋の主である降谷は赤井の前に跪くと、小瓶の中身を手のひらの上に零した。
    「それは?」
    「ただのマッサージオイル……だと思う?」
     降谷は手のひらを合せてオイルらしきものを温めると、すでに全裸にされている赤井の両太ももの上に手を置いた。
    「……熱いな」
    「ふふ、そういうお薬が入ってるんです」
     ただ手のひらであたためたとは思えない温度に赤井は鼻で息を吐いた。降谷は妖艶に微笑みながら、そんな赤井の大腿筋をゆっくりともみほぐしていく。
    「こんなに固くして……何日もソファで寝たりするからですよ……」
    「あっ……零……それ以上は……」
    「ふふ……だあめ。さあ、今度はベッドの上にうつ伏せになって?」
     赤井は小さく首を横に振った。彼の拷問方法はもうわかっている。うつ伏せになったりしたらとんでもないことになってしまう。
    「言うことを聞かないと……こうですよ?」
     降谷は赤井の太ももの外側に手を滑らせると、親指を力強く沈めた。
    「あっ、だめだ、零、そこは……!」
    「うつ伏せになれますか?」
    「なる……なるから手を離してくれ……」
    「いい子」
     降谷の手が離れると、赤井は渋々ベッドの上に寝転がった。その背後で降谷が自分に跨る気配がした。
    「ああっ、くっ……」
    「力を抜かないと後が辛いですよ?」
     そう言いながらも降谷はオイルたっぷりの手のひらで赤井の背中を大きく撫でた。これから始まる拷問を想像して、赤井の体に緊張が走った。
    「君が望むものは何でも差し出す。だから、もう……」
    「赤井秀一はそんなこと言わない!」
     降谷はぎゅっと赤井の首の付け根を抑えると、骨の両脇のコリをほぐすべくに手の付け根でぐっと押した。
    「ああっ……んっ」
    「ふふ、あなた、僕のこと変わらないって言ってましたけど、あなたも変わりませんよね。昔も今も、マッサージが苦手なんて」
     降谷はそう言って赤井の肩を揉む。熱いオイルのせいで体の内側までこねられているような感じがして赤井は「ぐう」としか言えなかった。
     元々体を触られるのが苦手だった。もちろん最愛の降谷とセックスをするときに体を撫でられるのは嫌じゃない。それでも今みたいに体を捏ねるように触られるのはどうしても好きになれなかった。加えて、今のようにうつ伏せの体勢で降谷に体をまさぐられると、素直な赤井の赤井は固く大きくなるのに自重で圧迫されて苦しい。だからと言って腰をモゾモゾを動かすのは、まるでベッドシーツでマスターベーションをしているみたいで絶対に嫌だった。
    「零……頼むよ……」
    「そろそろお口も解れて来たみたいですね?じゃあ話してもらいましょうか」
    「何が知りたいんだ……?」
    「赤井が最近嫌だと思ったことを話して」
    「嫌だと思ったこと?そんなの……ああっ、零、やめてくれ、背筋をそんな風に捏ねるなっ」
    「だって、ガチガチですよ?ほら、こことか……」
    「あっ、だめだっ、その手の動きを止めないと俺は話さないぞっ」
    「はいはい」
     降谷は仕方ないと言った様子で赤井の背中の上に寝そべった。
    「これでいい?」
    「ああ……」
     マッサージされるよりはマシとはいえ、これはこれで蛇の生殺しである。なんせ赤井の上に寝そべっているのはいつのまにかシャツを脱いだ降谷の素肌なのだ。腰のあたりが重くなり、赤井の赤井はさらに苦しくなる。
    「嫌だったことを話せばいいんだろ?あー……君があのくそ王子に監禁されたこと」
    「うん、ごめんね」
     降谷は赤井の頬にちゅっとキスすると、まだ洗っていない髪を指で掻きませた。
    「こら、匂いを嗅ぐな……」
    「赤井の匂いがする……スー……」
     降谷の顔を遠ざけようと手を持ち上げようとしたものの、ジャラジャラと鎖の音がするばかりで赤井の手は降谷まで届かなかった。まったく、いつの間にこんなものを購入したんだ、零くん……。
    「他にもあるでしょ、嫌だったこと」
    「あー……どうかな……」
    「しらばっくれるとこうですよ……」
     そう言うと降谷は自分の膝で赤井の大殿筋をマッサージした。赤井は一番苦手な場所を刺激されてベッドの上で足をばたつかせた。
    「わかったっ、話すっ……君が……」
    「僕が?」
    「俺以外の男の胸に抱き着いた……」
    「ふん、そういう作戦立てたのはあなたでしょ」
    「あんなうっとりした顔しなくてもいいだろ!俺がどんな想いでスコープを覗いていたか……!」
    「それで僕を拒否するなんて本当に勝手な男」
    「拒否してないっ」
     赤井はそう言うや否や、ぐるりと体を回転させて、降谷を腕に抱きながらベッドの下に落ちた。何が起きたかまだ分かっていない降谷は赤井を見上げて目をパチクリさせた。
    「形勢逆転だな?」
    「あっ」
    「今度は君の番だ。君にも快楽拷問を受けてもらうぞ、零……」
     赤井は手錠でつながれたまま降谷の上に跨ると、ベッドサイドにあった小瓶を手に取った。
    「あ、それ、だめっ」
    「ホオ……貴重なものなのかな?」
     赤井は降谷の焦る顔を見下ろしながら、小瓶の蓋を外してダイレクトに降谷の胸の上に零した。
    「あっ、だ、だめっ、そんなことしたら……っ」
    「そんなことしたら?」
    「……いつもよりエッチになっちゃう」
    「はは、最高じゃないか。だが、俺だけ手錠に繋がれてるのは面白くない。そうだ。君にはこれを……」
     赤井は降谷が脱ぎ落したワイシャツを手に取るとそれを降谷の顔に巻いた。
    「雑な目隠しですねえ」
    「ホオ……随分と余裕じゃないか」
     赤井は片手で降谷の両手首を纏めて拘束すると、彼に気が付かれないようにベッドサイドの小引き出しからチョーカー型変声期を取り出した。
    「バーボン……会いたかったよ……」
     ハリスの声でそう言うと降谷の体がびくりと震えた。
    「馬鹿っ、悪趣味っ」
    「そんなこと言わないでくれ……俺は君とずっとこうしたかったんだ……」
     赤井が空いているほうの手で降谷のオイルを纏った胸を撫でた。
    「綺麗だよ、バーボン……」
    「本当に嫌だ!やめろ、赤井っ」
    「こんな姿になってもまだ夫の名を呼ぶとは……健気でかわいいな。その口が私の名前を呼んでくれるようになるまで可愛がってやろう……」
    「うう……最低、本当に最低……信じらんない……」
     降谷の声が湿り気を帯びてきたのを感じて赤井はチョーカーを外し、降谷の目隠しを外した。予想通り青い瞳から透明な雫が零れていた。
    「泣くほど嫌?」
    「当たり前だろっ!」
     そう言うと降谷は殴りかかる勢いで赤井に抱き着いた。
    「赤井じゃなきゃ嫌だっ」
    「俺も君がいい」
    「もう二度とやるなっ」
    「ああ、わかった。君を泣かせるようなことはもうしないよ」
     赤井はそう嘯くと降谷の顔中にキスを降らせた。その泣き顔が可愛くてそそられるということは当分秘密にしておいたほうがいいだろう。

    「それで、あの小瓶は何が入ってたんだ?」
    「え?ああ、ただのマッサージオイルですよ」
     事後の掠れた声で降谷はそう言った。かなり盛り上がったようというのにただのオイルだったと聞かされても赤井は俄には信じられなかった。
    「プラシーボ効果ってやつでしょ……僕もう眠い……」
    「ああ……いや、待て。俺の手錠の鍵は?」
    「んなもんなくても、外せるでしょ」
     降谷はそう言うとスヤスヤと寝息を立てた。赤井の目隠しを雑と言った彼だが、彼も彼でなかなか雑な監禁主だ。赤井は十秒足らずで手首から枷を外したものの、なんだか不完全燃焼な感が否めなかった。
    「まったく……癖になったらどうしてくれるんだ」
     赤井が鼻をつまむと降谷は「んん」と返事をした。
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    かとうあんこ

    DOODLE一度別れた赤安がバディを組んで幽霊退治(?)をする話、第三話。
    「その日のことはよく覚えてます。パパと姉貴とわたしの三人でママの誕生日プレゼントを買うために出掛けていたんです。姉貴は小学生、私は保育園に通っている頃で、パパが贔屓にしているアンティークショップに……え?名前?なんだったかなあ。随分前に倒産しちゃったから、もうありませんよ。……いえ、ママはドールハウスには全然興味なくて。アンティークショップのガラスの戸棚に飾られていたワイングラスをプレゼントすることにしたんです。それをお店のひとがラッピングしている間に、オーナーさんが『お嬢様たちにこちらはいかがですか?』と言って見せてくれたのが、そのドールハウスでした。本物の西洋のお屋敷を小さくしたみたいですごく素敵だったから、私も姉貴もすぐに気に入りました。ふたりでパパにおねだりして、買ってもらえることになったんですけど……パパがお会計している間、奥さんが、あ、オーナーの奥さんです、がこんなことを言ってたんです。『このドールハウスに人形は絶対に入れないで』って。私たちは不思議に思いましたが、奥さんがあまりに真剣な表情だったから「うん」と答えました。でも家に帰ってドールハウスを広げて、別に梱包してもらった家具を並べているうちに……人形を入れて遊びたくなったんです。ほら、子どもってダメって言われるとやりたくなるところあるじゃないですか。それに……人形がないほうが変な感じがしたんです。とても精巧にできていたから……ううん、そうじゃないな……人がいる気配がするのに誰もいない……そんな感じでした。でも、うちにあるのは着せ替え人形ばかりで、そのドールハウスのサイズにちょうどいい人形がなかったんです。そしたら姉貴が「紙のお人形を作ってドールハウスに入れよう」と言ったんです。「紙の人形なら約束を破ったことにはならないだろうから」って。私はすぐに部屋にあった画用紙に黒いマジックで女の子の絵を描いてソファに座らせました。その隣に姉貴が書いた猫の絵を置いたところで夕飯の時間になって、私たちはドールハウスをそのままにして部屋を出たんです。……あはは、大丈夫よ、真さん。子どもの頃の話だから。それに、もし何かあっても真さんが守ってくれるでしょう?……はい。そうなんです。夕飯を終えてドールハウスがある部屋に戻ってきたら、紙の人形が切られていたんです。バラバラに……。「やっぱり人形を入れたのがいけなかったのかし
    9903

    かとうあんこ

    DONE一度別れた赤安がバディを組んで幽霊退治(?)をする第二話
    烏丸怪談②友人の話「え?僕には怪談はないのかって?う~ん、そうだなあ……僕の友人の話でもよければ。はは、そういうことが多いね。まあ、どちらでもいいじゃないか。これは友人が保育園に通っていた頃の話だ。彼はいつもお迎えが一番最後でね。母親の仕事が忙しかったんだ。彼は保育園では周りの子どもたちとうまくいってなかったから、園児が少なくない遅い時間のほうが遊びやすかった。だから、母親の迎えが遅くても気にならなかった。嬉々として居残っている彼を見て羨ましかったのか、園児のひとりが意地悪を言ったんだ。『あいつはいらない子だからお迎えが遅いんだ』って。気丈な友人もこれにはショックを受けた。いつもは独り占めできて嬉しい積み木も全然楽しくない。今すぐに母親に抱っこしてほしかった……。そんなことを考えてると、友人の前に見知らぬ男の子が現れた。『キミ、いらない子なの?』友人は当然ムッとして無視をした。ちょっとだけ泣いてたかもしれない。その寂しさを見抜いたように男の子は『じゃあ、一緒に遊ぼうよ』と言った。友人は少し悩んでから『ウン』と言った。それから二時間、彼は行方不明になった。保育園の先生はもちろん彼を探したし、お迎えに来た母親も一緒に探した。家に帰ったんじゃないか、散歩で行った公園にいるんじゃないか。いろんな場所を探したが、見つからない。いよいよ警察に連絡しようとなった時、子ども用トイレから友人が現れた。『やっと帰ってこれた』と言いながらね。二時間だけの神隠しだ。……どう?名探偵の君には物足りなかったかな」
    8690

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    かとうあんこ

    DONE秀零のれーくんがモブ王族に監禁されるはなし。

    !れーくんの首が大変なことになってる!
    !モブ・モブ視点あり!
    !シュウの喘ぎ声(?)あり!
    !シュウに泣かされるれーくんあり!

    大丈夫な方どうぞ!

    ※この秀零の馴れ初めなどは固定ツイにまとめてあります。(読まなくても大丈夫!)
    ※来年本にまとめる予定です。
    Crazy for youー君に首ったけー 降谷が目を覚ました時、部屋の中はまだ暗かった。念のために掛けておいたアラームを解除するためにスマホを手に取ると、起床予定の五分前の時刻が表示されていた。午前四時五十分。カーテンの隙間から紺色の空と金星が見えた。
     降谷は赤井を起こさないようにゆっくりと体を起こした。昨日は降谷よりも赤井のほうが帰宅は遅かった。おそらくベッドに入ったのは日付跨いだ後だったのだろう。帰宅して赤井の姿がないことにがっかりしなかったと言ったら嘘になるが、師走に入ってからはお互いに忙しかったので、会えたらいいなぐらいの気持ちだった。
     こうして寝顔が見られただけでも遠距離だったころに比べればマシだ。そう思いつつも後ろ髪は引かれるわけで。暖かく好きなひとの匂いがする布団の中から一歩踏み出せば冷たくてかたいフローリングが待っている。ああ、ここで仕事が出来たらいいのに。
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